84 / 539
第84話 定時連絡という名のお小言 at 1995/6/11
しおりを挟む
ヴーッ。ヴーッ。ヴーッ。
『……おい。今置かれているこの状況、お前は正しく理解しているのだろうか、古ノ森健太?』
「よう、時巫女・セツナ。元気にしてたかい?」
夕食を済ませて風呂でさっぱりした僕は、机の上に広げたノートと資料を睨んだまま、振動したスマホを取り上げて軽薄な調子で応じた。あいもかわらず不機嫌そうな声がそれに答える。
『はぁ……。いまさらどうこうは言わないが……まったく気楽な奴だ。こっちは頭が痛い……』
「いやいやいや! こっちも絶賛お悩み中だよ。自分だけが苦労してると思ったら大間違いだ」
思わずひそめた声を極力抑えて荒げる僕。金曜日の部室で、五十嵐君と佐倉君から依頼された『入部するための条件』というのが僕の心をひどく悩ませていたのだ。
佐倉君から出された『条件』とは、『佐倉君を男らしく変えること』だ。
常日頃より、自分が『男らしくない』のが佐倉君の悩みらしい。それこそ佐倉君の言ったとおり『男らしさとは、強さやカッコ良さではなく、心と魂だ』というのなら、それこそ気の持ちようじゃないの? と思わないでもなかったのだけれど、どうやらそんなに単純なハナシじゃないらしい。佐倉君の家庭環境にも、学校における周囲の反応にも、問題がありそうだ。
そして、五十嵐君から出された『条件』とは、『五十嵐君に人間とは何かを教えること』。
これに至っては、正直ちんぷんかんぷんだ。そのセリフを聞いた瞬間、僕も渋田も、しばらく開いた口が閉じなかったくらいだ。だが、五十嵐君も五十嵐君で、決してふざけているわけでもからかっているわけでもなく、正真正銘大真面目らしいから大いに困ってしまった。
ただし二人とも『電算論理研究部』に入部するのはしてくれるらしい。それに、二人の出した『条件』が叶うかどうかは別のハナシで、どうかチカラを貸して欲しい、ということだった。
だからズルく考えれば、前向きに最大限尽力しているフリだけを続けて、結局何もせず、何も変わりませんでしたー、というオチになったところで、きっと二人は文句を言わないだろう。
けれど、それは僕自身が許さない。
一度引き受けたからには、やれるだけのことをやれるだけやって、その結果――という形にしなければ気が済まない。誰かを騙すのは嫌だし、自分に嘘をつくのも嫌だ。悩んで悩んで悩み抜いて、ありとあらゆる方法を試して、もう打つ手がないとなった時にはじめてあきらめる。
(……ま、僕の悪いクセだよな。それが原因で、仕事も休まざるを得なくなっちゃったんだし)
『時には、手を抜くことも必要ですよ、古ノ森さん』――そう言って、主治医の植村先生は優しく微笑んだ。実際、あれが救いになったのは確かだ。ああ、休んでもいいんだ――そんな単純でカンタンなことでさえ、あの頃の僕はすっかりわからなくなってしまっていたのだった。
(でも……やりたいことを、やりたいようにやる。それが『リトライ』じゃないのか……?)
