被告人「勇者A」~勇者の証を得るためダンジョンに籠っていたら争いが終わってました~

虚仮橋陣屋(こけばしじんや)

文字の大きさ
31 / 64

第三十一話 コボルディッシュ

しおりを挟む
「コボルディッシュを習得することは可能か、だと?」

「はい」


 次の日、オフィスに出社――俺は社員でも所員でもないんだけれど――した俺は、事務所に入るなり吸血鬼のハールマン副所長のいるうす暗い資料室へ突撃して、開口一番尋ねた。

 が、ハールマンさんは迷惑そうに渋い表情を浮かべて、首を何度も左右に振った。


「奴らの言語を理解することができるかどうかと言えば、おそらくできるだろう。だが、君が知りたいのは、次のルゥナの日までに習得できるかどうかだろう? それはさすがに無謀だ」

「ですよね……」

「それに、な?」


 ハールマンさんは資料室の内側にかけられたブラインドシャッターを指先でこじ開け、所員たちが集まりはじめた事務所の中を眺めながら続けた。


「そもそも尋ね先を間違えているぞ、勇者A。俺は――いいや、俺たちは異言語にはうといんだ。なにせ吸血鬼だからな、俺から一方的に命じることはあっても、眷属けんぞくたちの言語を覚えて話すだなんて発想や習慣がまるでない」

「な、なるほど」

「同じ聞くにしても、もっとマシな奴を選びたまえ。たとえば、だ……」


 ハールマンさんはそこでセリフをしばらく宙に漂わせたままその人物を探していたようだったが、結局見つからなかったらしい。しゃっ、とブラインドを閉じ、俺の方へと向き直った。


「……今は出かけているようだが、カネラの方がはるかに適任だろう。あいつはサテュロスだからな、獣人と精霊の、両方の特性を持っている。それに、耳もいい」

「獣人ってだけでもアリなんですか?」

「ああ。獣人は昔から他種族との交流が多いからな。多言語を操れる者が多いんだ」


 と、そこでハールマンさんは俺の質問の意図を読んだらしい。苦笑を浮かべた。


「……っと、いやいや、もしフーチーのことを考えているのならやめておけ。あいつが得意なのは……肉体言語の方だからな」

「あ、あははは……たしかに」


 あのヤンキー熱血俺っ子お姉さんなら、四の五の言う前に拳でカタをつけるんだろう。


「頼るのなら、ラピスがいいだろう。あいつの知識量は、この事務所内でも相当なものだ。ただし、あいつ自身は極めて保守派で頭が固い。実際に行動する時にはアテにはならないからな」

「はい、ありがとうございます」

「では、そろそろ俺はひと眠りする。ドアはしっかり閉めておいてくれ――」


 そう言ってハールマンさんはデスクの上に足を投げ出し、黒い帽子の鍔を引き下げて安楽椅子に埋もれるように身を預けた。





 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆





「あ、あの……ちょっとだけ、お時間よろしいでしょうか?」


 資料室を出た俺は、早速ラピスさんのデスクへ近づいておそるおそる尋ねた。ラピスさんは目の前の大量な資料の山の一番上に、読みかけの資料を置き、俺の方へ向き直る。


「よろしくてよ、勇者A。ただし……わたくし、次の審問会に向けての準備がありますの。あなたに許される時間は……五分。いいですわね?」

「は、はい!」


 悪魔リリスであるラピス・タルムードさんを目の前にすると、高校で一番苦手だったオールド――いやいやいや! ハイミスの数学教師を思い出してしまって、ついつい背筋が伸びてしまう。ちゃきり、とアンダーリムの眼鏡の位置を直しながら俺を見つめる姿に緊張しつつ言う。


「ええと……ラピスさんは、コボルディッシュについてどの程度お詳しいのでしょうか!」

「……そこまで堅苦しい態度で接していただく必要はないのだけれど――」


 スーツの右肩にとまる、フクロウの翼を模したブローチに触れながらラピスさんは続けた。


「詳しいのか、という質問の意図が読めませんけれど、ええ、ある程度は他の所員より詳しいのでしょうね。彼らの言語は比較的単純な音で構成されていますの。ご存知だったかしら?」

