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【バッカス王国】
 
 
「ねえ、勇者選抜ってまだ終わらないの?ちょっと長くなぁい?」
 
 ビアンカが昼食のデザートのオレンジを食べながらシルバ王子とオルセー王子に少しイライラしたような口調で訊ねた。
 
「……だいぶ絞れては来た。だが、ちゃんと準備をしてこそ勝機があるのだ聖女よ」
 
 シルバは肉を切っていたナイフを止め、静かな口調で見返した。
 
「もう本も飽きたし町を出歩くのも飽きたわ。
 私のホーリーマジックがあれば、何とかなるんでしょ?いつまでも選抜選抜って……これ以上待つだけなのはイヤなのよ」
 
 ビアンカはヒーローになりたいのだ。
 悪い奴を倒して、皆から感謝されるヒーローに。
 毎日毎日「姉ちゃんコーヒー」「姉ちゃん勘定」と名前すら呼ばれない生活を送っていたビアンカの、恐らく人生最初で最後の独壇場なのである。
 
 ヒーローというのはいつまでもダラダラお菓子を食べたり、ゴロゴロ寝ているものではないのだ。
 若干お腹まわりが心配になってきたのもありはするのだが。
 
「だが、まだ20人ほどしか決まっていないのだぞ。せめてあと10人は欲しいところなのだ」
 
「勘弁してよ。また何ヵ月待つの?ウンザリだわ。今決まってる人たちだってそこそこやれるんでしょう?
 もういいじゃないそれで。少数精鋭って言うし」
 
「だがっ!」
 
「まあまあ兄上、良いではありませんか。唯一聖属性の魔法を使える聖女と我々バッカス王国の精鋭でマイロンド王国の魔王を倒せれば、数にモノを言わせたなどと周辺国から舐められませんし。
 第一、時間をかければかけただけアチラも戦力を増強するに決まってるんですから。ねえビアンカ?」
 
 オルセーはビアンカに微笑んだ。
 兄上はいつも慎重すぎるとオルセーは思っている。
 聖女がいるのだから何を怯える必要がある。
 
「……アーノルドはどう思う?」
 
 オルセーの考えは、単にビアンカを落とすチャンスを早めたいだけの欲まみれの楽観的観測である。
 シルバは戦力の足しにもならない弟の意見はスルーすることにしている。
 
「わたくし、ですか?……そうですね……」
 
 側で立ったまま沈黙を守っていたアーノルドは、少し考えるような態度だったが、
 
「僭越ながら申し上げますと、正直これから選抜であとどれだけの勇者志望がモノになるかは不確定でございます。いくら見所があったとしても、延々と鍛える時間はありませんし」
 
「確かに……今選抜で選ばれた者も単独ならともかく、複数での攻撃には不慣れだしな」
 
 騎士団の連中と合同で訓練をしているところだが、どうしても回りに大勢味方がいると、負傷させてしまわないかと動きに精彩を欠く者もいる。
 
「どにらにせよ、国も守りが必要ですから騎士団の者は王宮に残しておかねばなりませんし、いつまでも訓練に費やすのも無駄に時間もかかります。
 オルセー王子の仰る事も一考に値するかと」
 
「そうか……」
 
 準備を整えて出立するとしても、シルバの考えていた予想より1ヶ月以上は早い。訓練を含めて半年は見ていたのだ。
 
 だが、アーノルドの言う通り、これから有望な勇者志望が出るかも分からないまま選抜試験を続けるのも無駄と言えば無駄である。
 
「──では、2週間後に魔王討伐へ向かおう。道々何があるか分からん。出立の備えを十分してから行くので、各自補給部隊や勇者選抜者にもその旨伝えろ」
 
「御意」
 
 アーノルドが黙礼して下がると、
 
「ようやく魔王討伐ねぇ……あー長かったわぁ」
 
 ビアンカがうーんと伸びをして立ち上がった。
 
 そりゃ何もしてないのだから長いだろう。
 
 シルバは内心呆れはするが、聖女の力が必要なのは確かなのだ。ここで不快な言動をしてビアンカのご機嫌を損ねるのは得策ではない。
 
「……聖女殿も支度は怠らぬようお願いします」
 
 シルバはそう言うに止めた。
 
「分かってるわよ。取りあえず町で見た目が良くて動きやすい服と基礎化粧品位は買ってこないとね。誰か付いてきてくれるかしら」
 
「ああ、それなら僕が」
 
 いそいそと立ち上がったオルセーに苦いものを感じながらシルバも立ち上がる。
 
 何が基礎化粧品だ。見た目のいい服だ。旅行か何かのつもりなのか。
 
「それでは私も移動ルートの見直しなどもあるので失礼する」
 
「はーい、よろしくね~」
 
 ひらひらと手を振る聖女に忌々しい気持ちを抱えながら、シルバは己の役目を全うするため執務室へ向かうのだった。
 
 
 
 
 
 
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