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希う
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遊理子が眼を覚ますと時計は午後の3時を過ぎていた。彩月はまだ寝ている。
「まだ3時か……」
遊理子は本業のAV女優としての仕事は暫く無かった。ここ一週間ほどはバイト生活。次のバイトは明日の夕方からである。遊理子はまだ自分に充分な時間の余裕があるのを確認すると彩月の仕事の予定が気になり、無理矢理起こした。
「彩月、あなた今日いつまでここに居れるの?」
彩月は眼を覚ますと怠そうに口元の涎を袖で拭い、身体を起こした。
「今、何日?」
「いや、まだ日を跨いだりはしてないから」
「あーだったら大丈夫。私こっから三日間丸々休みだから。それよりゆりの方はいつまで休みよ?」
「私は明日の夕方からバイト」
それを彩月は聴くとよろよろと立ち上がり、遊理子の家に来る前に寄ったコンビニで買ったであろうパンパンの袋の中からワインを取り出した。
「んじゃ、二次会するか」
「いや、ワイン買ったなら最初から出してよ!」
遊理子は勢いよくツッコミを入れた。
「だらだらと発泡酒飲んでたのが馬鹿みたいじゃない!」
「えー、ごめん。ボケーとしてた。まぁ、誕生日プレゼントってことで」
「いや、適当すぎ!急にワイン出してきたから眼覚めたじゃない」
「まぁまぁ、そう言わず」
遊理子は大きな溜息をつくと彩月の性格を考慮して怒るのをやめた。
「それもそーよね。大体、私の誕生日っていうのに私の家で料理作って待つってなかなかだと思うわ」
「仕方ないじゃない。私の家ってとんでもなく汚いし」
それも遊理子は知っている。彩月は基本的に仕事以外雑なのである。前に彩月の家に遊びに行った時にその汚さに唖然としたのを遊理子は思い出した。
テレビは所謂お昼のワイドショーをだらだらと垂れ流していた。どうやら、有名タレントと某有名番組のプロデューサーの熱愛報道のようだ。テレビの中では他人の恋愛をあーだこーだ言っては番組を盛り上げている。それを彩月と遊理子は茫然と眺めていた。
「誰、このタレント?知ってる?」
彩月は枝豆をひょいと口に運ぶと遊理子に訊いた。
「いや、知らない。でも、有名なんだろうね」
二人とも芸能には疎い。テレビに映っているタレントをたまたま知らなかったとかではない。そもそも疎いのである。彩月はまだしも遊理子はAV女優。芸能界の端くれである。しかし、遊理子は度が過ぎるレベルで芸能を知らない。勿論、何故彼女がそんなにも芸能に疎いのかというと多忙であるということに尽きる。彼女は何度かAVでいうところのパロディ物というのを何度か出演しているのだが、その時も元ネタを知らなくて困ったという話もあるほどだ。兎に角、遊理子はそのくらい芸能を知らなかった。
「そう言えば遊理子ってテレビ出演ってあるっけ?」
「あるよ。二回ある。なんか働く女性に関する奴とお笑いの奴のエロコーナーでちょっとだけ。あ、勿論、深夜枠よ?」
「それぐらいわかるわ」
彩月は軽く遊理子の頭を小突いた。
「大体ね。遊理子が高校卒業できたのは私が勉強教えてあげてギリギリ赤点を回避したからじゃない。そんな私にわからないことがないわけがないじゃない」
「急に何よ」
遊理子がそう言ってふと目をテレビから彩月の方へ流すと彩月は既にワインを何杯も飲んでいた。悪酔いという奴である。
「あーもーホント彩月ってだらしないんだから」
遊理子は仕方がなく、もう一度彩月の体をゆっくりと横に寝かせた。彩月が二次会だなんてはしゃぎ始めてからまだ一時間も経っていない。
遊理子は来客用の毛布を隣の部屋から持ってくると彩月の上に掛けた。どうせ彩月はいつも通り家に泊まるのだろうと遊理子は思ったからだ。その時だった。
「あ、そういや、ゆり。私、結婚する」
半ば寝言のようだったが、確実に彩月はそう言った。
「え?」
