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ルキは諦めが悪い。
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「おはようございますカスミさん!今日もいい天気ですね!こんな日は結婚したくなりませんか僕と!!」
「ならないよ。ほら早く荷物下ろしなさいよ。重いでしょうが」
「いえ全く!こちらに伺う時は常に元気一杯ですから!カスミさんに会えますし」
いつものように軽口を叩くルキをあしらいながら、私は彼の背中の大きめのリュックを下ろしてやり、ルキからは詰め込んである品物から頼んであった砂糖とバター、そしてナッツを受け取った。
「………ん?ナッツがいつもの袋より大きいんだけど」
私はコツコツ働いて貯めたお金でこの町に念願の自分がオーナーであるパン屋を開いていた。
………と言うか20歳から働いていたパン屋の老夫婦が仕事を辞めて田舎に引っ込むという話になったので、有り金はたいて買い取ったのだ。
私が30歳になり、雇われのままでいるには少々トウが立ったお年頃だったのと、再就職もなかなか難しいし、自分の店であれば年寄りになってもクビになることもないという計算もあった。
カスミが買うならオーブンや調理器具なんかも全て付けて安く譲るよ、という有り難い提案がオーナーからあったのも大きな理由だった。
もう三年も前になる。
流石に下働きから数えても十年以上この店で働いていたので、オーブンの使い方もパンの作り方も身体に染み込んでいたが、だから売れる美味しいパン生地やパンを作れるかと言うと答えは否(いな)である。
最初は店主が変わった事で味も変わり、常連客の足も離れたが、こっちだってこの先の生活がかかっていた。
試行錯誤を繰り返し、より満足のいくパンを作るべく腕を磨き、半年程で何とか貯金も少しずつは出来るような稼ぎが得られるほどにはお客さんも来てくれるようになった。
中でも砕いたナッツが入ったスコーンが店の一番人気だ。
でも、ルキから受け取ったナッツは頼んだ量のゆうに倍はある。
いくらマトモに生活が出来るようになったとは言え、材料を遊ばせるゆとりまではない。
「ああ、それ、たまたま市場で他の商品も仕入れたら少しオマケして貰えたんですよ。ですから仕入値もいつもと同じで」
「………そうなの?………ありがとう」
これはウソだと分かっている。
ナッツ自体はこの国では販売できるほど栽培されておらず、海を渡って入ってくるため結構いいお値段なのである。
オマケで倍にしてくれる訳がない。
何年も前からの友人であるルキが、こうやってオマケだの安く仕入れられただのと言って、私がカツカツの生活をしていた時からさりげなく助けてくれているのは気がついていた。
こんな年下の子に同情されるのも切ないがとても有り難くて、一度それについて御礼を言おうとしたら、
「何の事ですか?私も商人の端くれですよー、赤字になる事なんかやるわけないじゃないですか、やだなーもー!」
と顔を赤くして完全にしらばっくれた為、私も見て見ぬふりをさせて頂く事にしたが、心の中ではずっと感謝している。
だが、だからと言って13も下の若者にプロポーズされて、受けられるかと言うと別問題である。
「カスミさんすみません、ちょっと他の店の依頼があるので出ますけど、後でまた戻りますので、昼食を是非ご一緒しましょう!」
「いいわよ、じゃ、また後でね」
ルキが笑顔で出ていく。
私は仕入れたモノを片付け、店のカウンターに戻ったが、朝と昼の中間の時間というのは、あまりお客さんも来ない。
マグカップに入れたコーヒーにミルクを少々入れ、私はぼんやりとルキと出会った頃を思い出していた。
◇ ◇ ◇
「どうした少年」
出会ったのは私が25、ルキが12の頃だった。
仕事帰りの夕暮れ空を眺めながら、のんびりとアパートに戻る帰り道、私はいつも素通りする公園のベンチに膝を抱えた子供が泣いているのを見掛けた。
夏の終わりだったろうか。
まだ明るいとは言え、あと二時間もすれば暗くなる。
なんとなく放ってはおけなかった。
隣のベンチに腰かけて、ひと休みしている風を装い声をかけた。
「何か悲しい事でもあった?」
顔をあげこちらをチラッと見たが、無言である。
