ガラスの靴を作ったのは俺ですが、執着されるなんて聞いてません!

或波夏

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第1章 出会い

8話 思わぬ帰還(sideサン)

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足元に刻まれた魔法陣に吸い込まれ、闇の中に誘われる。

真っ暗の視界、身体がズタズタに引き裂かれる痛みともにどこかに強く引き寄せられていく感覚。
油断をすればすぐに意識すら飛んでしまう。

そんな中、俺は何とか思考を巡らせ状況の整理をする。

あの瞬間、一体何が起こった?

あの窓辺にいたに敵意を向けてくる膨大な黒い魔力の塊。

彼奴にも危険が迫っていることを察した瞬間、勝手に体が動いて抱き締めていた。

そんな自分の行動も驚きだが、それをも超える衝撃は、その光景を見た靄の奥のナニカが、激昂したように俺に攻撃を仕掛けてきたことだ。
俺と彼奴を近づけまいという、そんな強い意志を感じた。

そして、今俺を取り巻いているのは転移魔法の一種だろう。
こんなことが出来る者などそう多くはいない。

あの黒い靄を操るアレこそが、魔女、なのか?

もしその見込みがあっているとして、魔女がそこまでして匿う彼奴は何者なのだ。

どんどん謎が深まっていく。



何故か魔女の森に住む、魔力すら持たない異世界人。
異世界の謎飯を食わせる時は強引。
俺に気圧されることなく砕けた口調で話し、自分の身の潔白を証明するために大胆で。口付けは流石に動揺していたが。

かと思えば、俺のことは気にせず、丸3日も炉に向かい続けるようなタフさを持っていて。

そして、他の誰もが踏み込んで来なかった俺の世界に、簡単に飛び込んできた。




周りの人間は俺の顔色を伺うばかり。
俺が喜んだ顔を見せれば、なんであろうと俺のモノになっていた。
俺が嫌な顔を見せれば、すぐに俺の前から排除した。

俺が幼い頃描いた王冠の絵は、普通の子どもが描けば笑われるほど下手なものだった。

しかし、周りにいたヤツらは、俺が何を描いたのかを言葉巧みに探り、答えが王冠だと分かった瞬間、王の器だとか芸術の才があるとか適当な言葉を吐いて媚びへつらうのだ。

俺が王冠を描いたと言わなかったら、何も分からなかったくせに。俺に真の意見を言うのを怖がって、分かったふうな口を叩く。

でも彼奴は、真っ直ぐに下手な絵と見つめ合って、真剣な顔で、それをかぼちゃ、と馬鹿正直に言ってのけたのだ。
俺はそれが嬉しくて、可笑しくて、面白くてたまらなかった。

これまでに俺が出会ったことのない、俺を一人の人間として接してくれるヤツ。

それだけでも興味深い人間だったのに。



俺が初めて興味を向けた人間が、只管に見ていたのは俺ではなかった。

周りに囃されてきた俺にとってそれは衝撃的だった。でも、彼奴が夢中になる様子を見ていれば、言葉を交わす数が少なくとも自ずと納得できてしまう。

燃えるような紅い塊を、熱を恐れることなく、素早く彼の思い描く形に創造していく。

そんな技術に、彼の姿に、心を奪われた。

すぐに色を変化させるせっかちな宝石に向ける、優しくて、でも情熱的な瞳。それは熱視線すぎて、硬くなった透明な宝石を再び燃え上がらせ、溶かしてしまいそうなくらいだった。


あんな瞳が俺に向けられたら、きっと、堪らないだろうな。思わずそんな欲望が溢れ出てきてしまう。

少し不純な感情を押し留めて、さらに湧くのは新たな願望。

こんな神秘的な姿は誰もを虜にしてしまいそうだから、ずっと俺の瞳の中だけで映しておきたい。
そう願ってしまうくらい惹かれてしまっていた。


彼の技術を見るだけで知らなかった感情がどんどん溢れてくるというのに、彼奴は俺の心の奥深くにあった傷にさえ容赦なく触れてきた。

俺への贈り物。
きっと、あの技術を目にしていなかったら、それを渡される手を振り払っていただろう。

でも、あんな洗練された技術を見てしまったら、出来上がった美しい傑作を見てしまったら、受け取らざるを得ないじゃないか。

それが俺が抱く苦痛の理由だったとしても。
記憶の底に閉じ込めていた深い傷だとしても。

彼から灯りを受け取った瞬間、ずっと拒んできた物がすんなりと受け入れることが出来てしまった。

彼奴は、彼奴からの贈り物は俺の抱いている恐怖をいとも簡単に包み込んだのだ。

初めて俺は、この透明な宝石を大事にしたいと思えるようになったんだ。

これだけは離したくない。
俺はだんだん薄くなっていく意識の中、宝物を抱える左腕により力を入れた。

触れることが出来た唯一を護らなければ。

しかし、保っていた意識がどんどんと遠くなり、俺を引き込む強い力に身体を委ねざるを得なくなった。そのせいで身体に込めていた力も次第に抜けていってしまう。

それからどれくらい経っただろうか。
急に辺りが眩しくなって、見慣れた王都の景色が広がる。

王都の中央の城の真上で再度展開された赤黒い魔法陣は、俺を投げ捨てるかのように解き放った。

俺の身体は重力に従って真っ逆さまに落ちていく。

石畳のひんやりとした感触が身体に伝わる。
落下した衝撃や身体中に走る痛みよりも、そこに叩き付けられた鈍い音よりも俺の心を不安に掻き立てたのは、

【パリン】

という甲高く高い音だった。

「……!」

もしかして……鼓動が早くなる。
落ちた衝撃と朦朧した意識のせいで身体はもう動きそうにない。
だから、首だけをなんとか音のした方向に向けた。

「……割れ、て、る」

腕を伸ばせば届く距離。そこには刃のような破片バラバラに散らばっていた。

彼奴が俺のために作ってくれたものなのに。
あの洗練された技術で。
あんな全てをも溶かす熱心で真っ直ぐな瞳で。

アレを作っていた時はきっと俺のことを考えてくれているように感じて。
俺が魅せられたあの技術が、彼の瞳が、俺のために使われているのが嬉しかったんだ。

でも、彼が全てを捧げて創るそれは儚く脆い。

そうだ。ガラスはそんな脆弱な性質なんだ。
そのくせ、尖った破片は周りの物を傷付ける。
だから俺はそれが。
彼に逢うまでずっと、それがーーー。

大きな物音を聞きつけたからか、見知った顔がこちらの方に向かってきた。

「殿下!!!!ご無事でしたか?」

「……ああ」

初老の男、側近のレイモンドが差し出した手を掴み、彼の肩を借りてなんとか立ち上がる。

「サン王子がご帰還された!」
「奇跡だ!」

レイモンドと一緒に走ってきた、護衛騎士たちがそんな大声を上げた。

普段の俺なら、それに応える言葉を言っていただろう。しかし、今は、肩を震わせながら、呼吸を荒らげ、目の前の破片をただただ見つめることしか出来なかった。

その違和感を察してか、レイモンドは俺の視線を辿ると、目を丸くして王城中を揺らすような怒声を轟かせた。

「だ、誰がこんなものを殿下の御前に?!早く片付けろ!」

「いや、待てこれは」

「いかがされたのです?」

震えた俺の静止に側近は不思議そうに首を傾げた。

「これは……」

何か言葉を紡ごうにも、それから後が出てこない。
なぜならーーー。
俺がその訳を頭で浮かべるのと同時に、側近が口を開いた。

「この国で《ガラスは禁忌に値する》と。他でもない殿下が決められたことではありませんか」
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