私がガチなのは内緒である

ありきた

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3章 一線を越えても止まらない

30話 悶々とした思いも晴れていく

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 少し大げさな言い方かもしれないけど、日常の中にはいろんな矛盾が潜んでいる。
 ニンニクを食べた後はキスを控えているのに、本当は臭いなんて気にせず唇を重ねたいとか。
 清潔感を大切にしているものの、たとえ汗で汚れていてもえっちしたいとか。
 どんなに親密な関係でも最低限のマナーは守るべきだと分かっているんだけど、場合によっては相反する考えを抱いてしまう。
 いまもまた、私はキッチンに立つ萌恵ちゃんを眺めながら二律背反の葛藤に苛まれている。
 芸術的価値すら感じる鼻歌を奏でつつ、ハンバーグのタネをこねる萌恵ちゃん。
 全身を眺められる位置で恋人の後姿に見惚れていると、つい背後から抱きしめたくなる。
 いきなり抱き着いて驚かせたいというイタズラ心が疼き、頭の中で何度もシミュレーションを繰り返す。
 けど、早まってはいけない。
 包丁を使っていないとはいえ、料理中に後ろから抱き着くなんて明らかな迷惑行為だ。
 だから、逸る気持ちを堪えて傍観に徹するべき……なんだけど。
 背中にピッタリとくっついて、たおやかな腰に手を回したいと本能が強く訴えかけてくる。
 悶々とした思いをするならいっそ普通にリビングで待てばいいだけ、という意見もある。
 抱きしめたい、邪魔をしてはいけない。
 この場を離れればいい、ずっと眺めていたい。
 一つの矛盾から、別の矛盾へと派生していく。際限なく連鎖してしまいそうで、恐怖すら覚える。

「あとは焼くだけだから、もうちょっと待っててね~」

 萌恵ちゃんが不意にこちらを向き、柔らかな笑顔で声をかけてくれた。
 純粋無垢な眼差し、可憐な声音、ふわっと揺れる黄金の髪。言葉にできないぐらい、ただひたすらに美しい。
 脳内で複雑に絡み合っていた思考の糸が瞬時に解け、霧散する。

「萌恵ちゃん、大好きっ」

 油断していたところに駆け寄って、ちゅっと唇を重ねる。
 無意識のうちに、体が動いていた。
 突然のキスに驚く萌恵ちゃんを横目に、リビングへ戻る。
 かっこつけて矛盾がどうとか考えていたのが、少し恥ずかしい。
 ついさっきまでわりと真剣に頭を悩ませていたような気がするけど、いまとなってはとんでもなく些細なことに思える。
 重要なことは、たった一つ。
 萌恵ちゃんは振り向き様に見せる笑顔も、とてつもなくかわいい!
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