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第十話
冬がやってくる。俺が生まれた季節だ。
二十三歳を間近に控えた年末、タクスから思わぬ誘いを受けた。大衆食堂で休日デートをしていた時のことだ。
「シルフィ、旅行に行かないか」
「旅行? 一泊二日、か?」
「いや、一週間くらい。移動の時間も含めて」
七泊八日ということか。宮廷医の仕事は暇だから、父王の許しさえあれば休みをもらえるだろうが、タクスはそんなに休暇を取れるのだろうか。
そう訊ねると、タクスは「有給が溜まってるから大丈夫だよ」と屈託なく笑った。
タクスと旅行に行くのは初めてだ。確かに行ってみたい気持ちはある。
「行きたいけど、父上の許可をもらってから改めて返事をする。それでもいいか?」
「いいよ。そうだよな、シルフィは宮廷医だもんな。陛下の許可が必要だよな……なんかごめん。陛下と折り合いが悪いのに、気を遣わせちゃって」
「平気だよ。必ず休暇をもぎ取ってくるから。旅行、楽しみにしてる」
ふわりと笑む。自然と溢れ出ていた。決して無理やりのものじゃない、自分でも内心驚くほど自然な微笑みだった。
タクスにもそれが伝わったのかもしれない。嬉しそうな顔をしている。「俺も楽しみにしてるよ」とにこやかに笑った。
「じゃあ、そろそろ行こうか」
「うん」
席を立ち、会計に向かう。会計は割り勘だ。タクスは奢ると言ってくれるが、やっぱり自分の分は自分で支払いたい。宮廷医として働いているわけだし。
「それじゃあ、早速父上に話をしてくる。今日はここで」
「あっ、送っていくよ」
「大丈夫だよ、一人で帰れる」
「前にも言っただろ。俺が好きで送り届けたいんだって。それに、シルフィと少しでも長く一緒にいたいんだよ」
「……そう、か? じゃあ、よろしく」
手を繋いで、来た道を引き返す。二人並んで歩きながら、まだ確定してはいないが旅行のことで話を弾ませた。
「海辺の街に行こうと思ってるんだけど、どう?」
タクスから提案され、俺は「いいな、それ」と心から賛同した。昔から海は好きなのだ。青くて透き通った美しい光景が。
王都は湾岸都市だが、それ以外の港町には行ったことがない。だから、海辺の街に行けるのなら嬉しい。
「俺、海が好きだから。見に行ってみたい」
「そっか! じゃあ、ボヘナでもいいか? 海岸沿いに観光スポットもあるし」
海辺の街ボヘナの観光スポット。氷の神殿だったと記憶している。至るところに赤い薔薇の花弁が凍りついて、神殿を彩っているという。
「行ったことがあるのか? タクスは」
「いや、ない。だから、シルフィと見に行きたくて」
「そ、そっか。じゃあ、一緒に行ってみようか」
「ああ」
他にもどこどこへ行こう、旅費はいくらくらいだ、どこの宿屋に泊まるか、などなど話し合いつつ、後宮の門前まで戻った。俺はぎこちなく微笑む。
「ありがとう。じゃあまた」
「シルフィ。……無理に愛想笑いしなくてもいいよ。俺の前では」
「え?」
目を瞬かせる俺に、タクスは真剣な顔をして伝えてくれる。
「シルフィはそのままでいてくれたらそれでいい。もう十分すぎるくらい可愛いし、綺麗だから」
「っ!」
想定外の褒め殺しを食らい、俺は頬を赤らめた。可愛いし綺麗? 俺が?
