DOTING WAR~パパと彼との溺愛戦争~

来栖もよもよ&来栖もよりーぬ

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陰ながらだと思います、多分

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 翌朝、私とゾアが落ち合った場所は、婚約者候補たちが入る山の入り口とは少し離れた山道であった。
 ゾアも私も乗馬用のパンツとクルーネックのボタンのないシャツとベスト、そして髪を結んでしまい込める少し大きめのハンチング帽である。
 ボタンで止めるシャツを避けたのは、子供の頃に木の枝などに引っ掛けてよく破いたり、ボタンが取れてしまってメメに怒られたりしていた記憶があるからである。一緒に怒られていたゾアも、本能的にボタンはダメだと感じていたらしい。
 靴も山歩き用の疲れにくいゴム敷きの布素材のものを用意した。二人のリュックの中も寝袋などの基本的な装備に加えて、非常時用の薬や包帯に細いロープ、ハサミや小さなナイフなど、正直かよわい乙女二人の持ち物とは思えないアグレッシブなラインナップである。
 しかし、野生児として飛び回っていた過去の歴史が『山を舐めることの恐怖』を知っているのだ。
 お互い中身を見てニヤリとしてしまった。さすが親友である。

「久しぶりよねえ、エヴリンと二人で山に入るのも」

 ゾアが屈伸をしながら私に声を掛けた。
 私も足首のストレッチをしながら頷く。

「本当ね。……ひとまず私たちは、彼らが入った後に時間を空けてから追いましょうか」
「そうね。──それにしても、辞退した人も結構いるって聞いたけど、それでも五十、いえ六十人はいそうよね」
「王族の仕事ってそんな楽でもないのだけどね。……あ、グレンがいるわ」

 ゾアと木の陰からそっと覗き込む。
 グレンは背が高くてガッシリした体格なので結構目立つ。

「ああ、でもものすごく眠そうだわ……」

 彼があくびを何度も噛み殺しているのが見える。
 朝の七時過ぎなので当然ながら日が出ている。本来ならば仕事を終えてそろそろ眠っているような時間だ。

「大丈夫かしらねえ。早々に道の途中で寝込まれても困るのだけれど」

 びぃーん、びぃーん、と弓の弦をチェックしたゾアが軽く頷く。

「ま、そのために私たちが来たのよね。もう少ししたら私たちも行くわよ」
「了解」

 私も愛用の細身の剣に軽く手を置くと、彼らの入山をじっと待つのだった。



「……さあて、どこにいるのかしらね?」

 彼らの後を追うように山を登っていた私たちだが、数人の男たちが魔物を討伐している姿を見かけただけで、グレンの姿はなかった。

「それにしてもあのイノシシみたいな魔物、赤紫と黄色の体毛って生き物にあるまじき色合いよねえ。悪目立ちしかしないじゃない」

 遠くを見渡すためゾアと木登りした私は、今回の討伐対象の一体である魔物を見てうわあ、と声を上げた。

「魔物って地底の瘴気が生み出すとか言われてるけど、結局発生原因は未だに分からないものね。まあ毒素とか悪い成分とか含まれてそうなのが見た目で分かるだけ親切なのかしらね。食べたいとは思えないし。……あ、ほらシカっぽい角の魔物ってあっちの奴じゃない? あっちなんか黄緑に黒の水玉模様だわ。うわあ、ますます食欲失せるわよね」
「昔からゾアは食べられるかどうかでやる気が左右されてたわよね。今回は食べられないけど頑張ってね」
「分かってるってば──あ、グレンめっけ」
「え? どこどこ」
「エルフ族の視力がないと厳しいわよ。さ、行くわよ」
「分かったわ」

 するすると木を降りてリュックを背負い直すと、私はゾアの後を追った。
 十五分ぐらい歩くと、牙を片方失っているイノシシ的魔物が二頭倒れており、少し進むと角を折られたシカ的魔物が一頭横倒しになっていた。

「うーん、この辺だったけど……」

 ゾアが見回し、あ、と声を上げると、私にしーっというように唇に手を当て、音を立てないように歩き出した。
 岩と岩の隙間の空間に半身を入れたような状態でグレンが眠っていた。くこー、くこー、と寝息が聞こえて来るので倒れている訳ではないようだ。
 身軽にゾアが岩に乗ると、紐をつけた小瓶をグレンの鼻の辺りで何度か揺らした。

「……よし。これでしばらくは深く眠ってるだろうから、普通に話す分には平気だと思うわ」
「嗅ぎ薬ね」

 ゾアの話を聞きながら、彼の腿にわざと傷つけたような切り傷が見えて胸が痛んだ。きっと眠気を何とかごまかそうとしたのね。魔族は傷の治りこそ早いが、痛みは普通の人間と同じである。

「全く何のガードも作らず腰から下が丸出し状態じゃすぐ襲われるわよ。まったく行き倒れかっての。睡魔に耐え切れなかったのねえ……っと」

 ゾアがスッと目を細めると、素早く弓を構えて矢を放った。ギュガァァ、という鳴き声がしてイノシシの魔物が倒れていた。
 私も背後から迫る気配を感じていたので既に剣を抜き払っていたが、襲って来たのは同じくイノシシの魔物である。
 鳴き声でグレンを起こさないよう首を一閃して切り落とした。

「ねえエヴリン、ちょっとグレンの剣取ってくれる?」
「え? 分かったわ」

 ゾアにグレンの腰の剣をそっと抜いて渡すと、ゾアは小声で、

「えーい、やああ! っと」

 などと言いながらイノシシの魔物に傷をつけていた。

「……何してるの?」
「バカね、グレンが睡魔で朦朧としつつも魔物を倒した、って演出じゃないのよ。ほらエヴリンもやってやって」

 と剣を渡され、そうかと慌てて体に傷をつけた。クビちょんぱしてしまったが、後で牙を取りやすいよう近くに頭も置いておいた。

「ねえゾア、牙とかも取っておくべきかしら?」
「止めておいた方がいいわよ。そういうのって個人のクセとか手順みたいなものがあるかも知れないから。グレンは誰かの手柄を横取りするようなタイプじゃないし、殺し損になるかも知れないじゃないの」
「それもそうね」
「眠り薬のついた矢の方でグレンの近くに置くのも考えたけど、彼が起きる前に目覚めて襲われても困るものね。……毒矢の方を多めにしておいて良かったわあ。ふふふふふ」
「こわ。ゾアったらこわっ」
「魔物の首を一刀両断にした王女に言われたかないわよ。……とりあえず日が傾く頃までは、グレンの周囲を陰ながら守りましょう」
「そうね、陰ながら」
「でもこれ以上襲ってくる魔物を倒してたら、眠る前に倒す数としては多くなり過ぎて、彼が疑問に思わないかしら?」
「エヴリン、あなた睡魔が限界まで来てる時に、自分がどれだけ倒したかハッキリ覚えていられると思う?」
「……無理ね。まあ思わぬ力が出たということで」
「そうよね。必死な時って誰しも想定外の働きをするものよね」

 私とゾアは二人で顔を見合わせて頷いた。
 本人さえ分からなければ、陰ながらで合っているはずだ、多分。
 岩の隙間で幸せそうな顔で眠るグレンを見ながら、私とゾアは近づく魔物がいないか辺りの気配を探るのだった。



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