4 / 539
第4話 よどんだ空気と時間の中で Back to 2021/03/23
しおりを挟む
「ふーっ……。またこんな時間か」
いつものように、照明もつけず、分厚い遮光カーテンを閉め切ったままの薄暗い部屋の中で俺は目を覚ました。すぐ手元に転がっているスマホのホームボタンを押すと、スクリーンには13:03と表示されている。もう午後だというのに、ひどくけだるく、油断すれば再び夢の世界へとひきずりこまれそうになるほどに眠い。なのに、驚くほど食欲はなかった。
つい、反射的にメールの件数をチェックしてしまう。
五十三件――かなりの数のメールが未読のまま放置されていたが、俺は気づかなかったふりをして電子タバコのスイッチを押した。軽い振動とともにLEDが点滅しはじめると、ベッドの上でごろりと仰向けになったままの姿勢で、何も言わず、ただぼんやりと天井を見上げた。
――ぶぅん。
充分な余熱が終わったことを示す振動を手元に感じ、それを口元に運ぼうとしたところで、
ヴーッ。ヴーッ。ヴーッ。
ひっきりなしに震えはじめたスマホに深々と溜息をつく。
しかし、画面に表示されていたのは予想していた相手のものとはまったく違う名前だった。
「……もしもし?」
「もしもし? 古ノ森? 僕だよ、僕。渋田。覚えてるだろ?」
一旦スマホを耳元から外し、顔をしかめてスマホを見つめると、もう一度耳に当てた。
「渋田って、もしかして……シブチンか? ずいぶんひさしぶりじゃないかよ」
「うはっ。シブチンって呼ばれたの十年ぶりくらいなんだけど。……今、話してて大丈夫?」
「大丈夫。ちょうど休憩の時間だったからな。突然なんだよ? どうかしたのか?」
「いやいや。スマホ買い替えて、データ移行とか済ませたら、急に思い出しちゃったからさ」
「そうか」
俺は言葉少なに応じ、手の届く位置に積み上げてある処方薬の山から二種類、一錠ずつ取り出すと、無造作に口の中へ放り込んで、ペットボトルのお茶でからっぽの胃の中に流し込んだ。
「すっかり音信不通のご無沙汰になっちゃったな。こっちは仕事で忙しくってさ。そっちは?」
「おかげさまで。言ったっけ? 今はさ、三石商事の宇宙開発部門にいるんだ。部門長ってね」
「あの三石の、しかも花形部門のエリート様だな。凄いじゃんか」
「古ノ森だってそうでしょ。前に聞いたじゃん。ゲーム業界でひっぱりだこの凄腕SEだって」
「………………よく覚えてるな」
「そりゃそうだよ! あの頃から、コンピューターの時代が必ず来る、って口癖だったからね」
ひさびさの邂逅に喜びを隠せない渋田の声に、記憶が蘇った俺は複雑な気持ちになった。
渋田との関係が親密になったきっかけはコンピューターだ。
当時の一般認識率・普及率は低く、どちらかと言えば『マニアックな趣味』『電子工作の延長線上』といったオタク趣味的な扱いをされていた。その上、今や何をするにも欠かせないインターネット通信すら未整備の状況だった。そんな中、俺と渋田が同じ『コンピューター所持者』として意気投合することになったのは極めて自然な流れだったと思う。しょっちゅう渋田の家に遊びに行ったりしたものだ。
「おい、お前。あいかわらずあの部屋の窓から運動部の着替えとか覗いてるんじゃないのか?」
「ちょ――! あれは古ノ森がそそのかしたからじゃんか! 第一、もう実家にはいないって」
そう。渋田の家に入り浸ったのにはそういう理由もなくはなかった。なんとなしに北側の奴の部屋から外を眺めた時に、中学の体育館二階にあった運動部用の更衣室が丸見えになっているのを知った時の驚きと興奮ときたらない。なにしろお年頃の中学生男子二人だったのだから。
「おいおい。よく言うぜ。だったらなんで、高性能の望遠鏡とか双眼鏡とか買ってたんだよ?」
「あれは……そのう……。ま、知的好奇心を満たすため、といいますか。まあ、昔の話ですよ」
「ぷっ、よくいうぜ。にしてもだ。いやはや、懐かしい思い出、古き良き時代、ってやつだな」
うんうん、と愛想良くあいづちを打ちながら、続けて渋田は俺に、こう尋ねたのだ。
「そういやさ。届いてたでしょ? 中学二年の時の、二年十一組の同窓会。あれ、行くよね?」
いつものように、照明もつけず、分厚い遮光カーテンを閉め切ったままの薄暗い部屋の中で俺は目を覚ました。すぐ手元に転がっているスマホのホームボタンを押すと、スクリーンには13:03と表示されている。もう午後だというのに、ひどくけだるく、油断すれば再び夢の世界へとひきずりこまれそうになるほどに眠い。なのに、驚くほど食欲はなかった。
