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新たなる試練(自分)
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ゾアの屋敷から戻って数日。
メメから進捗状況を確認したところ、グレンは上位者に入っていたようで安心した。ただあれだけ討伐していたのに一位ではないようだ。……我が国の男性はなかなか強者が多いのかも知れない。
「ねえメメ、一体いつまでこのイベントとやらは続くのかしらね?」
私は自室のソファーでころりと横になりながらメメに愚痴をこぼした。
「グレンが合格点を取っているのなら、父様は私が彼を好きなことも分かっているのだから、もう婚約を認めてくれても良くないかしら?」
「エヴリンお嬢様、公の場ではないからといってだらしないですわよ」
本棚の埃を払いながらメメに叱られ、慌てて姿勢を正す。
「陛下は別にグレン様のことを嫌っているのではないと思いますわ」
「それなら何故……」
「ですが大切な一人娘を結婚させるなら自分が認められる一流の男を、と思うお気持ちも分かります」
「まあそれはそうでしょうけれど」
「グレン様が昼間起きていられない体質なのも分かっていて、それでもエヴリンを妻にするための努力や気概は見せて欲しい、とお考えなのかも知れませんね」
「私の苦労もあるのだけど……」
「──何のご苦労でございますか?」
「あ、いえ何でもないわ」
少しとは言え昼間の彼の護衛をしていたなどとは口が裂けても言えない。ただでさえゾアからは抑えていた狩人の血が目覚めたとかで、
「婚約が決まったら、お祝いに友だち何人か連れて野牛を狩りに行くのはどう? 婚約パーティーってことで、ぱーっとバーベキューするのも良いわね。余ったらお肉は皆で持って帰って分けましょ。……あ、川の近くでやれば魚も獲れるし、一石二鳥じゃない♪ 麻痺系の薬も試したいし」
などと言い出してるし、娘の様子を不審に思ったゾアの母親からも昨日、
「娘がマリッジブルーなのかも知れないわ。何か部屋にこもりきりになって、夜遅くまで灯りがついていたりするの。エヴリンは何か聞いていない? ちょっと心配だわ」
と手紙まで届いた。
おば様すみません。彼女はただ矢じりに塗る薬を調合しながら、ご機嫌でゴリゴリと薬草を潰しているだけだと思います。
先日の泥だらけの帰宅時も、昔から屋敷で働く人たちは私たちの子供の頃からの行動を熟知しているので、おば様にバレないように風呂場へ案内してくれたが、ゾアは常日頃から両親には淑女の外面を外さないようにしているので、少しの変化も気になるらしい。
「ほら、良い子で信用を得ておいた方が束縛されたり説教もされないし、色々と便利なのよ。まあ両親に心配かけないためでもあるけれど。……それにね、結構演技するのも実際の淑女教育にもなるじゃない? ずっと礼儀正しくしてたら堅苦しくて息が詰まるんだもの」
とゾアは弁解していた。
私のように赤ん坊の頃から母がいないせいか過保護なほど大事に育てられ、子供時代から野生児状態でも、メメたちや父が許容してくれる家は少ないのかも知れない。ゾアの両親は厳格な方々だし。
何だかんだ言っても私は恵まれた環境なのである。
「──私ももう少し真面目に淑女のマナーを学ぶべきかしらね」
ぽつりと漏らした独り言が聞こえたのか、メメが目を輝かせた。
「ようやく本気になって下さいましたか? 初級編中級編は済みましたし、とうとう上級編にステップアップでございますね!」
「え? ああそうね。ただ今は、グレンのことが気掛かりで気が乗らないからまたもう少し時間が経ってから──」
「……そんな悠長なことを仰っててよろしいのですか? 明後日には上位七名の婚約者候補の方とディナーパーティーもございますのに」
メメのため息まじりの言葉に私は目を見開いた。
「何それ聞いてないわよ?」
「申し上げたのは初めてでございます。──ですが、普通は王女がディナーパーティー一つでオロオロするとは誰も思いません」
「……メメ」
「はいなんでしょう?」
「私が悪かったわ。明日までに一時しのぎで良いから何とか鍛え上げてちょうだい」
「一日二日で何とかなるのなら私がここまでうるさく言う訳ありませんでしょう? エヴリンお嬢様がレッスンをすっぽかして外に冒険だの狩りだの行っていなければ、こんな慌てるようなことにはなってないのですよ?」
「分かってる、分かってるわ。本当に私が悪かったわ、ごめんなさい。これからは心を入れ替えるから今回だけは許して」
「浮気した男の常套句みたいに守れもしないセリフは結構です。──ですが、我が国の王女がドレスさばきもまともに出来ないなどと言われるのは、乳母兼専属メイドとして屈辱でございますし、何とか最低限の形だけは取り繕って頂きますわ」
「頑張る。私一生懸命頑張るから!」
「かしこまりました。それではその楽そうなキュロットパンツやゆるゆるのシャツを脱いで、今すぐドレスに着替えて頂けますか?」
「……え? 今から?」
「今からでも遅いのですが。もう一度申し上げましょうか?」
「わ、分かったわ、分かりましたってば」
私は慌てて立ち上がった。
……ああ、野山でグレンの護衛をしている方が気が楽だったわ。
でも、明後日には他の人たちも一緒だけどグレンに会える。まともに日常会話以外の話が出来るのは一年ぶりぐらいかしら。
