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59 ほろ苦さと甘さと警鐘
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離宮での生活が始まって、数週間が過ぎた。
ジュノは、すっかりこの穏やかな日々に慣れていた。
朝は、レオの執務室で書類整理。午後は、マルセルの指導の下、厨房で料理。夕方は、庭園を散歩したり、リュシアンと読書をし、カイに勉学を教えて貰い、ゼノアと祈りを捧げる。時に、アレンから護身術を習うこともあった。
そして夜は、部屋でエレナと刺繍をしながら、一日を振り返る。
穏やかで、幸せな日々。
☆
ある朝、ジュノはいつものようにレオの執務室を訪れた。午前の爽やかな風が、窓からなだらかに吹き込み部屋の空気に清涼感を漂わせていた。
レオは、机の前に座り、書類を眺めていた。
「おはようございます、レオ様」
「おはようございます、姫様」
レオは、微笑むが、その表情にはわずかな疲労が滲んでいた。ジュノは、それに気づく。
「レオ様、お疲れではありませんか?」
「いえ、大丈夫です」
レオは貴公子然とした顔のまま首を横に振った。
「少し書類や政務が多いだけです」
ジュノは心配そうにレオを見つめる。
「ご無理はなさらないでください」
「ありがとうございます」
レオは、微笑んだ。優しく、そしてどこか寂しげに。かつて自分がジュノに掛けた言葉。それが今、彼女の口から返される。その事実が、胸の奥に静かな痛みを残した。
ジュノは、迷いなく椅子に腰を下ろす。書類に手を伸ばす動きは、既に習慣のように滑らかだった。ペンを走らせる音が、静かな執務室に心地よく響く。
その姿を見つめながらレオは、ふと気づく。 彼女はもう、ここに馴染んでいる。それは喜ばしい事。既に過去は無いのだ。新しい日々・時間が彼女を構成していく。穏やかな日々の中で。その事実が、彼の心を不意に締め付けた。
『日常』となりつつある時間の中、ジュノの視線は時折レオに向く。レオの横顔と真剣な表情。ふとした時に深く息を吐く姿。ジュノの胸が僅かに痛む。
(レオ様……)
ジュノは、心の中で呟いた。
(私にできることがあればいいのに……。いまは何のお役にも立てていない)
何かしたいのにできない自分に、もどかしさを覚えていた。
午前の作業が終わった頃、レオが静かに立ち上がりジュノに声を掛ける。
「姫様、今日はここまでにしましょう」
「はい」
ジュノは素直に頷きそのまま机の前に出ると、レオの横まで歩きその隣に立った。
「レオ様」
「どうかなさいましたか?」
急なジュノの行動に一瞬虚を突かれたレオ。だが顔には一切出さない。
「何か、お困りのことがあるのですか?」
ジュノの声音は優しい。そして心からレオのことを案じているのが伝わる。そんなジュノをレオはじっと見つめた。
「……いえ。何もありません」
微笑は崩さずに答えるレオ。
だが――レオの心の中には、不安があった。宮廷からの報告。南北の動きや会合。報告に上がる密会など。全てが、何かを予感させた。
しかしそのことを今のジュノに伝えることは出来ない。
「お心遣い、心より感謝いたします。ですが本当に大丈夫です。これでも身体は丈夫ですし、こんなことで根をあげていたら、姫様の御傍にいれませんから。姫様は予想外の行動をなさる」
そう、少しの冗談を交えて小さく笑いながら、ジュノに言う。言われたジュノは、少し照れたような、怒ったような顔をする
「予想外だなんて。でも、お手を煩わせているのならごめんなさい。そんなつもりは……」
「いいえ。姫様のそんなところもお可愛らしいと皆、思っておりますよ」
にっこり笑うレオに、さらにジュノの顔は赤くなっていく一方だった。
☆
その日の午後、ジュノは厨房を訪れた。