遊理子は驚きを隠せなかった。とはいっても隠すも何も彩月は寝ているのだが。
遊理子は元より彩月に彼氏がいることは知っていた。もう付き合って五年が経つらしい。よく彩月と会うたびに彼氏の愚痴を聞かされていたのだが、今日は遊理子に結婚する話を持ち掛けようとしていたのならばその愚痴がないということに合点がいく。尤もこの話は予期せぬ形で遊理子の耳に届くことになったわけではあるのだが。
「それも・・・・。そうか。もう三十代だもんね。結婚の話なんてあってもおかしくない話だもんね」
遊理子はそう言うと自分の現状を省みて少しだけ泣きそうになった。ろくな青春なんてなかった。そもそも自分に青春なんてあったのかと疑問に思うほどにだった。遊理子は彼氏が出来たことがない。学生時代に何度か告白をされたことはあるが、すべて断った。勿論、遊理子にとって学生時代の恋愛というものは魅力的ではあったが、当時の遊理子にとってお金の方が魅力的、とまでではないが、大事なことであるのには間違いなかったのだ。遊理子が処女を失ったのは初めてのAVの撮影の時である。
遊理子は思い出した。初めて自分の膣の中に男性器が這入っていた時のことを。一通りの行為を終えた後に口座に振り込まれたお金の喜びと虚しさと悲しみを。今でこそ抵抗はないが、あの時はなんだか自分の惨めさにATMの上に涙を溢したことも。もし、あの時、父親の会社が潰れなかったら、父親がどこかへ行ってしまったりしなかったら、貧しくも家族三人で仲良く暮らしていたら、こんな惨めな思いはしなかったのではないかと思いながら母に涙を見せないように手で眼をごしごしと擦ったあの日を。遊理子は全部全部、覚えている。
「軽い気持ちで、風俗で働こうなんて思ってたこともあったなあ。あんなこと思うなんて。どうかしてたよ、私」
遊理子は泣きそうになったが、涙をぐっと堪え、感情に押し殺されそうになりながら声を震わせ、小さな声でそっと、彩月を起こさないようにそう呟いた。
そして、唐突に遊理子は恋愛をしたい、結婚したいという願望に駆られた。
この時、恋を希う三十路AV女優の遅咲きの青春が始まった。
「まだ3時か……」
遊理子は本業のAV女優としての仕事は暫く無かった。ここ一週間ほどはバイト生活。次のバイトは明日の夕方からである。遊理子はまだ自分に充分な時間の余裕があるのを確認すると彩月の仕事の予定が気になり、無理矢理起こした。
「彩月、あなた今日いつまでここに居れるの?」
彩月は眼を覚ますと怠そうに口元の涎を袖で拭い、身体を起こした。
「今、何日?」
「いや、まだ日を跨いだりはしてないから」
「あーだったら大丈夫。私こっから三日間丸々休みだから。それよりゆりの方はいつまで休みよ?」
「私は明日の夕方からバイト」
それを彩月は聴くとよろよろと立ち上がり、遊理子の家に来る前に寄ったコンビニで買ったであろうパンパンの袋の中からワインを取り出した。
「んじゃ、二次会するか」
「いや、ワイン買ったなら最初から出してよ!」
遊理子は勢いよくツッコミを入れた。
「だらだらと発泡酒飲んでたのが馬鹿みたいじゃない!」
「えー、ごめん。ボケーとしてた。まぁ、誕生日プレゼントってことで」
「いや、適当すぎ!急にワイン出してきたから眼覚めたじゃない」
「まぁまぁ、そう言わず」
遊理子は大きな溜息をつくと彩月の性格を考慮して怒るのをやめた。
「それもそーよね。大体、私の誕生日っていうのに私の家で料理作って待つってなかなかだと思うわ」
「仕方ないじゃない。私の家ってとんでもなく汚いし」
それも遊理子は知っている。彩月は基本的に仕事以外雑なのである。前に彩月の家に遊びに行った時にその汚さに唖然としたのを遊理子は思い出した。
テレビは所謂お昼のワイドショーをだらだらと垂れ流していた。どうやら、有名タレントと某有名番組のプロデューサーの熱愛報道のようだ。テレビの中では他人の恋愛をあーだこーだ言っては番組を盛り上げている。それを彩月と遊理子は茫然と眺めていた。
「誰、このタレント?知ってる?」
彩月は枝豆をひょいと口に運ぶと遊理子に訊いた。
「いや、知らない。でも、有名なんだろうね」
二人とも芸能には疎い。テレビに映っているタレントをたまたま知らなかったとかではない。そもそも疎いのである。彩月はまだしも遊理子はAV女優。芸能界の端くれである。しかし、遊理子は度が過ぎるレベルで芸能を知らない。勿論、何故彼女がそんなにも芸能に疎いのかというと多忙であるということに尽きる。彼女は何度かAVでいうところのパロディ物というのを何度か出演しているのだが、その時も元ネタを知らなくて困ったという話もあるほどだ。兎に角、遊理子はそのくらい芸能を知らなかった。
「そう言えば遊理子ってテレビ出演ってあるっけ?」
「あるよ。二回ある。なんか働く女性に関する奴とお笑いの奴のエロコーナーでちょっとだけ。あ、勿論、深夜枠よ?」
「それぐらいわかるわ」
彩月は軽く遊理子の頭を小突いた。
「大体ね。遊理子が高校卒業できたのは私が勉強教えてあげてギリギリ赤点を回避したからじゃない。そんな私にわからないことがないわけがないじゃない」
「急に何よ」
遊理子がそう言ってふと目をテレビから彩月の方へ流すと彩月は既にワインを何杯も飲んでいた。悪酔いという奴である。
「あーもーホント彩月ってだらしないんだから」
遊理子は仕方がなく、もう一度彩月の体をゆっくりと横に寝かせた。彩月が二次会だなんてはしゃぎ始めてからまだ一時間も経っていない。
遊理子は来客用の毛布を隣の部屋から持ってくると彩月の上に掛けた。どうせ彩月はいつも通り家に泊まるのだろうと遊理子は思ったからだ。その時だった。
「あ、そういや、ゆり。私、結婚する」
半ば寝言のようだったが、確実に彩月はそう言った。
「え?」
遊理子は驚きを隠せなかった。とはいっても隠すも何も彩月は寝ているのだが。
遊理子は元より彩月に彼氏がいることは知っていた。もう付き合って五年が経つらしい。よく彩月と会うたびに彼氏の愚痴を聞かされていたのだが、今日は遊理子に結婚する話を持ち掛けようとしていたのならばその愚痴がないということに合点がいく。尤もこの話は予期せぬ形で遊理子の耳に届くことになったわけではあるのだが。
「それも・・・・。そうか。もう三十代だもんね。結婚の話なんてあってもおかしくない話だもんね」
遊理子はそう言うと自分の現状を省みて少しだけ泣きそうになった。ろくな青春なんてなかった。そもそも自分に青春なんてあったのかと疑問に思うほどにだった。遊理子は彼氏が出来たことがない。学生時代に何度か告白をされたことはあるが、すべて断った。勿論、遊理子にとって学生時代の恋愛というものは魅力的ではあったが、当時の遊理子にとってお金の方が魅力的、とまでではないが、大事なことであるのには間違いなかったのだ。遊理子が処女を失ったのは初めてのAVの撮影の時である。
遊理子は思い出した。初めて自分の膣の中に男性器が這入っていた時のことを。一通りの行為を終えた後に口座に振り込まれたお金の喜びと虚しさと悲しみを。今でこそ抵抗はないが、あの時はなんだか自分の惨めさにATMの上に涙を溢したことも。もし、あの時、父親の会社が潰れなかったら、父親がどこかへ行ってしまったりしなかったら、貧しくも家族三人で仲良く暮らしていたら、こんな惨めな思いはしなかったのではないかと思いながら母に涙を見せないように手で眼をごしごしと擦ったあの日を。遊理子は全部全部、覚えている。
「軽い気持ちで、風俗で働こうなんて思ってたこともあったなあ。あんなこと思うなんて。どうかしてたよ、私」
遊理子は泣きそうになったが、涙をぐっと堪え、感情に押し殺されそうになりながら声を震わせ、小さな声でそっと、彩月を起こさないようにそう呟いた。
そして、唐突に遊理子は恋愛をしたい、結婚したいという願望に駆られた。
この時、恋を希う三十路AV女優の遅咲きの青春が始まった。
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