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第256話 波乱ぶくみの運動会(2) at 1995/10/10
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現在の天気、晴れ。気温、19℃。
校舎の裏手の、咲山団地の給水塔の方角に広がる空の色を見るに、午後から曇りになる模様。
「おいっ! てめぇ!」
徒競走を走り終えたクラスメイトの一人が、早速勝気にはやる小山田に詰め寄られていた。
「手ぇ抜いて、ちんたら走ってんじゃねえぞ!? もし負けたらてめぇの責任だからな!?」
「ちょ――手なんて……抜いてないって……!」
「ンだと!?」
まったくこいつは……朝っぱらからこの調子だと、そのうち血管ブチ切れるぞ。
「おいおい。そのくらいにしてやれよ、ダッチ。わざと遅く走って得する奴なんていないって」
「ダッ――また、このっ! てめぇ!?」
「あっ! 痛たたた……苦しいっつーの! あのさ、いい加減、慣れてくれないか? みんな、馬鹿にして呼んでるわけじゃない。あだ名ってのは親しみの証拠、だろ? 喜ぶべきだってば」
この際だから言いたいことを言ってやることにした。呼び捨てにすればキレられ、あだ名で呼べばキレられる。どうしろってんだ、と言いたい。
「それとも、とおるー! って呼んだらいいのか? 小山田さん、って仰々しく呼んで欲しいのか? どっちも違うと思うよ? ダッチはダッチだよ。それは仲間だし、友だちだから――」
「――っ! 黙ってろ!」
「なんでそんなに嫌がるんだよ……」
頭一つ分背の低い小山田に胸倉を掴み上げられながらも僕は、怯まず諭すように尋ねてみる。
僕は昔から――そう、あの頃から、とても不思議で仕方なかったのだ。
ダチでもねぇのに馴れ馴れしい――それは多少わからなくもなかったけれど、この小山田という僕の記憶の中にいる男は、どのような呼び方をされても結局は気に入らない様子で、いつも周囲から腫れ物を触るような扱いをされていた。そばにいるのは吉川か桃月くらいだった。
でも、今改めてこの目で見た『小山田徹』という少年は、ひどく寂しそうだったのだ。
自ら積み上げ築き上げた高くて狭い塀の中にいる『小山田徹』という少年は、ちっとも楽しそうには見えなかった。ああ、あの頃不思議だと感じていたのはこの感覚なんだな、と思った。
なんで――僕のその問いに、小山田は、ぐっ、と見つめたきり答えようとしない。だから僕はなおも問う。
「僕とダッチは、競争中なんだよな? でも今は、同じチームの仲間だ。だろ? 違うかい?」
「……うるせぇ」
「だったら、嫌でも協力しないとダメだ。僕はそうするつもりだよ。たとえダッチが嫌でもさ」
「………………うるせぇ!」
ばっ――小山田は吐き捨てるようにそう言うと、乱暴に僕を突き放した。
「……てめぇに何がわかる?」
「わからない。わからないから聞いてるんだ。なんで――」
「………………うるせぇつってんだろ!!」
ぶん! ――偶然にも反射的に首をすくめた途端、僕の頭のてっぺんのすぐ上を、小山田がチカラ任せに振るった拳が通り過ぎていった。内心、冷や汗が背筋を伝ったが、僕は平気なフリをして小山田から視線を外さずに見つめ続けた。すると、鼻を鳴らす音が聴こえた。
「くそが……生意気にも避けやがって……」
「いやいやいや。たまたまだよ。ホントなら、今頃鼻血が出てるって。いや、ホントだって!」
「ったく……ムカつく野郎だ。けっ……!」
「ねえ、ダッチー! 徒競走、呼ばれてるよー!」
今の緊迫したやりとりを知ってか知らずか、のんびりとした桃月の声に小山田は背を向けた。
