編む。ー消える白パンの謎ー

苺迷音

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消える白パンの謎

消える白パンの謎 13 幸甚《こうじん》の至りへ

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 ヴァーレンシュタイン邸の賓膳室には、落ち着いた灯りが揺れていた。食卓にはステラ、ライオネル、ウォルシュ、そしてラフでありながらも貴公子然とした服装のシュベルアンが同席している。

 ウォルシュは、ここ数日の緊張がほどけていくのを感じながら、用意された食事に手をつけた。

「公女様。昼間の件についてですが」

 ナイフとフォークをそっと置き、ステラへ向き直る。その声には、探るような調子が含まれていた。

「パン屋の包装紙のメモ『今日午後1時・パン屋の通り古書店』とありましたね? 公女様がお書きになられたのですか?」

 ステラは小さく微笑みながら、グラスを持ち上げる。

「ええ。稚拙ながらも……。シュベルと知恵を出し合って、古文様を記しました。ウォルシュ卿が危惧されていた、監視者の目があるかもしれないという事を念頭に、もし誰かに見られても分からない様にと。ですが、ウォルシュ卿であれば、お気づきいただけると確信していました。そして、それは正解でしたわ」

 ウォルシュは軽く息を吐きながら、柔らかく微笑む。

「非常によくできていましたよ。見事なものです」

 シュベルアンも静かに食事を進めながら、ひとこと付け加えた。

「俺はその古文様については、ほぼ何もしていませんよ」

 ライオネルがシュベルアンに視線を向け、僅かに眉を上げる。それに対し、シュベルアンは片方の口角を上げた。

 そんな二人を見て、ステラは小さく眉尻を下げる。その空気に戸惑いを見せるウォルシュ。

「この二人、普段からこうなんですのよ。お気になさらないでくださいませね」

 ステラは苦笑しつつ、ウォルシュへ伝えた。

 その時。

 公爵家の次男であるヴィクトルが、軽やかに広間へと入ってきた。夜風のように、穏やかで軽快な足取りで。

「お待たせしました、皆様。いや、待たせたつもりはないのですが、たった今戻りました」

 飄々とした口調ながらも、身は騎士団の制服に包まれ、短く刈り込んだ濃い金の髪を撫でながらウォルシュへ視線を向ける。

「朗報です。奥方、マリー夫人を保護しましたよ」

 ウォルシュは思わず礼儀も忘れ、椅子から立ち上がる。

「健康状態は大きく損なわれていませんが、心身ともに疲弊しているのは明らかです」

 ヴィクトルの口調は冷静だったが、その言葉の奥にわずかな気遣いが滲んでいた。

「ウォルシュ卿。今すぐ奥方に会われますか?」

「……はい。勿論……っ」

 安堵のあまり、うまく言葉にならないウォルシュ。ヴィクトルは軽く手を上げ、控えていた騎士団員へ視線を向ける。

「案内を頼む。奥方のいる部屋へ、ウォルシュ卿を通してくれ」

 団員は静かに頷き、ウォルシュへ目を向けた。



 年若い騎士団員に誘導されながら進む廊下。どこまでも続く……まるで世界の果てへ向かっているかのように、遠く感じられた。

 鼓動が早まる。傷はないか? 体調を崩していないだろうか? あらゆる思いが心の中で渦を巻く。

 早く……マリーに会いたい!

 前を歩いていた団員が足を止め、ウォルシュへ向き直る。

「ここに奥様がいらっしゃいます」

 控えめな微笑みと共に扉をノックすると、中から聞き慣れた、それでいてどこか、か細く弱い声の短い返事が返ってきた。

 待ちきれず、ウォルシュは扉を開ける。

「マリー……!」

 部屋の中にいたのは紛れもなく、愛しい妻・マリーの姿だった。

 次の瞬間、マリーはウォルシュの胸へと飛び込む。彼は深く、震える腕で彼女を抱きしめた。

「……会いたかった……! ずっと……ずっと……! すまない! すまない……っ」

 マリーもまた、涙を流しながらウォルシュの名を繰り返す。

「あなた……ウォル……ごめんなさい……心配をかけて……ああ……ウォル……」

 その空間には、ただ二人の息遣いと、抑えきれない涙の音だけが満ちていた。
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