マルセルは、相変わらず寡黙に料理の指導をしていた。若い料理人たちは、ジュノが来るたびに、明らかに動揺していた。そしていつも通り、マルセルの鋭い視線が彼らを抑制している。
ジュノは、今日もクッキーを作っていた。前回よりも、少し上手になっている。形は、まだ歪んでいるが、焦げは少ない。
「マルセルさん、見てください」
ジュノが飛び跳ねるように、嬉しそうに言う。マルセルはジュノが差し出した、天板に乗せてある焼き立てのクッキーを見る。そして小さく頷いた。それは、マルセルなりの「良くなった」というサイン。ジュノは、満足そうに微笑んだ。
夕方になると、ジュノは中庭に足を運ぶ。だが今回は騎士たちではなく、レオがそこに居た。
レオはジュノを見ると、静かに近づいた。
「姫様」
「レオ様! また、クッキーを作ったんです」
ジュノがレオに微笑みながら、小さな包みを見せる。
「今日は、前よりも上手にできました」
レオは、包みを見た後に顔をあげ、ジュノに優しく微笑んだ。
「それは、素晴らしいですね」
レオは、ジュノの隣に立つ
「ですが、姫様」
レオの声が、僅かに真剣になる。それでも声色は優しいまま。
「騎士たちに配るのは……大変恐縮なのですが、少し控えて頂けますと有難く存じます」
ジュノの顔に少しの陰りが落ちる。そして小首を傾げた。
「あの、私、何かご迷惑をお掛けしてましたでしょうか?」
「いいえ。そうではないのです。騎士たちは、任務中です」
レオは慎重に、言葉を選ぶようにゆっくりと、諭すようにジュノに話す。
「姫様のお気持ちは、とても嬉しく大変光栄なのですが……彼らの集中力が、乱れてしまうのです」
ジュノは困惑した表情を浮かべた。そして残念そうに眉尻を下げ、寂しそうに微笑んだ。
「そうなんですね……そうですよね。お仕事中に。私そこまで気づけなくて」
「姫様」
レオは、ジュノの肩にそっと手を置いた。
「お気持ちだけで、十分なのです。姫様が彼らの事を、思いお考えくださっている。そのことだけで、彼らの士気に繋がります」
「はい……わかりました」
ジュノのそんな声や姿・表情に、レオの胸が痛む。だが、このまま放置も出来なかった。
「ですが。私には、いただけますか?」
ジュノの顔がその言葉で、パッと明るくなった。
「本当ですか? でも、いいのですか?」
「はい」
ジュノは嬉しそうに包みを開けた。そして、一枚手に取った。
「では、レオ様。お召し上がりくださいますと嬉しいです」
ジュノが、クッキーをレオの口元に近づける。
レオの動きが、わずかに止まったが――今回は、心の準備ができていた。レオは、ゆっくりと口を開けた。ジュノが、クッキーを入れる。その指先が、わずかにレオの唇に触れた。
レオの心臓が、どうしても高鳴ってしまうが、表情は崩さなかった。
「とても美味しいです。前回よりも、随分と上達されましたね」
「本当ですか?」
「はい」
頷くレオに、ジュノが眩しいほどの笑顔で
「レオ様に喜んでいただけて、嬉しいです」
そう言うと、残りのクッキーもよろしければとレオに手渡した。
☆
その夜、レオは執務室で一人、クッキーの包みを見つめていた。
ジュノが作った、焦げたクッキー。レオは一枚手に取り食べる。サクっとした小気味いい音と共にほんのりとした甘さが口の中に広がってゆく。
味は、前回よりも良くなっている。
だが――レオは少し後悔もしていた。警備上大事な事だとは言え、少しきつく言いすぎたのではないか? と。折角のジュノの楽しみを奪ったのではないか? と。
記憶を失くす前までは、人付き合いまでも神経を張り詰めながら、弱音を見せずに『皇太女』として熟されてきた人。今の彼女はそう言った重責はなく、自然に交流が出来ている。その自由を奪うことは自分の嫉妬なのではなかろうか? そんな思いに苛まれていた。
何がジュノのためになるのだろうか?
