DOTING WAR~パパと彼との溺愛戦争~

来栖もよもよ&来栖もよりーぬ

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 日も傾いて来たところで、そろそろ私たちも隠れましょうと手近の木に登った。三十分ほどしたところでグレンが目覚め、周囲に転がっている魔物の群れを見て「え? え?」と声を出して驚いていたが、調べたら全部魔物に自分が付けたような傷もあるということで、首を捻りつつも無意識に自分がやったのだという判断になったらしい。せっせと角や牙を切って自分の革袋に入れると、嬉しそうに笑みを浮かべた。

「……エヴリンを妻にするのは俺だ」

 そう一人呟くと、意気揚々と魔物探しに動き始めた。
 私は彼からエヴリンという言葉が聞けたのが嬉しくて頬を熱くしていたのだが、ゾアが私を見てたしなめた。

「呑気にニヨニヨするのは良いけれど、私たちも下りて食事にしないと。洞窟でも見つけて眠らないといけないしね」
「え? 夜は追わないの?」
「グレンは夜間は心配不要じゃない。昼夜問わず追い掛けるなんてどこの変態よ。私たちだって体力無限じゃないのよ?」
「だけど見失っちゃうわ」

 ゾアはいたずらっ子のような顔でニヤリと笑って、大丈夫よとリュックの中から小瓶を出した。

「グレンの剣とベルトにこれ塗っておいたから」
「何それ?」
「追跡薬よ。──ほら、エルフ族って見た目そこそこ綺麗だし、手先も器用で長命じゃない? 金持ちの貴族とかがエルフ族の子供を攫って、使用人とかペットみたいに飼いたがるような人が昔は多かったらしいの。だから目と鼻が利くエルフ族がすぐに子供たちを発見出来るようにって、私たちにしか分からない独特の香りを精製して、子供たちにネックレスやブレスレットとして、液に浸した糸や布で作ったのを持たせていたのですって。今はもうそんなこと殆どないから、使っている人も少ないのだけど」

 嗅いでみる? と小瓶の蓋を開けて嗅がせてくれたが、微かに金属みたいな臭いを感じるものの、ほぼ無香である。少し顔を離しただけでもう分からない。

「……これ、ゾアは離れていても分かるってこと?」
「一キロ、二キロ離れていても分かるわよ。だから安心して私たちも食事して休みを取らなきゃ。栄養不足と睡眠不足は肌荒れのもとなんだもの」
「それもそうね」

 ちょっとグレンと離れるのは残念だったが、また会えるのであれば安心だ。私たちは木の実や果物を採り、ゾアが眠り薬が塗られた方の矢でウサギを仕留めてくれた。私はゾアほど夜目も利かないので、夜間の狩りは彼女が頼りだ。
 たき火をして私が綺麗に皮を剥ぎ、持って来た塩を振って枝を削って串刺しにしたウサギを炙る。

「……どうでも良いけれど、私たちって結構逞しく生きていけるわよね山の中でも」

 ゾアが炙ったウサギ肉を頬張りながら笑った。

「レディーだからって、男性に頼る以外何も出来ない訳じゃないわよ。大体子供が産まれたら子供だって守らないとならないのだし。母は強しって良く言うじゃないの」
「──まあエヴリンは王族だからあんまりサバイバルが役立つ機会はなさそうだけれど。確かに弱いよりは強い方が良いわよね」
「そうよそうよ」

 二人してお腹が満足すると、近くを探索して小さな洞窟を見つけた。魔物の気配もなかったが、念のため入口には木の枝で覆って侵入されにくくしておいた。
 寝袋を取り出して潜り込んだ後は少し話をしていた記憶があるが、気がつけばぐっすりと眠っていたようで、目が覚めた時には隠していた扉代わりの枝の間から日の光が差し込んでいた。
 近くの小川で顔を洗って歯を磨いているとゾアも起きて来た。

「ふああ、良く寝たわ。やっぱり良く運動して良く食べて良く眠るっていうのは長生きと健康の秘訣よねえ」
「どこのお年寄りの台詞よ」

 笑いながら果物で朝食を済ませると改めてグレン探しの旅である。
 他の参加者の人たちもかなり討伐をしているのか、少し歩くたびに角や牙の取れた魔物の死骸が転がっている。

