516 / 539
第514話 ネゴシエーション at 1996/3/19
しおりを挟む
「やあ……。ようこそ、いらっしゃい。昨日はすまなかったね」
まるで僕の訪問を予期していたかのように目の前の鉄製のドアが開き、迎え入れるように手を広げている水無月笙氏――つまりはツッキーパパだ――の姿が見えた。口元には笑みが浮く。
僕は視線を外すことなく頭を下げると、笑顔にはこたえずに、硬い表情を崩さずに尋ねた。
「いえ。……お邪魔してもいいですか?」
「イヤだ――と言っても、素直に帰る気はないんだろう? ん?」
「ええ」
「じゃあ、仕方ないね。遠慮なく上がったらどうだい、みんなのリーダー・古ノ森健太君?」
僕はあらためて一礼すると、スニーカーを脱いでキッチンの床へ、そろり、と足を降ろした。
昨日の月曜日、『電算論理研究部』の部室で恒例のテストの振り返りと復習をすませたあと、まだそれぞれ用事があるというみんなより先に、僕はひとり水無月家を訪問したのだった。
しかし、それすらも予定されていたかのように、辿りついた先のドアには『明日、また』と書いた貼り紙があった。もしかすると別の目的で、とも思いかけたが、僕宛だったようだ。
「さあ、奥に入ってくれ。飲み物は何がいいかな? また『オレンジジュース』にするかい?」
「いえ――いりません」
戸棚からグラスを取り出そうとするポーズのまま、ツッキーパパの動きが止まった。後ろ姿なのに、あたかも逆に凝視されているような圧力さえ感じる背中だ。
「――ツッキーが帰ってくる前にハナシをすませたいんです。お互いにその方がいいでしょう」
「ふぅん」
ゆるくウェーブのかかった前髪をうっとうしそうに首のひと振りではねのけると、束ねてポニーテールにした濃栗色の髪を揺らしながら、手にしたグラスを少しずつ回転させる。そこに映る光と、まっすぐ見つめる僕へ交互に視線を向けながら、ツッキーパパはため息をついた。
「……忘れたワケじゃないよね、古ノ森君? 僕はあの時伝えたはずだよ? 『誰にも邪魔させるわけにはいかない、誰かに気づかれては意味がない』と。まさか、忘れちゃいないよね?」
「僕は……僕らは、邪魔をするつもりなんて――!」
「つもりがなくてもだよッッ!!」
ビリビリッ――僕の弱々しい弁護は、ツッキーパパの悲痛なまでの叫びに打ち消されてしまう。窓ガラスが震え、今にも手の中のグラスが粉々に砕け散りそうなまでのその叫び。
「くそっ!! どう説明したらいい!? どう説明したら理解してくれるんだ!?」
たんっ!