ふと持っていた紙袋を見る。売れ残りのパンを貰ったので、夕食はシチューでも作るかと思っていた。
「ねぇ少年。私パン屋で働いてるんだけどさ、今日は売れ残りあったから家でシチューでも作って食べようと思うのよ。
でもシチューってさ、少し多めに作らないとやっぱり美味しくないじゃない?だから、食べに来ない?意外と料理は得意なのよお姉さん。
お腹が空いてると気分も上がらないしさ。別に泣いてる理由話せとは言わないから誘われてくれない?」
夕食時だし、子供が空腹でない訳はないだろうと思っての発言だったが、案の定、少しの沈黙のあと、「………食べる」という返事が返ってきて、思わず読みが当たったのが嬉しくて口元が弛んでしまった。
私の住んでいるアパートは、大通りから1つ奥に入った少し日当たりの悪い1LDKだったが、その分少し家賃も安く、部屋も風呂も広めに出来ているので気に入っている。
少年をソファーに座らせて、冷蔵庫からリンゴジュースをグラスに注ぐ。
「喉が渇いたんじゃない?飲む?」
頷いた少年はグラスを受け取るとごくごくと一気に飲み干したので、もう一杯注いで戻る。
「少し座って待っててくれる?30分位で出来るから」
「………うん」
家に誰かを招くなんて、女友達のマール位だったので、少年とは言え少し緊張した。友達が少ないしなー。
「………美味しかった。ご馳走さまでした」
シチューをお代わりし、スライスして焼いたパンも四枚平らげた少年は、表情がかなり柔らかくなっていた。
この国の人に多いプラチナブロンドの髪に、ターコイズブルーの瞳。
数年後にはかなりの美青年になるんじゃないかと思われた。
比べると、私の黒髪と黒い瞳は割りと珍しい。
まあ、日本ではデフォなんだけれども。
そう、私はこの世界に20歳の時にやって来た。いわゆる異世界転生というヤツだ。いや転移だろうか。
他の人物の器に私の魂が入ってる訳でもなく、いきなりこの国に日本の時の見た目と姿と中身のまま現れた訳だし。
自分が死んだのかどうかも不明だが、最後の記憶は海に友達と遊びに来ていた事。もしかしたら溺れて死んだのかも知れないが分からない。
そして、よく好きで読んでいた小説の転生、転移者というのは戻れない事が多かった。
だが、何か目的があることが多かったと記憶しているが、別にこの国は平和で、魔王が出た訳でも聖女を求めている訳でもなく、さりとて乙女ゲームなどはやってなかったので不明だが、高貴な身分とやらもないため悪役令嬢になるだの逆ハー的に男性からモテモテになる、という事も一切なかった。
ただ、ちょっと住む場所が変わっただけの一般人。
これが私を表現するのに一番適した言葉だと思う。
強盗に襲われたのか頭を打って荷物も記憶も失った旅行者、という設定で過去を思い出せるまでキチンとこの国で働いて暮らしていきたい、と言う私のウソ話に同情してくれたパン屋の年配夫婦が当時住み込みで雇ってくれなかったら、きっと死んでたんじゃないかと今でも思う。
だって、この世界のお金も全く持ってなかったんだもん私。
絶世の美女というチートなんかもありゃしなかった。以前も読書を愛する地味なメガネ女子で、化粧すらろくにしたことも無かった。
魔法?そんなもんございません。
そこそこ家電品もあるし、牧歌的な風景も広がるヨーロッパとかの田舎町って感じだろうか。
ああ、そう言えばメガネが無くても見えるようにはなっていたのはチートと言える、のかも知れない。言葉も分かるし書ける。あー、チートかなこれも。少しショボいけど。
まぁそんな訳でこの世界に暮らして五年ほどだったが、日本では公園で泣いてる子供と道端の迷子なんていうのは素通りするのは難しい国民性だったのである。
決して私が人格者だとかそういうのではない。
食後、ブドウがあったのでソファーで二人でつまんだ。
「少年、少しは元気になった?」
「………ルキ」
「ん?」
「僕はルキです、少年じゃない」
「ああ、ごめんねルキ。私はカスミ。
さぁ名前も交換したってことで私らは友達だよね。………まだ悲しいかな?」
「………悲しいって言うか………苦しい。周りに誰も味方がいない感じで………」
「おー、お姉さんわかるよその気持ちは」
思わず頭を撫でてしまった。
ビクッとするルキにごめんねと謝り、
「お姉さんは、この国で生まれた訳じゃなくて、よその小さな国に住んでたの。
ほら、髪も目もこの国ではあまり見ないでしょう?