「い、いえ……し、知りませんでした……」

「一方で、まともな文字体系はありません」


 若干話題が、知りたかった内容とはズレている気もするのだが、それを言い出す勇気がなかなか出てこない。もどかしい気持ちでラピスさんの言葉に耳を傾ける俺である。


「……ですので、彼らについての、彼ら自身の手による資料は一切存在していませんわ。口伝で受け継がれ、残されているものを、ごく一部の研究者が資料化した物があるのみです」

「は、はぁ」

「……っ」


 そこでラピスさんは、目を閉じ、ため息をつく。
 それから俺を睨みつけるようにしてこう告げた。


「……いいですこと、勇者A? お聞きになりたいことは、そういう内容のことではないのでしょう? そうやっていらぬ気をつかわれて、居心地悪そうにされたら傷つきますわよ?」

「す――すみません! 図星です!」

「ふふっ」


 俺のリアクションがあまりに直球すぎたのか、ラピスさんは怒りもせず、むしろ笑みをこぼしてふんわりと表情を和らげた。はじめて見たその穏やかな笑顔はとてもチャーミングだった。


「わたくしね? こういう話しぶりでしょう? いつも誤解をされてしまいますの」

「えっと……」

「勇者A? もっと砕けた会話でよろしくてよ? お聞きになりたいことを、ほら、どうぞ?」

「は、はい!」


 まだガチガチな印象の残る返事に、お道化どけた仕草で顔をしかめるラピスさんを見て、俺は唾を呑みこんでから意を決して口を開いた。


「俺、コボルディッシュを習得する方法を知りたいんです。次の審問会できっと役に立つから」

「ふふふ。とりあえずは及第点をあげますわね」


 ラピスさんは笑い、表情を引き締めてこたえる。


「……けれど、その発想はあまりよろしくなくてよ? あなたが異世界召喚の対価として得た|《贈り物ギフト》が、言語系に特化したものであるならば別ですけれど。いかがかしら?」

「違いますね。残念ながら」


 そう応じながらも、俺自身が持つ『授けられしチカラ』がなんなのかすっかり忘れてしまっていることに気づく。ええと……たしかベリストンさんが言ってたんだけどな……うーん。

 難しい顔をしている俺に、ラピスさんはこうアドバイスをする。


「むしろそうなさるより、コボルディッシュを習得済みの通訳を探した方がよろしいかと存じますわ。それも……審問会であなたを助けてくれる確証の持てる、信頼できる味方を、ね?」

「なるほど……!」


 たしかにそうだ。
 しかし、どうやって探せば――。

 そこでラピスさんはこう言った。


「実は、わたくしにはアテがありますの。ただし……味方になってくれるかどうかは、勇者A、あなた次第ですわよ?」


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

落ちこぼれの貴族、現地の人達を味方に付けて頑張ります!

ユーリ
ファンタジー
気がつくと、見知らぬ部屋のベッドの上で、状況が理解できず混乱していた僕は、鏡の前に立って、あることを思い出した。 ここはリュカとして生きてきた異世界で、僕は“落ちこぼれ貴族の息子”だった。しかも最悪なことに、さっき行われた絶対失敗出来ない召喚の儀で、僕だけが失敗した。 そのせいで、貴族としての評価は確実に地に落ちる。けれど、両親は超が付くほど過保護だから、家から追い出される心配は……たぶん無い。 問題は一つ。 兄様との関係が、どうしようもなく悪い。 僕は両親に甘やかされ、勉強もサボり放題。その積み重ねのせいで、兄様との距離は遠く、話しかけるだけで気まずい空気に。 このまま兄様が家督を継いだら、屋敷から追い出されるかもしれない! 追い出されないように兄様との関係を改善し、いざ追い出されても生きていけるように勉強して強くなる!……のはずが、勉強をサボっていたせいで、一般常識すら分からないところからのスタートだった。 それでも、兄様との距離を縮めようと努力しているのに、なかなか縮まらない! むしろ避けられてる気さえする!! それでもめげずに、今日も兄様との関係修復、頑張ります! 5/9から小説になろうでも掲載中

