208 / 539
第207話 とある少女の夢見た世界 at 1995/9/10
しおりを挟む
「遅いぞー、ケンタくーん!」
「えええ!? ち、遅刻はしてないと……思うんだけど……」
慌てた僕は何度も左手首に巻いた黒のデジタル時計で確認する。確か去年上映されているはずのハリウッド映画『スピード』で、キアヌ・リーブス演じる主人公の影響で人気が急上昇し、家事手伝い頼まれごとをなんでもこなしてようやく買ってもらったカシオの『Gショック』だ。
ほら、とデジタル画面に表示された数字の羅列を見せるが、ぷぅ! とますます膨れられてしまった。
「た、確かに遅刻はしてないけどっ! あたしはもう一〇分も前から待ってたんだからねっ!」
「理不尽すぎる……」
ぽかぽか。丸めた拳で僕の背中を叩くフリをする純美子だったが、前にもあったようなじゃれ合いなんかとは少し違う気がするのだ。
わざと拗ねてみせたり。
怒ったフリをしてみたり。
でもそれは、もうお互いの気持ちを知った上での、確認のための行為なんじゃないかなって。
まだちょっぴり気恥ずかしくて、好き、という言葉はすぐに出てこない。でも、拗ねて怒ってみせれば、少々強引なやり方かもしれないが、好き、という言葉はこっそり顔を出す。
もちろんこの僕が、そんな悟りじみた諦観をしていたわけじゃない。あくまで二周目だったからだ。
「ごめんごめん。待ちきれないスミちゃんが、早めに来てただなんて僕、思ってなくてさ――」
「――っ?」
だが。こうやって直接口に出してしまうのは、デリカシーがない、らしい。どうにもそのへんがわからないんだよなぁ……。あ、いてて、いて! 痛いってば!
「で……あ、いたっ! 今日はどこに……痛いってば! 連れて行こうっていうの、僕を?」
「もー、ケンタ君のいじわるーっ! ……こほん、前に教えたでしょ、叶えたい夢があるって」
「もちろん覚えてるさ。叶ったんだ、って思ってるんだけど……おめでとう、でいいのかな?」
「おめでとう、の前に……どんな夢なのか、知りたくない?」
そりゃあもちろん、知りたいに決まってる。
なにせ、僕の『失恋(勘違い)』の原因にもなった、純美子の描いた夢、なのだ。
そして『勝てるところがひとつもない』と自らを嘆いた、純美子が叶えた夢、なのだ。
僕は思うように言葉が出てこないまま、夢中で何度もうなずいてみせた。
それを見た純美子が、ころころと鈴を転がしたような声音で笑う。
「じゃあ、連れて行ってあげる。あたしがようやく掴まえた、あたしの夢の詰まった場所に」
僕はその言葉にただうなずいて、純美子と一緒にバスに乗り込んだ。菅原神社経由の『町田駅』行きだ。そして終点『町田駅』停留所のPOPビル前に降り立つと、踏切を渡り、久美堂の前あたりの小道を左に曲がり、右に曲がり、さらに郵便局のある方へ曲がり――これ以上は書かないでおこう。なんでも、直接押しかけてくる人たちを避けるため、そうしているらしい。
どこに、だって?
それは――。
「はいっ、ここだよ?」
「えええ!? ここって……もしかして『日本ナレーション指導学院』って奴じゃないの!?」
思わず眼を疑った。
そもそもアニメやゲームが好きな僕でさえ、町田にあの『日ナレ』の養成所があったことを知らなかったからだ。『日ナレ』と言えば、数々のナレーターや声優を輩出してきた名門中の名門。しかも、通おうと思っても、通える場所じゃない。そのためには。
「そう。ここに通うのが夢の第一歩なの。知ってる? まず入所審査っていうのがあって――」
たとえジュニアクラスでも、入所審査で合格できなければ通うことすらできない。つまり。
「うんうん! 凄いじゃん! 凄いよ、スミちゃん! さすがは――!」
「しーっ! 声が大きいよぉ。ようやく入れたのに、怒られちゃう! もー、ケンタ君は……」
でも、どうして?