そう思うと喜びが溢れて気づけば頬が緩んでいた。
メメから進捗状況を確認したところ、グレンは上位者に入っていたようで安心した。ただあれだけ討伐していたのに一位ではないようだ。……我が国の男性はなかなか強者が多いのかも知れない。
「ねえメメ、一体いつまでこのイベントとやらは続くのかしらね?」
私は自室のソファーでころりと横になりながらメメに愚痴をこぼした。
「グレンが合格点を取っているのなら、父様は私が彼を好きなことも分かっているのだから、もう婚約を認めてくれても良くないかしら?」
「エヴリンお嬢様、公の場ではないからといってだらしないですわよ」
本棚の埃を払いながらメメに叱られ、慌てて姿勢を正す。
「陛下は別にグレン様のことを嫌っているのではないと思いますわ」
「それなら何故……」
「ですが大切な一人娘を結婚させるなら自分が認められる一流の男を、と思うお気持ちも分かります」
「まあそれはそうでしょうけれど」
「グレン様が昼間起きていられない体質なのも分かっていて、それでもエヴリンを妻にするための努力や気概は見せて欲しい、とお考えなのかも知れませんね」
「私の苦労もあるのだけど……」
「──何のご苦労でございますか?」
「あ、いえ何でもないわ」
少しとは言え昼間の彼の護衛をしていたなどとは口が裂けても言えない。ただでさえゾアからは抑えていた狩人の血が目覚めたとかで、
「婚約が決まったら、お祝いに友だち何人か連れて野牛を狩りに行くのはどう? 婚約パーティーってことで、ぱーっとバーベキューするのも良いわね。余ったらお肉は皆で持って帰って分けましょ。……あ、川の近くでやれば魚も獲れるし、一石二鳥じゃない♪ 麻痺系の薬も試したいし」
などと言い出してるし、娘の様子を不審に思ったゾアの母親からも昨日、
「娘がマリッジブルーなのかも知れないわ。何か部屋にこもりきりになって、夜遅くまで灯りがついていたりするの。エヴリンは何か聞いていない? ちょっと心配だわ」
と手紙まで届いた。
おば様すみません。彼女はただ矢じりに塗る薬を調合しながら、ご機嫌でゴリゴリと薬草を潰しているだけだと思います。
先日の泥だらけの帰宅時も、昔から屋敷で働く人たちは私たちの子供の頃からの行動を熟知しているので、おば様にバレないように風呂場へ案内してくれたが、ゾアは常日頃から両親には淑女の外面を外さないようにしているので、少しの変化も気になるらしい。
「ほら、良い子で信用を得ておいた方が束縛されたり説教もされないし、色々と便利なのよ。まあ両親に心配かけないためでもあるけれど。……それにね、結構演技するのも実際の淑女教育にもなるじゃない? ずっと礼儀正しくしてたら堅苦しくて息が詰まるんだもの」
とゾアは弁解していた。
私のように赤ん坊の頃から母がいないせいか過保護なほど大事に育てられ、子供時代から野生児状態でも、メメたちや父が許容してくれる家は少ないのかも知れない。ゾアの両親は厳格な方々だし。
何だかんだ言っても私は恵まれた環境なのである。
「──私ももう少し真面目に淑女のマナーを学ぶべきかしらね」
ぽつりと漏らした独り言が聞こえたのか、メメが目を輝かせた。
「ようやく本気になって下さいましたか? 初級編中級編は済みましたし、とうとう上級編にステップアップでございますね!」
「え? ああそうね。ただ今は、グレンのことが気掛かりで気が乗らないからまたもう少し時間が経ってから──」
「……そんな悠長なことを仰っててよろしいのですか? 明後日には上位七名の婚約者候補の方とディナーパーティーもございますのに」
メメのため息まじりの言葉に私は目を見開いた。
「何それ聞いてないわよ?」
「申し上げたのは初めてでございます。──ですが、普通は王女がディナーパーティー一つでオロオロするとは誰も思いません」
「……メメ」
「はいなんでしょう?」
「私が悪かったわ。明日までに一時しのぎで良いから何とか鍛え上げてちょうだい」
「一日二日で何とかなるのなら私がここまでうるさく言う訳ありませんでしょう? エヴリンお嬢様がレッスンをすっぽかして外に冒険だの狩りだの行っていなければ、こんな慌てるようなことにはなってないのですよ?」
「分かってる、分かってるわ。本当に私が悪かったわ、ごめんなさい。これからは心を入れ替えるから今回だけは許して」
「浮気した男の常套句みたいに守れもしないセリフは結構です。──ですが、我が国の王女がドレスさばきもまともに出来ないなどと言われるのは、乳母兼専属メイドとして屈辱でございますし、何とか最低限の形だけは取り繕って頂きますわ」
「頑張る。私一生懸命頑張るから!」
「かしこまりました。それではその楽そうなキュロットパンツやゆるゆるのシャツを脱いで、今すぐドレスに着替えて頂けますか?」
「……え? 今から?」
「今からでも遅いのですが。もう一度申し上げましょうか?」
「わ、分かったわ、分かりましたってば」
私は慌てて立ち上がった。
……ああ、野山でグレンの護衛をしている方が気が楽だったわ。
でも、明後日には他の人たちも一緒だけどグレンに会える。まともに日常会話以外の話が出来るのは一年ぶりぐらいかしら。
そう思うと喜びが溢れて気づけば頬が緩んでいた。
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