異世界恋愛短編集

辺野夏子

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「……あなたにも、いいところが沢山あるしね」

 ひとしきり過去を思い返してから感慨深げに頷いたわたくしを、ヴォルフラムは訝しげに見つめた。

「……へぇ……」

 ヴォルフラムの子供とは思えぬ強い眼光に思わずたじろぐ。あからさまにわたくしを疑っているわ。

「何よ……」

 あら、思った以上に嫌われていた? 仕方ないわ、今夜は賄賂を使って夕食をヴォルフラムの好きな鹿肉のシチューに……王都に捌きたての新鮮な鹿肉って流通しているのかしら?

「シュシュリア。あなた「時渡り」でもしましたか」

「どっきーん」って音がするとしたら、まさにこういう時に使うべきかしら。時渡りをしてきた事を誰にも知られてはいけないと決意したばかりなのに、このままではお父様に折檻されてしまうわ。

「な……なん……ななな、なんでそ……」
「なんて。そんな事、あるはずないか」

 ヴォルフラムは勝手に自己完結して、わたくしから目を逸らした。

「あなた、ヴォルフラムのくせにわたくしにカマをかけたの?」
「普段はヒステリーなのに今日は随分と落ち着いてらっしゃるから、別の何かに取り憑かれているのかと」

 ヴォルフラムは軽口を叩きながら、手に持っていた本を、すっと積み重なった本の一番下に隠した。それを見過ごすわたくしではない。

「ヴォルフラム。今、何の本を隠したの?」
「いえ、特に何も」
「わたくしに見せなさい。隠しても無駄よ」

 ヴォルフラムがしぶしぶ差し出してきたのは、禁呪「時渡り」に関連する書物だ。

「あなたね……。この類の本は奥に封印されているのよ。勝手に出してはいけないわ」
「子供に解ける封印を施しているのがいけないと思います」

 相変わらず口の減らない男だわ。ヴォルフラムは平然と『そこにある本を読んで何が悪いんだ、悪用するわけじゃなし』みたいな顔をしている。呆れて次の言葉が出てこないわ。

「……まあいいわ。この本を返すついでに、奥から回復魔法の本を持ってきて。蘇生魔法も、全部よ」

 わたくしの発言にヴォルフラムは首をかしげた。かしげすぎて、首がそのまま落ちてしまうのかと思うくらい。

「氷の魔法を誇りとするリベルタス家のご令嬢が回復魔法を?」
「なによ、文句があるの?」

「回復魔法は非常に使用者が少ない上に、その中でも最上位とされる蘇生魔法は術者の生命力をむしばむ。だから禁呪なんですよ」

「そのくらい知っているわよ。いいから持ってきなさい。さもないとお父様と伯父さまに言いつけるわよ」

 脅迫が効いたのか、ヴォルフラムはしぶしぶ蘇生魔法の本を取るために奥へと向かっていった。封印の扉の魔力のせいでヴォルフラムの姿が曖昧に揺らめいて、あの時を思い出して、苦しくなった。

 ヴォルフラムは病を抱えたまま討伐軍の最前線にいて、そして……私をかばって、死んだ。
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