今までの後悔が原因で『リトライ』するハメになったのに、また後悔するんじゃ意味がない。
なにやら時巫女・セツナはお説教めいた小言をくどくどと並べていたらしいけれど、考えごとに夢中になっていたせいで大半を聴きそびれてしまった。最後にセツナはこう締めくくった。
『……ともかく、だ。これ以上、お前が好き勝手するのであれば、こちらも動かざるを得ない』
「好きにしてくれ。こっちはそれどころじゃないんだって」
動くも何も。
毎度ケータイ越しに説教してるだけのクセに……。
この時の僕は、あまりに悩ましいばかりに、彼女の言葉をあまりに軽く考えていたのかもしれない。そんな僕への警告として、時巫女・セツナはいつか聴いたあのセリフを繰り返した。
『……改めて言っておくぞ、古ノ森健太。君という存在はあまりにちっぽけだ。悠久の時の流れの中においては、君一人の身勝手で自分本位な行動なぞ、ただの『ゆらぎ』――『誤動作』にはほど遠い。時間には自己修復力がある。お前ごとき存在の選択一つで、歴史改変なぞは起こり得ない。異物は適切に処理され、平穏な『日常』が戻る。ただそれだけのハナシなのだ』
「……そんな妄言じみたことを信じろと?」
僕の返答は以前と同じだ。
だが、彼女が最後に口にしたのは、まったく違うものだった。
『……ふん。ならば、信じざるを得ないようにしてやるまでさ。せいぜい覚悟しておくがいい』
『……おい。今置かれているこの状況、お前は正しく理解しているのだろうか、古ノ森健太?』
「よう、時巫女・セツナ。元気にしてたかい?」
夕食を済ませて風呂でさっぱりした僕は、机の上に広げたノートと資料を睨んだまま、振動したスマホを取り上げて軽薄な調子で応じた。あいもかわらず不機嫌そうな声がそれに答える。
『はぁ……。いまさらどうこうは言わないが……まったく気楽な奴だ。こっちは頭が痛い……』
「いやいやいや! こっちも絶賛お悩み中だよ。自分だけが苦労してると思ったら大間違いだ」
思わずひそめた声を極力抑えて荒げる僕。金曜日の部室で、五十嵐君と佐倉君から依頼された『入部するための条件』というのが僕の心をひどく悩ませていたのだ。
佐倉君から出された『条件』とは、『佐倉君を男らしく変えること』だ。
常日頃より、自分が『男らしくない』のが佐倉君の悩みらしい。それこそ佐倉君の言ったとおり『男らしさとは、強さやカッコ良さではなく、心と魂だ』というのなら、それこそ気の持ちようじゃないの? と思わないでもなかったのだけれど、どうやらそんなに単純なハナシじゃないらしい。佐倉君の家庭環境にも、学校における周囲の反応にも、問題がありそうだ。
そして、五十嵐君から出された『条件』とは、『五十嵐君に人間とは何かを教えること』。
これに至っては、正直ちんぷんかんぷんだ。そのセリフを聞いた瞬間、僕も渋田も、しばらく開いた口が閉じなかったくらいだ。だが、五十嵐君も五十嵐君で、決してふざけているわけでもからかっているわけでもなく、正真正銘大真面目らしいから大いに困ってしまった。
ただし二人とも『電算論理研究部』に入部するのはしてくれるらしい。それに、二人の出した『条件』が叶うかどうかは別のハナシで、どうかチカラを貸して欲しい、ということだった。
だからズルく考えれば、前向きに最大限尽力しているフリだけを続けて、結局何もせず、何も変わりませんでしたー、というオチになったところで、きっと二人は文句を言わないだろう。
けれど、それは僕自身が許さない。
一度引き受けたからには、やれるだけのことをやれるだけやって、その結果――という形にしなければ気が済まない。誰かを騙すのは嫌だし、自分に嘘をつくのも嫌だ。悩んで悩んで悩み抜いて、ありとあらゆる方法を試して、もう打つ手がないとなった時にはじめてあきらめる。
(……ま、僕の悪いクセだよな。それが原因で、仕事も休まざるを得なくなっちゃったんだし)
『時には、手を抜くことも必要ですよ、古ノ森さん』――そう言って、主治医の植村先生は優しく微笑んだ。実際、あれが救いになったのは確かだ。ああ、休んでもいいんだ――そんな単純でカンタンなことでさえ、あの頃の僕はすっかりわからなくなってしまっていたのだった。
(でも……やりたいことを、やりたいようにやる。それが『リトライ』じゃないのか……?)
