フォアローゼズ~土偶の子供たちも誰かを愛でる~

来栖もよもよ&来栖もよりーぬ

文字の大きさ
20 / 30

アナの場合。【6】

しおりを挟む
「……なるほどね……」

 私は父様に狩りで起きた出来事を語り終え、父は溜息をついた。

「私もまだまだ鍛え方が足りてなかったのは自覚しているの。でもあの時はああするしか思いつかなかったのよ」
「……それは何とも……気の毒に……」
「父様もそう思うでしょう? 私だって好きで彼を突き飛ばした訳じゃ──」
「いや、アナじゃないよ。レイモンド殿下に同情したんだ」
「……え?」

 私がテーブルから顔を上げると、父様と目が合った。

「──そんなに悪いことをしたの私?」
「そうだな。……お前は本当にリーシャに似ているな。いや、リーシャより頑固というか……」

 苦笑した父様が私の頭を撫でた。

「母様が俺と結婚する時に、ちょっと揉めたことがあるのを話したか? 俺以外に婚約を申し込んで来た男がいたんだ」
「ああ、ルイルイ様とか」
「ルイ・ボーゲンだ。……でな、俺なんかよりずっと男前でな、国で片手には入るほどの美形と評判だったんだが、母様の美貌で俺なんかと結婚するなんて有り得ないとか自分の隣の方がお似合いだ、みたいな話をされたんだよ」
「前にも聞いたけど、聞けば聞くほど性格的に破綻してるわよねその人」
「後から思えばそうなんだが、俺は内心では確かに、と思ったことも事実だった。俺は女性どころか男性からも顔を背けられる男だったしな。……だがな、母様は笑顔でナイフを持って来ると、顔に傷をつけようとした。傷モノになってもきっと俺は嫁にしてくれるがお前はどうなんだ? と問いかけた。本気だったよ。俺は本当に胸が苦しかった」
「苦しい……どうして?」
「こんな俺のことを本気で愛してくれただけで十分過ぎるのに、女性にとって顔に傷をつけようとするなんて、この先どんな扱いを受けるか想像出来るだろう? 昔は今ほど容姿に寛容じゃなかったからな。母様は俺と結婚するためにどんな犠牲も払おうとしたんだよ。俺のせいだ」
「でも、大切な人のために……」
「それは勿論分かっている。だがな、愛する女が自分の為に傷つく姿なんて見たい男がいるのか? アナが今日やろうとしていたのはそういうことだよ」

 私はショックを受けた。彼を護るために鍛錬もしていたのに、それも全くの無駄だったと言うのだろうか。それなら私は、私はレイモンドに何の手助けも出来ないではないか。

「きっと、今日気づいたのだろうね。アナが鍛錬しているのは、自分が好きでやっているのではなく、自分を護ろうとしていたのだということに」
「でも父様、彼は次期国王になる人なのよ? 妻である私がそばにいることが多くなるわ。何かあった際に、私が護れるのならそれに越したことはないじゃないの?」

 既に私は半泣きである。当然だ、今までの努力が無駄になると言われたようなものなのだから。

「アナは、多分レイモンド殿下が危機に陥った際に、これからもお前は自分の身を犠牲にしてでも彼を助けようとするだろう? それがレイモンド殿下には怖いんだと思う」
「……な、何故?」
「レイモンド殿下はお前と一緒に生きて行きたいと思っているのに、一緒に居たいと思う相手は自分が死んでも彼を護ろうとするからだ。一緒に生きようと考えていないからだよ。アナ、お前がいくら護衛術を学ぼうが剣の腕が上がろうが、レイモンド殿下の護衛になるのではない。妻になるんだよ? 何故そこまで必死になるんだい?」

 父様の話し方は𠮟りつける訳でもなく、あくまでも優しく柔らかだ。私は我慢していた感情が涙とともにぽろぽろとこぼれてしまう。

「私、私は、クロエみたいに料理や手芸も出来ないし、ブレナン兄様みたいな画才も文才もないの。カイル兄様のようにマデリーンの横に並んでも見劣りしないほど気品も教養も備わってないの。私が人よりマシに出来るのは、剣術や護衛術ぐらいなんだもの! これがなかったらもう、何の取り柄もない顔だけが人並みのガサツな伯爵令嬢しか残らないのよ……せめてレイモンドの役に立つ人間でいたかったの、父様……」
「そうか。アナなりに一生懸命考えていたんだな」

 頭を撫でられ、思わず父様に抱き着いてわんわん泣いた。

「だが、やはり根本的なことが分かってないな。レイモンド殿下は小さな頃からお前が好きだった。双子のクロエではなくお前を、だ。アナは昔から剣術や護衛術を学んでいた訳ではないだろう? 彼はアナのどんなところが好きなのか聞いたことがあるか?」
「幼馴染みで一緒に遊んでいたから何となくじゃないの? 恥ずかしくて聞いたことなんてないわ」
「結婚前にちゃんと話し合いなさい。アナは自分の思い込みで行動しているが、きちんと本人に聞かねば求めているものは分からないよ」

 ほら、とティッシュを出されて涙を拭われる。

「……分かった。ごめんね父様、こんな出来損ないに育ってしまって」
「馬鹿を言うな。四人とも俺の自慢の子供たちだ。……本音を言えば、王族ホイホイでなければもっとのんびり出来たが、ま、リーシャの血筋だから仕方ないな」

 クスクス笑う父様につられて私も笑顔になる。

「ほら、部屋に戻ったら目をタオルで冷やしてから寝るんだぞ。母様譲りの美貌が台無しだ」

 頑張れよ、と父様が笑い、私は頷いた。
 そうだ、私はレイモンドときちんと話し合わなければ。



しおりを挟む
感想 14

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

【完結・おまけ追加】期間限定の妻は夫にとろっとろに蕩けさせられて大変困惑しております

紬あおい
恋愛
病弱な妹リリスの代わりに嫁いだミルゼは、夫のラディアスと期間限定の夫婦となる。 二年後にはリリスと交代しなければならない。 そんなミルゼを閨で蕩かすラディアス。 普段も優しい良き夫に困惑を隠せないミルゼだった…

愛されないと吹っ切れたら騎士の旦那様が豹変しました

蜂蜜あやね
恋愛
隣国オデッセアから嫁いできたマリーは次期公爵レオンの妻となる。初夜は真っ暗闇の中で。 そしてその初夜以降レオンはマリーを1年半もの長い間抱くこともしなかった。 どんなに求めても無視され続ける日々についにマリーの糸はプツリと切れる。 離縁するならレオンの方から、私の方からは離縁は絶対にしない。負けたくない! 夫を諦めて吹っ切れた妻と妻のもう一つの姿に惹かれていく夫の遠回り恋愛(結婚)ストーリー ※本作には、性的行為やそれに準ずる描写、ならびに一部に性加害的・非合意的と受け取れる表現が含まれます。苦手な方はご注意ください。 ※ムーンライトノベルズでも投稿している同一作品です。

どうぞ、おかまいなく

こだま。
恋愛
婚約者が他の女性と付き合っていたのを目撃してしまった。 婚約者が好きだった主人公の話。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

処理中です...