週一回の二時間レッスンに向かう純美子に尋ねると、こう答えが返ってきた。
「一緒に見た、視聴覚授業の演劇、覚えてる? あたしが夢を持ったのは君のせいなんだよ?」
「えええ!? ち、遅刻はしてないと……思うんだけど……」
慌てた僕は何度も左手首に巻いた黒のデジタル時計で確認する。確か去年上映されているはずのハリウッド映画『スピード』で、キアヌ・リーブス演じる主人公の影響で人気が急上昇し、家事手伝い頼まれごとをなんでもこなしてようやく買ってもらったカシオの『Gショック』だ。
ほら、とデジタル画面に表示された数字の羅列を見せるが、ぷぅ! とますます膨れられてしまった。
「た、確かに遅刻はしてないけどっ! あたしはもう一〇分も前から待ってたんだからねっ!」
「理不尽すぎる……」
ぽかぽか。丸めた拳で僕の背中を叩くフリをする純美子だったが、前にもあったようなじゃれ合いなんかとは少し違う気がするのだ。
わざと拗ねてみせたり。
怒ったフリをしてみたり。
でもそれは、もうお互いの気持ちを知った上での、確認のための行為なんじゃないかなって。
まだちょっぴり気恥ずかしくて、好き、という言葉はすぐに出てこない。でも、拗ねて怒ってみせれば、少々強引なやり方かもしれないが、好き、という言葉はこっそり顔を出す。
もちろんこの僕が、そんな悟りじみた諦観をしていたわけじゃない。あくまで二周目だったからだ。
「ごめんごめん。待ちきれないスミちゃんが、早めに来てただなんて僕、思ってなくてさ――」
「――っ?」
だが。こうやって直接口に出してしまうのは、デリカシーがない、らしい。どうにもそのへんがわからないんだよなぁ……。あ、いてて、いて! 痛いってば!
「で……あ、いたっ! 今日はどこに……痛いってば! 連れて行こうっていうの、僕を?」
「もー、ケンタ君のいじわるーっ! ……こほん、前に教えたでしょ、叶えたい夢があるって」
「もちろん覚えてるさ。叶ったんだ、って思ってるんだけど……おめでとう、でいいのかな?」
「おめでとう、の前に……どんな夢なのか、知りたくない?」
そりゃあもちろん、知りたいに決まってる。
なにせ、僕の『失恋(勘違い)』の原因にもなった、純美子の描いた夢、なのだ。
そして『勝てるところがひとつもない』と自らを嘆いた、純美子が叶えた夢、なのだ。
僕は思うように言葉が出てこないまま、夢中で何度もうなずいてみせた。
それを見た純美子が、ころころと鈴を転がしたような声音で笑う。
「じゃあ、連れて行ってあげる。あたしがようやく掴まえた、あたしの夢の詰まった場所に」
僕はその言葉にただうなずいて、純美子と一緒にバスに乗り込んだ。菅原神社経由の『町田駅』行きだ。そして終点『町田駅』停留所のPOPビル前に降り立つと、踏切を渡り、久美堂の前あたりの小道を左に曲がり、右に曲がり、さらに郵便局のある方へ曲がり――これ以上は書かないでおこう。なんでも、直接押しかけてくる人たちを避けるため、そうしているらしい。
どこに、だって?
それは――。
「はいっ、ここだよ?」
「えええ!? ここって……もしかして『日本ナレーション指導学院』って奴じゃないの!?」
思わず眼を疑った。
そもそもアニメやゲームが好きな僕でさえ、町田にあの『日ナレ』の養成所があったことを知らなかったからだ。『日ナレ』と言えば、数々のナレーターや声優を輩出してきた名門中の名門。しかも、通おうと思っても、通える場所じゃない。そのためには。
「そう。ここに通うのが夢の第一歩なの。知ってる? まず入所審査っていうのがあって――」
たとえジュニアクラスでも、入所審査で合格できなければ通うことすらできない。つまり。
「うんうん! 凄いじゃん! 凄いよ、スミちゃん! さすがは――!」
「しーっ! 声が大きいよぉ。ようやく入れたのに、怒られちゃう! もー、ケンタ君は……」
でも、どうして?
週一回の二時間レッスンに向かう純美子に尋ねると、こう答えが返ってきた。
「一緒に見た、視聴覚授業の演劇、覚えてる? あたしが夢を持ったのは君のせいなんだよ?」
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
【完結】年収三百万円台のアラサー社畜と総資産三億円以上の仮想通貨「億り人」JKが湾岸タワーマンションで同棲したら
瀬々良木 清
ライト文芸
主人公・宮本剛は、都内で働くごく普通の営業系サラリーマン。いわゆる社畜。
タワーマンションの聖地・豊洲にあるオフィスへ通勤しながらも、自分の給料では絶対に買えない高級マンションたちを見上げながら、夢のない毎日を送っていた。
しかしある日、会社の近所で苦しそうにうずくまる女子高生・常磐理瀬と出会う。理瀬は女子高生ながら仮想通貨への投資で『億り人』となった天才少女だった。
剛の何百倍もの資産を持ち、しかし心はまだ未完成な女子高生である理瀬と、日に日に心が枯れてゆくと感じるアラサー社畜剛が織りなす、ちぐはぐなラブコメディ。
お兄ちゃんはお兄ちゃんだけど、お兄ちゃんなのにお兄ちゃんじゃない!?
