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晩餐会の幽霊
晩餐会の幽霊 19 沈黙の誇りと記憶
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「旦那様は……オルノー領の……港に停泊している商船に居られます」
それだけ言うとオーエンは俯き、唇をきつく結んだ。
「……ああ、チュリの港か?」
ルシアスが確認するように尋ねる。しかしオーエンは答えない。それ以上を語ることは、主の意志を越えることになる。
その誇りが、彼に沈黙を選ばせた。
再び顔を上げた彼の表情には、その矜持が滲んでいた。
長い沈黙の末に告げられた、たった一言。その重みを、彼らは理解していた。
だからこそ、その沈黙は従属ではなく、アルノー候への誇り高き忠誠の証だった。この面々の前で、沈黙を貫くことには勇気が必要であろう。それでも、彼は主への忠誠を貫いたのだ。
ステラは、微かに眉尻を下げ「話してくださって、ありがとう」と呟いた。それは話してくれたことへの感謝。そして、オーエンがきっと一人で抱えようとした辛さを、思いやる言葉だった。
ルシアスは、オーエンの肩に優しく手を置いた。強くはなくただ軽く。勇気を持って告白してくれたことへの、敬意として。オーエンはルシアスを瞳に映し、頭を深く下げた。
誰もその先は、話す事を続けなかった。言葉はもう十分だった。
☆
それから数日後、ステラたちはアルノー領の港町・チュリにいた。皇都から馬車で三時間ほどの距離だ。
チュリは貿易港で、市場には珍しい加工品や調味料、生鮮な魚介・野菜・果物や菓子などの趣向品、果ては宝飾品や布まで、様々なものが所狭しと並んでいた。
港の喧騒に紛れながら、ライオネルは視線を巡らせた。貿易港チュリには現在、二隻の商船しか停泊していない。
「……この二隻のどちらかだろうな」
ヴィクトルも頷く。
「それにしても……思ったより人が多く、賑やかだな」
普段とは違う恰好をしたルシアスが、興味深げに辺りを見回しながら興奮気味に話す。
ステラも町娘風の姿で、歩くとふわっと広がる薄黄色のワンピースを身に着ていた。髪はツインテールに括られていて、普段とは違う溢れる可愛らしさがあった。その姿に、シュベルアンが目を細めた。
岸辺には荷を積み下ろす商人たち、港湾作業員、遠巻きに交渉を進める貴族らしき姿もある。人の流れに紛れながら、五人はゆっくりと歩を進めた。
ライオネルは鋭い視線を投げた。
「船の様子を見る。お前は違う角度から確認しろ」
ヴィクトルは軽く顎を引き、港の建物側に回った。
風に乗って、海の匂いと混じる食材の香りが漂う。市場の喧騒にまぎれながら、ライオネルは船に積まれた木箱の刻印を見つめた。貿易品の印だ。
その時、視界に入ったのは、船の側で話している男だった。洗い立てで撫でつけられていない茶髪が風に揺れ、口元には特徴的な口髭があった。
視線を別の方へ移そうとしたが、ふと、ライオネルは眉を顰めた。
「……あの男、どこかで……」
だが、すぐには思い当たらない。
ヴィクトルが戻ってきた。
「そっちに手がかりは?」
ライオネルは髭の男の動きを目で追いながら答える。
「……いや、あの男。ただの商人かもしれんが……」
男が商談が終わったのか、こちらへ歩いて来た。何かが胸に引っ掛かるライオネル。だがそれが”何か”がまだわからない。どんどん近づいてくる髭の男性。すれ違うその時、ふわり……桃の香りがした。
通り過ぎようとする男性の腕を、ライオネルは慌てて掴んだ。
「待ってくれ!」
思わず叫び、腕を掴まれた男性が振り返った。
陽の光が髭の影を淡くし、浮かび上がるのは、かつて見たあの穏やかな眼差しだった。視線が合う。
茶色い瞳がこちらを捉えた。
その瞬間、潮風にふと混じる、まだ青い桃の実が揺れる春の風に乗って漂うありえないはずの桃の香り。あの日の香りが鼻腔を刺す。
記憶の中で、微笑む髭の男。
「そうか。そうだったんだ……あなたでしょう?」
髭の男は慈愛を込めた茶色の瞳で見つめ、ふっと微笑んだ。その笑顔は、あの日と同じ……眩しい、夏の日差しのような笑みだった。
髭の男性は笑みを深め、ゆっくりと手を動かす。
「よければ、船に招きましょう」
連れてこられたのは、停泊中の船舶の中。船に乗り込むと、男が宿泊しているのだろう部屋に、ステラ達は通された。部屋の中は、海の上とは思えないほど揺れが無く、窓から見える波が乱反射して目映く輝いていた。
執務用の机の上には、書類が整然と並ぶ。 侯爵はその一角に腰を下ろし、わずかに目を伏せた。
そして、穏やかに口を開く。
「……では、話しましょう。私の事を」
それだけ言うとオーエンは俯き、唇をきつく結んだ。
「……ああ、チュリの港か?」
ルシアスが確認するように尋ねる。しかしオーエンは答えない。それ以上を語ることは、主の意志を越えることになる。
その誇りが、彼に沈黙を選ばせた。
再び顔を上げた彼の表情には、その矜持が滲んでいた。
長い沈黙の末に告げられた、たった一言。その重みを、彼らは理解していた。
だからこそ、その沈黙は従属ではなく、アルノー候への誇り高き忠誠の証だった。この面々の前で、沈黙を貫くことには勇気が必要であろう。それでも、彼は主への忠誠を貫いたのだ。
ステラは、微かに眉尻を下げ「話してくださって、ありがとう」と呟いた。それは話してくれたことへの感謝。そして、オーエンがきっと一人で抱えようとした辛さを、思いやる言葉だった。
ルシアスは、オーエンの肩に優しく手を置いた。強くはなくただ軽く。勇気を持って告白してくれたことへの、敬意として。オーエンはルシアスを瞳に映し、頭を深く下げた。
誰もその先は、話す事を続けなかった。言葉はもう十分だった。
☆
それから数日後、ステラたちはアルノー領の港町・チュリにいた。皇都から馬車で三時間ほどの距離だ。
チュリは貿易港で、市場には珍しい加工品や調味料、生鮮な魚介・野菜・果物や菓子などの趣向品、果ては宝飾品や布まで、様々なものが所狭しと並んでいた。
港の喧騒に紛れながら、ライオネルは視線を巡らせた。貿易港チュリには現在、二隻の商船しか停泊していない。
「……この二隻のどちらかだろうな」
ヴィクトルも頷く。
「それにしても……思ったより人が多く、賑やかだな」
普段とは違う恰好をしたルシアスが、興味深げに辺りを見回しながら興奮気味に話す。
ステラも町娘風の姿で、歩くとふわっと広がる薄黄色のワンピースを身に着ていた。髪はツインテールに括られていて、普段とは違う溢れる可愛らしさがあった。その姿に、シュベルアンが目を細めた。
岸辺には荷を積み下ろす商人たち、港湾作業員、遠巻きに交渉を進める貴族らしき姿もある。人の流れに紛れながら、五人はゆっくりと歩を進めた。
ライオネルは鋭い視線を投げた。
「船の様子を見る。お前は違う角度から確認しろ」
ヴィクトルは軽く顎を引き、港の建物側に回った。
風に乗って、海の匂いと混じる食材の香りが漂う。市場の喧騒にまぎれながら、ライオネルは船に積まれた木箱の刻印を見つめた。貿易品の印だ。
その時、視界に入ったのは、船の側で話している男だった。洗い立てで撫でつけられていない茶髪が風に揺れ、口元には特徴的な口髭があった。
視線を別の方へ移そうとしたが、ふと、ライオネルは眉を顰めた。
「……あの男、どこかで……」
だが、すぐには思い当たらない。
ヴィクトルが戻ってきた。
「そっちに手がかりは?」
ライオネルは髭の男の動きを目で追いながら答える。
「……いや、あの男。ただの商人かもしれんが……」
男が商談が終わったのか、こちらへ歩いて来た。何かが胸に引っ掛かるライオネル。だがそれが”何か”がまだわからない。どんどん近づいてくる髭の男性。すれ違うその時、ふわり……桃の香りがした。
通り過ぎようとする男性の腕を、ライオネルは慌てて掴んだ。
「待ってくれ!」
思わず叫び、腕を掴まれた男性が振り返った。
陽の光が髭の影を淡くし、浮かび上がるのは、かつて見たあの穏やかな眼差しだった。視線が合う。
茶色い瞳がこちらを捉えた。
その瞬間、潮風にふと混じる、まだ青い桃の実が揺れる春の風に乗って漂うありえないはずの桃の香り。あの日の香りが鼻腔を刺す。
記憶の中で、微笑む髭の男。
「そうか。そうだったんだ……あなたでしょう?」
髭の男は慈愛を込めた茶色の瞳で見つめ、ふっと微笑んだ。その笑顔は、あの日と同じ……眩しい、夏の日差しのような笑みだった。
髭の男性は笑みを深め、ゆっくりと手を動かす。
「よければ、船に招きましょう」
連れてこられたのは、停泊中の船舶の中。船に乗り込むと、男が宿泊しているのだろう部屋に、ステラ達は通された。部屋の中は、海の上とは思えないほど揺れが無く、窓から見える波が乱反射して目映く輝いていた。
執務用の机の上には、書類が整然と並ぶ。 侯爵はその一角に腰を下ろし、わずかに目を伏せた。
そして、穏やかに口を開く。
「……では、話しましょう。私の事を」
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