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第432話 よくない知らせ at 1996/1/16
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「えー。水無月さんですがね――」
その日、一時間目の授業が『理科』だったこともあってか、はじめる前に担任でもある理科担当の荻島センセイの口から、それは告げられた。
「――ちょっと体調がよろしくないということで、しばらく学校はお休みになるとのことです。せっかくね、みんなともなかよくなってきたところだったので、ちょっぴり残念ですけど――」
くそっ、そうきたか。
ロコも同じような気持ちだったのだろう、別グループの木製の角椅子に座っていたロコが、僕の方へ振り返るようにして視線を合わせてきた。僕は眉根を寄せ、こわい顔をしてうなずく。
「あ、あの――」
「なんです? 古ノ森君?」
「その連絡は、水無月さん本人からでしたか? それとも――?」
荻島センセイは、僕の質問の意図に気づいたのか、芝居がかった仕草で、ひょこり、と片眉を跳ね上げると、とぼけたような表情を浮かべてこうこたえた。
「ええ、本人からでしたよ。どうにも元気がなさそうでしたけど……まあ、具合が悪いんですから無理もありませんね。かかりつけの病院で検査を受けないといけない、そう言ってました」
「そうですか……ありがとうございます」
「いえいえ」
そこで荻島センセイは左手のダイバーズウォッチを確認し、教科書を開く。
「おっと。さっそく授業をはじめましょうか。今日はですね――」
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「……ね、ねぇ? この後、どうする気なのよ、ケンタ?」
昼休みのいつものお弁当タイムに、僕と純美子のまわりの机を拝借して並べ替えているところにロコが肩を並べてきて、出し抜けにたずねてきた。僕は渋い顔をしてこたえるしかない。
「どうする気って……。あのな、ロコ? 検査中の病院に乗り込むわけにもいかないだろ?」
「検査とか言って、嘘かもしんないじゃん!」
「おいおい……それだって、ツッキー本人が言ってたんだろ? だったら嘘つく理由がない」
「それは――そう、なんだけど……」
ツッキー――水無月琴世が『慢性白血病』という重い病を抱えていることは周知の事実だ。
しかし僕らはすでに、本来の歴史として起こりえた『水無月琴世の死』の原因が、その病ではないことを知っている。自分をとりまく人々に、この世界に、未来に絶望して自ら死を選んだのであって、ついにそのカラダを蝕む病魔がカノジョの命を喰らいつくしたのではなかった。
けれど、いくら進行の遅い『慢性白血病』とはいえども、適切な治療なしにいつまでも生きながらえることなど不可能だ。この一九九五年――いや、一九九六年の時点であっても、カノジョを苦しめる病魔を根本からキレイさっぱりと駆逐しうる特効薬は存在していない、まだ。
(もしも無慈悲な歴史が、ツッキーにこの一年間を生きながらえることを許さなかったら?)
ふとそんな空想が浮かんでしまった頭をイキオイよく振り、僕は幻想を跡形もなく追い払う。
(そんなのってあるか! ようやく当たり前の生活を楽しめるようになったってのに……!)
しかし――ロコでなくても、どうしても気になるのはたしかだ。
それは、持ってきたお弁当を前に、むっつりと考えこんでいるだけで沈んだ表情を浮かべたまま動かない部員たちの様子を見ればあきらかだった。僕は包みの結び目を解く手を止めた。
「なあ、みんな? 放課後になったらさ……ちょっとツッキーのお見舞いに行ってみないか?」
「ちょ――! さっきはダメ、って言ってたじゃん、ケンタ!」
「あ、あれは、そう言って止めないと、今すぐ授業を抜け出して駆けつけそうだったからだよ」
あははは、とようやくみんなの顔につかの間の笑顔が戻り、僕は密かにロコに感謝するのだった。
その日、一時間目の授業が『理科』だったこともあってか、はじめる前に担任でもある理科担当の荻島センセイの口から、それは告げられた。
「――ちょっと体調がよろしくないということで、しばらく学校はお休みになるとのことです。せっかくね、みんなともなかよくなってきたところだったので、ちょっぴり残念ですけど――」
くそっ、そうきたか。
ロコも同じような気持ちだったのだろう、別グループの木製の角椅子に座っていたロコが、僕の方へ振り返るようにして視線を合わせてきた。僕は眉根を寄せ、こわい顔をしてうなずく。
「あ、あの――」
「なんです? 古ノ森君?」
「その連絡は、水無月さん本人からでしたか? それとも――?」
荻島センセイは、僕の質問の意図に気づいたのか、芝居がかった仕草で、ひょこり、と片眉を跳ね上げると、とぼけたような表情を浮かべてこうこたえた。
「ええ、本人からでしたよ。どうにも元気がなさそうでしたけど……まあ、具合が悪いんですから無理もありませんね。かかりつけの病院で検査を受けないといけない、そう言ってました」
「そうですか……ありがとうございます」
「いえいえ」
そこで荻島センセイは左手のダイバーズウォッチを確認し、教科書を開く。
「おっと。さっそく授業をはじめましょうか。今日はですね――」
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「……ね、ねぇ? この後、どうする気なのよ、ケンタ?」
昼休みのいつものお弁当タイムに、僕と純美子のまわりの机を拝借して並べ替えているところにロコが肩を並べてきて、出し抜けにたずねてきた。僕は渋い顔をしてこたえるしかない。
「どうする気って……。あのな、ロコ? 検査中の病院に乗り込むわけにもいかないだろ?」
「検査とか言って、嘘かもしんないじゃん!」
「おいおい……それだって、ツッキー本人が言ってたんだろ? だったら嘘つく理由がない」
「それは――そう、なんだけど……」
ツッキー――水無月琴世が『慢性白血病』という重い病を抱えていることは周知の事実だ。
しかし僕らはすでに、本来の歴史として起こりえた『水無月琴世の死』の原因が、その病ではないことを知っている。自分をとりまく人々に、この世界に、未来に絶望して自ら死を選んだのであって、ついにそのカラダを蝕む病魔がカノジョの命を喰らいつくしたのではなかった。
けれど、いくら進行の遅い『慢性白血病』とはいえども、適切な治療なしにいつまでも生きながらえることなど不可能だ。この一九九五年――いや、一九九六年の時点であっても、カノジョを苦しめる病魔を根本からキレイさっぱりと駆逐しうる特効薬は存在していない、まだ。
(もしも無慈悲な歴史が、ツッキーにこの一年間を生きながらえることを許さなかったら?)
ふとそんな空想が浮かんでしまった頭をイキオイよく振り、僕は幻想を跡形もなく追い払う。
(そんなのってあるか! ようやく当たり前の生活を楽しめるようになったってのに……!)
しかし――ロコでなくても、どうしても気になるのはたしかだ。
それは、持ってきたお弁当を前に、むっつりと考えこんでいるだけで沈んだ表情を浮かべたまま動かない部員たちの様子を見ればあきらかだった。僕は包みの結び目を解く手を止めた。
「なあ、みんな? 放課後になったらさ……ちょっとツッキーのお見舞いに行ってみないか?」
「ちょ――! さっきはダメ、って言ってたじゃん、ケンタ!」
「あ、あれは、そう言って止めないと、今すぐ授業を抜け出して駆けつけそうだったからだよ」
あははは、とようやくみんなの顔につかの間の笑顔が戻り、僕は密かにロコに感謝するのだった。
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