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last.xx年後
「母上はシアンと別宮へ行かれて下さい」
シュトラールとルーチェの長子のルフトが成人し、王太子として研鑽を積んだ頃、父を見かねたルフトが母と護衛に提案した。
シュトラールの事は公務と割り切り接してきたが一日の殆どが公務となり息抜きもできなかったのだ。
溺愛も過ぎれば重荷にしかならず、ルーチェは公務ばかりで疲弊していた。
シュトラールは公務の時にルーチェを片時も離さず、シアン以外の男性が話し掛ければその夜気絶するまで攻めたてられる。
子を三人出産してからはこれ以上増えると執務ができないからとルーチェは避妊薬を飲み続けていた。
子が欲しければ側室を取れといえばシュトラールもそれ以上は望まなかった。
そんな生活に辟易していた母親を見かねて、ルフトはいち早く成長し早々に国王となる決意をしたのだ。
「ルフト……ごめんなさい」
持病となった頭痛がしてこめかみを押さえる母にルフトは笑顔で応える。
「大丈夫ですよ。オスクロルのお祖父様が元気なうちに早めに交代しておきたいですし」
現在の政策はオスクロル公爵とその弟子たちを中心とした大臣が行っている。
公爵もそろそろ年齢的に引退を考えており、その前にルフトは国王として即位する事を考えていた。
父には上手く言って引退させ、前国王の側室たちが使用していた離宮に追いやる予定だ。
ちなみに前国王と側室たちは北の方にある王家の別荘に追いやられた。
前王妃とその護衛のヴィエールは正反対の方向にある南の別邸に住んでいる。ここはヴィエールの実家スロキス公爵家所有の領地で、二人は穏やかに過ごしている。
前国王は前王妃といたがったが、側室たちの嫌がらせに辟易していた為、シュトラールの即位と共にさっさとヴィエールを伴い南へ行った。
王室規範で離縁は不可能だが別居となり、時折ルーチェのもとに前王妃から手紙が届いている。
内容は「前国王がいなくて快適だ」という事だった。
そうして秘密裏にルーチェの移住計画が進められ、ルフトは父に囁いた。
「父上、早期に交代すれば一日中母上と一緒にいられますよ」
その言葉にシュトラールはまんまと嵌り、数度の会議を経て退位を発表。同時にルフトの即位が告げられた。
そしていよいよルフトの即位式の日。
退位する国王と王妃として出席したシュトラールとルーチェは併せて本宮からの引っ越しを発表。
シュトラールは父親の側室たちが立ち退き空となった離宮へルーチェと住む手筈を整えた。
シュトラールとしてはじっくりとルーチェと愛し合う計画を立てていたが、実際にそうはならなかった。
ルフトが提示したルーチェの住まいは、王城内にはあるが離宮とは離れた別宮。しかも離宮から行くには本宮を通らねばならない。
いそいそと退位し、政権を息子へ譲ったシュトラールは、会議などに出席する権利も無い為本宮に入れるのは年に数回ある王家主催の会のみとなった。
更にその会の招待状は未だ伴侶不在のルフトのサポートをするルーチェが采配する。
結局、シュトラールがルーチェに会えるのは、年に数回のルーチェが定めた招待した会のみとなった。
息子の配慮のおかげでルーチェはゆっくりとした時間がとれ、それを息子たちやシアンの為に使った。
シュトラールの様子は彼に付けた影から報告を受け、日々虚しく暮らしていると聞けば溜飲も下がる。
もう一人なのだから好きにすればいいと思うが、シュトラールは誰一人として女性を囲う事はしなかった。
そんな生活を数年続け、ようやくルーチェが息を吹き返して来た頃。
時折離宮に赴くルーチェの姿があった。
その時のシュトラールは涙を流して来訪を喜び、献身的に尽くしているとは侍女の談。
お茶を飲んで他愛も無い話をして、気が向けば庭を散歩して。
まるで婚約していた頃できなかった事を取り返すようなルーチェの行動にシュトラールは噛み締めながらその時間を大事にした。
一時の過ちでルーチェを裏切り、散々傷付けた癖に束縛してルーチェの幸せを奪ってしまった事は、独りになった事で省みる時間ができたゆえじわじわと後悔となって押し寄せ、今の状況は過去の行いからだと身に沁みていた。
そんな自分をルーチェは嫌悪し呆れながらも見捨てず夫婦でいてくれた事に気付いた時、シュトラールはルーチェの本当の愛を知った。
それからは憑き物が落ちたように穏やかになり、ルーチェへの束縛も無くなった。
「ルーチェ、ありがとう」
いつものように庭を散策していたシュトラールは足を止め、ルーチェに向き直り言った。
