被告人「勇者A」~勇者の証を得るためダンジョンに籠っていたら争いが終わってました~

虚仮橋陣屋(こけばしじんや)

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第六十一話 7マイナス1

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「おい、ドワーフ・グズウィン――」
「……なんじゃね?」

 もはや「」とすら呼ばれはしなかったが、むすり、とした老人のような髭面はこたえた。

「俺様はたしかに、あの方――リヒト・ゴットフラムに忠誠と友情を誓った身だ。あの方がいとしいと、決して二度と失いたくないと願うたったひとりの娘――エリナ・マギアの身に、もしも危機が迫れば、俺様は躊躇ためらうことなくこの手を血でけがし、世界を敵に回してでも命尽き果てるまで戦い続けるだろう。すべての生きとし生けるものにこの世の地獄を見せてやろうとも!」

 そこでネェロ・ドラゴニスは、エリナを一瞥いちべつし、再び声を張り上げた。

「――だがしかし。もしもその娘エリナ・マギアが道を誤り、悪行を為せば、俺様はあの方の代行者として力を振るい、代わりに尻を蹴り上げ、二度とそのような考えが思い浮かばないよう、嫌と言うほど握り拳を振り下ろすだろうよ。俺様が誓いを立てたのは、あの方のみだ」
「し――しないってば!」
「ただのたとえだ、お利口で聞き分けの良い姫殿下」

 尻を蹴り上げてやる――そう聞いた途端、恥ずかしさと恐怖が入り混じった表情で激しく抗議するエリナに、ネェロは軽く肩をすくめてしれっと言い捨てた。

 そうして、再び前を向く。

「あの方の、我が娘を想う思いには嘘偽りはない。だが、あの方もそうだし、俺様だって違う。娘のために法をゆがめるような真似まねはしない。盲目的に肩を持つ、そんなつもりは毛頭ないぞ」
「そっ! そんな馬鹿娘じゃありません!」
「今しばらくお静かに願えますかね、姫・殿・下」

 またも横槍を入れられ、少しうんざりしたような顔つきでネェロは応じる。思わず俺が、ぷっ、と噴き出してしまうと、たちまち、きっ! とエリナの鋭い視線が突き刺さってきた。

 これは……あとで俺が蹴られる羽目に、と身震いしていると、グズウィン議長が溜息をつく。

「……承知した。充分承知したとも。内通ないつうの疑いは取り下げさせてもらおうぞ」
「お、おい!?」
「代行者の不信任決議と、エリナ・マギア弁護人の資格剥奪はくだつもじゃ」
「ちょ――ちょっと待て、爺さんよ!?」
「……なんじゃね? 不服かね、《憤怒の魔王》、ン・ズ・ヘルグ?」

 慌てたように声を荒げたオークの首長、ン・ズ・ヘルグは、苦々しげな表情を隠そうともせずに、アリーナから見上げているネェロを睨みつけながら唾を飛ばしてこうわめき散らした。

「そんな簡単に信用していいのか!? 口裏を合わせて、適当に言い逃れしてるだけかもしれねえじゃねえか! いくら代行者だ、元《魔王》だって、うわべだけなら善人面できるだろ!」
わしは奴を知っている。だから信用できると判断したまでじゃ」
「はっ! だから? 他の《魔王》だって伊達だて酔狂すいきょうでここに集まってるワケじゃねえぞ!?」

 話にならない、とばかりに、ン・ズ・ヘルグはグズウィン議長のこたえを鼻で笑い飛ばすと、左右に並んだ他の《魔王》たちに向けて問いかけた。

「おい! てめえらだってそうだろうが!? 黙ってねえで言ってやれよ!!」
「まー、あたしも気に入らないかなー、ちょっとね」

 獣人族の首長、《蛮勇の魔王》リオネラは、褐色の肌に良く映える真っ白な牙をき出しにして、老ドワーフの視線を浴びながら、にやり、と口元を歪めた。

 その様に、たちまちグズウィン議長の表情が曇る。

「……お前さんは、ただの面白半分で儂に嫌がらせをしているだけじゃろうが」
「うっわ! ショックなんだけどー! あたしはいつだって真剣しんけーん! なんだけどねえ」

 リオネラは大袈裟に声を上げ、しおらしく両手を口元に当てて傷ついたと言わんばかりの泣き顔になるが、その口端に笑みの名残なごりがぶら下がっているところを見ると演技に違いない。

「ワたしハ……ドちらでモ……構わなイ」
「はぁ!? 正気か!?」

 素っ頓狂な甲高い叫びを上げたン・ズ・ヘルグのすぐ隣に座する、《不滅の魔王》、ノーライフキングがくらうろのような眼窩がんかを向けると、揺らめくもやのような髑髏どくろが、かか、と笑った。

「犯しタ罪ガあきらカになれバ……ソの時こそ殺せばいイ。我らガ《七魔王》ト呼ばれようト、裁きヲ受けるべキ身デあるとなれバ……ソうなるのガ定め。ダが……今ハ違う。……貴様モだ」
「ぐっ……!?」

 いくら《憤怒の魔王》を名乗っているとはいえども、所詮しょせんは生に縛られたオークの身でしかないン・ズ・ヘルグは反論ができない。それほど二者間の力の差は歴然だ。おまけに、ご丁寧に独断での言動に釘まで刺されたとあっては黙るよりない。

 思わず一歩後退あとずさってしまったその時、反対側から陽気な声があがった。

「ははっ! まさに不死王の言うとおりだな! では、この私、キュルソン・ド・ヴァイヤーも多数派に票をゆだねようか!」
「あんたもかよ!? くそっ……」
「わたくしは――議長の決定に賛同いたしますわ」

 そして最後に。

《七魔王》の中央に静かに座するエルフの首長、フローラ=リリーブルームは告げた。その切れ長でうれいを秘めた長い睫毛まつげふちどられた瞳がン・ズ・ヘルグの視線と交差する。

「……てめえ。《異界渡り》の秘儀にゃ反対してたはずだろうが? 違うか、お澄ましばばあ?」
「いくら下劣な言葉でわたくしをおとしめようとしても無駄です。それに、反対する理由はもうなくなりましたので。……そうでしょう、ネェロ?」
「……勝手にしろ」
「くそくそくそくそくそぉおおおおお!」

 てっきり反対派が多数を占めると踏んでいたのだろう。あまりに思いどおりにいかない他の《魔王》たちの言葉に、引っ込みがつかなくなったン・ズ・ヘルグはいきり立った。

「やってられるか、こんなクソ茶番! てめえら、好きなだけ仲良しごっこでもしてりゃあいい! 俺はもうごめんだぜ!」
「あーららー……まーだ二対二の引き分けだよーん、ン・ズ・ヘルグー?」
「知るか! てめえだって、ホントはどっちだって構わねえくせによ! だろ、リオネラ!?」
「さーあ? どうだろねー? うふふー」

 獣人族の長、リオネラが含み笑いではぐらかす様をン・ズ・ヘルグはもう見ることさえしなかった。怒りに任せて掴み上げた黒く重そうな椅子を右手一本で軽々持ち上げると、振り下ろしどころのないそれを、振り返って傍聴人席の中のわずかな緑色の一群めがけて乱暴に投げつけてしまった。ごしゃ――という鈍い破壊音とともに、哀れを誘うくぐもった悲鳴が聴こえた。

「俺は抜けさせてもらう! やってらんねえよ! くそっ!」

 そうして、鼻息荒く、傍聴人席をあとにした。

 足音も騒々しく、ン・ズ・ヘルグが去っていくと、その後に続いて傍聴人席にいた緑色の一団もまた、慌てて追いかけていく。そのうちのひとりはしきりに頭を擦っていた――可哀想に。

「あーあ……いいのー? 議長さーん?」
「少し頭を冷やせばよかろう。あれだって、《七魔王》のひとりには違いないのじゃから――」

 グズウィン議長はそう言って、まだ面白がっている風のリオネラに適当に手を振ってみせた。


 タイミングはここだ――。
 俺は機を逃すことなく、本題へと話を戻すことにする。


「そろそろよろしいでしょうか? 《魔王》様がた?」

 俺にとって一番の障害となり得る、人間族への敵対心を剥き出しにしたン・ズ・ヘルグが退場した今こそ、一気呵成かせいに話を進めなければならない。

「そもそもの発端ほったんは、証人として招き出されたふたりの妖精に、おのが主張の正当性を示させるため、この審問会において《異界渡り》の秘儀を行わせるべきか否か、だったかと思います」
「いかにも」
「今一度、決議を――」
「……その必要はありませんよ、勇者A」

 俺のセリフを遮ってそう告げたのは《森羅の魔王》フローラ=リリーブルームだった。

「先程もお伝えしたとおり、わたくしの反対する理由はなくなりましたので。ゆえに、我ら《七魔王》の意向は賛成で一致です。……
「え――?」

 しかし俺が、彼女の最後のセリフの真意を知ることはなかった。
 グズウィン議長がハンマーを振り下ろし、ごん――! と轟音が鳴り響く。

「では、早速はじめようかの! 証人二名、前へ!」


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