つい、反射的にメールの件数をチェックしてしまう。
五十三件――かなりの数のメールが未読のまま放置されていたが、俺は気づかなかったふりをして電子タバコのスイッチを押した。軽い振動とともにLEDが点滅しはじめると、ベッドの上でごろりと仰向けになったままの姿勢で、何も言わず、ただぼんやりと天井を見上げた。
――ぶぅん。
充分な余熱が終わったことを示す振動を手元に感じ、それを口元に運ぼうとしたところで、
ヴーッ。ヴーッ。ヴーッ。
ひっきりなしに震えはじめたスマホに深々と溜息をつく。
しかし、画面に表示されていたのは予想していた相手のものとはまったく違う名前だった。
「……もしもし?」
「もしもし? 古ノ森? 僕だよ、僕。渋田。覚えてるだろ?」
一旦スマホを耳元から外し、顔をしかめてスマホを見つめると、もう一度耳に当てた。
「渋田って、もしかして……シブチンか? ずいぶんひさしぶりじゃないかよ」
「うはっ。シブチンって呼ばれたの十年ぶりくらいなんだけど。……今、話してて大丈夫?」
「大丈夫。ちょうど休憩の時間だったからな。突然なんだよ? どうかしたのか?」
「いやいや。スマホ買い替えて、データ移行とか済ませたら、急に思い出しちゃったからさ」
「そうか」
俺は言葉少なに応じ、手の届く位置に積み上げてある処方薬の山から二種類、一錠ずつ取り出すと、無造作に口の中へ放り込んで、ペットボトルのお茶でからっぽの胃の中に流し込んだ。
「すっかり音信不通のご無沙汰になっちゃったな。こっちは仕事で忙しくってさ。そっちは?」
「おかげさまで。言ったっけ? 今はさ、三石商事の宇宙開発部門にいるんだ。部門長ってね」
「あの三石の、しかも花形部門のエリート様だな。凄いじゃんか」
「古ノ森だってそうでしょ。前に聞いたじゃん。ゲーム業界でひっぱりだこの凄腕SEだって」
「………………よく覚えてるな」
「そりゃそうだよ! あの頃から、コンピューターの時代が必ず来る、って口癖だったからね」
ひさびさの邂逅に喜びを隠せない渋田の声に、記憶が蘇った俺は複雑な気持ちになった。
渋田との関係が親密になったきっかけはコンピューターだ。
当時の一般認識率・普及率は低く、どちらかと言えば『マニアックな趣味』『電子工作の延長線上』といったオタク趣味的な扱いをされていた。その上、今や何をするにも欠かせないインターネット通信すら未整備の状況だった。そんな中、俺と渋田が同じ『コンピューター所持者』として意気投合することになったのは極めて自然な流れだったと思う。しょっちゅう渋田の家に遊びに行ったりしたものだ。
「おい、お前。あいかわらずあの部屋の窓から運動部の着替えとか覗いてるんじゃないのか?」
「ちょ――! あれは古ノ森がそそのかしたからじゃんか! 第一、もう実家にはいないって」
そう。渋田の家に入り浸ったのにはそういう理由もなくはなかった。なんとなしに北側の奴の部屋から外を眺めた時に、中学の体育館二階にあった運動部用の更衣室が丸見えになっているのを知った時の驚きと興奮ときたらない。なにしろお年頃の中学生男子二人だったのだから。
「おいおい。よく言うぜ。だったらなんで、高性能の望遠鏡とか双眼鏡とか買ってたんだよ?」
「あれは……そのう……。ま、知的好奇心を満たすため、といいますか。まあ、昔の話ですよ」
「ぷっ、よくいうぜ。にしてもだ。いやはや、懐かしい思い出、古き良き時代、ってやつだな」
うんうん、と愛想良くあいづちを打ちながら、続けて渋田は俺に、こう尋ねたのだ。
「そういやさ。届いてたでしょ? 中学二年の時の、二年十一組の同窓会。あれ、行くよね?」
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
【完結】年収三百万円台のアラサー社畜と総資産三億円以上の仮想通貨「億り人」JKが湾岸タワーマンションで同棲したら
瀬々良木 清
ライト文芸
主人公・宮本剛は、都内で働くごく普通の営業系サラリーマン。いわゆる社畜。
タワーマンションの聖地・豊洲にあるオフィスへ通勤しながらも、自分の給料では絶対に買えない高級マンションたちを見上げながら、夢のない毎日を送っていた。
しかしある日、会社の近所で苦しそうにうずくまる女子高生・常磐理瀬と出会う。理瀬は女子高生ながら仮想通貨への投資で『億り人』となった天才少女だった。
剛の何百倍もの資産を持ち、しかし心はまだ未完成な女子高生である理瀬と、日に日に心が枯れてゆくと感じるアラサー社畜剛が織りなす、ちぐはぐなラブコメディ。
お兄ちゃんはお兄ちゃんだけど、お兄ちゃんなのにお兄ちゃんじゃない!?