今までシュトラールから感謝を言われたことがあっただろうか。思い返してみるが思い出せない。
「離宮に来て、何もする事無くて、一人で考える時間ができて。思い返せばロクな男じゃなかったな、って」
研ぎ澄まされた刃のようにギラギラとしていたシュトラールは、その刃が落とされたように大人しくなってルーチェは目を丸くするばかり。
人が変わったような彼に不信感は増すばかりだが、そんなルーチェにシュトラールは苦笑した。
「最初から間違ってばかりで、人に八つ当たりして、幼稚でどうしようもなくて。……周りに迷惑かけて、ルーチェの信用を失った」
どこか遠くを見るような目は寂弱と悔恨が混ざり、それでも自業自得な事を理解しようやく落ち着きを取り戻した。
「リリィの事も……すまない。最後まで面倒見る覚悟も無いのに簡単に手を出して、結局未来を奪ってしまった。ルーチェがいなければ彼女は今頃どうなっていたか分からない」
リリィは子爵家令息と結婚し、慎ましくも幸せに暮らしていると報告を受けていた。
ルーチェが付けた講師に学んだ事が役に立ち、またそれを紹介したルーチェに責が及ばないよう努力を重ねているとも。
ちなみにシュトラールから貰ったドレスや宝石は一部を除き返還された。思い出は無い方が早く忘れられるから、とさっぱりとした理由からだった。
残された一部はオークションに出され、そのうち半分程は慈善事業に使用されたと聞いている。
ルーチェは空を見上げる。色々な過去を思い返してはその時の感情を思い出そうとするがいつしかその記憶は薄れていた。
「全て、過去の事です」
そう言えるようになったのはいつからだろうか。
日々の忙しさは感情を押し流すように過ぎて行った。
目を合わせないルーチェに、シュトラールは自嘲し、それでも前を向いた。
「きみが望むなら、シアンと子を設けても構わない」
前を向いたままシュトラールは口にした。
「愛する人との子を望むのは自然な事だ」
シアンはルーチェと愛し合うとき、必ず避妊薬を使用していた。
王妃が庶子を懐妊しては王室の醜聞となるからだ。
ルーチェは目を閉じて想像する。
――もしも、シュトラールと婚約を破棄していたら、シアンと結婚して公爵家を支えただろう。
その時は二人の間に子を授かり、穏やかで幸せな生活が送れただろうか、と。
「……いえ。貴方は愛妾はいたけれど、リリィ様との間に子を設ける事は無かったわ。だから私も、シアンとの子を授かるつもりはないわ」
シアンとの子を想像して、できなかった。
「それに今から出産はきついわよ。いくつだと思っているのよ。出産はねぇ、命がけなのよ?」
「……ごめん」
シュトラールは手のひらで顔を覆った。
ルーチェは何に対する謝罪なのか分からず、困惑気味に笑う。
肩の震えと、時折鼻を啜る音を横で聞きながら。
「私の夫は貴方で、私の子どもたちは三人。これ以上増やす気はありません」
「……そうか」
シュトラールは改めてルーチェの思いを知った。
穏やかで温かくて優しい。
その愛を感じる度にそんな彼女を裏切った事が情けなくて苦しくなる。
つまらないなどと言った当時の自分に言ってやりたいと何度思ったか分からない。
続かない刺激より、永続的に感じる幸せが最初からあったのに気付かず壊してしまった。
望んでもルーチェと愛し合う何十年はやってこない。全ては過去で、シュトラールの思い描いた未来は泡沫と消えた。
何度も思い返してはやるせなくて申し訳なくて、無かったことにはできなくて、後悔ばかりが押し寄せる。
「また……会えるかな」
ルーチェはそろそろ帰る時間だ。
不思議と離れてからの方が上手く夫婦でいられるような気がして何だかおかしな気持ちになる。
「気が向いたらまた来るわ。一応同じ王城の敷地内なのだし」
「ありがとう。待ってる」
シュトラールはその後も一人で離宮に住み続けた。
ルーチェの髪飾りを手に考える事は彼の日課となっている。
時折子どもたちが相談に来たり、ルーチェが気紛れにお茶を飲みに来たり、そのうち孫が遊びに来たりしたが、懇意にする女性は一人もおらず、妻一人を愛し続けた。
ルーチェはルフトのサポートを続け、彼が結婚後は王妃のサポートに徹した。
側室制度はルフトが必要性に疑問を呈して廃止された。後継問題は出たが金銭面でのメリットが大きかった為大した反対も無く廃止となった。
いずれ王政も解体されるだろう、とその礎を築いた国王の母として生涯国政を陰ながら支えたルーチェの隣には常に忠犬のように付き従う護衛騎士の姿があった。
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