ついにグラスは、テーブルの上に叩きつけられた衝撃で、ぴき、とひびが生じた。
「僕がどれだけの苦しみと失望と味わってきたか、君にわかるのか!? いいや、違う。その苦しみは、琴ちゃんのそれの半分にすら届かない! 僕が代われるものならとっくにしてる!」
まるで、荒れ狂う嵐だ。
髪を振り乱し、とめどなく流れる涙を拭こうともせず、前衛舞踊のダンサーのように大胆で気まぐれなステップを踏み、舞い、回転するその姿は、滑稽なようでいて、やはり悲しかった。
それでも――僕は言わなければならない。
「あの絵はどこにあるんですか? あれは……あの絵は完成させてはいけないモノなんです」
その直後、
「どこで知ったッッッ!!」
「ぐっ!?」
まばたきよりも素早く狡猾に、彼の細い腕でつかみ上げられた僕のカラダが宙に浮く。このカラダのどこにこんなチカラが――いや、そんな余裕なんてない。急がねば僕はこのまま――。
ガチャリ――ドアの開く音と、聞き慣れた声が。
「ああ、やめて、パパ。お願いよ、このあたし――コトセからのお願いをどうか聞いて――!」
まるで僕の訪問を予期していたかのように目の前の鉄製のドアが開き、迎え入れるように手を広げている水無月笙氏――つまりはツッキーパパだ――の姿が見えた。口元には笑みが浮く。
僕は視線を外すことなく頭を下げると、笑顔にはこたえずに、硬い表情を崩さずに尋ねた。
「いえ。……お邪魔してもいいですか?」
「イヤだ――と言っても、素直に帰る気はないんだろう? ん?」
「ええ」
「じゃあ、仕方ないね。遠慮なく上がったらどうだい、みんなのリーダー・古ノ森健太君?」
僕はあらためて一礼すると、スニーカーを脱いでキッチンの床へ、そろり、と足を降ろした。
昨日の月曜日、『電算論理研究部』の部室で恒例のテストの振り返りと復習をすませたあと、まだそれぞれ用事があるというみんなより先に、僕はひとり水無月家を訪問したのだった。
しかし、それすらも予定されていたかのように、辿りついた先のドアには『明日、また』と書いた貼り紙があった。もしかすると別の目的で、とも思いかけたが、僕宛だったようだ。
「さあ、奥に入ってくれ。飲み物は何がいいかな? また『オレンジジュース』にするかい?」
「いえ――いりません」
戸棚からグラスを取り出そうとするポーズのまま、ツッキーパパの動きが止まった。後ろ姿なのに、あたかも逆に凝視されているような圧力さえ感じる背中だ。
「――ツッキーが帰ってくる前にハナシをすませたいんです。お互いにその方がいいでしょう」
「ふぅん」
ゆるくウェーブのかかった前髪をうっとうしそうに首のひと振りではねのけると、束ねてポニーテールにした濃栗色の髪を揺らしながら、手にしたグラスを少しずつ回転させる。そこに映る光と、まっすぐ見つめる僕へ交互に視線を向けながら、ツッキーパパはため息をついた。
「……忘れたワケじゃないよね、古ノ森君? 僕はあの時伝えたはずだよ? 『誰にも邪魔させるわけにはいかない、誰かに気づかれては意味がない』と。まさか、忘れちゃいないよね?」
「僕は……僕らは、邪魔をするつもりなんて――!」
「つもりがなくてもだよッッ!!」
ビリビリッ――僕の弱々しい弁護は、ツッキーパパの悲痛なまでの叫びに打ち消されてしまう。窓ガラスが震え、今にも手の中のグラスが粉々に砕け散りそうなまでのその叫び。
「くそっ!! どう説明したらいい!? どう説明したら理解してくれるんだ!?」
たんっ!
ついにグラスは、テーブルの上に叩きつけられた衝撃で、ぴき、とひびが生じた。
「僕がどれだけの苦しみと失望と味わってきたか、君にわかるのか!? いいや、違う。その苦しみは、琴ちゃんのそれの半分にすら届かない! 僕が代われるものならとっくにしてる!」
まるで、荒れ狂う嵐だ。
髪を振り乱し、とめどなく流れる涙を拭こうともせず、前衛舞踊のダンサーのように大胆で気まぐれなステップを踏み、舞い、回転するその姿は、滑稽なようでいて、やはり悲しかった。
それでも――僕は言わなければならない。
「あの絵はどこにあるんですか? あれは……あの絵は完成させてはいけないモノなんです」
その直後、
「どこで知ったッッッ!!」
「ぐっ!?」
まばたきよりも素早く狡猾に、彼の細い腕でつかみ上げられた僕のカラダが宙に浮く。このカラダのどこにこんなチカラが――いや、そんな余裕なんてない。急がねば僕はこのまま――。
ガチャリ――ドアの開く音と、聞き慣れた声が。
「ああ、やめて、パパ。お願いよ、このあたし――コトセからのお願いをどうか聞いて――!」
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
【完結】年収三百万円台のアラサー社畜と総資産三億円以上の仮想通貨「億り人」JKが湾岸タワーマンションで同棲したら
瀬々良木 清
ライト文芸
主人公・宮本剛は、都内で働くごく普通の営業系サラリーマン。いわゆる社畜。
タワーマンションの聖地・豊洲にあるオフィスへ通勤しながらも、自分の給料では絶対に買えない高級マンションたちを見上げながら、夢のない毎日を送っていた。
しかしある日、会社の近所で苦しそうにうずくまる女子高生・常磐理瀬と出会う。理瀬は女子高生ながら仮想通貨への投資で『億り人』となった天才少女だった。
剛の何百倍もの資産を持ち、しかし心はまだ未完成な女子高生である理瀬と、日に日に心が枯れてゆくと感じるアラサー社畜剛が織りなす、ちぐはぐなラブコメディ。
お兄ちゃんはお兄ちゃんだけど、お兄ちゃんなのにお兄ちゃんじゃない!?
