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第一章/時を戻った私
17.共闘者
時を戻った私は、カールハインツを愛さないと決めた。
だから彼と一緒には寝ていないし必要以上に顔を合わさない。
今まで家庭を顧みなかった人だ。今更取り繕っても絆されない。
けれど、前回も含めて私が思い込んでいたことは事実ではないことも分かってきた。
「ティアナがあなたの愛人ではないとして、あの日……私に毒が盛られていると分かった日、あなたはどうして首筋に口紅を付けていたの?」
私が時を戻りユリアーナと再会した日、この男は朝帰りをしてルージュを付けていた。襟元から首筋にかけてだなんて、親密でなければありえない。
ティアナが愛人ではないとしても、他にいるかもしれない。
「あれは……部下が勝手にやったことだった」
「へえ。未来の宰相様は部下の無礼をお許しになるほど甘いのね」
「言い訳にしかならないが、うたた寝していたんだ。それで……イタズラ目的でやったらしい。
勿論家に抗議した。夫婦仲に亀裂を入れるような行動だから」
ユリアーナのときは全く動かなかった朴念仁なのにね。
「あなたは……愛人を囲う為の別邸があると聞いたわ」
「確かに王城近くに部下も泊まれる別邸はある。
だが誓って愛人など囲ったことはない」
使用人たちの噂話を扉越しに聞いていた。
当主は結婚当初から愛人を囲い、別邸を与えていると。
裏切られたショックで確認にも行かなかった。
問い詰めもしなかった。
そんなことなら婚約解消してほしかったのに、と、腹が立った。
「……他には?」
カールハインツが頬を拭いながら背中を擦る。
「他に、私がしてきた愚かな事は……きみを傷付けた行動はいくつある?」
抱擁を解き、緩く肩を掴む。許しを乞うように、過去の過ちを悔やむように、金の瞳が揺れている。
「これ以上きみを傷付けることはしたくない。
どれだけ謝っても許されることはないのは承知だ。
誤解を与えたのは私の行動が考え無しだったからだ」
「そう思うなら、私とユリアーナに構わないで欲しいわ」
簡単に許されるはずがない。
この男の行いで、何の罪も無いユリアーナが犠牲になったのだ。
「それはできない」
「どうして? 今まで通りでしょう?」
「自分がしたことが間違ったままではいられない」
肩に置かれた手の力がわずかにぎゅっとなった。
触れられた場所が熱い。
逃げなければ、と思いながらも月のような瞳に見つめられて言葉を失った。
「間違ったままでは……いつかきみたちを失ってしまう。それでは意味がない」
カールハインツはゆっくりと手を引いた。
月明かりだけが照らす彼の表情はどこか儚げだ。
胸の前に置いた手で夜着をしっかりと握っていなければ、私の方から彼を抱き締めそうに頼りなかった。
「ロッテに危害を加えられたきみを見て心臓がわしづかみされたように思った。
何も知らない、知ろうともしない自分を呪った」
カールハインツは自嘲気味に笑う。
「今までの私はどうしようもないクズだった。
きみが信用できないのも仕方がない。だがこれからは誰が何と言おうと二人を守る」
確かに前回も含めて今までの彼とは違う──気もする。
私たちに積極的に関わろうとしているのは分かる。
無口で冷徹な瞳に暖かみが宿った気がする。
「私は……この先自分がどうなっても構わないわ。今までの行いが愚かだった事は分かっているの。でも、こんな私にも優しくしてくれたユリアーナだけは、絶対に幸せにしなければならない」
カールハインツの表情が真剣なものになる。
……彼も、変わろうとしているのかもしれない。
「ああ。それは絶対にだ」
「それが分かっているなら、いいわ」
これ以上今話しても平行線だ。
対峙した目線を外し、小さく息を吐いた。
そろそろ夜も深まってきた。カールハインツは出て行くだろうと思ったけれど、身動ぎひとつしない。
出て行けと促すこともできず、沈黙が辺りを支配する。
どうしよう、このまま寝る準備をしてもいいものかしら? と逡巡していると、カールハインツは立ち上がり、私の前に跪く。
「マルレーネ、きみは私を許さなくていい。
だがユリアーナを守る同士として、これからも共に歩めたらと思っている」
今はまだ、蟠りのほうが大きすぎる。
私の気持ちも、もう愛にこだわるのは止めてしまった。
だが、時を戻っても上手くいかないどころかこの男の力無くしては解決できなかったこともある。
許すことはできない。
けれど、利用することはできるかもしれない。
「……いいわ。けれど、少しでも私の邪魔をするなら許さないわ」
「きみと……ユリアーナの意にそぐわないことはしないと誓う」
今のところ、その意思に偽りは無いように思えた。
カールハインツが部屋をあとにして、ベッドの上で物思いにふける。
時を戻ってからまだ数カ月。
ぎこちなかったユリアーナの表情も和らいできて、自然な笑みを見せるようになってきた。
ラルス殿下との婚約の話も今のところ上がっていない。
ユリアーナはあのときのお茶会で数名の令嬢令息と仲良くなったようで、時折手紙のやり取りをしているようだ。
ラルス殿下の動向は気になるけれど、彼自身から何のアクションも無いので様子見のまま。
「前回は……何故婚約したのかしら」
前回は私が死んで再婚したあと、すぐに婚約を取り付けてきた。
急に帰ってきたかと思えば有無を言わさずに王城に連れて行っていた、気がする。
貴族の結婚は様々な思惑が絡む。王族なら必ず派閥や力関係が重視される。
ユリアーナはブランシュ公爵家の一人娘だった。
クラーラが来たから追い出したのかと思っていたけれど、違うのならば前提が崩れる。
確かに公爵家に年頃の令嬢は少ない。
家格に拘らないならば、伯爵家以上は何人もいる。
ユリアーナの子を養子にするにしても、二人以上出産しなければならないなんて時間もかかる上不確定要素がすぎるので推奨されない。養子を取るべきだ。
「まあ、あの人の考えることなんて浅はかだらけよね」
何を考えていたのか分からないことだらけだ。
「分からないといえば、どうやって時が戻ったのかも分からないままだわ」
神様だけの力なのか、協力とはどういうことなのか。
聞きたいことは沢山あるが、あれ以来お姿を見せられない。
だから、頼れるのは私だけ──と思っていたけれど、カールハインツとは共闘関係ではいられるかもしれない。
「とりあえず、目下の目的はユリアーナの婚約をどうするか、よね」
この先ラルス殿下からの打診が無いとも限らない。
王命なんかが出る前にユリアーナの隣は固めておきたい。
「まずはユリアーナの希望を聞いてみましょう。
もしかしたらいい令息に巡り会えたかもしれないし」
そうと決まれば、と就寝することにした。
ユリアーナの幸せだけを祈りながら。
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※主人公ウィステル以外の視点の話は【】にそのキャラを表記しています。同じ話の別視点ではなく、基本的に物語は進行していきます。
他のサイトでも投稿しています。
第19回恋愛小説大賞エントリー中。