「これ、このままで良いのかしらね」
「毒素があるものね。他の食用動物が食べても困るし。多分後で騎士団の人たちが回収するんじゃない?」
「ああ、そう言えば以前何度か回収して焼いてるの見たことあるわね」

 雑談を交わしながら歩いていると、ゾアが話をしようとする私を制してリュックを下ろすと、木に登り始めた。私も後を追う。

「ああ、いたいた。……あら、まずいわね」
「え? どこ? 何がまずいの」
「とにかく急がないと」

 慌てて木から飛び降りるとリュックを背負って小走りになった。私も状況が分からないながらも一緒に走り出す。
 少し息が上がって来た頃、ゾアが後ろ手で止まれという指示をする。今回は木に登らなくてもこちら側が高台になっており、下にいるグレンの姿が見えた。今回は岩の間どころか岩の上でうつ伏せになって眠っているようだ。あの人の危機意識はどこへ消えたのだろうか。睡魔って色んな危機感が疎かになるのね。
 だが、今回は彼だけではなく、彼のリュックをゴソゴソと探っている一人の男がいた。

「……グレンの手柄を横取りしようとしてるのね。ああいうこすっからいタイプって、嫌よねえ」

 ゾアがそう呟くと、矢を抜いて素早く相手の男のお尻を狙って矢を放った。

「っぐうっ!」

 と声を上げた男はそのまま突っ伏すように倒れ込んだ。

「ちょっ、まさか殺めたんじゃないでしょうね?」
「冗談はよして。結婚式目前で人殺しにするつもり? 眠っただけよ」

 岩を利用しながらグレンのところまで降りると、彼に嗅ぎ薬を嗅がせて強奪男のお尻の矢を抜くと、ズボンの上から消毒薬を振りまいた。
「起きる頃にはちょっと痛いな程度で、傷も明日には完治よ。便利ねえ魔族って丈夫で」
「……ねえ、これ、私たちの協力必要ないわよね?」

 私はグレンのリュックの横にあった布袋を開いて見せた。昨日私たちが数頭分手助けしたのはあるが、それ以上に夜に仕留めたであろう戦利品でパンパンである。そりゃあ通りすがりの参加者も、邪な考えを持ってしまう人も出るだろう。

「──あら、本当ね。でもグレンて人を信用しやすいから、このなよなよしたお兄さんは近くに置いたままにしときましょうか? 泥棒されかかったのか貞操奪われかかったのか分からなくて、ビビッて少しは昼間も警戒するでしょうよ。こんなアホみたいに高めの岩に乗っかってれば大丈夫、みたいな子供みたいな無防備さも治ってくれると良いけれど」

 あ、どうせならグレンのベルトの辺りにでも手を乗せときましょう、起きたらびっくりするわよお、などとゾアがいそいそと男を引きずりグレンの横に転がすので、悪ふざけはそこまでにして、とたしなめた。

(……間近で寝顔見たのは子供の頃以来だけど、相変わらず良い顔ねえ)

 昨日は岩の間に上半身を隠した状態で眠っていたので引っ張り出す訳にも行かなかったが、今回は見放題である。
 少し長めの黒髪も、今は見えないが宝石のような赤い瞳も、少し荒削りな感じの顔立ちにとても似合う。鍛錬で鍛え上げた体も引き締まっており、目の保養以外の何者でもない。ただ、このままえへらえへらと眺めていたら私は確実に野生の変態乙女である。

「……ゾア、この様子なら明日の討伐も問題なさそうだし、日が傾くまで近くで見守って、何もなければ帰りましょうか私たちも」
「そうね。泥まみれだし、お風呂にもゆっくり入りたいわよねー」
「あ、ついでだから魔物以外に帰りがけに夕食用の野鳥でも狩りましょうか。ゾアの家の料理長はシチューが得意だものね」
「良いわね!」

 岩の上でくこーくこーと眠るグレンに背を向け、やって来た数匹の魔物を倒すと、彼の剣で傷だけつけておき日暮れ前にその場を後にした。

「……グレンの強さを見誤ってたわ。私が心配するほどのことはなかったわね」
「少なくとも野鳥を二羽担いで山を下りる乙女の方がよほど危険よね」
「言えてるわ」

 私たちは顔を見合わせて笑うと、そのまままた救護団の人に見つからないようにこそこそとゾアの屋敷へ戻るのであった。



 
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