甘美な百合には裏がある

ありきた

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92話 つい魔が差して

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 目を覚ますと、和室に先輩たちの姿がなかった。
 最悪の想像をして心臓が止まりそうになったものの、テレビや水道の音、足音や包丁の音が聞こえてきて、ホッと安堵する。
 布団を干すのは全員が起きてからと決めているので、先輩たちの布団もまだ和室に敷かれたままだ。
 時計を確認してみると、まだ焦るような時間ではない。先輩たちが私を起こしに来てくれるとしても、それはもう少し後のはず。
 ふと、密室に一人きりという状況を別の意味で意識する。
 私が今日寝ていたのは壁際だから、押入れまで四人の布団が並んでいる。ついさっきまで先輩たちが就寝していた、先輩たちの匂いや温もりが残っているであろう布団が……。
 ゴクリ、と喉を鳴らしたときにはもう、体が勝手に動いていた。

「~~~~先輩っ」

 ゴロンと寝返りを打ち、隣の布団に移る。
 姫歌先輩の枕に顔を埋め、大きく深呼吸して残り香を吸い込む。
 シャンプーのいい香りと、姫歌先輩が身にまとう甘い匂い。
 決して褒められた行為じゃないと分かっていても、いまさら歯止めは効かない。
 布団の上をゴロゴロと転がり回り、先輩たち四人の枕や布団の香りと温もりを存分に楽しむ。

「好きっ、好きっ、大好きっ」

 声が部屋の外に漏れないよう、枕に顔を押し付けながら愛をつぶやく。
 夏用の薄い掛布団を被って、まるで先輩に包まれているみたいだと悦に浸る。
 さらには、大事なところに押し付けるようにして布団を抱きしめてみたり。
 人には決して見せられない行為を、脇目も振らずに続ける。
 あまり長々と夢中になっていられるほどの時間はないと思い、押入れの手前でスッと立ち上がった。

「んぇっ!?」

 とりあえず顔を洗いに行こうと踵を返した瞬間、開かれた障子の向こうからこちらを眺める四人の姿が目に入る。

「え、えっと……いつ、から?」

 私は驚きと焦りで口をヒクヒクさせながら、縋るような気持ちで問いかけた。

「うふふ❤ わたしの枕に顔を埋めたところから❤」

 なるほど、姫歌先輩の枕に顔を埋めたところと言えば――最初から見られてたぁああぁあぁあっっ!
 盗撮映像を鑑賞されるのも恥ずかしいけど、生で見られるのはもっと恥ずかしい。
 直前に血の気が引いたばかりなのに、羞恥で全身がカーッと熱くなる。

「悠理ったら、ほんとにかわいいわ❤」

「あんなの見せられたら、こっちも我慢できないよ~」

「ゆ、悠理も、受け入れてくれる、よね」

「朝のスキンシップ、楽しませてもらおうかしら」

 それから先輩たちに押し倒され、包み込むように覆い被さられ、耳を甘噛みされたり首筋にキスマークを付けられたりした。
 結果としては最高なんだけど、痴態を晒した恥ずかしさは何度思い出しても発狂しそうになる。
 次からは最初だけじゃなく、最後まできちんと視線や気配に気を付けるようにしよう。
 魔が差しても頑張って我慢すればいい? いや、それは無理。
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