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第440話 十五の夜(1) at 1996/2/1
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「ほらほら! 早く上がんなさいよ! 何ガラにもなく遠慮なんてしちゃってんの?」
「は、はぁ!? べ、別にしてないし! い、今靴脱ごうとしてるだろ、急かすなよ、ロコ!」
ロコの家の、明るい色の壁紙で彩られたダイニングキッチンからは、いつもと同じ甘く爽やかなフリージアの匂いとともに、砂糖を焦がしたような芳ばしくて甘い匂いがしていた。僕を迎え入れようとするロコの隣にある背の高いテーブルの上には、急いで脱ぎ、丸めて放り投げられたような水玉模様のエプロンがあった。どうやら何か作っていた最中らしい。
「えと……なんか忙しそうなところ時間作ってもらって悪かったな」
「はぁ? ……あー。あははは、忙しくはないってば」
きょとん、としたかと思うと、いきなり弾かれたようにロコは笑い出した。そして、窓のそばにある年季の入ったオーブンの方に視線を投げて、こうこたえる。
「誰もいなくてヒマだしさ。ウチにある材料で焼き菓子でも作ろうかな、ってやってたところ」
「へー。クッキーとか?」
「そ。あとでたっぷり味見させてあ・げ・る」
暖房の効いた室内だからか、冬だというのにロコはカラダのラインがくっきりと浮き出た薄手のスカイブルーのニットに白いショートパンツ姿だ。少し無防備すぎる気もするそんな恰好でなまめかしいポーズをとってウインクをしたものだから、たちまち僕の動悸は激しくなった。
「ちょ――!」
「……あ。なーに? 変な想像してんじゃないのー? あたしが言ってるのはクッキーのこと」
「し――っ! してないってば! ななななんでロコなんかに……」
「はいはい。どーせあたしは『なんか』ですよーだ」
いひひ、とからかうような笑みを浮かべ、ロコは僕のへそ曲がりの口からとっさに飛び出した気持ちとは真逆のセリフを軽くあしらった。今考えている――想像してしまっていることまで見透かされてしまっているようで、情けないやら、恥ずかしいやら、なんとも落ち着かない。
「……で? 何するんだっけ?」
「あのな……。この前コトセから届いたメッセージのハナシだってば」
と、すっかり目的を忘れていたらしいロコのとぼけ顔で僕の頭はクールダウンができた。
「メッセージは三つ――例の絵を完成させないこと、ツッキーに話したり聞かせたりしないこと、コトセを信じるなってこと。いろいろ考えてみたんだけど、僕だけの推理だと偏るからね」
ひとつひとつ、目の前に突き出した右手の指を立てながら僕が言うと、ロコがうなずく。
「例の絵って……ツッキーパパの描いた絵でしょ?」
「正確には『今描いている絵』だよ。まだ完成はしてないはずだから。どこにあるのやら……」
「えっと。この前の――アレの時は、駅の南口の方に行こうとしてたんでしょ?」
「ま、まぁ、そうなんだけどさ……」
一瞬言いよどんだところをみると、ロコなりに気をつかったようだ。
浮かない顔をしているロコに笑顔を見せながら僕はこうこたえる。
「水無月笙氏は、どうやら僕の尾行に気がついていて、逆に僕をおびき寄せたフシがある。だから、絵の置いてある場所が南口方面にあると決めつけてしまうのは、少し安直かもしれない」
「『笙氏』って……。ツッキーパパでしょ?」
「……わからないんだ」
「?」
わかりやすいハテナ顔をしているロコに笑い返してやろうとしたが――それは難しかった。
「たったひとりきりの家族でもある最愛の娘の敵になんてなるはずがない、僕だってそう思ってるし、わかってる。……でもね? あの人には謎が多すぎるよ。特にカレが描く絵にはね」
「もしかして……ツッキーパパまで『リトライ者』だ、って言いたいの?」
「それは……ないと思う。僕が目の前でスマホを取り出しても、眉ひとつ動かさなかったし」
「はぁ? なにそれ?」
「合宿の時、僕がスマホを取り出したら、必死で見えないフリしてたヤツに言われたくないね」
