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第90話 夕暮れを映す君と僕 at 1995/6/16
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「ほ、本当に……いいの?」
「もー! あたしさっき、いいって言ったよ? もう、ケンタ君は疑り深いんだから」
二人でこっそり、観劇が終わった市民ホールの前の人混みから抜け出し、純美子と一緒に帰ることになったのはいいんだけれど……弾むように前を歩く彼女の姿を見つめながら思う。
僕らが暮らす木曽根団地は、閑静な住宅街に建っている――といえば聞こえはいいけれど、駅からの道のりは約5.5キロメートルと、不自由さを感じる程度には遠い。そして、ゆるやかながらも起伏に富んだ地形ということもあって、距離以上にしんどく感じるのである。
なので、頼れる我らが公共交通機関の出番! となるところなのだが、町田という市が長年未解決のまま抱えている問題こそが渋滞だ。主要道路となる町田街道や鎌倉街道は平日でも混みあい、土日祝日ともなれば運航予定時間は大幅に狂い出す。平日・日中のバスは時刻表なんかを調べると所要時間は約二〇分と書いてあるが、とんでもない! このとおりに運航していたならば、いずれバチカンで奇跡認定されることだろう。
それはさておき、一緒に帰ることになったのは嬉しいのだけれど、純美子に小一時間も歩かせるのは悪い気がしてしまって、モヤモヤして仕方なかったのだ。それがさっきのやりとりだ。
(うーん……やっぱりバスを使うか? でも、それで他のやつらに出くわしたら意味ないし)
「こーらっ! またなんか余計なこと、考えてるでしょー?」
「あ……はい」
振り返り、腰に手を当てて行く手を塞いだ純美子に浮かない顔をあっさりと見抜かれた僕は、どうにもしまらない合槌を打って潔く指摘された点を認めた。それがあまりに滑稽だったのか、ぶっ、と噴き出した純美子は再び前を向いて歩き出し、背中越しに僕へ言った。
「一緒に帰ろう、って誘ったのはケンタ君。でも、歩いて帰ろうよ、って言ったのはあたし」
「で、でもさ? 時間もかかるし、だんだん暗くなってくると危ないからさ」
「時間がかかる、じゃなくって、長く一緒に過ごしたい、って意味だったら? それに――」
そのぷっくりとした愛らしい唇から紡ぎ出された思わぬセリフに、え? と僕が戸惑うスキも与えず、再び振り返った純美子はこう続けて言った。
「――暗い夜道でも、ケンタ君が付いていてくれたらヘーキ、でしょ?」
とどめにウインク。
うーむ……。
まあ確かに、そこいらの変な連中がちょっかいかけてこようが守ってあげられる自信はあるけど(なお自分のカラダは犠牲する前提の模様)。むしろ心配なのは、見た目は中学生、中身は四〇男(童貞)の理性の限界の方なんだよなぁ。持つのかなぁ。暴走しないかなぁ。
「頼りにしてます♪」
ぎゅっ。
ナ、ナナジュウキュウテンゴセンチナナジュウキュウテンゴセンチ! 少しおどけて右腕にすがりつくようにして純美子は言ったけれど、僕は、もう、もう、それどころじゃないから!
二人っきりで、ほのかに薄暗くって、おまけにこっそり抜け出してきたというほんのちょっぴりの『ヒミツ』を共有していることもあってか、いつもより純美子と僕の距離は近くなっていた。これは、もしかして一夜の夢? それとも、こっちが素の、本来の純美子なのかな……。
僕はもう、身動きひとつできなくなってしまい――これ以上ヘタに動くと、余計にモヤモヤが、モヤモヤモヤッ! に成長しそうだったので――ガチガチに固まったままこう宣言した。
「はぁ……頼りにされますお任せくださいっ! スミ姫は、この不肖ケンタがお守りします!」
「うふふっ。じゃあ、ケンタ君はあたしだけの騎士だねっ」
僕はすっかりガッチガチになったまま――もちろん変な場所ではなく――純美子を右腕にぶら下げて、出来損ないの二人三脚みたいなたどたどしい足取りで家を目指して歩いていく。
もう、これ……。
純美子の恋愛好感度メーター、カンストしてるんじゃないの?
