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第二話 プロローグ2
しおりを挟むそんなある日のこと。
「クオードさんって優しいし、カッコイイですよねー」
同僚のミリムが頬に手を当てながら、嬉しそうに話しかけてきた。デスクでカルテと睨み合っていた俺は、顏を上げる。
「クオード?」
「はい。ほら、第七師団のところの。さっき、階段から落ちたところを助けてもらったんです」
「……へぇ」
素っ気なくなってしまうのは、嫉妬でしかない。大人げないとは分かっている。でも、感情は理屈では制御できない。
俺は「よかったですね」とだけ相槌を打って、再びカルテと向き合った。今日、診察する患者のデータを確認しているんだ。
――ここは、王立騎士団本部の医務室。ここで、俺は軍医として働いている。だから、王立騎士のクオードと同じ職場といったら同じ職場といえる。
でも、俺とクオードの交際は周りに秘密だ。なんでも、周りに茶化されるのが嫌だし気恥ずかしいからだと、クオードがオープンにすることを嫌がったんだ。
まったく、腹立たしい。なんで俺たちの交際をみんなに隠さないといけないんだよ。職場でも休憩時間くらい、イチャイチャしたいのに。
そんなわけで、クオードに憧れるオメガ男子がちらほら現れてしまう始末。アタックされたらどうしよう、とこっちは心配でしょうがない。もちろん、クオードが裏切るとは思っていないけども……。
すべてはクオードが悪い。そうだ、あいつが全部悪いんだ。なんであんなに優しくてイケメンなんだよ。ああもうっ、俺のものだってみんなに暴露したいっ!
憤然と考えつつ、その日もつつがなく軍医の仕事を終えた。その後は、市街地で買い物をしてからクオードが住む集合住宅の一室へと急ぐ。
鍵を開けて中に入ると、クオードはまだ帰ってきていない。クオードはいつも帰りが遅いから、俺は毎日のように夕食を作っている。クオードの仕事は体が資本だから。
台所に立ち、今夜もホワイトシチューを作る。今日は一度も失敗せずに作ることができた。あとはいつものように付け合わせのサラダを用意するだけだ。
調理に取りかかろうとした時。
「フィラ?」
玄関の扉が開く音がしたかと思うと、クオードの声が聞こえた。やがて、台所に顏を出したクオードは……なぜか、神妙な顔をしていた。
俺は急速に強い不安に襲われた。なぜかは分からないけど、嫌な予感がして。
「お、おかえり。クオード」
努めて笑顔を浮かべると、クオードもはにかもうとする。けれど、上手くいかず、口元が少し緩んだだけだ。いつもとは違う、ぎこちない笑み。
「……ただいま。いつもごめんな、食事の支度をしてもらって」
「い、いいよ。俺が好きでやっていることなんだから」
なんだろう。心臓がばくばくする。まさか……別れ話でも切り出そうとしているのか? 俺がこの前、結婚についてうるさく催促したから、嫌になったとか? 気付かなかった。
ぐるぐると考えていたら、いつの間にか目に涙が浮かんでいた。込み上げてくる涙を必死に堪え、クオードの前でそっと顔を伏せる。
「あの、クオード。この前はごめん……」
まずは謝罪すると、クオードは怪訝な顔をした。
「え? 何が?」
「結婚のこと、焦らせて。俺も自分の都合ばかり押し付けてたよ。本当にごめん」
「……」
押し黙るクオード。俺はその端正な顔立ちを、勇気を振り絞ってぐっと見上げる。
「俺、絶対に別れないから!」
そうだ。クオードと離れるなんて俺の中ではありえない。死ぬまで、いや来世だってずっと傍にいるんだ。
固い決意を抱いて宣言すると、クオードは困ったように、けれどどことなく嬉しそうに笑った。ようやくいつもの笑みを見ることができて、俺もなんだかほっとした。
「よく分からないけど、勘違いさせてごめん。実は……両親が亡くなったって知らせが、さっき届いて」
「え……」
「それでちょっと落ち込んでたんだ。別れるつもりなんて俺だってないよ。心配するな」
ぽんっと、頭に手を置かれて優しく撫でられる。よしよしとあやすようにするこの仕草は、子ども扱いされているようで複雑な反面、嫌いじゃない。
俺は嬉しさ余って、クオードに抱きついた。ぎゅううと抱き締めると、クオードもまた力強く抱き締め返す。俺たちは小さく笑い合って、ハグを堪能した。
「ご両親のこと……残念だったな。ご冥福をお祈りするよ」
その後、食卓に座ってシチューを食べながら、おずおずと改めて言う。悲しいことをきちんと伝えると、クオードは「ありがとう」と力無く笑った。
丸い木皿からシチューをスプーンでよそいながら、「それと……」とクオードは神妙な面持ちで続ける。あれ、さっきと同じ表情だ。
「俺に異父弟がいることも、実はさっき知って」
「え? 弟さん?」
「そう。疎遠だったから聞いてなかった。まだ三歳くらいの猫男らしいんだけど……引き取ろうと思う。フィラは嫌か?」
猫獣人の子ども。両親が亡くなったのなら、それは確かにクオードが引き取ることになるのだろう。兄弟なんだから。
突然の話だけど、俺はあっけらかんと返した。
「別に嫌じゃないけど? きっと可愛いだろうなぁ」
クオードの小さい頃と似ていたりして。それに猫獣人。もふもふ猫耳も触らせてもらえるかもしれない。
俺が心から楽しみにしていることが伝わったのか、クオードはふっと笑みをこぼした。どきりとするくらい、優しい笑みを。
「……フィラは本当に純粋だな」
「え?」
「ありがとう。愛してるよ」
テーブル越しにキスをされる。触れるだけのものだったけど、俺は頬を赤らめた。なんで突然キス!?
ドキドキしながらも、俺もぼそぼそと返した。
「お、俺も……その、好きだよ」
クオードは優しくも意地悪げに笑った。
「好きっていうだけ?」
「あ、愛してるよ。もちろん。……もう、意地悪言うなよ」
まったく。普段は甘々で優しい人なのに、ふとした時に意地悪を言うのはなぜなのか。ああもう、顔から火が吹き出そうだ。
膨れっ面で文句を言っても、クオードはどこ吹く風だった。小憎らしいくらいに動じていない。
「フィラが可愛いのがいけない。昔から無邪気でいじらしくて。……早く、俺のものにしたい」
「!」
それはつまり……今夜、抱いてもらえるということ。
先週から発情期という名の妊娠促進期だったから、ここ数日はできなかった。まだ終わっていないのに致すということは――いつ授かり婚してもいいと。そういう意味だろう。
堅物のクオードも、俺の気持ちをようやく分かってくれたのだ。俺はうるっときて、クオードの手に自分の手を重ねようとした。
「クオ……」
「落ち着いたら、フィラのご両親に挨拶に行く。結婚しよう、フィラ」
「そっちかよ!」
思わず声高にツッコミを入れてしまった。いや、結婚できるのは嬉しいんだけど、今の流れは絶対に情事だろ! ややこしい言い回しを。
クオードはきょとんとして、「なんの話だ?」と不思議がっている。抱いてもらえると喜んだとは、恥ずかしくて口が裂けても言えなかった。
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