そう思えば思う程、甘いはずのクッキーがほろ苦く感じた。
こうして、離宮での日々は続いた。
ジュノは、午前中はレオの執務室で書類整理を手伝い、午後は厨房で料理を学んだ。レオは、ジュノの隣で執務を続け、毎日理性を保つために戦った。ゼノア、リュシアン、アレン、カイも、それぞれの立場でジュノを守り続けた。
☆
その次の日の夜。定例の報告会が開かれた。
レオの執務室にいつもの面々が集まる。レオは、机に手をついていた。
「影から、緊急の報告が届いた」
レオの声は、重かった。全員が、緊張した表情を浮かべた。
「セリアとヴォルフが、接触した。偶然なのか必然なのかはわからんが」
レオの碧眼が鋭く光り、口調が慎重さを含んでいく。
「そして――南北両方ともに、この離宮の場所を掴んだ可能性が高い」
「……まずいな」
アレンが、呟いた。
「ああ」
レオは、頷いた。
「警備を、最高レベルに引き上げる」
「それだけで、十分か?」
リュシアンが、問い詰める。
「いや。不十分だろう。それに、この警備体制の厳重さが返って居所を特定させたのだとも、推察できる。だからといって、警備を緩くするわけにも行かない」
レオは、正直に答えた。
「判断として、今できることはそれが最善だ」
ゼノアが、口を開いた。
「姫様には、警備が厳重になるとお伝えするのか?」
レオは、首を横に振った。
「いや お伝えすることはしない。しても姫様を、不安にさせるだけだ」
全員が、無言で頷いた。
「引き続き、向こうの監視を続ける。そして、何かあれば」
レオの碧眼が、決意の色を帯び、その声が冷たくなる。
「即座に対応する」
☆
同じ頃の宮廷では、セリアが自室で鏡台の前に座っていた。
月光が、セリアを照らしている。セリアの右手の人差し指が、くるくると回っている。目に見えない何かが、空気中にふわりふわりと漂って行く。
「白薔薇の離宮。そこに、貴女がいる」
指が、くるくると回る。
「もう少し……もう少しで、準備が整う」
セリアは、窓の外を見つめた。遠くに、御苑が見える。その奥に白薔薇の離宮がある。
「待っていてね、レオ様。もうすぐ、お会いできるわ」
☆
一方ヴォルフは、北方使節団の宿舎で地図を広げていた。
白薔薇の離宮の位置。警備の配置。出入り口。全てを、確認している。
「ジュノ様……「もう少しだ」
小さな呟きと共に、ヴォルフの灰色の瞳が危険な光を放つ。
「もう少しで、貴女に会える」
そう言うと、静かに地図を畳んだ。
ジュノは、すっかりこの穏やかな日々に慣れていた。
朝は、レオの執務室で書類整理。午後は、マルセルの指導の下、厨房で料理。夕方は、庭園を散歩したり、リュシアンと読書をし、カイに勉学を教えて貰い、ゼノアと祈りを捧げる。時に、アレンから護身術を習うこともあった。
そして夜は、部屋でエレナと刺繍をしながら、一日を振り返る。
穏やかで、幸せな日々。
☆
ある朝、ジュノはいつものようにレオの執務室を訪れた。午前の爽やかな風が、窓からなだらかに吹き込み部屋の空気に清涼感を漂わせていた。
レオは、机の前に座り、書類を眺めていた。
「おはようございます、レオ様」
「おはようございます、姫様」
レオは、微笑むが、その表情にはわずかな疲労が滲んでいた。ジュノは、それに気づく。
「レオ様、お疲れではありませんか?」
「いえ、大丈夫です」
レオは貴公子然とした顔のまま首を横に振った。
「少し書類や政務が多いだけです」
ジュノは心配そうにレオを見つめる。
「ご無理はなさらないでください」
「ありがとうございます」
レオは、微笑んだ。優しく、そしてどこか寂しげに。かつて自分がジュノに掛けた言葉。それが今、彼女の口から返される。その事実が、胸の奥に静かな痛みを残した。
ジュノは、迷いなく椅子に腰を下ろす。書類に手を伸ばす動きは、既に習慣のように滑らかだった。ペンを走らせる音が、静かな執務室に心地よく響く。
その姿を見つめながらレオは、ふと気づく。 彼女はもう、ここに馴染んでいる。それは喜ばしい事。既に過去は無いのだ。新しい日々・時間が彼女を構成していく。穏やかな日々の中で。その事実が、彼の心を不意に締め付けた。
