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第2章 最初の開拓

ようやく知れた名前

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 私は周囲の変化を確かに感じながら1時間の歌を終了して舞台袖へと引っ込むように瓦礫の山から下りていった。
 多くの人々に拍手というものを伝達する彼の存在が目に焼き付くように止まった。
 本当にすごい人だと感心する。
 先導力と人に面白いことを伝えることに長けている。
 私に対してのあの怖いまでの愛情さえなければ完璧と思える優しい人。

「まったく、わからない人」

 思わず笑みがこぼれて自らの衣装を見る。
 彼の技術で補修された衣装。
 この1時間の昼休み前時に補修しますといって、この世界に存在する糸と針の道具を駆使してそんなことまでできてしまう彼の技は衣装を見るだけで思い出す。

「まったくもって何者なのかって思えるほどよ」

 この歓声が今は私に向けられていても結果としてはすべては彼によってもたらされているものだ。
 無力で非力な私に向けられていいものではない。
 ふがいなさに沈痛な気持ちが芽生えた。
 
「お疲れ様です、種村さん!」
「お疲れ様、霧山君」
「はい、ちょっとこっちへ良いですか?」

 私が呼び方を変えたことに全く気付いていない。
 彼は普段通りに足先を進めてその場からそそくさと私を引き連れてどこかへと行こうとする。

「あのどこへ?」
「この辺でいいですかね」

 あの闇ギルドの瓦礫の山の裏手の半壊したビルの陰に身を潜めて彼はそっと表の通りを窺う。

「先ほど配給活動していた時に気付いたことがあるんです」
「えっと、何かまずかった?」
「ああ! 種村さんにミスは全くないです! むしろ最高に良いライブでしたよ! 俺なんかもう涙が出るほどによくって生きていてよかったと思えるくらいに」
「……そう」

 そこまで褒められると逆に引くくらいに気持ち悪いけれども彼がまじめに評価してくれるのはわかっていたので口には出しては言えない。
 もちろん、真摯に向き合い私は飲み込むようにして彼の言葉の続きを待った。

「えっとですね、ああ、いました。アソコ」

 彼が指さした先に二人組のケープコートを羽織りボロイ服装に身を着飾った女性二人組がいた。

「先ほど配給していた際に俺も騎士から説明を受けたんですがどうやら彼らはこの国にいる傭兵らしくってこの国を偵察しているんじゃないかって話です」
「偵察って、もう他国から?」
「らしいですね。あ、でも、今あの二人組を捕縛したみたいですね」

 見れば騎士に囲まれた女性二人組の存在を確認した。

「そういえば、情報の錯乱はどうしたの?」
「あれは実行されてるはずですが、初日だけはこの事態は予想済みなんです」
「え」

 わざと彼らが来るようにしていたかのように語る彼。
 私は彼の考えが読めない。

「ああ、決してわざと招いたわけじゃないです。第一、傭兵と冒険者はならず者集団。いわゆる放浪している労働者です。ですので、この国への配給食ももらえないらしいですよ」
「じゃあ、情報作戦に意味をなさないこともあるんじゃ……」

 それだと、この国にだけ勇者の力が繁栄されてると他国はすぐ気づくと思われてしまうと思った。
 だが、彼はどこか得意げに『大丈夫』とでも言うように自信満々な表情を見せていた。


「そうですね。このままではこの国は戦時になりますけど、大丈夫です。あくまで一時的に文化改革ができれば僕の作戦は進むんです。2日間欲しいだけなんですよ」
「2日間?」
「そうです。その2日間が大事なことです。それを一番盛り上げるのは種崎さんの力が一番重要だと今目の前の光景に写ってわかると思います」

 彼が示したのは傭兵の存在だけではなかった。
 騎士たちがライブが終わった後に各々でエネルギーに満たされたかのようにライブ前以上にやる気を見出して魔法力でどんどんと瓦礫の山を撤去し始めている。
 半壊した建物もあっという間に一部補修が終わっていた。

「スピードが全然違う。それどころか、みんな顔に明るさが出てる……」
「これこそ、種村さんの歌の力ですよ。決して俺一人では成り立たなかった。種崎さんは俺が先導しているからとか思ってるかもしれませんがそれは決して違います」

 彼はまるで見え透いていたのか自分だけの力を全否定した。
 
「この光景はあなたの歌にもたらされる力によるものが大きいんです。俺だってあの自分のいた世界ではあなたの歌にエネルギーをよくもらっていました。歌というのは人の気分を高揚させる効果があると俗説でよく言われています。まさにそれは正しいと思います。それに歌を歌うにもあなたのような絶望をしっかりと知っている方が歌のと歌わないとでは全然違う」
「どういう意味?」
「種村さんが勇者召喚の勇者に選ばれた意味は俺もよくわからないです。でも、一つだけ予想できるのは種崎さんは絶望を知っても這い上がって人に笑顔を届けることができた人だったからなんじゃないかと思うんです」
「そんなこと……」
「俺はそう思います。まぁ、こんな俺なんかの言葉じゃあ信用できないかもしれませんけど」

 彼は持論で私を元気づけようと必死なんだと彼の表情を見て悟った。
 本当に優しい人なんだとわかると胸に奇妙な感覚がぽかぽかと湧き上がる。

「それじゃあ、城に戻ってちょっとした仕事の作戦の続きを実行しませんとね」
「あ、ちょっと待って」
「なんですか?」

 私は裾を力強くつかんで、一呼吸ついた。
 彼は妙に顔を赤らめている。
 どうせ、変な勘違いでもしているのだろうとわかった。
 けど、それは今『伝える言葉』じゃない。
 今私が言う言葉は違う。

「私たち、自己紹介していないんじゃない?」
「え……えっと……………ああっ!」

 彼は自らもすっかり忘れていたかのように戸惑ってそののち頭を下げた。

「本当にそうでした! 申し訳なかったです! なんか種崎さんが普通にファンとして堂々と平気で話しかけたり接していました。種村さん接しやすくて……」
「いいの。私も霧山君は接しやすいから話もできていたし、それにこんな境遇者はあなたしかいないから普通に話してくれて助かってた」
「そう言ってくださると助かります……って、自己紹介っていいますけど今俺のこと普通に……」
「名字しか知らないから……」
「名字しか知らない? どうして……ああ! このバックか!」

 自らのペンライトバックにようやく気付いたのか彼は恥ずかしそうに顔を両手で覆った。

「ああ、はずいなぁ」
「あと種村雪菜は本名じゃないし……芸名」
「え!? マジですか!?」
「種村はいそうな名字だけど……芸名よ」
「うっわぁー、スゴイ失礼でしたよね。申し訳ないです」
「いいの。芸名も気に入ってるし仕事柄よく呼ばれてるから気にしない」

 本当になんとも面白い戸惑い方をする彼に笑いが込み上げた。

「あはは、不思議ですよね。数日たっておいて今更お互いの名前を自己紹介もするなんて……って、名前でしたよね。俺は霧山頭です。霧が立ち込めるに山脈の山に頭数の頭で霧山頭です」
「私の本名は本条雪菜、本の本に箇条書きの条、そして雪菜はそのまま芸名と同じよ」

 私たちはお互いに初めての自己紹介を交わして――

「これからよろしくお願いします本条さんでいいですかね?」
「できれば、名前で呼んでほしいわ。それとため口で。お互いにこの世界に飛ばされた者同士であるわけだし」
「わかりまs――わかった雪菜。じゃあ、俺も名前でいいから」
「うん、頭」

 そうして握手を交わした私たちだった。
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