ねえ、教えて偉い人!!
「もー! あたしさっき、いいって言ったよ? もう、ケンタ君は疑り深いんだから」
二人でこっそり、観劇が終わった市民ホールの前の人混みから抜け出し、純美子と一緒に帰ることになったのはいいんだけれど……弾むように前を歩く彼女の姿を見つめながら思う。
僕らが暮らす木曽根団地は、閑静な住宅街に建っている――といえば聞こえはいいけれど、駅からの道のりは約5.5キロメートルと、不自由さを感じる程度には遠い。そして、ゆるやかながらも起伏に富んだ地形ということもあって、距離以上にしんどく感じるのである。
なので、頼れる我らが公共交通機関の出番! となるところなのだが、町田という市が長年未解決のまま抱えている問題こそが渋滞だ。主要道路となる町田街道や鎌倉街道は平日でも混みあい、土日祝日ともなれば運航予定時間は大幅に狂い出す。平日・日中のバスは時刻表なんかを調べると所要時間は約二〇分と書いてあるが、とんでもない! このとおりに運航していたならば、いずれバチカンで奇跡認定されることだろう。
それはさておき、一緒に帰ることになったのは嬉しいのだけれど、純美子に小一時間も歩かせるのは悪い気がしてしまって、モヤモヤして仕方なかったのだ。それがさっきのやりとりだ。
(うーん……やっぱりバスを使うか? でも、それで他のやつらに出くわしたら意味ないし)
「こーらっ! またなんか余計なこと、考えてるでしょー?」
「あ……はい」
振り返り、腰に手を当てて行く手を塞いだ純美子に浮かない顔をあっさりと見抜かれた僕は、どうにもしまらない合槌を打って潔く指摘された点を認めた。それがあまりに滑稽だったのか、ぶっ、と噴き出した純美子は再び前を向いて歩き出し、背中越しに僕へ言った。
「一緒に帰ろう、って誘ったのはケンタ君。でも、歩いて帰ろうよ、って言ったのはあたし」
「で、でもさ? 時間もかかるし、だんだん暗くなってくると危ないからさ」
「時間がかかる、じゃなくって、長く一緒に過ごしたい、って意味だったら? それに――」
そのぷっくりとした愛らしい唇から紡ぎ出された思わぬセリフに、え? と僕が戸惑うスキも与えず、再び振り返った純美子はこう続けて言った。
「――暗い夜道でも、ケンタ君が付いていてくれたらヘーキ、でしょ?」
とどめにウインク。
うーむ……。
まあ確かに、そこいらの変な連中がちょっかいかけてこようが守ってあげられる自信はあるけど(なお自分のカラダは犠牲する前提の模様)。むしろ心配なのは、見た目は中学生、中身は四〇男(童貞)の理性の限界の方なんだよなぁ。持つのかなぁ。暴走しないかなぁ。
「頼りにしてます♪」
ぎゅっ。
ナ、ナナジュウキュウテンゴセンチナナジュウキュウテンゴセンチ! 少しおどけて右腕にすがりつくようにして純美子は言ったけれど、僕は、もう、もう、それどころじゃないから!
二人っきりで、ほのかに薄暗くって、おまけにこっそり抜け出してきたというほんのちょっぴりの『ヒミツ』を共有していることもあってか、いつもより純美子と僕の距離は近くなっていた。これは、もしかして一夜の夢? それとも、こっちが素の、本来の純美子なのかな……。
僕はもう、身動きひとつできなくなってしまい――これ以上ヘタに動くと、余計にモヤモヤが、モヤモヤモヤッ! に成長しそうだったので――ガチガチに固まったままこう宣言した。
「はぁ……頼りにされますお任せくださいっ! スミ姫は、この不肖ケンタがお守りします!」
「うふふっ。じゃあ、ケンタ君はあたしだけの騎士だねっ」
僕はすっかりガッチガチになったまま――もちろん変な場所ではなく――純美子を右腕にぶら下げて、出来損ないの二人三脚みたいなたどたどしい足取りで家を目指して歩いていく。
もう、これ……。
純美子の恋愛好感度メーター、カンストしてるんじゃないの?
ねえ、教えて偉い人!!
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