いや確かに父譲りの美貌をしている自覚はあるが、タクスにこんなに正面から堂々と言われたら、気恥ずかしさが込み上げてきた。
「お、お世辞を言わなくていいよ」
「お世辞じゃない。本当のことだよ。俺にとってはシルフィが世界で一番可愛いんだ。だから、さ。自然体でいたらいいんじゃないかと思う」
「でも、俺は愛想がないから……」
しょんぼりとする。俺は鉄仮面男と表現されるくらい、愛想が悪いから。意識して愛想笑いをしていないと、周りの人を不快にさせてしまわないか心配だ。
不安げな俺に、タスクは諭すように言う。
「愛想なんて必要最小限で十分だって。みんな、自分が思うほどひとのことを気にしてないものだし。それに」
タクスは、少し気恥ずかしそうに白状した。
「そんなに可愛く愛想を振りまかれたら、勘違いする男が出てきそうで心配なんだよ。だから、やめてほしい。俺のために。それならどうだ?」
強引すぎる論調に、俺はぷっと吹き出した。なんだそれ。
ハチャメチャだけれど、俺の心を慮っての言葉だと分かるから。俺は抵抗なく、「分かった」と頷いていた。これからは無理のない範囲にとどめようと思う。
本当はきっと……誰かにそう言ってもらいたかったような気がする。子どもの頃からずっと。改めてタクスの懐の広さを実感して、俺は心から尊敬の念を抱く。
「じゃあ、約束な」
「うん」
笑い合い、俺たちはここで別れた。タクスが去って行くのを見送ってから、後宮の敷地を通って、マーガリス王城へ向かう。
父王とは、思いのほか早く謁見できた。あまり国民との面会をしない国王だから、息子である俺はすんなりと面会希望が通る。こういう時だけはありがたいな。普段は、もっと国民の声に耳を傾けろよと思っているけれど。
「なんだ。シルフィラスア」
「折り入ってお願いしたことがありまして。来週いっぱい、暇をいただけませんでしょうか」
父王は眉根を寄せる。不快げな表情だ。大して仕事がないんだからいいだろと思うが、もしかして俺がまとまった休みを取るのが嫌なのか?
俺もついむっとしてしまったが、おとなしく返答を待った。すると、父王は素っ気なく応える。
「……分かった。好きにしろ」
「ありがとうございます。それでは」
そそくさと去ろうとするも、「待て」と引き止められた。なんなんだと思いながら振り向くと、父王は玉座で脚を組み替え、顎を上げて威圧感たっぷりに言い放った。
「お前の結婚相手は、私が決める。あまり浮かれないことだ」
俺は眉をひそめた。どういう意味だ。
「……俺の結婚相手は、俺が決めますから。それでは失礼します」
きっぱりと宣言し、今度こそ玉座の間をあとにした。扉をほんの少し乱暴に閉めると、門番の兵士が顔をしかめていた。またか、という表情である。
それはそうだ。俺が父王と謁見すると、不機嫌になるのは毎回のことだから。扉を荒々しく閉めてしまうのもそうだ。
けれど、俺の結婚相手はあいつが決めるってどういうことだ。まさか、勝手に政略結婚や縁談を持ち込んでくるつもりなのでは。今までずっと無関心だったくせに。
もちろん、そんな話は即刻断わるに決まっているけれど。結婚するのなら、――そうだ。タクスがいい。
それから数日後――。
「……なんか、太って見えるなぁ」
俺は眉尻を下げた。目の前の姿見を確認しているのだが、白い防寒着を着た自分が映っていて、着膨れして見えるのだ。白は膨張色だからか。
黒い防寒着の方がいいだろうか。そういえば、冬空の下を歩くのだから、黒の方が目立っていいかもしれない。
結局、黒い防寒着を羽織って、荷物を片手に医務塔を出た。今日は、待ちに待ったタクスと旅行へ旅立つ日なのだ。後宮の門前でタクスが待っていてくれているはずだ。
ちなみに旅行には年嵩の宮女――マーゼも同行する。俺のお世話係として。あの後、父王が連れていくように命じたのだ。多分……浮かれたことをしないように、だろう。
「マーゼ。行こう」
「はい」
手荷物を持ったマーゼに声をかけると、二人並んで門まで歩いた。すると、やはりもうタクスが待っていてくれている。マーゼが同行することは事前に話してあったので、二人は朗らかに挨拶を交わしていた。
といっても、タクスはマーゼに構わず、俺の手をぎゅっと握り締める。
「行こうか、シルフィ」
「うん」
今日から一週間、三人でボヘナへお出かけだ。わくわくで心が期待に弾む。楽しい旅行にしたいな。
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