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アナの場合。【6】
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「……なるほどね……」
私は父様に狩りで起きた出来事を語り終え、父は溜息をついた。
「私もまだまだ鍛え方が足りてなかったのは自覚しているの。でもあの時はああするしか思いつかなかったのよ」
「……それは何とも……気の毒に……」
「父様もそう思うでしょう? 私だって好きで彼を突き飛ばした訳じゃ──」
「いや、アナじゃないよ。レイモンド殿下に同情したんだ」
「……え?」
私がテーブルから顔を上げると、父様と目が合った。
「──そんなに悪いことをしたの私?」
「そうだな。……お前は本当にリーシャに似ているな。いや、リーシャより頑固というか……」
苦笑した父様が私の頭を撫でた。
「母様が俺と結婚する時に、ちょっと揉めたことがあるのを話したか? 俺以外に婚約を申し込んで来た男がいたんだ」
「ああ、ルイルイ様とか」
「ルイ・ボーゲンだ。……でな、俺なんかよりずっと男前でな、国で片手には入るほどの美形と評判だったんだが、母様の美貌で俺なんかと結婚するなんて有り得ないとか自分の隣の方がお似合いだ、みたいな話をされたんだよ」
「前にも聞いたけど、聞けば聞くほど性格的に破綻してるわよねその人」
「後から思えばそうなんだが、俺は内心では確かに、と思ったことも事実だった。俺は女性どころか男性からも顔を背けられる男だったしな。……だがな、母様は笑顔でナイフを持って来ると、顔に傷をつけようとした。傷モノになってもきっと俺は嫁にしてくれるがお前はどうなんだ? と問いかけた。本気だったよ。俺は本当に胸が苦しかった」
「苦しい……どうして?」
「こんな俺のことを本気で愛してくれただけで十分過ぎるのに、女性にとって顔に傷をつけようとするなんて、この先どんな扱いを受けるか想像出来るだろう? 昔は今ほど容姿に寛容じゃなかったからな。母様は俺と結婚するためにどんな犠牲も払おうとしたんだよ。俺のせいだ」
「でも、大切な人のために……」
「それは勿論分かっている。だがな、愛する女が自分の為に傷つく姿なんて見たい男がいるのか? アナが今日やろうとしていたのはそういうことだよ」
私はショックを受けた。彼を護るために鍛錬もしていたのに、それも全くの無駄だったと言うのだろうか。それなら私は、私はレイモンドに何の手助けも出来ないではないか。
「きっと、今日気づいたのだろうね。アナが鍛錬しているのは、自分が好きでやっているのではなく、自分を護ろうとしていたのだということに」
「でも父様、彼は次期国王になる人なのよ? 妻である私がそばにいることが多くなるわ。何かあった際に、私が護れるのならそれに越したことはないじゃないの?」
既に私は半泣きである。当然だ、今までの努力が無駄になると言われたようなものなのだから。
「アナは、多分レイモンド殿下が危機に陥った際に、これからもお前は自分の身を犠牲にしてでも彼を助けようとするだろう? それがレイモンド殿下には怖いんだと思う」
「……な、何故?」
「レイモンド殿下はお前と一緒に生きて行きたいと思っているのに、一緒に居たいと思う相手は自分が死んでも彼を護ろうとするからだ。一緒に生きようと考えていないからだよ。アナ、お前がいくら護衛術を学ぼうが剣の腕が上がろうが、レイモンド殿下の護衛になるのではない。妻になるんだよ? 何故そこまで必死になるんだい?」
父様の話し方は𠮟りつける訳でもなく、あくまでも優しく柔らかだ。私は我慢していた感情が涙とともにぽろぽろとこぼれてしまう。
「私、私は、クロエみたいに料理や手芸も出来ないし、ブレナン兄様みたいな画才も文才もないの。カイル兄様のようにマデリーンの横に並んでも見劣りしないほど気品も教養も備わってないの。私が人よりマシに出来るのは、剣術や護衛術ぐらいなんだもの! これがなかったらもう、何の取り柄もない顔だけが人並みのガサツな伯爵令嬢しか残らないのよ……せめてレイモンドの役に立つ人間でいたかったの、父様……」
「そうか。アナなりに一生懸命考えていたんだな」
頭を撫でられ、思わず父様に抱き着いてわんわん泣いた。
「だが、やはり根本的なことが分かってないな。レイモンド殿下は小さな頃からお前が好きだった。双子のクロエではなくお前を、だ。アナは昔から剣術や護衛術を学んでいた訳ではないだろう? 彼はアナのどんなところが好きなのか聞いたことがあるか?」
「幼馴染みで一緒に遊んでいたから何となくじゃないの? 恥ずかしくて聞いたことなんてないわ」
「結婚前にちゃんと話し合いなさい。アナは自分の思い込みで行動しているが、きちんと本人に聞かねば求めているものは分からないよ」
ほら、とティッシュを出されて涙を拭われる。
「……分かった。ごめんね父様、こんな出来損ないに育ってしまって」
「馬鹿を言うな。四人とも俺の自慢の子供たちだ。……本音を言えば、王族ホイホイでなければもっとのんびり出来たが、ま、リーシャの血筋だから仕方ないな」
クスクス笑う父様につられて私も笑顔になる。
「ほら、部屋に戻ったら目をタオルで冷やしてから寝るんだぞ。母様譲りの美貌が台無しだ」