「てめぇだけはどうにも気に入らねぇ……。てめぇ相手だと調子が狂うぜ、ナプキン王子様よ」
校舎の裏手の、咲山団地の給水塔の方角に広がる空の色を見るに、午後から曇りになる模様。
「おいっ! てめぇ!」
徒競走を走り終えたクラスメイトの一人が、早速勝気にはやる小山田に詰め寄られていた。
「手ぇ抜いて、ちんたら走ってんじゃねえぞ!? もし負けたらてめぇの責任だからな!?」
「ちょ――手なんて……抜いてないって……!」
「ンだと!?」
まったくこいつは……朝っぱらからこの調子だと、そのうち血管ブチ切れるぞ。
「おいおい。そのくらいにしてやれよ、ダッチ。わざと遅く走って得する奴なんていないって」
「ダッ――また、このっ! てめぇ!?」
「あっ! 痛たたた……苦しいっつーの! あのさ、いい加減、慣れてくれないか? みんな、馬鹿にして呼んでるわけじゃない。あだ名ってのは親しみの証拠、だろ? 喜ぶべきだってば」
この際だから言いたいことを言ってやることにした。呼び捨てにすればキレられ、あだ名で呼べばキレられる。どうしろってんだ、と言いたい。
「それとも、とおるー! って呼んだらいいのか? 小山田さん、って仰々しく呼んで欲しいのか? どっちも違うと思うよ? ダッチはダッチだよ。それは仲間だし、友だちだから――」
「――っ! 黙ってろ!」
「なんでそんなに嫌がるんだよ……」
頭一つ分背の低い小山田に胸倉を掴み上げられながらも僕は、怯まず諭すように尋ねてみる。
僕は昔から――そう、あの頃から、とても不思議で仕方なかったのだ。
ダチでもねぇのに馴れ馴れしい――それは多少わからなくもなかったけれど、この小山田という僕の記憶の中にいる男は、どのような呼び方をされても結局は気に入らない様子で、いつも周囲から腫れ物を触るような扱いをされていた。そばにいるのは吉川か桃月くらいだった。
でも、今改めてこの目で見た『小山田徹』という少年は、ひどく寂しそうだったのだ。
自ら積み上げ築き上げた高くて狭い塀の中にいる『小山田徹』という少年は、ちっとも楽しそうには見えなかった。ああ、あの頃不思議だと感じていたのはこの感覚なんだな、と思った。
なんで――僕のその問いに、小山田は、ぐっ、と見つめたきり答えようとしない。だから僕はなおも問う。
「僕とダッチは、競争中なんだよな? でも今は、同じチームの仲間だ。だろ? 違うかい?」
「……うるせぇ」
「だったら、嫌でも協力しないとダメだ。僕はそうするつもりだよ。たとえダッチが嫌でもさ」
「………………うるせぇ!」
ばっ――小山田は吐き捨てるようにそう言うと、乱暴に僕を突き放した。
「……てめぇに何がわかる?」
「わからない。わからないから聞いてるんだ。なんで――」
「………………うるせぇつってんだろ!!」
ぶん! ――偶然にも反射的に首をすくめた途端、僕の頭のてっぺんのすぐ上を、小山田がチカラ任せに振るった拳が通り過ぎていった。内心、冷や汗が背筋を伝ったが、僕は平気なフリをして小山田から視線を外さずに見つめ続けた。すると、鼻を鳴らす音が聴こえた。
「くそが……生意気にも避けやがって……」
「いやいやいや。たまたまだよ。ホントなら、今頃鼻血が出てるって。いや、ホントだって!」
「ったく……ムカつく野郎だ。けっ……!」
「ねえ、ダッチー! 徒競走、呼ばれてるよー!」
今の緊迫したやりとりを知ってか知らずか、のんびりとした桃月の声に小山田は背を向けた。
「てめぇだけはどうにも気に入らねぇ……。てめぇ相手だと調子が狂うぜ、ナプキン王子様よ」
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