27 / 44
本編
実は夢じゃないのか?
王太子の一件があり、カトリーナは伯爵邸で一日を過ごしていた。
ディートリヒからしばらく屋敷から出ないようにと諌められたのだ。なので家令のフーゴと共に領地関連の仕事をしたり、本を読んだり、刺繍を刺したり。
時折エリンやソニアたちとサロンでお茶を飲んだりする事が彼女にとって癒やしとなっていた。
『ただの嫉妬だ』
カトリーナは、あの日の言葉を思い出していた。
自分が王太子に迫られているのを見て嫉妬してくれたと喜ぶ反面、自身の気持ちに気付かされ、ディートリヒとは顔を合わせづらくなっている。
ディートリヒも最近は忙しいのか、朝晩の食事を一緒に摂ることも難しくなっていた。
顔を合わせても慌ただしく出掛けたり執務室にこもったりする為、会話もだんだん少なくなっていった。
その事にカトリーナは寂しさと、不満を募らせる。
(ひ、暇だからね!会いたいわけでは、無いのですわよ)
誰に言うわけでもなく、1人悶々としていた。
そのうち無意識に
「旦那様は何時頃お帰りかしら」
「たまにはゆっくりお過ごしになれば良いのに」
そんな呟きが毎日続くので、聞かないふりをしていた使用人たちはカトリーナの変化に戸惑っていた。
(これじゃまるで私があの人に会いたいみたいじゃない?)
それは違う、断じて違うと思うたび、思考はただ一人で占められていく。
本当は気付いている。
だが、恥ずかしくて否定したい気持ちと、受け入れてくれるか不安な気持ちが混ざってつい言葉に棘ができてしまうのだ。
「あとどれくらいで帰って来るかしら」
いつもの呟きに
「今日は17時頃にお帰りですよ」
と、うっかり執事のハリーがカトリーナに漏らすと、彼女の顔はみるみる朱に染まる。
「だ、誰も気にしてませんわよ!?待ってもいませんからね!?」
カトリーナからすればそれは心の中での呟きだったのだ。誰かに聞かれるなんて思っても無かった。
だが小さい声ながら、口から発せられたその声は周りの耳に届く。
その場にいた使用人は、あたふたするカトリーナににこにこしている。
16時少し前、カトリーナは部屋の中でうろうろしていた。今日のやるべき事を終え、昼過ぎからチラチラと時計とにらめっこしていた。
そのうち意を決して侍女を呼ぶと、髪型をセットするように言った。
「べ、別に気分転換、そう、気分転換なのよ!」
そう言いながら顔は真っ赤である。
侍女のソニアは「きれいに致しましょうね」とにこやかにセットしてくれた。
17時少し過ぎた頃、そわそわときれいに着飾ったカトリーナは玄関先にさも用事があると言わんばかりにうろうろしていた。
何度も侍女に「おかしくない?」「変なとこない?」と聞き、その時を浮き立って待っている。
そのうちカラカラと馬車の音がし、玄関先で止まると、ビクリと跳ねる。
そのせいか心臓がドキドキ高鳴って誰かに聞かれるのではないかとひやひやした。
やがて玄関の向こうから声がし、扉が開かれると、ディートリヒの姿が見えた。
使用人一同が「お帰りなさいませ」と頭を下げると、「ごくろう」と声をかける。
その中に何故かいつもよりきれいに着飾った妻の姿を見つけて、ディートリヒはドキリとした。
久しぶりにまともに顔を見た妻は、顔を朱に染め、指先をもちもちさせて俯いている。美しさと可愛らしさが混ざり、何とも言い難い気持ちになった。心なしか何かいい匂いがする。
「おっ、お帰り、なさぃ…ませ…」
俯き、声を裏返し、恥ずかしさからか消え入るような語尾になった妻にきょとんとしたディートリヒは、やがて破顔し
「ただいま戻ったよ」
と、妻の額にキスをした。
「っ!すまない、つい、嬉しくてつい……」
「い、いえ、大丈夫です……」
カトリーナはびっくりして夫を見上げたが、なぜか物足りなさを感じた。
(私、あんなに嫌っていたのに)
これだけでは足りない。もっと触れ合いたいと思ってしまった。だが、それを伝えるのは、はしたないと思われてしまうわ、と浮かんだ気持ちを閉じ込めた。
だが、それでも気持ちは溢れだす。
カトリーナは自分でも止められない気持ちを伝えようと、意を決した。
「あ、あの、旦那様、今夜、お話ししたいと思うのですが、お部屋にお伺いしてもよろしいかしら…?」
最近会話をしていなかったせいか、緊張が先に出て言葉を上手く紡げない。
それでも可愛い妻から真っ赤な顔で上目遣いに言われ、断る男はいないだろう。
「もちろんだよ。待っているよ」
戸惑いはしたが、妻から寄って来てくれるのだ。嬉しくないわけがない。
「ほんとですか?お疲れではありませんか?」
「君と話すのは好きだし、疲れも飛ぶから大丈夫だよ。……君こそ、俺と一緒にいて、その…」
嫌われてはいないだろうが、好かれているなどと都合の良い考えはしていない。そんな妻がいきなり夫と話したいと言って来た。
……もしかしたらいい内容ではないかもしれないが、それでも会話ができると思うと喜びが勝る。だがそれは自分だけで、妻は仕方なく話すのではと戸惑いもあるのだ。
「暇なの!そう、暇だから!ちょっとくらいならいいかしら、と思って!大した話ではないのだけれど、旦那様とおしゃべりしながら寝たいなぁと思ったの!では私は下がりますね!晩餐までごきげんよう」
早口でまくし立て、カトリーナはそそくさと立ち去った。
時々足元がおぼつかないのかつんのめりながら部屋に戻って行く妻を唖然として見つめながら
「……ちょっと俺を殴ってくれないか」
そうつぶやいた主に失礼とは思いながらもペちんと叩くのは執事のハリー。
「…………痛くないけど痛い気がする」
呆然と、ふらふらと部屋に戻る主を生温かく見守りつつ、ハリーはにこにこしながら今日の晩餐の指示を出しに行くのであった。
その日の晩餐は、なんとなくギクシャクした二人が、なんとなく続かない会話をしながら、なんとなくつつがなく終わった。
「で、では、だんなさま。後程、お伺いしますね」
カトリーナが退室する際、ディートリヒに声を掛けた。
頬を染め、瞳を潤ませて。
照れたような、恥ずかしがったような表情で、きゅっと服を摘んで食堂をあとにする。
カトリーナが退室してしばらくぼーっとしていたディートリヒは、自身の頬を思いっきりつねった。
「……いたい……」
知らず知らずのうちに鼓動が早鐘を打つ。
ごくりと息を呑み、ふらふらと自室へ戻る主の後ろ姿を見ながら、使用人一同は敬礼をした。
あなたにおすすめの小説
【完結】愛を知らない伯爵令嬢は執着激重王太子の愛を一身に受ける。
扇レンナ
恋愛
スパダリ系執着王太子×愛を知らない純情令嬢――婚約破棄から始まる、極上の恋
伯爵令嬢テレジアは小さな頃から両親に《次期公爵閣下の婚約者》という価値しか見出してもらえなかった。
それでもその利用価値に縋っていたテレジアだが、努力も虚しく婚約破棄を突きつけられる。
途方に暮れるテレジアを助けたのは、留学中だったはずの王太子ラインヴァルト。彼は何故かテレジアに「好きだ」と告げて、熱烈に愛してくれる。
その真意が、テレジアにはわからなくて……。
*hotランキング 最高68位ありがとうございます♡
▼掲載先→ベリーズカフェ、エブリスタ、アルファポリス
【完結】私を忘れた貴方と、貴方を忘れた私の顛末
コツメカワウソ
恋愛
ローウェン王国西方騎士団で治癒師として働くソフィアには、魔導騎士の恋人アルフォンスがいる。
平民のソフィアと子爵家三男のアルフォンスは身分差があり、周囲には交際を気に入らない人間もいるが、それでも二人は幸せな生活をしていた。
そんな中、先見の家門魔法により今年が23年ぶりの厄災の年であると告げられる。
厄災に備えて準備を進めるが、そんな中アルフォンスは魔獣の呪いを受けてソフィアの事を忘れ、魔力を奪われてしまう。
アルフォンスの魔力を取り戻すために禁術である魔力回路の治癒を行うが、その代償としてソフィア自身も恋人であるアルフォンスの記憶を奪われてしまった。
お互いを忘れながらも対外的には恋人同士として過ごす事になるが…。
番外編始めました。
世界観は緩めです。
ご都合主義な所があります。
誤字脱字は随時修正していきます。
〖完結〗終着駅のパッセージ
苺 迷音
恋愛
過去、使用人に悪戯をされそうになった事がきっかけとなり、分厚い眼鏡とひっつめた髪を編み帽で覆い、自身の容姿を隠すようになった女性・カレン。
その事情を知りながらも夫ローランは、奇妙で地味な姿の妻を厭い目を逸らし続けた。
婚姻してからわずか三日後の朝。彼は赴任先の北の地へと旅立ちその後、カレンの元へと帰省してきたのは、片手で数えるほどだった。
孤独な結婚生活を送る中。
ある冬の日に、ローランの上官であり北の地を治める領主ハルシオン公爵が、カレン夫妻の邸にやってきた。
始まりは、部下の家族を想う上司としての気遣いだった。
他愛もない会話と、節度を守ったやり取り。ほんの僅かな時間を重ねていく。
そのうちに、お互いに灯り始めた小さな心の想い。
だが二人は、それを決して明かさず語ることはなかった。
それから一年ほどたった冬の夜。
カレンから届いた手紙に、たった一度だけハルシオンは返事を書く。
そこには彼の想いが書かれてあった。
月日は流れ、カレンとローランが婚姻して三年目の冬の日。
カレンはひとつの決意と想いを胸に、北へ向かう汽車に乗った。
※微さまぁか、もしくはざまぁになっていないかもしれないです。
※舞台は近世・産業革命初頭を基にした架空世界だと思っていただけましたら有難いです。
稚拙な作品ではありますがご覧くださいましたら凄く嬉しいです。よろしくお願い致します。
【完結】白い結婚成立まであと1カ月……なのに、急に家に帰ってきた旦那様の溺愛が止まりません!?