クラスの陰キャボッチは現代最強の陰陽師!?~長らく継承者のいなかった神器を継承出来た僕はお姉ちゃんを治すために陰陽師界の頂点を目指していたら

リヒト
ファンタジー
 現代日本。人々が平和な日常を享受するその世界の裏側では、常に陰陽師と人類の敵である妖魔による激しい戦いが繰り広げられていた。  そんな世界において、クラスで友達のいない冴えない陰キャの少年である有馬優斗は、その陰陽師としての絶大な才能を持っていた。陰陽師としてのセンスはもちろん。特別な神具を振るう適性まであり、彼は現代最強の陰陽師に成れるだけの才能を有していた。  その少年が願うのはただ一つ。病気で寝たきりのお姉ちゃんを回復させること。  お姉ちゃんを病気から救うのに必要なのは陰陽師の中でも本当にトップにならなくては扱えない特別な道具を使うこと。    ならば、有馬優斗は望む。己が最強になることを。    お姉ちゃんの為に最強を目指す有馬優斗の周りには気づけば、何故か各名門の陰陽師家のご令嬢の姿があって……っ!?

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

扱いの悪い勇者パーティを啖呵切って離脱した俺、辺境で美女たちと国を作ったらいつの間にか国もハーレムも大陸最強になっていた。

みにぶた🐽
ファンタジー
いいねありがとうございます!反応あるも励みになります。 勇者パーティから“手柄横取り”でパーティ離脱した俺に残ったのは、地球の本を召喚し、読み終えた物語を魔法として再現できるチートスキル《幻想書庫》だけ。  辺境の獣人少女を助けた俺は、物語魔法で水を引き、結界を張り、知恵と技術で開拓村を発展させていく。やがてエルフや元貴族も加わり、村は多種族共和国へ――そして、旧王国と勇者が再び迫る。  だが俺には『三国志』も『孫子』も『トロイの木馬』もある。折伏し、仲間に変える――物語で世界をひっくり返す成り上がり建国譚、開幕!

S級クラフトスキルを盗られた上にパーティから追放されたけど、実はスキルがなくても生産力最強なので追放仲間の美少女たちと工房やります

内田ヨシキ
ファンタジー
[第5回ドラゴンノベルス小説コンテスト 最終選考作品] 冒険者シオンは、なんでも作れる【クラフト】スキルを奪われた上に、S級パーティから追放された。しかしシオンには【クラフト】のために培った知識や技術がまだ残されていた! 物作りを通して、新たな仲間を得た彼は、世界初の技術の開発へ着手していく。 職人ギルドから追放された美少女ソフィア。 逃亡中の魔法使いノエル。 騎士職を剥奪された没落貴族のアリシア。 彼女らもまた、一度は奪われ、失ったものを、物作りを通して取り戻していく。 カクヨムにて完結済み。 ( https://kakuyomu.jp/works/16817330656544103806 )

ダンジョンに行くことができるようになったが、職業が強すぎた

ひまなひと
ファンタジー
主人公がダンジョンに潜り、ステータスを強化し、強くなることを目指す物語である。 今の所、170話近くあります。 (修正していないものは1600です)

【超速爆速レベルアップ】~俺だけ入れるダンジョンはゴールドメタルスライムの狩り場でした~

シオヤマ琴@『最強最速』発売中
ファンタジー
ダンジョンが出現し20年。 木崎賢吾、22歳は子どもの頃からダンジョンに憧れていた。 しかし、ダンジョンは最初に足を踏み入れた者の所有物となるため、もうこの世界にはどこを探しても未発見のダンジョンなどないと思われていた。 そんな矢先、バイト帰りに彼が目にしたものは――。 【自分だけのダンジョンを夢見ていた青年のレベリング冒険譚が今幕を開ける!】

最低のEランクと追放されたけど、実はEXランクの無限増殖で最強でした。

MP
ファンタジー
高校2年の夏。 高木華音【男】は夏休みに入る前日のホームルーム中にクラスメイトと共に異世界にある帝国【ゼロムス】に魔王討伐の為に集団転移させれた。 地球人が異世界転移すると必ずDランクからAランクの固有スキルという世界に1人しか持てないレアスキルを授かるのだが、華音だけはEランク・【ムゲン】という存在しない最低ランクの固有スキルを授かったと、帝国により死の森へ捨てられる。 しかし、華音の授かった固有スキルはEXランクの無限増殖という最強のスキルだったが、本人は弱いと思い込み、死の森を生き抜く為に無双する。

処理中です...