編む。ー消える白パンの謎ー

苺迷音

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晩餐会の幽霊

晩餐会の幽霊 15 灯りの下の髭とスイッチ

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 ルシアスは壁際のくぼみを指でなぞりながら呟いた。

「このくぼみ……やはり何かを嵌め込んでいた跡だ。意図的な加工だよなぁ」

「暗闇の中で目印として、動きを補助する仕掛けだったって所か」

 立ち上がったヴィクトルが、壁に手をつけながら答える。

 背後から軽やかな足音が響き、二人は振り返った。ステラとシュベルアンが足早に歩み寄ってくる。

 ヴィクトルが柔らかく微笑んだ。

「おかえりスティ、シュベル。何か有益な事はきけたかな?」

 ステラはあがる息を整えつつ、今しがた抱いた”違和感”をヴィクトルとルシアスに話す。

「一つ、気になることがあったの。バトラーのオーエンだけれども。なんだか妙だったのよ。多弁でね、隠し事をしているように感じたの」

「焦りすぎて見えたな。あの不自然さは、ただの動揺じゃないように思う」

 シュベルアンも、自身が感じたことを重ねた。ヴィクトルは顎を撫でながら顔を天井へと向けた。

「隠してることかぁ……。侯爵の行方に関して、何かしら知ってるってあたりか」

「その線で考えると、繋がることが多い」

 話を引き継いだルシアスが、くぼみを人差し指で撫で「ちょっとこれを見て」と、ステラとシュベルに目配せをした。

「蛍石みたいな光る石がここに嵌められていたと思うんだよ。それは、暗闇で目印として機能した。席から後ろに下がるためのものだったんじゃないかと考えられる」

「後ろに下がる理由は?」

 シュベルアンが眉を少し上げる。

「俺とヴィクトルの推測だが、侯爵は変装してたんじゃないかと思う。暗闇になるだろ? その間に……例えば、ポケットに忍ばせた付け髭をつけて、ジャケットを裏返すとか。あえて後ろに下がったのは、その変装のため……そう考えると筋が通る」

 ルシアスは腕を組み直し、さらに分析を加える。

「暗闇が計算に入っていた。ただ一人じゃ無理だ。誰か協力者が居た」

「そこで、オーエンか」

 低い声でシュベルアンが呟く。

「今のスティとシュベルの話からすると、オーエンの可能性が高いよな。だから妙に多弁だったんじゃないか?」

 返事をしたヴィクトルが、壁を軽くコツコツと叩き、視線を上げた。

「暗闇、蛍石、オーエン……」ルシアスは一人呟いた後、顔をあげて全員を見渡し、ハッキリとした口調で結論を下す。

「侯爵は誘拐されたわけじゃない。計画的に姿を消したんだ」

 ヴィクトルも付け加えた。

「証拠があまりにもなさすぎたからなぁ。普通、誘拐みたいなことが起きりゃ、痕跡ってもんが残る。でも今回は、目に見えるものがなさすぎた。むしろ“誘拐じゃない”と言ってるようなもんだ」

ステラとシュベルアンも頷いた。

「次は電源盤だな。シャンデリアの明かりも落ちて、暗闇になったんだ。誰かが操作していたんだろう。壁際を中心に探そう。スイッチなら、あまり目立たない所にあると思う」

 ルシアスが皆を促し、ヴィクトルが軽く肩をすくめながら歩き出した。

 足音は短く響きながらも一定のリズムを刻み、次なる調査へと気持ちを引き締めていった。

 ルシアスも壁を調べながら頷く。

「装飾や影になっている場所を見ればいい。こんな広い部屋だから、どこか隅に仕込まれているはずだ」

 広間の隅に進んだシュベルアンが、目を細めながら壁の一角を指差す。

「このあたり、不自然に柱が埋めてあるな」 

 ステラはシュベルアンが指差した壁に手を当て、ある一点でぴたりと動きが止まる。

「何か硬い感触がある。スイッチみたい」

「スティ、押してみてごらん?」 

 ヴィクトルが軽く促した。

 スイッチを押すと、広間のシャンデリアが静かに灯りを取り戻した。淡い光が部屋全体を包み込み、晩餐会の余韻を彷彿とする破片を浮かび上がらせた。

 輝きを僅かに取り戻した空間は、妙な安心感を覚えさせる。皆一斉に、ホっと息を吐いた。

「なるほどなぁ……ここで明かりを落とし、誰かが人知れず動いた。暗闇を利用して、何かを隠したか……あるいは、変えたかだな」

 ヴィクトルが明るくなった広間を見渡す。

 シュベルアンが言葉を継ぐ。

「明かりが戻った後、ガラスが割れた。割れたガラスの音……あれは何かを隠すためか、それとも注意をそらすためか」

「割れた音は俺は聞いてないが、昨晩は混乱してたらしいなぁ」ヴィクトルが腕を組んで考え込む。

「この位置からだったら、広間全体を見渡せるな」

 ルシアスが、視線をスイッチからゆっくり離した。そして続ける。

「窓が割れたことで視線や意識がそれた時間を考えるべきだ。それを利用して、彼らは別の行動を起こした可能性が高い」

 ステラが軽く息をつきながら付け加える。

「暗闇の中で何をしたのか。纏めると、壁の所まで目印まで歩いて行き、そこで気づかれない様にそっと変装?したってことね?その後の行動は不明だけれども、ガラスが割れたのも偶然じゃなかったってことかしら?」

「ああ。変装をしたとして、その後なにかしらの理由で注意を逸らす為、大きな音を利用したと考えるのが、妥当だろうな。取り敢えず、一つずつ重ねて行くしかない」

シュベルアンは考えを整えるように、瞼を閉じつつ低い声で言う。

ヴィクトルも軽く笑いながらも、頷いた。

「いいぜ。幽霊の正体を暴くまでは、俺たちも影の中ってことだな」

広間の空気は張り詰めるでもなく、しかし確かな期待をもたらしていた。

次の一手が、核心へ近づく鍵となる。
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