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第434話 つのる不安 at 1996/1/20
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「……ねぇ?」
「な……なんだよ?」
今週は僕の家にロコがやってきて、今は隣に座っている。
そして、二人して鳴らないスマホをじっとみつめている。
「今日、いつもの『アレ』の日だよ? やっぱりなんかあったのかな……? ホントはさ――」
「おいおいおい……ホントも何もないって。主治医も言ってただろ? 容態は安定してるって」
「うん。けど――」
ロコは、それきり何も喋らなくなった。
僕もロコも、そんなにすぐには日常へ復帰できないことくらいわかっていた。九月の『西中まつり』の後だって、水無月さんが復学するまでに二週間が経過していた。だから、たった三、四日ぽっちの短い期間では、それが無理なことくらい理解しているつもりだった――頭では。
しかし、年明け早々ロコと僕に立て続けに降りかかった出来事――災厄は、ココロの片隅に追いやられて小さくなっていたちっぽけな『不安』という名の怪物を、強く、大きく育てるには十分すぎた。負けはしない、屈しはしない――そう何度もココロに深く刻みこんでも、その怪物は決して消えることはなかった。いや、むしろますます強大なチカラをつけていたのだ。
『やってみたまえよ、思うがままに。たった一年、されど一年だ。好きなようにやればいい』
僕も、ロコも、その言葉を信じ、思うがままに生きようとした。
けれど現実は、そううそぶいた傲慢で不遜で『あまのじゃく』な少女の、その枷を外そうと同じ一年間を何度もさまよい、血反吐を吐きながら必死に抗おうとする姿がそこにあったのだ。
その光景は感動的ですらあったのと同時に、自分たちが対峙しなければならない怪物の強大さの証でもあった。勝てるのだろうか――その時ココロにわずかな揺らぎが生じた。そしてその揺らぎは、二人にとって『天敵』とも呼べる『代行者』の出現で確定的になったのだった。
「このままね……もしこのまま、ツッキーが死んじゃったらどうしよう、ってさ……」
「そんなはずない! だって、もうその『未来』は僕らが消したんだぞ!?」
だよね――そうあいまいな笑みを浮かべてうなずくロコを尖った眼で睨みつけながら、それは本当なのだろうか? とぐらつくココロを必死で隠し通す。
たしかに、自分の未来に絶望するあまり、『自死』を選んでしまった水無月琴世という少女はもういない。だからといって、カノジョの抱えている病が消えたわけではないのだ。
「幸いツッキーの容態は安定している。主治医も奇跡的だと言ってたくらいだ。ロコだって知ってるだろう? もう少しなんだ。ツッキーの病気を退治してくれる特効薬が生まれるまでは」
「その時、あたしたちはもうここにいないのよね……」
「……まあな」
今ここにいる『僕ら』は、今年、一九九六年の三月を過ぎれば消えてしまうのだろう。
「せめて、あと五年、って伝えられたら、どんなにココロ強いか、って思うの」
「……それは無理だよ、ロコ。桃月のこと、忘れたわけじゃないだろ?」
ロコは眉をしかめるようにして口を引き結んで黙り込む。あらかじめわかっていたかいないかは関係ない。ただ、ロコが不用意に発したひと言が、桃月を含めた大勢の記憶を書き換えてしまったことは事実だった。その影響で、この『リトライ世界』には歪みが生じたままだ。
けれども、きっとロコはそんな小難しいことじゃなく、ごくごくストレートに、かつて親友だった少女を傷つけてしまったことを悔いているのだろう。ともに笑い、ともに泣き――。
「こ――こんな……こんなはずじゃなかったんだけどなぁ……。うっ……うううーっ……!」
「……大丈夫だって。うまく行ってる。やれてる。ロコは難しく考えすぎなんだよ――ほら」
突然ロコが声を押し殺して泣きはじめたのには驚いたものの、僕はティッシュの箱を丸ごと渡してやった。しかし、嫌々をするようにロコは首を振る。しかたなく僕は、ロコの頭を自分の肩に引き寄せて、赤ん坊をあやすように背中を、とん、とん、と優しく叩いてやった。
「そんな顔してたら、ハッピーエンドも逃げてっちゃうぜ。ほら、好きなだけ泣いたら笑って」