『日常』となりつつある時間の中、ジュノの視線は時折レオに向く。レオの横顔と真剣な表情。ふとした時に深く息を吐く姿。ジュノの胸が僅かに痛む。
(レオ様……)
ジュノは、心の中で呟いた。
(私にできることがあればいいのに……。いまは何のお役にも立てていない)
何かしたいのにできない自分に、もどかしさを覚えていた。
午前の作業が終わった頃、レオが静かに立ち上がりジュノに声を掛ける。
「姫様、今日はここまでにしましょう」
「はい」
ジュノは素直に頷きそのまま机の前に出ると、レオの横まで歩きその隣に立った。
「レオ様」
「どうかなさいましたか?」
急なジュノの行動に一瞬虚を突かれたレオ。だが顔には一切出さない。
「何か、お困りのことがあるのですか?」
ジュノの声音は優しい。そして心からレオのことを案じているのが伝わる。そんなジュノをレオはじっと見つめた。
「……いえ。何もありません」
微笑は崩さずに答えるレオ。
だが――レオの心の中には、不安があった。宮廷からの報告。南北の動きや会合。報告に上がる密会など。全てが、何かを予感させた。
しかしそのことを今のジュノに伝えることは出来ない。
「お心遣い、心より感謝いたします。ですが本当に大丈夫です。これでも身体は丈夫ですし、こんなことで根をあげていたら、姫様の御傍にいれませんから。姫様は予想外の行動をなさる」
そう、少しの冗談を交えて小さく笑いながら、ジュノに言う。言われたジュノは、少し照れたような、怒ったような顔をする
「予想外だなんて。でも、お手を煩わせているのならごめんなさい。そんなつもりは……」
「いいえ。姫様のそんなところもお可愛らしいと皆、思っておりますよ」
にっこり笑うレオに、さらにジュノの顔は赤くなっていく一方だった。
☆
その日の午後、ジュノは厨房を訪れた。
マルセルは、相変わらず寡黙に料理の指導をしていた。若い料理人たちは、ジュノが来るたびに、明らかに動揺していた。そしていつも通り、マルセルの鋭い視線が彼らを抑制している。
ジュノは、今日もクッキーを作っていた。前回よりも、少し上手になっている。形は、まだ歪んでいるが、焦げは少ない。
「マルセルさん、見てください」
ジュノが飛び跳ねるように、嬉しそうに言う。マルセルはジュノが差し出した、天板に乗せてある焼き立てのクッキーを見る。そして小さく頷いた。それは、マルセルなりの「良くなった」というサイン。ジュノは、満足そうに微笑んだ。
夕方になると、ジュノは中庭に足を運ぶ。だが今回は騎士たちではなく、レオがそこに居た。
レオはジュノを見ると、静かに近づいた。
「姫様」
「レオ様! また、クッキーを作ったんです」
ジュノがレオに微笑みながら、小さな包みを見せる。
「今日は、前よりも上手にできました」
レオは、包みを見た後に顔をあげ、ジュノに優しく微笑んだ。
「それは、素晴らしいですね」
レオは、ジュノの隣に立つ
「ですが、姫様」
レオの声が、僅かに真剣になる。それでも声色は優しいまま。
「騎士たちに配るのは……大変恐縮なのですが、少し控えて頂けますと有難く存じます」
ジュノの顔に少しの陰りが落ちる。そして小首を傾げた。
「あの、私、何かご迷惑をお掛けしてましたでしょうか?」
「いいえ。そうではないのです。騎士たちは、任務中です」
レオは慎重に、言葉を選ぶようにゆっくりと、諭すようにジュノに話す。
「姫様のお気持ちは、とても嬉しく大変光栄なのですが……彼らの集中力が、乱れてしまうのです」
ジュノは困惑した表情を浮かべた。そして残念そうに眉尻を下げ、寂しそうに微笑んだ。
「そうなんですね……そうですよね。お仕事中に。私そこまで気づけなくて」
「姫様」
レオは、ジュノの肩にそっと手を置いた。
「お気持ちだけで、十分なのです。姫様が彼らの事を、思いお考えくださっている。そのことだけで、彼らの士気に繋がります」
「はい……わかりました」
ジュノのそんな声や姿・表情に、レオの胸が痛む。だが、このまま放置も出来なかった。
「ですが。私には、いただけますか?」
ジュノの顔がその言葉で、パッと明るくなった。
「本当ですか? でも、いいのですか?」