すずなり。
恋愛
幼いころ、母に施設に預けられた鈴(すず)。
お母さん「病気を治して迎えにくるから待ってて?」
その母は・・迎えにくることは無かった。
代わりに迎えに来た『父』と『兄』。
私の引き取り先は『本当の家』だった。
お父さん「鈴の家だよ?」
鈴「私・・一緒に暮らしていいんでしょうか・・。」
新しい家で始まる生活。
でも私は・・・お母さんの病気の遺伝子を受け継いでる・・・。
鈴「うぁ・・・・。」
兄「鈴!?」
倒れることが多くなっていく日々・・・。
そんな中でも『恋』は私の都合なんて考えてくれない。
『もう・・妹にみれない・・・。』
『お兄ちゃん・・・。』
「お前のこと、施設にいたころから好きだった・・・!」
「ーーーーっ!」
※本編には病名や治療法、薬などいろいろ出てきますが、全て想像の世界のお話です。現実世界とは一切関係ありません。
※コメントや感想などは受け付けることはできません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
※孤児、脱字などチェックはしてますが漏れもあります。ご容赦ください。
※表現不足なども重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけたら幸いです。(それはもう『へぇー・・』ぐらいに。)
クラスメイトの王子様系女子をナンパから助けたら。
桜庭かなめ
恋愛
高校2年生の白石洋平のクラスには、藤原千弦という女子生徒がいる。千弦は美人でスタイルが良く、凛々しく落ち着いた雰囲気もあるため「王子様」と言われて人気が高い。千弦とは教室で挨拶したり、バイト先で接客したりする程度の関わりだった。
とある日の放課後。バイトから帰る洋平は、駅前で男2人にナンパされている千弦を見つける。普段は落ち着いている千弦が脚を震わせていることに気付き、洋平は千弦をナンパから助けた。そのときに洋平に見せた笑顔は普段みんなに見せる美しいものではなく、とても可愛らしいものだった。
ナンパから助けたことをきっかけに、洋平は千弦との関わりが増えていく。
お礼にと放課後にアイスを食べたり、昼休みに一緒にお昼ご飯を食べたり、お互いの家に遊びに行ったり。クラスメイトの王子様系女子との温かくて甘い青春ラブコメディ!
※特別編4が完結しました!(2026.2.22)
※小説家になろうとカクヨムでも公開しています。
※お気に入り登録、いいね、感想などお待ちしております。
ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話
桜井正宗@オートスキル第1巻発売中
青春
――結婚しています!
それは二人だけの秘密。
高校二年の遙と遥は結婚した。
近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。
キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。
ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。
*結婚要素あり
*ヤンデレ要素あり
むっつり金持ち高校生、巨乳美少女たちに囲まれて学園ハーレム
ピコサイクス
青春
顔は普通、性格も地味。
けれど実は金持ちな高校一年生――俺、朝倉健斗。
学校では埋もれキャラのはずなのに、なぜか周りは巨乳美女ばかり!?
大学生の家庭教師、年上メイド、同級生ギャルに清楚系美少女……。
真面目な御曹司を演じつつ、内心はむっつりスケベ。
母の下着 タンスと洗濯籠の秘密
MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。
颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。
物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。
しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。
センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。
これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。
どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる