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第1章 出会い
9話 灰かぶり
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異世界で初めて俺を認めてくれた彼の姿が見えなくなって、愛猫が腕の中に帰ってきてからも、俺はまだ何も出来ずにいた。
あの呻くような、怒りをぶつけるように渦巻く風はなんだったのか。
俺には到底理解が及ばないあの時の出来事を思い出せば、いまだに身体が震えてしまう。
彼はあの時、臆することなく咄嗟に状況を判断して、動揺する俺を素早く抱えてその風から護ってくれた。
安心出来る彼の胸の温かみから切り離された瞬間に、視界に飛び込んできたのはマンガで見たような五芒星を丸で囲ったような魔法陣。
現実に見たそれは、フィクションよりも禍々しいものだった。
そしてそれは、俺を庇った彼を一瞬にして飲みこんだ。
その光景を見た時、俺は誰かに説明されることはなくとも察してしまった。
これがきっとこの世界でいう魔法なのだ。
人間の力では到底及ばない、人知を超えた力。
そんな強大な力に屈さなかった彼は、争いも無く平和に暮らしてきた俺とは全く違う手練。
だって、普段からこのような状況を想定していないと反応できない行動だから。
俺とは住む世界が違う、これが異世界。
それを悟った時、これまで楽観的に考えていた転移を、他人事のような語りも、もう軽くは受け止められなかった。危険を前にして初めて、俺は自分が本当に異世界に来てしまったのだと理解した。
俺が暮らしてきた日本とは、常識も価値観も、求められる能力も何もかもが全く違う。
この世界で生きるには彼のような冷静さと強さがいる。
そんな世界で無力な俺はガラス細工を続けられるのだろうか。漠然とした不安が頭を過ぎる。
今度あの闇と風が襲ってきた時、俺を護ってくれる彼はもういない。
力もなく、この世界についても無知な俺は、次がこんなことがあれば確実に死ぬ。
誰かが迷い込んで来るのを待っていたら、手遅れになるかもしれない。
この世界でずっとガラスと向き合っていくために、俺は俺自身で踏み出して努力をしなければならないんだ。
震えた手を何とか握りしめて自分のすべきことを改めて考えていると、変わらない空気に痺れを切らしたスイが「に"ゃあ」と唸った。
それを聞いて、やおら立ち上がり、炉を横目に工房を去る。
この日は自身の心を落ち着け、整理をつけるためにも、製作はせず、彼が眠っていた応接間のソファでボーッとして過ごした。
胃が鳴くからしぶしぶ、食料を流し込む。
初めてカップ麺を食べた彼の反応、面白かったな、意外と好評だったし。
そんな彼との時間を思い浮かべながら、生きるためだけの食事を終えて、俺はそのままソファに横になった。
あんなにボロボロだったから、きっとソファに残る香りも泥臭いのだろうと思ってうつ伏せになって辿ってみれば、お日様のような爽やかな香りが鼻腔を擽る。
言葉を交わしたのは僅かな時間なのに、彼は俺の心に深く残っている。溢れ出す記憶のせいで身に染みてそう思ってしまう。
彼の存在に少しだけ触れて、すっと息を吸うと、体勢を変えて仰向けになった。
「あの人、俺の創ってる所、引っ括めて、美しいって言ってくれたんだよな」
特にどこが美しいと思ったの?
どの工程が好き?
どんなモノを作って欲しい?
アンタも、やってみる?
ーーーアンタの名前は?
いっぱい聞きたいことがあったのに。
「……もっと話したかったな」
天に向かって言葉を吐くと、次第に瞼が下がっていく。
寝る間も惜しんで製作していた疲れと非現実的な現象への緊張の緩和が一気に押し寄せてきたのだろう。
***
燦々と照りつける太陽で目を覚ます。
ちょっと、工房に行かないだけで、身体が疼き出して落ち着かない。
少し急ぎ足で工房に向かい、炉を覗き込むと、沢山あったはずのガラスの材料が極わずかになってしまっていた。
ガラスの材料調達と一緒に、この世界についてのより詳しい情報収集をしてみる良い機会だ。
だから俺は意を決して、1人の工房でこう呟いた。
「出てみようか、森の外」
その小さな声を聞きつけた黒猫が肩の上に乗って、ぐぅと唸ってから、「にゃあ!」と賛同してくれる。
俺は急いで外へ向かう準備をしようと工房中を物色し始める。
工房には作務衣しかないから、怪しさ満載だけれど、これで行くしかない。
あとは……髪か。確か、彼の話によると、黒髪が偏見を受けているんだったっけ。
何か頭も身体も隠せる布のようなものは……。
工房の辺りを見回すと、彼が座っていた背もたれにかかっていた白い上等な布が目に入った。
「このマント、使わせてもらおうかな」
泥だらけになっても、水で洗っても、なおほのかに残る彼の爽やかな香り。
俺は心のどこかで、彼とまた逢いたいと思っているのかもしれない。
もし、どこかですれ違って、このマントに気づいてくれたら……なんて。
彼が身につけると、肩からかけて膝下くらいの丁度いい丈の長さだったが、俺が纏うと頭から踝まですっぽり隠れてしまう。
作務衣も黒髪も見えない。超いいじゃん。
これが俺にとっての最適だ。
マントがずり落ちないように、適当にそこら辺にあった洗濯バサミで、それを留め具代わりにする。
そして、その白い布を棚引かせて相棒に語りかけた。
「さあ、行こうか」
「にゃあ!」
返事をしたスイが勢いよく工房を飛び出して、一直線に森の中を進む。
あまりの勢いに俺は驚きながら、スイを見失わないように必死に追う。
入った者は一生出られないと言われるこの森だけれど、こんな向こう見ずに進んでしまっていいのだろうか。
そんな疑問を持ちながらも、スイの野生の勘を信じて彼を追いかける意外の良案を思いつかなった俺は、ただひたすらに、黒猫のしっぽを追った。
そこから15分くらい、走った頃だっただろうか。
たくさんの木々に遮られていた視界が一気に明るくなった。
そして、俺の前に塞がるのは高い高い人工壁。
……俺の愛猫は天才的な案内人らしい。
「城壁、だ!」
膝に手を当てて、息を整えながら、目に見えたままの言葉を零した。
工房の屋根の上から見たあの城壁に囲まれた街が目の前にある。
俺が初めての景色に圧倒されている間に、あの奔放猫は俺の前から姿を消していた。
また勝手にどっかに行ってるのか。
「スイ!どこ行った~?!」
彼のことだ。
きっとふとした時には帰ってきてくれるだろう。だから、明るい内は好きなとこに行かせてあげよう。
城壁の入口を探していると、人だかりが見えた。
人が群がっているのは、レンガ造りの高い煙突の下。
生活領域からは離れた城壁外の建物かつ、その上からは煙が出ているから、あの建物は焼却炉、だろうか。
何やら騒がしいから、俺も近くに行って様子を伺って見ることにした。
「灰被りめ!」
「魔女の眷属が!」
15、16歳くらいの少年少女らがそんな言葉を吐きながら、一人の少女に向かって灰のようなモノを投げ付けていた。
どう出るべきか。俺には対抗出来る力もないし。
俺が対応に迷っていると、ふと彼らが投げている粉に目がいった。
灰のようなモノ?
いじめっ子たちが投げている粉末の軌道や舞い方を見ているとフワフワと舞う軽い灰よりは、少し重い砂のような……
色も灰と言うよりかは、白に近い気がする……
もしかして!
俺はあることに気づいた途端、群れに向けて突進していた。
あの呻くような、怒りをぶつけるように渦巻く風はなんだったのか。
俺には到底理解が及ばないあの時の出来事を思い出せば、いまだに身体が震えてしまう。
彼はあの時、臆することなく咄嗟に状況を判断して、動揺する俺を素早く抱えてその風から護ってくれた。
安心出来る彼の胸の温かみから切り離された瞬間に、視界に飛び込んできたのはマンガで見たような五芒星を丸で囲ったような魔法陣。
現実に見たそれは、フィクションよりも禍々しいものだった。
そしてそれは、俺を庇った彼を一瞬にして飲みこんだ。
その光景を見た時、俺は誰かに説明されることはなくとも察してしまった。
これがきっとこの世界でいう魔法なのだ。
人間の力では到底及ばない、人知を超えた力。
そんな強大な力に屈さなかった彼は、争いも無く平和に暮らしてきた俺とは全く違う手練。
だって、普段からこのような状況を想定していないと反応できない行動だから。
俺とは住む世界が違う、これが異世界。
それを悟った時、これまで楽観的に考えていた転移を、他人事のような語りも、もう軽くは受け止められなかった。危険を前にして初めて、俺は自分が本当に異世界に来てしまったのだと理解した。
俺が暮らしてきた日本とは、常識も価値観も、求められる能力も何もかもが全く違う。
この世界で生きるには彼のような冷静さと強さがいる。
そんな世界で無力な俺はガラス細工を続けられるのだろうか。漠然とした不安が頭を過ぎる。
今度あの闇と風が襲ってきた時、俺を護ってくれる彼はもういない。
力もなく、この世界についても無知な俺は、次がこんなことがあれば確実に死ぬ。
誰かが迷い込んで来るのを待っていたら、手遅れになるかもしれない。
この世界でずっとガラスと向き合っていくために、俺は俺自身で踏み出して努力をしなければならないんだ。
震えた手を何とか握りしめて自分のすべきことを改めて考えていると、変わらない空気に痺れを切らしたスイが「に"ゃあ」と唸った。
それを聞いて、やおら立ち上がり、炉を横目に工房を去る。
この日は自身の心を落ち着け、整理をつけるためにも、製作はせず、彼が眠っていた応接間のソファでボーッとして過ごした。
胃が鳴くからしぶしぶ、食料を流し込む。
初めてカップ麺を食べた彼の反応、面白かったな、意外と好評だったし。
そんな彼との時間を思い浮かべながら、生きるためだけの食事を終えて、俺はそのままソファに横になった。
あんなにボロボロだったから、きっとソファに残る香りも泥臭いのだろうと思ってうつ伏せになって辿ってみれば、お日様のような爽やかな香りが鼻腔を擽る。
言葉を交わしたのは僅かな時間なのに、彼は俺の心に深く残っている。溢れ出す記憶のせいで身に染みてそう思ってしまう。
彼の存在に少しだけ触れて、すっと息を吸うと、体勢を変えて仰向けになった。
「あの人、俺の創ってる所、引っ括めて、美しいって言ってくれたんだよな」
特にどこが美しいと思ったの?