20歳の時からこの国で私たった一人きりで、不安で仕方がなかった」
と続けた。
「………死んじゃったの?」
「うーん………まぁそんなもんかな。とにかく二度と会えないの。
だから、ルキみたいに味方がいないって言うよりも、とにかく寂しくて。友達も家族もだぁれもいなくて、目の前が真っ暗になって進む道が見えない感じ。分かる?」
少し考えて、ルキはこくりと頷いた。
「で、この国でパン屋のおじさんが雇ってくれたから今暮らせてるけどね。最初の一年位は毎晩涙が出たよ」
「………そうなんだ………」
「うん。でも私のいた国で前に友達が『死ぬ時にはみんなトントンになるようになってる』って言ってたのを思い出して、そういう前向きな考え方の方が生きてて楽しいかなって思うようになったのよ」
「………死ぬときにはトントン?」
「そう。悪いことばかりよく続くなー、とか思ってたらドカンといい事があったり、いい事があったと思えばそのあと悪い事があったり。
要は長く生きてる間には、いいことも悪いことも同じ数だけ大体平等に起こるもんだって考え方のこと。
あ、トントンっていうのは比喩でね、秤で比べると同じくらいで均衡してる意味。まだルキぐらいの年の子だとよく分からないかも知れないけどね」
「ううん、何となく分かるよ」
「そっか、頭いいね。………だったら分かると思うけど、人生は楽しんだ方が勝ちなのよ。イヤな事があっても、ああ次にいいことが来る為の貯金だー、と思えばいいの。
だって、最終的にはトントンなんだから」
「そっか………トントン、って良いね」
ニコリと笑ったルキは大層可愛く、帰る頃にはすっかり元気になっていた。
「………カスミさん、また遊びに来てもいい?」
「いいともさ。今度は私の自慢のパンケーキをご馳走してあげよう」
「ありがとう!それじゃまたね!」
帰っていくルキを見送った私は、まさかその友情がそれから八年にも及ぼうとは思ってもいなかった。
「ならないよ。ほら早く荷物下ろしなさいよ。重いでしょうが」
「いえ全く!こちらに伺う時は常に元気一杯ですから!カスミさんに会えますし」
いつものように軽口を叩くルキをあしらいながら、私は彼の背中の大きめのリュックを下ろしてやり、ルキからは詰め込んである品物から頼んであった砂糖とバター、そしてナッツを受け取った。
「………ん?ナッツがいつもの袋より大きいんだけど」
私はコツコツ働いて貯めたお金でこの町に念願の自分がオーナーであるパン屋を開いていた。
………と言うか20歳から働いていたパン屋の老夫婦が仕事を辞めて田舎に引っ込むという話になったので、有り金はたいて買い取ったのだ。
私が30歳になり、雇われのままでいるには少々トウが立ったお年頃だったのと、再就職もなかなか難しいし、自分の店であれば年寄りになってもクビになることもないという計算もあった。
カスミが買うならオーブンや調理器具なんかも全て付けて安く譲るよ、という有り難い提案がオーナーからあったのも大きな理由だった。
もう三年も前になる。
流石に下働きから数えても十年以上この店で働いていたので、オーブンの使い方もパンの作り方も身体に染み込んでいたが、だから売れる美味しいパン生地やパンを作れるかと言うと答えは否(いな)である。
最初は店主が変わった事で味も変わり、常連客の足も離れたが、こっちだってこの先の生活がかかっていた。
試行錯誤を繰り返し、より満足のいくパンを作るべく腕を磨き、半年程で何とか貯金も少しずつは出来るような稼ぎが得られるほどにはお客さんも来てくれるようになった。
中でも砕いたナッツが入ったスコーンが店の一番人気だ。
でも、ルキから受け取ったナッツは頼んだ量のゆうに倍はある。
いくらマトモに生活が出来るようになったとは言え、材料を遊ばせるゆとりまではない。
「ああ、それ、たまたま市場で他の商品も仕入れたら少しオマケして貰えたんですよ。ですから仕入値もいつもと同じで」
「………そうなの?………ありがとう」
これはウソだと分かっている。
ナッツ自体はこの国では販売できるほど栽培されておらず、海を渡って入ってくるため結構いいお値段なのである。