今までの後悔が原因で『リトライ』するハメになったのに、また後悔するんじゃ意味がない。
なにやら時巫女・セツナはお説教めいた小言をくどくどと並べていたらしいけれど、考えごとに夢中になっていたせいで大半を聴きそびれてしまった。最後にセツナはこう締めくくった。
『……ともかく、だ。これ以上、お前が好き勝手するのであれば、こちらも動かざるを得ない』
「好きにしてくれ。こっちはそれどころじゃないんだって」
動くも何も。
毎度ケータイ越しに説教してるだけのクセに……。
この時の僕は、あまりに悩ましいばかりに、彼女の言葉をあまりに軽く考えていたのかもしれない。そんな僕への警告として、時巫女・セツナはいつか聴いたあのセリフを繰り返した。
『……改めて言っておくぞ、古ノ森健太。君という存在はあまりにちっぽけだ。悠久の時の流れの中においては、君一人の身勝手で自分本位な行動なぞ、ただの『ゆらぎ』――『誤動作』にはほど遠い。時間には自己修復力がある。お前ごとき存在の選択一つで、歴史改変なぞは起こり得ない。異物は適切に処理され、平穏な『日常』が戻る。ただそれだけのハナシなのだ』
「……そんな妄言じみたことを信じろと?」
僕の返答は以前と同じだ。
だが、彼女が最後に口にしたのは、まったく違うものだった。
『……ふん。ならば、信じざるを得ないようにしてやるまでさ。せいぜい覚悟しておくがいい』
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
【完結】年収三百万円台のアラサー社畜と総資産三億円以上の仮想通貨「億り人」JKが湾岸タワーマンションで同棲したら
瀬々良木 清
ライト文芸
主人公・宮本剛は、都内で働くごく普通の営業系サラリーマン。いわゆる社畜。
タワーマンションの聖地・豊洲にあるオフィスへ通勤しながらも、自分の給料では絶対に買えない高級マンションたちを見上げながら、夢のない毎日を送っていた。
しかしある日、会社の近所で苦しそうにうずくまる女子高生・常磐理瀬と出会う。理瀬は女子高生ながら仮想通貨への投資で『億り人』となった天才少女だった。
剛の何百倍もの資産を持ち、しかし心はまだ未完成な女子高生である理瀬と、日に日に心が枯れてゆくと感じるアラサー社畜剛が織りなす、ちぐはぐなラブコメディ。
お兄ちゃんはお兄ちゃんだけど、お兄ちゃんなのにお兄ちゃんじゃない!?
すずなり。
恋愛
幼いころ、母に施設に預けられた鈴(すず)。
お母さん「病気を治して迎えにくるから待ってて?」
その母は・・迎えにくることは無かった。
代わりに迎えに来た『父』と『兄』。
私の引き取り先は『本当の家』だった。
お父さん「鈴の家だよ?」
鈴「私・・一緒に暮らしていいんでしょうか・・。」
新しい家で始まる生活。
でも私は・・・お母さんの病気の遺伝子を受け継いでる・・・。
鈴「うぁ・・・・。」
兄「鈴!?」
倒れることが多くなっていく日々・・・。
そんな中でも『恋』は私の都合なんて考えてくれない。
『もう・・妹にみれない・・・。』
『お兄ちゃん・・・。』
「お前のこと、施設にいたころから好きだった・・・!」
「ーーーーっ!」
※本編には病名や治療法、薬などいろいろ出てきますが、全て想像の世界のお話です。現実世界とは一切関係ありません。
※コメントや感想などは受け付けることはできません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
※孤児、脱字などチェックはしてますが漏れもあります。ご容赦ください。
※表現不足なども重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけたら幸いです。(それはもう『へぇー・・』ぐらいに。)
クラスメイトの王子様系女子をナンパから助けたら。
桜庭かなめ
恋愛
高校2年生の白石洋平のクラスには、藤原千弦という女子生徒がいる。千弦は美人でスタイルが良く、凛々しく落ち着いた雰囲気もあるため「王子様」と言われて人気が高い。千弦とは教室で挨拶したり、バイト先で接客したりする程度の関わりだった。
とある日の放課後。バイトから帰る洋平は、駅前で男2人にナンパされている千弦を見つける。普段は落ち着いている千弦が脚を震わせていることに気付き、洋平は千弦をナンパから助けた。そのときに洋平に見せた笑顔は普段みんなに見せる美しいものではなく、とても可愛らしいものだった。
ナンパから助けたことをきっかけに、洋平は千弦との関わりが増えていく。
お礼にと放課後にアイスを食べたり、昼休みに一緒にお昼ご飯を食べたり、お互いの家に遊びに行ったり。クラスメイトの王子様系女子との温かくて甘い青春ラブコメディ!
※特別編4が完結しました!(2026.2.22)
※小説家になろうとカクヨムでも公開しています。
※お気に入り登録、いいね、感想などお待ちしております。
むっつり金持ち高校生、巨乳美少女たちに囲まれて学園ハーレム
ピコサイクス
青春
顔は普通、性格も地味。
けれど実は金持ちな高校一年生――俺、朝倉健斗。
学校では埋もれキャラのはずなのに、なぜか周りは巨乳美女ばかり!?
大学生の家庭教師、年上メイド、同級生ギャルに清楚系美少女……。
真面目な御曹司を演じつつ、内心はむっつりスケベ。
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗@オートスキル第1巻発売中
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話
桜井正宗@オートスキル第1巻発売中
青春
――結婚しています!
それは二人だけの秘密。
高校二年の遙と遥は結婚した。
近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。
キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。
ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。
*結婚要素あり
*ヤンデレ要素あり
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる