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32.因果は巡る
トラウに呼ばれたはずのシュトラールは、誰もいない広庭を歩いていた。
辺りを見回し探すが誰もいない。後ろから護衛は付いて来ているが嫌な予感がしていた。
数分程そこにいたが、誰も来ないのでくるりと踵を返したところで足を止めた。
「やあ、兄さん」
「ハルト……」
第一側室の息子で第二王子のハルトがいたからだ。
どことなくシュトラールに似ているが、髪色、瞳の色、その輝きはまるで違っている。
「主役がこんなところで油売ってていいの?」
「今から戻るところだ」
柔らかな笑みのハルトは、ゆっくりと近付いて来る。
側室たちが離宮にいる為滅多に会う事の無い王子たちは、血が繋がっているだけで仲は良くない。
特に後継をもう一人、と義務的に迎えられた第一側室はすぐに国王の寵愛が別に移ってしまった為孤独に過ごした。
そんな彼女が息子に吹き込んだものは様々なもので。
「いいよね、兄さんは。こうして思い通りの道を歩めて」
「何が言いたい」
「別に。……まどろっこしいのは嫌いだから単刀直入に言おうかな。兄さんはリリィって子を愛妾にしたんでしょ? ルーチェには言ったんだけど、お腹の子も引き取るからさ、ルーチェを僕にくれないかな?」
急に現れて何を言い出すのか、とシュトラールは眉を寄せた。突拍子も無いところは以前から苦手としている。
「リリィは下賜する予定だ。私はルーチェだけを妻として愛していく。だから彼女は誰にも渡さない」
「散々裏切ってきた兄さんを、ルーチェはもう見限ってるでしょ? なら今まで通り、楽~な方に行けばいいのに」
ぐっ、と言葉に詰まったシュトラールに、ハルトは弱いところを突くように囁く。
「僕ならあの護衛とどうなろうが気にしない。ルーチェと三人でするのもいいだろうな」
「なっ……!」
「でも兄上は違うでしょ? ルーチェが他の男に行くのは到底許せるものではないはずだ」
シュトラールは独占欲が強い。
王太子として望むものは全て手に入れてきたゆえか、自分の気に入ったものを他に奪われる事を嫌う。
「私は……それでもいい」
業腹を内に秘め、自我を押し殺してもそばにいたい。それが愛と呼ぶのか分からない。ただの執着で、自分に見向きもしない事でムキになっているだけかもしれない。
「ルーチェが、幸せなら、それでいい」
自分が最大限に傷付けてしまった彼女が他で癒やされ笑顔でいられるなら。
穏やかな気持ちで、幸せに過ごせるなら。
そう思う事は本物だ。シュトラールのつまらない独占欲で表情が曇るならそれを発揮しないようにするのが今の彼にできる事。
ハルトは兄の変わりように面白くなく内心苛立っていた。
「へえ……独占欲の強い兄上が、ねぇ。
じゃあさ、リリィは? あの子もまぁまぁ可愛いから俺の愛妾にしてもいい?」
「リリィは……もう下賜先が決まっている。調査も踏まえて問題無い人物だ。きっとリリィを幸せにしてくれる」
「兄上を愛してるんじゃないの? リリィの幸せを本当に考えての事なの?」
下賜について、リリィは反対する事も拒む事もなく受け入れた。
シュトラールも実際に会って普段の態度や人となりを見て決めた。
「貴族の結婚だ」
卑怯な言葉だと思う。
やることやって、飽きたから捨てたようなものだと自覚している。
恨んでくれていい、憎んでくれていいとも思っている。
けれど、もうシュトラールはリリィを抱き締めたり涙を拭う事はできない。
そうしたいのはたった一人だと気付いたから。
「兄上はリリィを分かってないね。リリィの幸せは兄上と一緒にいる事なのに」
「……」
「それを無碍にされた女性の怒りがどこに向かうか分かる?」
訝しげに見ると、ハルトは妖しい笑みを浮かべる。
「まさか……」
その何かを含んだような笑みにゾワッと粟立ち、シュトラールは駆け出した。
パーティーは最高潮の盛り上がりを魅せていた。
シュトラールは人波を掻き分け元いた場所を目指す。途中、ようやく声を掛けられたと何度も引き止められながら目的地へ近付いて行った。
(自分が行かなくてもシアンがいる。だが……!)
嫌な予感が拭えず、焦りばかりが募る。
無事であれ、と願いながら。
目的の場所に到着したが、ルーチェは体調を理由に既に下がった後だった。
ホッとしたがせめて一目無事を確認したいとシュトラールも一時的に下がらせてもらう事にした。
会場の裏にある通路はそのまま王宮へと続いている。シュトラールはルーチェの私室へ急いだ。
皆が出払っているせいか、薄暗い廊下はやけに静かで歩くうちに荒くなった息を整える。
ルーチェの私室の前に来ると、一度深呼吸をして整えた。
「ルーチェ? いるかな? 開けるよ」
だが中から返事は無くしんと静まり返っている。
何かあってからでは遅いから、と意を決してシュトラールはゆっくりと扉を開けた。
そこでシュトラールが見たのは、月明かりだけが差し込む室内に浮かび上がる二人の影。
後ろから抱き締めるような形の男女の秘め事。
二人とも服を着たままで寄り添うように囁いている。
それだけで誰も邪魔はできないと分かってしまう。
幸い気付かれていないようで、シュトラールはそのまま音を立てないように扉を閉めた。
扉の取手を握り締めたまま動けず、ただ呆然と立っている。
先程見た光景が目から離れない。
(ルーチェは無事だった)
本来の目的を思い出し、踵を返す。声は掛けられなかったが辛そうでもなかった。
シュトラールはどこかでは思っていた。
シアンと愛し合うと言いはしても、一線を越えることはしないだろう、と。
今は、しないだろう。
夫の子を宿しながら他の男の精を受ける真似はルーチェはしないと断言できる。
だが、生まれてからは、分からない。
それが現実として明確になっていく。
「……ぐっ……」
途端に胃の奥から競り上がるものがあり、シュトラールは咄嗟に自分の私室に駆け込んだ。
手洗い場でひとしきり戻してその場に項垂れ、乾いた笑いを浮かべた。
「……はは……」
ルーチェの幸せを優先し、ルーチェが他の男を愛する覚悟をしたつもりだった。
だが実際は睦み合っていたわけでも、口付けしていたわけでもない、ただ抱き締められているのを見ただけでトドメを刺されたようにダメージを受けた。
今すぐ乗り込んで引き剥がしたい気持ちと、邪魔してはいけない気持ちが鬩ぎ合い顔が歪んでとてもじゃないが外に出られない。
(ルーチェも……こんな思いをしたのだろうか)
粉々に打ち砕かれた恋心を持っていたとき、苦しくて息ができなくて、胸の奥を掻き毟りたい程の焦燥に囚われる。
確かにこんな思いをするならば手放して当然だと思い知る。誰だって苦しい思いはしたくない。
それでも、ルーチェへの思いを手放したくない。
魔女に何かをしてもらおうとは思わない。
シュトラールはルーチェが受けた傷を受け入れなければならない。
例え二度と塞がらない傷になっても、ルーチェはその傷を受けたのだから。
しばらくして立ち上がり、手洗い場から出たところでシュトラールは異変に気付いた。
室内に誰かがいる気配があった。
付いて来た護衛は外で待機している。
バルコニーに通じる扉を見ればしっかり戸締まりされていた。
逃げ道を、と思えば私室の出入り口が少し開いていた。その前に付いてきた護衛がいる。誰かが不法侵入すれば止めるだろう。
だから、室内に誰かがいるとすれば、最初からいた事になる。
そこまで考えてシュトラールはゾワリと粟立った。
何か武器になるものを、と辺りを見回すうち、目が慣れてその人物の容姿が浮かび上がる。
「なぜ……きみがここに……」
透けた素材のナイトドレスに身を包み、ソファに座っていた人物。
「会いたかったから」
潤んだ瞳に艶やかな唇が月明かりに照らされて、頬を染めた女は微笑う。
シュトラールは眉を寄せ己の過去を思い出しながら唇を噛んだ。
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