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第四十七話 酒と女とエルフとオーク

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「おーい、フリムルー。終わったから、約束のゲーム、やろうぜー」

《正義の天秤》魔法律事務所メンバーとの作戦会議が終わった後、俺とエリナは、主に俺のために使わせてもらっている個室のドアを開けて覗き込んだ。

 何かと用事があるのに、被告人である俺がバルトルさんの家に閉じこもりっきりだと不便だし、どうやら俺がゲームで鍛えた『推理力』に、事務所メンバーは過大なまでの評価をしているらしく、まったく無関係の事件や審問会についても相談を受けるようになっていたのだ。

 だったら――というワケで、イェゴール所長のご厚意に甘えて部屋を借りているのである。

「ちゃんとここでおとなしくしてたんだろうな、フリムル? 悪戯いたずらは禁止だからなー?」
「……いないのかしら?」
「うーん……あ」

 何も置かれていないデスクの反対側に回って、椅子の上を見てみると、その灰色のクッションの上でフリムルはお昼寝中のようだった。すう、すう、と小さく安らかな寝息が聞こえる。

「はぁ……呑気のんきなものね。もう」
「いいんだよ。元々、妖精なんてそんなモンなんだろ?」

 憎まれ口を叩いてはいるものの、フリムルを見つめるエリナの表情もどことなく柔らかい。俺はもちろん、妖精なんて存在はファンタジーそのものだし、随分ずいぶんなついてくれたから余計に笑みが浮かんでくる。

 ところで――とエリナは来客用の折り畳み椅子を広げて腰掛けた。

「フリムルを審問会の証人として呼びたくない、ってのは分かったわ。でも、どうする気?」
「うーん、そうだなぁ……」

 なにがなんでも呼びたくはないが、明確な代案があるワケではなかった。
 少し考えてみる。

「ないことはない……と思うんだけど、まずは情報を集めたいんだ。この世界の常識について」
「またそこからね。まあ、良いわよ」

 差し出されたもう一脚の折り畳み椅子を受け取り広げた俺は、エリナの前に腰掛けた。

「そもそもの話なんだけど……例の《異界渡り》って儀式は、どの妖精でもできるのか?」
「え? ……それは……そもそもそんなの、考えたこともなかったわ」


 そういえば、そうだった。


「このさまざまな種族がつどい暮らす新世界でも、ごくありふれた市民では一生出会うことすらない特別な存在がいる……たとえばその一例が『妖精』、そんなことをラピスさんが言ってた」
「でしょ? その上、その妖精たちが行う秘術《異界渡り》なんて言ったら、なおのこと」
「なるほど」


 となると。
 最大の疑問は、ウンディーネ――マルレーネ・フォレレは、《異界渡り》を使えるのか、だ。


 使えないことが明らかになれば、エルヴァールの糾弾がそもそも成立しなくなる。

 現在逃走中のユスス・タロッティア五世の殺害を目的に、マルレーネに《異界渡り》を強要することはできなくなる。《異界渡り》ができなければマルレーネの語った俺の最終目標――『この世界の王になる』という発言も、ただのでまかせ、実現不可能だと証明できる。

 その逆は――わざわざ言うまでもないだろう。


「それは、どうにかして調べてみるしかないわ。もしくは、次回の審問会で問いただすかだけど」
「今ここで、《異界渡り》をやってみせよ! って? パニックになりそうなんだけど……」

 万が一そこで、さらなる犠牲者が増えでもしたら大騒ぎだ。
 ただ……俺が元の世界に戻るためにも、知っておきたい情報ではある。


 戻るため?


 ……いやいや。
 今はまず、完全無罪を証明することが先だ。


 次回の審問会をどうするか、その流れをエリナと確認しているところで、俺はふと思った。

「あ、あのさ? 妖精たちにとって、酒、ってどういう効果を与えるんだろう?」
「そりゃあ良い気分なんじゃない? って――」

 エリナはそう軽口を叩いてみせてから、急に難しい顔をした。

「元々、自然界に存在する、それぞれの五大元素の純粋な集合体から生まれ出た、なんて論文を見たことがあるわ。地・水・風・火・空……もしもその説が正しいとするなら、酒のようなものはきっと、彼ら妖精たちにとっては毒にもなりえるのかもね。というか……見たでしょ?」
「まあ……うん、そうだよな」


 エリナがあんに言いたかったのは、先週までの地獄のような日々のことだろう。

 とても正視できないほどの禁断症状、離脱症状。何度もののしられ、みつかれ、引っかかれた。気丈きじょうなエリナでも、さすがに途中で何度もギブアップして逃げてしまったくらいだ。最後まで辛抱強く看病ができた俺、我ながら偉い、と思う。


 そこでまた、疑問が湧いた。

「俺がいた世界ではさ? 、なんて言われてたんだけど?」
「あんたねぇ」

 エリナは仰天して、それから深々と眉間に皺を寄せる。

「それ、間違っても他所よそで言わないでよ!? 殺されても文句言えないんだから!!」
「わ、わかってますって」
「どうだか?」

 ジト目で俺を見つめるエリナ。
 信用ねえなあ、俺。

 と、急にエリナはちょいちょいと俺を招き、顔を寄せて声を潜めた。

「その話題はね? 数十年前に相当な物議をかもしたのよ! この魔法律事務所にだってエルフの子はいるんだからね? いまだに酔っぱらい同士の喧嘩で飛び出す禁止ワードなのっ!」
「わ、分かってるって。絶対に言わないよ」

 と、俺の悪い癖なのか、そこでまた別の疑問が湧いて出た。
 きっかけは、酔っぱらい同士の喧嘩、だ。

「ちょっと待てよ……? エルフって、酒、飲めるのか?」
「飲めないわ」
「ことはない、って、どういう意味だ?」
「エルフには、エルフ向きのお酒がある、ってこと」
「へえ」


 エリナが言うには、特別な種類の花の、花弁だけを集めて長い年月をかけて醸造した、祭事にのみ出される希少な酒があるらしい。

 それに比べるとオーク族が好んで飲む酒はほぼ劇薬指定モノで、その強烈さは、ひと口含むだけで耳と鼻から蒸気がき出すかのごとく。たちまち目は血走り、弱い者、苦手な者に至っては、喉を通り抜ける前にぶっ倒れるほどだそうだ。


 大衆酒場では、エルフの酒はあまり置いていなくとも、オークの酒は必ずあるようで、よく若い連中の度胸試しに使われるらしい。お前ら、急アルで担ぎ込まれる前にやめとけよ……。

「妖精疑惑がかけられるほど五大元素に近しいエルフ族でさえそんな調子なんだから、妖精にとっては、まさに毒、なんだろうな……」
「……あんた、分かってる? そういうのも禁句!」
「あ、あははは……まてよ? ウンディーネなんて言ったら、水の精霊だろ? それじゃ――」


 水に酒だ。
 もっと想像以上に影響は大きいのだろう、と容易に予想がつく。


 エリナは最後の念を、とばかりに盛大に俺を睨みつけてから口を開いた。

「多分……フリムルの比じゃないでしょうね……。」
「だよなぁ」

 あのウンディーネのマルレーネも早く助けてやらないと、近いうちに大変なことになるぞ、とは思うものの、俺だって慈善活動家やボランティアじゃない。自分の命さえ危ういのだから。



 そんなこんなで話しているうちにだいぶ時間が経っていた。
 最後の最後に、俺は唯一信用できる相棒、エリナの耳元でこう囁いた。

「あのさ……。お前にだけ、皆に内緒で、絶対に秘密で、言っておきたいことがあって、さ――」


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