オマケで倍にしてくれる訳がない。
何年も前からの友人であるルキが、こうやってオマケだの安く仕入れられただのと言って、私がカツカツの生活をしていた時からさりげなく助けてくれているのは気がついていた。
こんな年下の子に同情されるのも切ないがとても有り難くて、一度それについて御礼を言おうとしたら、
「何の事ですか?私も商人の端くれですよー、赤字になる事なんかやるわけないじゃないですか、やだなーもー!」
と顔を赤くして完全にしらばっくれた為、私も見て見ぬふりをさせて頂く事にしたが、心の中ではずっと感謝している。
だが、だからと言って13も下の若者にプロポーズされて、受けられるかと言うと別問題である。
「カスミさんすみません、ちょっと他の店の依頼があるので出ますけど、後でまた戻りますので、昼食を是非ご一緒しましょう!」
「いいわよ、じゃ、また後でね」
ルキが笑顔で出ていく。
私は仕入れたモノを片付け、店のカウンターに戻ったが、朝と昼の中間の時間というのは、あまりお客さんも来ない。
マグカップに入れたコーヒーにミルクを少々入れ、私はぼんやりとルキと出会った頃を思い出していた。
◇ ◇ ◇
「どうした少年」
出会ったのは私が25、ルキが12の頃だった。
仕事帰りの夕暮れ空を眺めながら、のんびりとアパートに戻る帰り道、私はいつも素通りする公園のベンチに膝を抱えた子供が泣いているのを見掛けた。
夏の終わりだったろうか。
まだ明るいとは言え、あと二時間もすれば暗くなる。
なんとなく放ってはおけなかった。
隣のベンチに腰かけて、ひと休みしている風を装い声をかけた。
「何か悲しい事でもあった?」
顔をあげこちらをチラッと見たが、無言である。
ふと持っていた紙袋を見る。売れ残りのパンを貰ったので、夕食はシチューでも作るかと思っていた。
「ねぇ少年。私パン屋で働いてるんだけどさ、今日は売れ残りあったから家でシチューでも作って食べようと思うのよ。
でもシチューってさ、少し多めに作らないとやっぱり美味しくないじゃない?だから、食べに来ない?意外と料理は得意なのよお姉さん。
お腹が空いてると気分も上がらないしさ。別に泣いてる理由話せとは言わないから誘われてくれない?」
夕食時だし、子供が空腹でない訳はないだろうと思っての発言だったが、案の定、少しの沈黙のあと、「………食べる」という返事が返ってきて、思わず読みが当たったのが嬉しくて口元が弛んでしまった。
私の住んでいるアパートは、大通りから1つ奥に入った少し日当たりの悪い1LDKだったが、その分少し家賃も安く、部屋も風呂も広めに出来ているので気に入っている。
少年をソファーに座らせて、冷蔵庫からリンゴジュースをグラスに注ぐ。
「喉が渇いたんじゃない?飲む?」
頷いた少年はグラスを受け取るとごくごくと一気に飲み干したので、もう一杯注いで戻る。
「少し座って待っててくれる?30分位で出来るから」
「………うん」
家に誰かを招くなんて、女友達のマール位だったので、少年とは言え少し緊張した。友達が少ないしなー。
「………美味しかった。ご馳走さまでした」
シチューをお代わりし、スライスして焼いたパンも四枚平らげた少年は、表情がかなり柔らかくなっていた。
この国の人に多いプラチナブロンドの髪に、ターコイズブルーの瞳。
数年後にはかなりの美青年になるんじゃないかと思われた。
比べると、私の黒髪と黒い瞳は割りと珍しい。
まあ、日本ではデフォなんだけれども。
そう、私はこの世界に20歳の時にやって来た。いわゆる異世界転生というヤツだ。いや転移だろうか。
他の人物の器に私の魂が入ってる訳でもなく、いきなりこの国に日本の時の見た目と姿と中身のまま現れた訳だし。
自分が死んだのかどうかも不明だが、最後の記憶は海に友達と遊びに来ていた事。もしかしたら溺れて死んだのかも知れないが分からない。
そして、よく好きで読んでいた小説の転生、転移者というのは戻れない事が多かった。