すずなり。
恋愛
幼いころ、母に施設に預けられた鈴(すず)。
お母さん「病気を治して迎えにくるから待ってて?」
その母は・・迎えにくることは無かった。
代わりに迎えに来た『父』と『兄』。
私の引き取り先は『本当の家』だった。
お父さん「鈴の家だよ?」
鈴「私・・一緒に暮らしていいんでしょうか・・。」
新しい家で始まる生活。
でも私は・・・お母さんの病気の遺伝子を受け継いでる・・・。
鈴「うぁ・・・・。」
兄「鈴!?」
倒れることが多くなっていく日々・・・。
そんな中でも『恋』は私の都合なんて考えてくれない。
『もう・・妹にみれない・・・。』
『お兄ちゃん・・・。』
「お前のこと、施設にいたころから好きだった・・・!」
「ーーーーっ!」
※本編には病名や治療法、薬などいろいろ出てきますが、全て想像の世界のお話です。現実世界とは一切関係ありません。
※コメントや感想などは受け付けることはできません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
※孤児、脱字などチェックはしてますが漏れもあります。ご容赦ください。
※表現不足なども重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけたら幸いです。(それはもう『へぇー・・』ぐらいに。)
クラスメイトの王子様系女子をナンパから助けたら。
桜庭かなめ
恋愛
高校2年生の白石洋平のクラスには、藤原千弦という女子生徒がいる。千弦は美人でスタイルが良く、凛々しく落ち着いた雰囲気もあるため「王子様」と言われて人気が高い。千弦とは教室で挨拶したり、バイト先で接客したりする程度の関わりだった。
とある日の放課後。バイトから帰る洋平は、駅前で男2人にナンパされている千弦を見つける。普段は落ち着いている千弦が脚を震わせていることに気付き、洋平は千弦をナンパから助けた。そのときに洋平に見せた笑顔は普段みんなに見せる美しいものではなく、とても可愛らしいものだった。
ナンパから助けたことをきっかけに、洋平は千弦との関わりが増えていく。
お礼にと放課後にアイスを食べたり、昼休みに一緒にお昼ご飯を食べたり、お互いの家に遊びに行ったり。クラスメイトの王子様系女子との温かくて甘い青春ラブコメディ!
※特別編4が完結しました!(2026.2.22)
※小説家になろうとカクヨムでも公開しています。
※お気に入り登録、いいね、感想などお待ちしております。
『専属メイド全員が重すぎる愛で迫ってくる!~大学生の僕、11人?の美女に24時間甘やかされ尽くす生活~』
まさき
青春
僕は、ちょっと普通じゃない日常を送ることになった――それは、専属メイドが全員僕のことを溺愛してくれる暮らしだ。
朝は髪を整えてくれるリナ、朝食で笑顔を見せてくれるミユ、どの瞬間も全力で僕を甘やかす。掃除、料理、悩み相談まで、僕のためだけに動くメイドたち。
「ご主人様の笑顔が見たいんです」
その一言で、僕の毎日はちょっとドキドキ、ちょっと幸せ。
全員が僕を独占したいと競い合う日常の中、僕はどうやってこの溺愛地獄(?)を生き抜けばいいのか――!?
甘々、至れり尽くせりの日常ラブコメ、開幕。
「作品への感想代わりの『いいね❤️』や『エール📣』、心よりお待ちしております。」
「【応援のお願い】『いいね❤️』や『エール📣』をいただけると、作者のモチベーションが爆上がりします!」
「最後までお読みいただきありがとうございます。温かい『いいね❤️』が更新の支えです。」
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗@オートスキル第1巻発売中
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
【完結】イケメンが邪魔して本命に告白できません
竹柏凪紗
青春
高校の入学式、芸能コースに通うアイドルでイケメンの如月風磨が普通科で目立たない最上碧衣の教室にやってきた。女子たちがキャーキャー騒ぐなか、風磨は碧衣の肩を抱き寄せ「お前、今日から俺の女な」と宣言する。その真意とウソつきたちによって複雑になっていく2人の結末とは──
ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話
桜井正宗@オートスキル第1巻発売中
青春
――結婚しています!
それは二人だけの秘密。
高校二年の遙と遥は結婚した。
近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。
キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。
ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。
*結婚要素あり
*ヤンデレ要素あり
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる