死に戻った私は、冤罪で殺された娘の幸せだけを求めます

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第二章/ユリアーナの幸せ

24.これも試練のひとつなのです……?


 ユリアーナから招待を受けたお茶会では、いつの間に用意していたのか、いくつかの種類のお菓子が並んでいた。

「こちらは山盛りホイップのケーキ。こちらはまかないクッキーに、フルーツの盛り合わせでございます」

 ……なるほど、普段はお客様には出さない、見栄えとして悪い物……、要するに、余り物を持ってきたのね。
 料理長たちがここに出されていると知ったら、胃を痛めそうだ。
 でも急な思い立ちのお茶会だから、ここは大目に見ましょう。

「この山盛りホイップケーキはね、いつもはクリーム控えめでしょう? でも、なんと、いつもの倍以上のクリームでデコレーションされた、贅沢なケーキなのです!」

 私たち淑女は、コルセットでお腹周りを締めるため、もあるが、基本的にお茶会の席ではマナーが重視されるため、ケーキは小振りでひと口サイズが主流だ。
 ましては食べているときに口周りを汚してしまうクリームは、控えめなのが基本。
 ユリアーナがきらきらと目を輝かせて説明してくれるが、ホイップクリームをふんだんに使用した目の前のケーキに、私は思いっきり躊躇していた。
 ちらりとカールハインツを見やる。
 その表情から伺えるのは、無だ。
 まあ、そうね。確か彼は甘いものが苦手だったはず。

「ぜひ召し上がれ」

 それでも娘からきらきらの笑顔で言われれば、拒絶はできないだろう。
 私は何度目になるか、腹を括り、目の前のホイップクリームケーキ……スポンジがどこにあるか分からないくらいの量の、ユリアーナおすすめのケーキに手を伸ばした。

「美味しいです。さすがは料理長おすすめのケーキですね」

 涼しい顔をしたカールハインツは、無の境地で機械的にホイップクリームを口に運ぶ。
 それはそれは優雅に、まるで甘いものが大好きなんですと言わんばかりに、ひょいぱく、ひょいぱくと無心で口に運ぶ。

「そうでしょう、そうでしょう? とっておきなので、今日だけの特別なのですよ」

 私も食べてみたが、ひと口、ふた口くらいなら美味しいと感じたが、三口目辺りから感覚がマヒし、口直しに飲んだ紅茶に砂糖を入れたことを後悔するくらい甘ったるくて、お皿に乗ったケーキを全て食べることは難しそうだ、と悟った。
 一方のユリアーナは臆することなくクリームを口に運ぶ。
 それを見ただけで私の気持ちもお腹も満たされた。

「お父様、ホイップケーキがお気に召していただけたようですわね。おかわりもございますから、ご遠慮せずにおっしゃってくださいね」

 隣から「うぷっ」と小さな呻きが聞こえる。

「ありがとうございます」

 機械的な笑みが少し引きつっていて、なんだかおかしかった。
 この人でもこういう表情をするのか、と新鮮な気持ち。
 でもさすがに胸焼けがするから、おかわりはやんわりとお断りするだろうと思っていたが。

「では、もう一ついただきます」

 って、え、大丈夫? 無理してない?
 いくらユリアーナの笑顔が可愛いからって、自分の許容範囲を越えているのでは?

「そうこなくっちゃ! あなた、お父様にホイップケーキを持ってきてちょうだい」
「承知いたしました」

 メイドに命じ、ケーキのおかわりを所望する。
 ……あとで胸焼けによく効くお薬を持って来させよう。

「……お母さまのお口には合いませんでしたか?」
「えっ? い、いえ、とても美味しゅうございましたわ。普段クリームに慣れないのですが、たっぷりあるのもよいものですわね」

 ほほほ、と笑うと、ユリアーナは満面の笑みを浮かべた。

「ええ、いつもはクリームがほんのちょっぴりなのですが、今日だけ特別なのです。内緒ですよ?」

 ゔぁ……
 はにかみながら人差し指を唇の前で立てる仕草が尊すぎて無理。うちの子こんなに可愛かったかしら?
 誰が生んだの? 私だわ。うん、生んだ記憶だけはある。
 生みっぱなしで育てることを放棄していたのに、こんなに愛らしく育ってくれた。
 乳母には報奨金を出さなければいけないのでは?

「ええ、内緒にしますわね」

 まるで秘密を共有するかのように、ユリアーナと二人で唇の前で人差し指を立てる。

「私も、言わない」

 女子二人の内緒話に、若干顔色の悪い男が割って入ってきた。

「秘密にする。だから、……私も、混ぜてくれないか」

 それは野暮ってものでは? と内心思ってしまう。

「仕方ありませんね。秘密のホイップケーキを食べたからには私たち三人は仲間です」

 ユリアーナに言われては仕方がない。
 この胸焼けしそうな甘いホイップケーキ同盟に混ぜて差し上げましょう。

「……ふふふっ。私、こうしてお母さまと、お父様と、お茶会をするのが夢だったのです」

 嬉しそうに笑うユリアーナ。
 六歳になるまでに、こうして同じ卓を囲んだお茶会をしたことはなかった。
 普段の食事でさえ、この子は一人で食べていたのだ。
 きっと寂しかっただろう。
 もう取り戻せない日々を思っては苦い気持ちが支配する。

「これからはいつでもしましょう。ユリアーナの夢を沢山叶えましょう」

 せめてこれからは、できる限り叶えて、夢で終わらせたくない。

「……ああ。ユリアーナ、これからもお父様も誘ってくれるかな?」

 カールハインツの言葉に、ユリアーナがぱちぱちと目を瞬かせた。

「お父様も、お誘いしてもいいのですか?」
「ああ、もちろんだ。……次は、ホイップ控えめのケーキもあると嬉しい」

 さすがにふた皿も完食すれば、かなり堪えたようだ。
 ユリアーナは笑顔で「もちろんです」と応えた。


 この日の晩餐は、少しばかり塩気の多い食事にしてもらった。
 料理長たちは賄いお菓子を出したことをしきりに平謝りしていたが、ユリアーナの「クリームが沢山乗ったケーキが食べたい」という要望を叶えただけだから、ともちろん咎めはしなかった。
 ちなみに、ユリアーナを育てた乳母には特別報奨金を支給したかったが、丁寧に辞退された。

「マルテの功績も大きいのですよ」

 ユリアーナに淑女のイロハを教えたのはクラークとマルテだった。
 私が腑抜けていた間、二人はユリアーナを大切にしてくれていたのだ。
 改めて感謝を伝えた。

 けれど、ユリアーナが願うもう一つは……おそらく、最大の願いはまだ叶えてあげられそうにない。
 今までが悪すぎて、私もどう接したらいいか分からない。
 歩み寄って、また拒絶されたら……?
 そう思うと、胸焼けによく効くと言われる薬を直接渡すことさえ躊躇われた。

 晩餐を終え、カールハインツの顔色はまだ悪そうだったからクラークに言って薬を手配してもらった。
 だが、彼はこう言ったのだ。

『これもユリアーナ様の笑顔のためでございます。小さなきっかけから、お二人が歩み寄り真に仲良くする光景を見せて差し上げれば、きっともっとお喜びになりましょう』

 メイドに言えばいいじゃない! という私の声はクラークの笑いに阻まれた。

『私は新人執事の教育に忙しいのです。ああ、メイドにも指導をしなければなりません。手が空いてませんからね。奥様お願いいたしますよ』

 あのたぬき執事……! いつか見てなさいよ!

 そんなワケで、今、私は、薬を持ってカールハインツの部屋の扉の前に立ち尽くしていた。

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