「………………誰のことかしら?」
「さーぁ? 誰だろーなー? ……おいやめろ僕がくすぐりに弱いの知ってるだろ馬鹿よせ!」
「は、はぁ!? べ、別にしてないし! い、今靴脱ごうとしてるだろ、急かすなよ、ロコ!」
ロコの家の、明るい色の壁紙で彩られたダイニングキッチンからは、いつもと同じ甘く爽やかなフリージアの匂いとともに、砂糖を焦がしたような芳ばしくて甘い匂いがしていた。僕を迎え入れようとするロコの隣にある背の高いテーブルの上には、急いで脱ぎ、丸めて放り投げられたような水玉模様のエプロンがあった。どうやら何か作っていた最中らしい。
「えと……なんか忙しそうなところ時間作ってもらって悪かったな」
「はぁ? ……あー。あははは、忙しくはないってば」
きょとん、としたかと思うと、いきなり弾かれたようにロコは笑い出した。そして、窓のそばにある年季の入ったオーブンの方に視線を投げて、こうこたえる。
「誰もいなくてヒマだしさ。ウチにある材料で焼き菓子でも作ろうかな、ってやってたところ」
「へー。クッキーとか?」
「そ。あとでたっぷり味見させてあ・げ・る」
暖房の効いた室内だからか、冬だというのにロコはカラダのラインがくっきりと浮き出た薄手のスカイブルーのニットに白いショートパンツ姿だ。少し無防備すぎる気もするそんな恰好でなまめかしいポーズをとってウインクをしたものだから、たちまち僕の動悸は激しくなった。
「ちょ――!」
「……あ。なーに? 変な想像してんじゃないのー? あたしが言ってるのはクッキーのこと」
「し――っ! してないってば! ななななんでロコなんかに……」
「はいはい。どーせあたしは『なんか』ですよーだ」
いひひ、とからかうような笑みを浮かべ、ロコは僕のへそ曲がりの口からとっさに飛び出した気持ちとは真逆のセリフを軽くあしらった。今考えている――想像してしまっていることまで見透かされてしまっているようで、情けないやら、恥ずかしいやら、なんとも落ち着かない。
「……で? 何するんだっけ?」
「あのな……。この前コトセから届いたメッセージのハナシだってば」
と、すっかり目的を忘れていたらしいロコのとぼけ顔で僕の頭はクールダウンができた。
「メッセージは三つ――例の絵を完成させないこと、ツッキーに話したり聞かせたりしないこと、コトセを信じるなってこと。いろいろ考えてみたんだけど、僕だけの推理だと偏るからね」
ひとつひとつ、目の前に突き出した右手の指を立てながら僕が言うと、ロコがうなずく。
「例の絵って……ツッキーパパの描いた絵でしょ?」
「正確には『今描いている絵』だよ。まだ完成はしてないはずだから。どこにあるのやら……」
「えっと。この前の――アレの時は、駅の南口の方に行こうとしてたんでしょ?」
「ま、まぁ、そうなんだけどさ……」
一瞬言いよどんだところをみると、ロコなりに気をつかったようだ。
浮かない顔をしているロコに笑顔を見せながら僕はこうこたえる。
「水無月笙氏は、どうやら僕の尾行に気がついていて、逆に僕をおびき寄せたフシがある。だから、絵の置いてある場所が南口方面にあると決めつけてしまうのは、少し安直かもしれない」
「『笙氏』って……。ツッキーパパでしょ?」
「……わからないんだ」
「?」
わかりやすいハテナ顔をしているロコに笑い返してやろうとしたが――それは難しかった。
「たったひとりきりの家族でもある最愛の娘の敵になんてなるはずがない、僕だってそう思ってるし、わかってる。……でもね? あの人には謎が多すぎるよ。特にカレが描く絵にはね」
「もしかして……ツッキーパパまで『リトライ者』だ、って言いたいの?」
「それは……ないと思う。僕が目の前でスマホを取り出しても、眉ひとつ動かさなかったし」
「はぁ? なにそれ?」
「合宿の時、僕がスマホを取り出したら、必死で見えないフリしてたヤツに言われたくないね」
「………………誰のことかしら?」
「さーぁ? 誰だろーなー? ……おいやめろ僕がくすぐりに弱いの知ってるだろ馬鹿よせ!」
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