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第二部〜オールディス公爵家〜

結婚までの道程は誰しも甘くなる

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「マリアンヌ、これはどうだろう」
「マリアンヌ、しっかり食べてるか?食べないともたないぞ」
「マリアンヌ、体調はどうだ?熱は無いか?」

「マリアンヌ、」

「だあーーーーうっとおしい!!」

 晴れてマリアンヌの婚約者となったアドルフは、彼女の周りをちょろちょろとして甲斐甲斐しく世話を焼いていた。
 二人きりの時は良いだろう。
 だが今は学園の中、昼休憩中である。
 ユリウス、アドルフ、マリアンヌ、フローラの四名で昼食を共にするのが常だが、うろうろと婚約者の世話を焼くアドルフに、ユリウスは居心地の悪さを感じていた。

「何なんだお前!?変わり過ぎだろう?ホント誰だよ、無表情で冷静なアドルフを返せ!」

「殿下、何も変わりませんよ?愛しい婚約者と一緒にいるのです。これくらい普通でしょう?殿下こそもう少しフローラ嬢と仲良くされてはいかがですか?」

「おっ、れは、王太子だからな。皆の手本にならねばいけない立場だ」

「殿下が婚約者を大切にする事で皆の手本となるのではありませんか?
 将来の王と王妃が仲良くしている事は国民の安心にも繋がるでしょう」

「そ、そうか?……うん、そう言うなら、まあ、……フローラ」

「へっ」

「こっちに来い」

 男二人の言い争いを遠巻きに見ていたフローラは、急に矛先が自分になりおずおずとユリウスに近寄った。

「えっ、と」

 顔を真っ赤にしたユリウスは、手で座れと合図を送る。それに従うように、フローラはユリウスの隣に腰を下ろした。

「違う、こっち」

 そう言って示すのは己の膝。これにはフローラも顔を赤くし、普段見せる淑女としての顔ではなく年相応の少女の姿を見せた。
 普段王太子妃教育を受けた者として完璧なフローラが、気の許せる友人やユリウスの前でだけ見せる表情をユリウスは気に入っている。

 アドルフとマリアンヌは「そこまでやれとは言ってない」と思いつつ、フローラがユリウスの膝に座るのを気配を殺しつつ見守っていた。

 真っ赤になりながらもちょこんと座る婚約者にむずむずしながらニヤける顔を抑えるが、愛しい女性を前に取り繕うのも無理な話。

「人の事言えないじゃないか」

 アドルフはぼそっと呟いたが、マリアンヌが普段見慣れない友人の姿に瞳をキラキラとさせて見ていた為「……アリ」と友人を祝福した。


 そんな平和な学園時代を過ごしていたアドルフたちは、無事卒業を迎えた。

「色々ありましたが、あっという間でしたね」

「ああ、……無事卒業できて良かったよ」

「卒業したら、結婚、です、ね。緊張します……」

「ようやく、一緒に暮らせる」

 アドルフはマリアンヌの手を取りくちびるを寄せた。
 婚約してから2年半、ずっと卒業後を待ち望んでいたのだ。

 ちなみに、アドルフは結婚を機に公爵位を譲られる事になった。
 そしてどういう風の吹き回しか、父グスタフは愛人関係を精算したらしい。
 母フリーデも同じように愛人関係を精算した。

 更にアドルフが驚いたのは、血の繋がった弟妹はいなかった事。
 全て愛人の連れ子だったと新たに譲られた影から報告を聞いた時には「そんな事あるのか?」と激しく混乱した。影曰く

「あの二人は大変に面倒な性格をしてらっしゃいます。互いにツンツンしてるのですが、裏ではバカみたいに惚気てるんですよ。
 だから拗れました。それぞれの愛人は当て馬ですね」

 愛人関係の爛れは社交界で格好の餌食となるような醜聞だが、うまく隠し通せていた事、またおしどり夫婦のような二人がまさかそんな事になっているとは誰も疑わずに今まで来れていた。
 だがいい加減意地を張るのをやめようと、グスタフ側から進言し、このような結果になったらしい、と影の報告である。

 その後二人は離縁か、再構築かの話し合いをし、せめて息子の結婚式までは夫婦としていよう、その後の事は終わってから考えようと決着をつけた。

 息子に公爵位を譲ったあとは、領地に引き揚げる予定だ。アドルフは、両親は領地から出さないように固く誓った。


「あの子が結婚できて良かったわ。いいお嬢さんを見つけてきたわね」

「ああ。俺達に似ず真っ当に成長して良かったよ」

 名門オールディス公爵家を継ぐ者として、常に正しくあれ、清くあれと息子に言っていた。だがそれを実行できていない事への後ろめたさがついて回っていた。
 気付いたならば止めれば良いものを、引き返せない所まで堕ちていたのも否めない。

 だが息子はそんな両親を反面教師として誠実に成長してくれた事にグスタフは安堵していた。
 いささか婚約者に対して過保護がすぎるのではないかという気持ちはあるが、蔑ろにするよりよほど良い。

「あやつの結婚式が終わったら俺は領地に行く。もう王都には戻らないつもりだ」

「……奇遇だわ。私もそちらに用があるの」

「では目的地までエスコートしようか」

「仕方ないからされてあげるわ」

 これからの息子の幸せに陰が差さぬ様に。

 二人はこれから正していく事にしたのだった。



 そしてアドルフとマリアンヌの結婚式の日。

 純白のドレスに身を包んだマリアンヌはベールの中に美しさを隠していた。

「マリアンヌ……きれいだ……。君と無事にこの日を迎えられて嬉しく思う」

「アドルフ様……。拙い私ですが、あなたに寄り添わせてくださいませ」

「ああ、ずっと一緒にいよう」


 そうして口付けを交わし合う。

 この時はマリアンヌの体調もだいぶ良くなっており、アドルフの過保護もあまり発動しないくらいになっていた。

 みなに祝福された二人はとても幸せで。

 愛し、愛される恋人同士、輝かんばかりの笑顔を見せていた。

 この日の事は、後に二人の中に思い出として残り、よく思い出しては幸せを噛みしめる日になった。



「マリアンヌ、愛している。私と結婚してくれてありがとう。
 今夜は……その、いわゆる初夜だが、今日は疲れただろう?ゆっくり休んでほしい」

「アドルフ様、いいえ。体調は万全です。
 白い結婚は嫌です。私をあなたの妻にして下さいませ」

 薄い夜着に身を包んだマリアンヌの姿に思わずごくりと喉が鳴る。しかし無理をさせるわけにもいかない。

 だが目の前に愛する妻がいて、名実ともに妻になりたいと懇願してくる。
 ──誰が拒否できるだろう。

 念の為、本当に万が一の念の為に、事前に医師と相談しておいて良かったのかもしれない、とアドルフはいるか分からない神に祈りたくなった。

『激しくしなければ大丈夫でしょう』

(激しくしないように、激しくしないように、激しくしな………)


「アドルフ……さまっ…」





 翌朝マリアンヌが起き上がれなかった為再び過保護が発動した事を追記しておく。

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