「あーあ……また、助けられちゃった。ケンタがいてくれて本当によかった。……ありがとね」
「な……なんだよ?」
今週は僕の家にロコがやってきて、今は隣に座っている。
そして、二人して鳴らないスマホをじっとみつめている。
「今日、いつもの『アレ』の日だよ? やっぱりなんかあったのかな……? ホントはさ――」
「おいおいおい……ホントも何もないって。主治医も言ってただろ? 容態は安定してるって」
「うん。けど――」
ロコは、それきり何も喋らなくなった。
僕もロコも、そんなにすぐには日常へ復帰できないことくらいわかっていた。九月の『西中まつり』の後だって、水無月さんが復学するまでに二週間が経過していた。だから、たった三、四日ぽっちの短い期間では、それが無理なことくらい理解しているつもりだった――頭では。
しかし、年明け早々ロコと僕に立て続けに降りかかった出来事――災厄は、ココロの片隅に追いやられて小さくなっていたちっぽけな『不安』という名の怪物を、強く、大きく育てるには十分すぎた。負けはしない、屈しはしない――そう何度もココロに深く刻みこんでも、その怪物は決して消えることはなかった。いや、むしろますます強大なチカラをつけていたのだ。
『やってみたまえよ、思うがままに。たった一年、されど一年だ。好きなようにやればいい』
僕も、ロコも、その言葉を信じ、思うがままに生きようとした。
けれど現実は、そううそぶいた傲慢で不遜で『あまのじゃく』な少女の、その枷を外そうと同じ一年間を何度もさまよい、血反吐を吐きながら必死に抗おうとする姿がそこにあったのだ。
その光景は感動的ですらあったのと同時に、自分たちが対峙しなければならない怪物の強大さの証でもあった。勝てるのだろうか――その時ココロにわずかな揺らぎが生じた。そしてその揺らぎは、二人にとって『天敵』とも呼べる『代行者』の出現で確定的になったのだった。
「このままね……もしこのまま、ツッキーが死んじゃったらどうしよう、ってさ……」
「そんなはずない! だって、もうその『未来』は僕らが消したんだぞ!?」
だよね――そうあいまいな笑みを浮かべてうなずくロコを尖った眼で睨みつけながら、それは本当なのだろうか? とぐらつくココロを必死で隠し通す。
たしかに、自分の未来に絶望するあまり、『自死』を選んでしまった水無月琴世という少女はもういない。だからといって、カノジョの抱えている病が消えたわけではないのだ。
「幸いツッキーの容態は安定している。主治医も奇跡的だと言ってたくらいだ。ロコだって知ってるだろう? もう少しなんだ。ツッキーの病気を退治してくれる特効薬が生まれるまでは」
「その時、あたしたちはもうここにいないのよね……」
「……まあな」
今ここにいる『僕ら』は、今年、一九九六年の三月を過ぎれば消えてしまうのだろう。
「せめて、あと五年、って伝えられたら、どんなにココロ強いか、って思うの」
「……それは無理だよ、ロコ。桃月のこと、忘れたわけじゃないだろ?」
ロコは眉をしかめるようにして口を引き結んで黙り込む。あらかじめわかっていたかいないかは関係ない。ただ、ロコが不用意に発したひと言が、桃月を含めた大勢の記憶を書き換えてしまったことは事実だった。その影響で、この『リトライ世界』には歪みが生じたままだ。
けれども、きっとロコはそんな小難しいことじゃなく、ごくごくストレートに、かつて親友だった少女を傷つけてしまったことを悔いているのだろう。ともに笑い、ともに泣き――。
「こ――こんな……こんなはずじゃなかったんだけどなぁ……。うっ……うううーっ……!」
「……大丈夫だって。うまく行ってる。やれてる。ロコは難しく考えすぎなんだよ――ほら」
突然ロコが声を押し殺して泣きはじめたのには驚いたものの、僕はティッシュの箱を丸ごと渡してやった。しかし、嫌々をするようにロコは首を振る。しかたなく僕は、ロコの頭を自分の肩に引き寄せて、赤ん坊をあやすように背中を、とん、とん、と優しく叩いてやった。
「そんな顔してたら、ハッピーエンドも逃げてっちゃうぜ。ほら、好きなだけ泣いたら笑って」
「あーあ……また、助けられちゃった。ケンタがいてくれて本当によかった。……ありがとね」
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