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第一部〜ランゲ伯爵家〜
帰還〜オスヴァルト⑰〜
しおりを挟むアーベル・トラウトは、抵抗する事無く捕縛され、連行されて行った。
アンネリーゼの遺した日記を読み、真実を知り絶望した彼は虚ろな目をして項垂れていた。
結局自分のした事はただ引っ掻き回しただけで意味の無かった事だと。
愛する人の為、貴族の義務から解放してやりたいというアーベルの気持ちは、ルトガーと愛し合う夫婦となったアンネリーゼからすればいらぬお節介に過ぎなかったのだ。
アーベルとアンネリーゼは、駆け落ちが失敗した時点で終わっていた。
記憶が戻ったら全てが元通りになるなど、幻想に過ぎなかったのだ。
「なんだかかわいそうな男だったな……」
記憶喪失だった事のある妻がいるディートリヒは、やりきれない気持ちだった。
「兄上、何故彼は王都騎士団に入れなかったのですか?」
「……筋が良すぎたんだ」
「えっ?」
「打てば響く鐘のように伸びる逸材だと思った。王都にいるより実力を発揮できる辺境を紹介すると言ったが……
紹介状を渡す前に姿を消してしまった。
……辺境騎士団でも騎士爵を賜われるのだがな」
「そうですか……」
もし、彼が騎士爵を持てていたら、二人はどうなっていただろうか。
愛する者同士で結ばれ、今も幸せであれただろうか。
──考えても答えは出ない。
そもそも騎士爵を取れていたなら、伯爵家の護衛なんかになっていないだろう。
そうすればアンネリーゼとの出逢いも無い。
辺境騎士団で爵位を取ったあと政略結婚でやって来たアンネリーゼとどうにかなる事も無かっただろう。
全ては終わってしまった事。
あの時どうしたら、などと、過去に思いを馳せてもやり直しはきかないのだ。
だからこそ、人は慎重に答えを選ぶ。
取り返しがつかない選択肢を選ばぬように。
感情任せにせず、理性で判断しなければならない。
「テレーゼ様、行きましょう」
「……ええ」
テレーゼも、兄と義姉、そしてアーベルを思うとやりきれない気持ちになる。
だがアーベルは反逆者となった。
これから罪を償わねばならないだろう。
辺境伯領では、辺境伯の裁量で裁判ができる。万年人手不足である事を鑑みれば死罪は免れるだろうが、危険地域に送られる事は避けられないだろう。
それでも彼には生きて償いをしてほしい。
そしていつか……
そこまで思い、テレーゼは頭を振る。
何をもって幸せとするかは、人によるのだ。
だが希望だけは忘れてほしくないと思うのだった。
盗賊団殲滅と、辺境騎士の裏切りの件はこうして終結した。
「帰ったか」
殲滅隊に出ていた騎士たちを、留守役の辺境伯が迎えた。
決戦に赴いた割にあまり汚れていないのは、一人のおかげだろうと思うと複雑な気持ちになるのだが。
「ただ今戻りました」
「テレーゼー!無事か!無事だったか!!」
暑苦しいまでの歓迎を受け、テレーゼは惑ったが、戦場から生きて帰る事が出来た事に留守役は安堵する為今ばかりは暑苦しい歓迎を甘んじて受けた。
「ディートリヒ様、お帰りなさい」
「ただいま、カトリーナ」
辺境伯邸に訪れたカトリーナも、ディートリヒの帰還を喜んだ。
「お父様、お帰りなさい」
「ちち、か~り!」
二人のかわいい子どもたちも来ていた為、父の帰りを待っていたのだ。
「ジーク、ヴェルナーも来ていたのか!
……ランドは?」
「ふふっ、あちらよ」
微笑むカトリーナの示した方向を見ると、女の子とランドことランドルフが一緒にいるのが見えた。
大人しそうな女の子の面倒をランドルフが見ているような。
微笑ましい風景に、二人を始め、周りの騎士たちもほのぼのしてしまう。
「ランドが興味を示すなんて、珍しいんじゃないか?」
「ええ。暇さえあれば本を読んでる子ですからね。未来のお嫁さんになったりして」
「ランドはまだ5歳だぞ」
「分かりませんよ?恋はいくつになってもしますから」
意味ありげに微笑まれ、ディートリヒは照れるしかない。
どこに行っても、二人は仲良し夫婦なのだと、近くにいた誰も帰還を喜び、駆け寄ってくれないオスヴァルトは寂しい気持ちになっていた。
「オスヴァルト、頑張ったな」
唯一寄ってきてくれたのは、面倒見の良いフランツだった。
彼も怪我をしていたため留守役だった。
「フ……フランツさん……」
思わず涙目になる。
「叔父さん、お疲れ様」
「ジーク……。頑張ったんだよ、俺……」
久しぶりに見た甥っ子にがしっと抱き着く。
「叔父さん……相変わらずだね」
苦笑しながらも、ジークハルトはオスヴァルトの背中をぽんぽんと叩いた。
そして、その目にオスヴァルトを気にする女性がいる事を映すと、「叔父さん」とそちらに促した。
甥っ子に促された方を見ると、辺境伯から解放されたテレーゼがいた。
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