頑張れよ、と父様が笑い、私は頷いた。
そうだ、私はレイモンドときちんと話し合わなければ。
私は父様に狩りで起きた出来事を語り終え、父は溜息をついた。
「私もまだまだ鍛え方が足りてなかったのは自覚しているの。でもあの時はああするしか思いつかなかったのよ」
「……それは何とも……気の毒に……」
「父様もそう思うでしょう? 私だって好きで彼を突き飛ばした訳じゃ──」
「いや、アナじゃないよ。レイモンド殿下に同情したんだ」
「……え?」
私がテーブルから顔を上げると、父様と目が合った。
「──そんなに悪いことをしたの私?」
「そうだな。……お前は本当にリーシャに似ているな。いや、リーシャより頑固というか……」
苦笑した父様が私の頭を撫でた。
「母様が俺と結婚する時に、ちょっと揉めたことがあるのを話したか? 俺以外に婚約を申し込んで来た男がいたんだ」
「ああ、ルイルイ様とか」
「ルイ・ボーゲンだ。……でな、俺なんかよりずっと男前でな、国で片手には入るほどの美形と評判だったんだが、母様の美貌で俺なんかと結婚するなんて有り得ないとか自分の隣の方がお似合いだ、みたいな話をされたんだよ」
「前にも聞いたけど、聞けば聞くほど性格的に破綻してるわよねその人」
「後から思えばそうなんだが、俺は内心では確かに、と思ったことも事実だった。俺は女性どころか男性からも顔を背けられる男だったしな。……だがな、母様は笑顔でナイフを持って来ると、顔に傷をつけようとした。傷モノになってもきっと俺は嫁にしてくれるがお前はどうなんだ? と問いかけた。本気だったよ。俺は本当に胸が苦しかった」
「苦しい……どうして?」
「こんな俺のことを本気で愛してくれただけで十分過ぎるのに、女性にとって顔に傷をつけようとするなんて、この先どんな扱いを受けるか想像出来るだろう? 昔は今ほど容姿に寛容じゃなかったからな。母様は俺と結婚するためにどんな犠牲も払おうとしたんだよ。俺のせいだ」
「でも、大切な人のために……」
「それは勿論分かっている。だがな、愛する女が自分の為に傷つく姿なんて見たい男がいるのか? アナが今日やろうとしていたのはそういうことだよ」
私はショックを受けた。彼を護るために鍛錬もしていたのに、それも全くの無駄だったと言うのだろうか。それなら私は、私はレイモンドに何の手助けも出来ないではないか。
「きっと、今日気づいたのだろうね。アナが鍛錬しているのは、自分が好きでやっているのではなく、自分を護ろうとしていたのだということに」
「でも父様、彼は次期国王になる人なのよ? 妻である私がそばにいることが多くなるわ。何かあった際に、私が護れるのならそれに越したことはないじゃないの?」
既に私は半泣きである。当然だ、今までの努力が無駄になると言われたようなものなのだから。
「アナは、多分レイモンド殿下が危機に陥った際に、これからもお前は自分の身を犠牲にしてでも彼を助けようとするだろう? それがレイモンド殿下には怖いんだと思う」
「……な、何故?」
「レイモンド殿下はお前と一緒に生きて行きたいと思っているのに、一緒に居たいと思う相手は自分が死んでも彼を護ろうとするからだ。一緒に生きようと考えていないからだよ。アナ、お前がいくら護衛術を学ぼうが剣の腕が上がろうが、レイモンド殿下の護衛になるのではない。妻になるんだよ? 何故そこまで必死になるんだい?」
父様の話し方は𠮟りつける訳でもなく、あくまでも優しく柔らかだ。私は我慢していた感情が涙とともにぽろぽろとこぼれてしまう。
「私、私は、クロエみたいに料理や手芸も出来ないし、ブレナン兄様みたいな画才も文才もないの。カイル兄様のようにマデリーンの横に並んでも見劣りしないほど気品も教養も備わってないの。私が人よりマシに出来るのは、剣術や護衛術ぐらいなんだもの! これがなかったらもう、何の取り柄もない顔だけが人並みのガサツな伯爵令嬢しか残らないのよ……せめてレイモンドの役に立つ人間でいたかったの、父様……」
「そうか。アナなりに一生懸命考えていたんだな」
頭を撫でられ、思わず父様に抱き着いてわんわん泣いた。
「だが、やはり根本的なことが分かってないな。レイモンド殿下は小さな頃からお前が好きだった。双子のクロエではなくお前を、だ。アナは昔から剣術や護衛術を学んでいた訳ではないだろう? 彼はアナのどんなところが好きなのか聞いたことがあるか?」
「幼馴染みで一緒に遊んでいたから何となくじゃないの? 恥ずかしくて聞いたことなんてないわ」
「結婚前にちゃんと話し合いなさい。アナは自分の思い込みで行動しているが、きちんと本人に聞かねば求めているものは分からないよ」
ほら、とティッシュを出されて涙を拭われる。
「……分かった。ごめんね父様、こんな出来損ないに育ってしまって」
「馬鹿を言うな。四人とも俺の自慢の子供たちだ。……本音を言えば、王族ホイホイでなければもっとのんびり出来たが、ま、リーシャの血筋だから仕方ないな」
クスクス笑う父様につられて私も笑顔になる。
「ほら、部屋に戻ったら目をタオルで冷やしてから寝るんだぞ。母様譲りの美貌が台無しだ」
頑張れよ、と父様が笑い、私は頷いた。
そうだ、私はレイモンドときちんと話し合わなければ。
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