「はい」
ジュノは嬉しそうに包みを開けた。そして、一枚手に取った。
「では、レオ様。お召し上がりくださいますと嬉しいです」
ジュノが、クッキーをレオの口元に近づける。
レオの動きが、わずかに止まったが――今回は、心の準備ができていた。レオは、ゆっくりと口を開けた。ジュノが、クッキーを入れる。その指先が、わずかにレオの唇に触れた。
レオの心臓が、どうしても高鳴ってしまうが、表情は崩さなかった。
「とても美味しいです。前回よりも、随分と上達されましたね」
「本当ですか?」
「はい」
頷くレオに、ジュノが眩しいほどの笑顔で
「レオ様に喜んでいただけて、嬉しいです」
そう言うと、残りのクッキーもよろしければとレオに手渡した。
☆
その夜、レオは執務室で一人、クッキーの包みを見つめていた。
ジュノが作った、焦げたクッキー。レオは一枚手に取り食べる。サクっとした小気味いい音と共にほんのりとした甘さが口の中に広がってゆく。
味は、前回よりも良くなっている。
だが――レオは少し後悔もしていた。警備上大事な事だとは言え、少しきつく言いすぎたのではないか? と。折角のジュノの楽しみを奪ったのではないか? と。
記憶を失くす前までは、人付き合いまでも神経を張り詰めながら、弱音を見せずに『皇太女』として熟されてきた人。今の彼女はそう言った重責はなく、自然に交流が出来ている。その自由を奪うことは自分の嫉妬なのではなかろうか? そんな思いに苛まれていた。
何がジュノのためになるのだろうか?
そう思えば思う程、甘いはずのクッキーがほろ苦く感じた。
こうして、離宮での日々は続いた。
ジュノは、午前中はレオの執務室で書類整理を手伝い、午後は厨房で料理を学んだ。レオは、ジュノの隣で執務を続け、毎日理性を保つために戦った。ゼノア、リュシアン、アレン、カイも、それぞれの立場でジュノを守り続けた。
☆
その次の日の夜。定例の報告会が開かれた。
レオの執務室にいつもの面々が集まる。レオは、机に手をついていた。
「影から、緊急の報告が届いた」
レオの声は、重かった。全員が、緊張した表情を浮かべた。
「セリアとヴォルフが、接触した。偶然なのか必然なのかはわからんが」
レオの碧眼が鋭く光り、口調が慎重さを含んでいく。
「そして――南北両方ともに、この離宮の場所を掴んだ可能性が高い」
「……まずいな」
アレンが、呟いた。
「ああ」
レオは、頷いた。
「警備を、最高レベルに引き上げる」
「それだけで、十分か?」
リュシアンが、問い詰める。
「いや。不十分だろう。それに、この警備体制の厳重さが返って居所を特定させたのだとも、推察できる。だからといって、警備を緩くするわけにも行かない」
レオは、正直に答えた。
「判断として、今できることはそれが最善だ」
ゼノアが、口を開いた。
「姫様には、警備が厳重になるとお伝えするのか?」
レオは、首を横に振った。
「いや お伝えすることはしない。しても姫様を、不安にさせるだけだ」
全員が、無言で頷いた。
「引き続き、向こうの監視を続ける。そして、何かあれば」
レオの碧眼が、決意の色を帯び、その声が冷たくなる。
「即座に対応する」
☆
同じ頃の宮廷では、セリアが自室で鏡台の前に座っていた。
月光が、セリアを照らしている。セリアの右手の人差し指が、くるくると回っている。目に見えない何かが、空気中にふわりふわりと漂って行く。
「白薔薇の離宮。そこに、貴女がいる」
指が、くるくると回る。
「もう少し……もう少しで、準備が整う」
セリアは、窓の外を見つめた。遠くに、御苑が見える。その奥に白薔薇の離宮がある。
「待っていてね、レオ様。もうすぐ、お会いできるわ」
☆
一方ヴォルフは、北方使節団の宿舎で地図を広げていた。
白薔薇の離宮の位置。警備の配置。出入り口。全てを、確認している。
「ジュノ様……「もう少しだ」
小さな呟きと共に、ヴォルフの灰色の瞳が危険な光を放つ。
「もう少しで、貴女に会える」
そう言うと、静かに地図を畳んだ。
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