氷雨そら
恋愛
3年間放置された妻、カティリアは白い結婚を宣言し、この結婚を無効にしようと決意していた。
しかし白い結婚が認められる3年を目前にして戦地から帰ってきた夫は彼女を溺愛しはじめて……。
夫は妻が大好き。勘違いすれ違いからの溺愛物語。
小説家なろうにも投稿中
【完結】大好き、と告白するのはこれを最後にします!
高瀬船
恋愛
侯爵家の嫡男、レオン・アルファストと伯爵家のミュラー・ハドソンは建国から続く由緒ある家柄である。
7歳年上のレオンが大好きで、ミュラーは幼い頃から彼にべったり。ことある事に大好き!と伝え、少女へと成長してからも顔を合わせる度に結婚して!ともはや挨拶のように熱烈に求婚していた。
だけど、いつもいつもレオンはありがとう、と言うだけで承諾も拒絶もしない。
成人を控えたある日、ミュラーはこれを最後の告白にしよう、と決心しいつものようにはぐらかされたら大人しく彼を諦めよう、と決めていた。
そして、彼を諦め真剣に結婚相手を探そうと夜会に行った事をレオンに知られたミュラーは初めて彼の重いほどの愛情を知る
【お互い、モブとの絡み発生します、苦手な方はご遠慮下さい】
【完結】そんなに嫌いなら婚約破棄して下さい! と口にした後、婚約者が記憶喪失になりまして
Rohdea
恋愛
──ある日、婚約者が記憶喪失になりました。
伯爵令嬢のアリーチェには、幼い頃からの想い人でもある婚約者のエドワードがいる。
幼馴染でもある彼は、ある日を境に無口で無愛想な人に変わってしまっていた。
素っ気無い態度を取られても一途にエドワードを想ってきたアリーチェだったけど、
ある日、つい心にも無い言葉……婚約破棄を口走ってしまう。
だけど、その事を謝る前にエドワードが事故にあってしまい、目を覚ました彼はこれまでの記憶を全て失っていた。
記憶を失ったエドワードは、まるで昔の彼に戻ったかのように優しく、
また婚約者のアリーチェを一途に愛してくれるようになったけど──……
そしてある日、一人の女性がエドワードを訪ねて来る。
※婚約者をざまぁする話ではありません
※2022.1.1 “謎の女”が登場したのでタグ追加しました
旦那さまは私のために嘘をつく
小蔦あおい
恋愛
声と記憶をなくしたシェリルには魔法使いの旦那さまがいる。霧が深い渓谷の間に浮かぶ小さな島でシェリルは旦那さまに愛されて幸せに暮らしていた。しかし、とある新聞記事をきっかけに旦那さまの様子がおかしくなっていっていく。彼の書斎から怪しい手紙を見つけたシェリルは、旦那さまが自分を利用していることを知ってしまって……。
記憶も声もなくした少女と、彼女を幸せにするために嘘で包み込もうとする魔法使いのお話。
【完結】身勝手な旦那様と離縁したら、異国で我が子と幸せになれました
綾雅(りょうが)要らない悪役令嬢
恋愛
腹を痛めて産んだ子を蔑ろにする身勝手な旦那様、離縁してくださいませ!
完璧な人生だと思っていた。優しい夫、大切にしてくれる義父母……待望の跡取り息子を産んだ私は、彼らの仕打ちに打ちのめされた。腹を痛めて産んだ我が子を取り戻すため、バレンティナは離縁を選ぶ。復讐する気のなかった彼女だが、新しく出会った隣国貴族に一目惚れで口説かれる。身勝手な元婚家は、嘘がバレて自業自得で没落していった。
崩壊する幸せ⇒異国での出会い⇒ハッピーエンド
元婚家の自業自得ざまぁ有りです。
【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2022/10/07……アルファポリス、女性向けHOT4位
2022/10/05……カクヨム、恋愛週間13位
2022/10/04……小説家になろう、恋愛日間63位
2022/09/30……エブリスタ、トレンド恋愛19位
2022/09/28……連載開始