どの工程が好き?
どんなモノを作って欲しい?
アンタも、やってみる?
ーーーアンタの名前は?
いっぱい聞きたいことがあったのに。
「……もっと話したかったな」
天に向かって言葉を吐くと、次第に瞼が下がっていく。
寝る間も惜しんで製作していた疲れと非現実的な現象への緊張の緩和が一気に押し寄せてきたのだろう。
***
燦々と照りつける太陽で目を覚ます。
ちょっと、工房に行かないだけで、身体が疼き出して落ち着かない。
少し急ぎ足で工房に向かい、炉を覗き込むと、沢山あったはずのガラスの材料が極わずかになってしまっていた。
ガラスの材料調達と一緒に、この世界についてのより詳しい情報収集をしてみる良い機会だ。
だから俺は意を決して、1人の工房でこう呟いた。
「出てみようか、森の外」
その小さな声を聞きつけた黒猫が肩の上に乗って、ぐぅと唸ってから、「にゃあ!」と賛同してくれる。
俺は急いで外へ向かう準備をしようと工房中を物色し始める。
工房には作務衣しかないから、怪しさ満載だけれど、これで行くしかない。
あとは……髪か。確か、彼の話によると、黒髪が偏見を受けているんだったっけ。
何か頭も身体も隠せる布のようなものは……。
工房の辺りを見回すと、彼が座っていた背もたれにかかっていた白い上等な布が目に入った。
「このマント、使わせてもらおうかな」
泥だらけになっても、水で洗っても、なおほのかに残る彼の爽やかな香り。
俺は心のどこかで、彼とまた逢いたいと思っているのかもしれない。
もし、どこかですれ違って、このマントに気づいてくれたら……なんて。
彼が身につけると、肩からかけて膝下くらいの丁度いい丈の長さだったが、俺が纏うと頭から踝まですっぽり隠れてしまう。
作務衣も黒髪も見えない。超いいじゃん。
これが俺にとっての最適だ。
マントがずり落ちないように、適当にそこら辺にあった洗濯バサミで、それを留め具代わりにする。
そして、その白い布を棚引かせて相棒に語りかけた。
「さあ、行こうか」
「にゃあ!」
返事をしたスイが勢いよく工房を飛び出して、一直線に森の中を進む。
あまりの勢いに俺は驚きながら、スイを見失わないように必死に追う。
入った者は一生出られないと言われるこの森だけれど、こんな向こう見ずに進んでしまっていいのだろうか。
そんな疑問を持ちながらも、スイの野生の勘を信じて彼を追いかける意外の良案を思いつかなった俺は、ただひたすらに、黒猫のしっぽを追った。
そこから15分くらい、走った頃だっただろうか。
たくさんの木々に遮られていた視界が一気に明るくなった。
そして、俺の前に塞がるのは高い高い人工壁。
……俺の愛猫は天才的な案内人らしい。
「城壁、だ!」
膝に手を当てて、息を整えながら、目に見えたままの言葉を零した。
工房の屋根の上から見たあの城壁に囲まれた街が目の前にある。
俺が初めての景色に圧倒されている間に、あの奔放猫は俺の前から姿を消していた。
また勝手にどっかに行ってるのか。
「スイ!どこ行った~?!」
彼のことだ。
きっとふとした時には帰ってきてくれるだろう。だから、明るい内は好きなとこに行かせてあげよう。
城壁の入口を探していると、人だかりが見えた。
人が群がっているのは、レンガ造りの高い煙突の下。
生活領域からは離れた城壁外の建物かつ、その上からは煙が出ているから、あの建物は焼却炉、だろうか。
何やら騒がしいから、俺も近くに行って様子を伺って見ることにした。
「灰被りめ!」
「魔女の眷属が!」
15、16歳くらいの少年少女らがそんな言葉を吐きながら、一人の少女に向かって灰のようなモノを投げ付けていた。
どう出るべきか。俺には対抗出来る力もないし。
俺が対応に迷っていると、ふと彼らが投げている粉に目がいった。
灰のようなモノ?
いじめっ子たちが投げている粉末の軌道や舞い方を見ているとフワフワと舞う軽い灰よりは、少し重い砂のような……
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