だが、何か目的があることが多かったと記憶しているが、別にこの国は平和で、魔王が出た訳でも聖女を求めている訳でもなく、さりとて乙女ゲームなどはやってなかったので不明だが、高貴な身分とやらもないため悪役令嬢になるだの逆ハー的に男性からモテモテになる、という事も一切なかった。
ただ、ちょっと住む場所が変わっただけの一般人。
これが私を表現するのに一番適した言葉だと思う。
強盗に襲われたのか頭を打って荷物も記憶も失った旅行者、という設定で過去を思い出せるまでキチンとこの国で働いて暮らしていきたい、と言う私のウソ話に同情してくれたパン屋の年配夫婦が当時住み込みで雇ってくれなかったら、きっと死んでたんじゃないかと今でも思う。
だって、この世界のお金も全く持ってなかったんだもん私。
絶世の美女というチートなんかもありゃしなかった。以前も読書を愛する地味なメガネ女子で、化粧すらろくにしたことも無かった。
魔法?そんなもんございません。
そこそこ家電品もあるし、牧歌的な風景も広がるヨーロッパとかの田舎町って感じだろうか。
ああ、そう言えばメガネが無くても見えるようにはなっていたのはチートと言える、のかも知れない。言葉も分かるし書ける。あー、チートかなこれも。少しショボいけど。
まぁそんな訳でこの世界に暮らして五年ほどだったが、日本では公園で泣いてる子供と道端の迷子なんていうのは素通りするのは難しい国民性だったのである。
決して私が人格者だとかそういうのではない。
食後、ブドウがあったのでソファーで二人でつまんだ。
「少年、少しは元気になった?」
「………ルキ」
「ん?」
「僕はルキです、少年じゃない」
「ああ、ごめんねルキ。私はカスミ。
さぁ名前も交換したってことで私らは友達だよね。………まだ悲しいかな?」
「………悲しいって言うか………苦しい。周りに誰も味方がいない感じで………」
「おー、お姉さんわかるよその気持ちは」
思わず頭を撫でてしまった。
ビクッとするルキにごめんねと謝り、
「お姉さんは、この国で生まれた訳じゃなくて、よその小さな国に住んでたの。
ほら、髪も目もこの国ではあまり見ないでしょう?
20歳の時からこの国で私たった一人きりで、不安で仕方がなかった」
と続けた。
「………死んじゃったの?」
「うーん………まぁそんなもんかな。とにかく二度と会えないの。
だから、ルキみたいに味方がいないって言うよりも、とにかく寂しくて。友達も家族もだぁれもいなくて、目の前が真っ暗になって進む道が見えない感じ。分かる?」
少し考えて、ルキはこくりと頷いた。
「で、この国でパン屋のおじさんが雇ってくれたから今暮らせてるけどね。最初の一年位は毎晩涙が出たよ」
「………そうなんだ………」
「うん。でも私のいた国で前に友達が『死ぬ時にはみんなトントンになるようになってる』って言ってたのを思い出して、そういう前向きな考え方の方が生きてて楽しいかなって思うようになったのよ」
「………死ぬときにはトントン?」
「そう。悪いことばかりよく続くなー、とか思ってたらドカンといい事があったり、いい事があったと思えばそのあと悪い事があったり。
要は長く生きてる間には、いいことも悪いことも同じ数だけ大体平等に起こるもんだって考え方のこと。
あ、トントンっていうのは比喩でね、秤で比べると同じくらいで均衡してる意味。まだルキぐらいの年の子だとよく分からないかも知れないけどね」
「ううん、何となく分かるよ」
「そっか、頭いいね。………だったら分かると思うけど、人生は楽しんだ方が勝ちなのよ。イヤな事があっても、ああ次にいいことが来る為の貯金だー、と思えばいいの。
だって、最終的にはトントンなんだから」
「そっか………トントン、って良いね」
ニコリと笑ったルキは大層可愛く、帰る頃にはすっかり元気になっていた。
「………カスミさん、また遊びに来てもいい?」
「いいともさ。今度は私の自慢のパンケーキをご馳走してあげよう」
「ありがとう!それじゃまたね!」
帰っていくルキを見送った私は、まさかその友情がそれから八年にも及ぼうとは思ってもいなかった。
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