すずなり。
恋愛
幼いころ、母に施設に預けられた鈴(すず)。
お母さん「病気を治して迎えにくるから待ってて?」
その母は・・迎えにくることは無かった。
代わりに迎えに来た『父』と『兄』。
私の引き取り先は『本当の家』だった。
お父さん「鈴の家だよ?」
鈴「私・・一緒に暮らしていいんでしょうか・・。」
新しい家で始まる生活。
でも私は・・・お母さんの病気の遺伝子を受け継いでる・・・。
鈴「うぁ・・・・。」
兄「鈴!?」
倒れることが多くなっていく日々・・・。
そんな中でも『恋』は私の都合なんて考えてくれない。
『もう・・妹にみれない・・・。』
『お兄ちゃん・・・。』
「お前のこと、施設にいたころから好きだった・・・!」
「ーーーーっ!」
※本編には病名や治療法、薬などいろいろ出てきますが、全て想像の世界のお話です。現実世界とは一切関係ありません。
※コメントや感想などは受け付けることはできません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
※孤児、脱字などチェックはしてますが漏れもあります。ご容赦ください。
※表現不足なども重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけたら幸いです。(それはもう『へぇー・・』ぐらいに。)
クラスメイトの王子様系女子をナンパから助けたら。
桜庭かなめ
恋愛
高校2年生の白石洋平のクラスには、藤原千弦という女子生徒がいる。千弦は美人でスタイルが良く、凛々しく落ち着いた雰囲気もあるため「王子様」と言われて人気が高い。千弦とは教室で挨拶したり、バイト先で接客したりする程度の関わりだった。
とある日の放課後。バイトから帰る洋平は、駅前で男2人にナンパされている千弦を見つける。普段は落ち着いている千弦が脚を震わせていることに気付き、洋平は千弦をナンパから助けた。そのときに洋平に見せた笑顔は普段みんなに見せる美しいものではなく、とても可愛らしいものだった。
ナンパから助けたことをきっかけに、洋平は千弦との関わりが増えていく。
お礼にと放課後にアイスを食べたり、昼休みに一緒にお昼ご飯を食べたり、お互いの家に遊びに行ったり。クラスメイトの王子様系女子との温かくて甘い青春ラブコメディ!
※特別編4が完結しました!(2026.2.22)
※小説家になろうとカクヨムでも公開しています。
※お気に入り登録、いいね、感想などお待ちしております。
『専属メイド全員が重すぎる愛で迫ってくる!~大学生の僕、11人?の美女に24時間甘やかされ尽くす生活~』
まさき
青春
僕は、ちょっと普通じゃない日常を送ることになった――それは、専属メイドが全員僕のことを溺愛してくれる暮らしだ。
朝は髪を整えてくれるリナ、朝食で笑顔を見せてくれるミユ、どの瞬間も全力で僕を甘やかす。掃除、料理、悩み相談まで、僕のためだけに動くメイドたち。
「ご主人様の笑顔が見たいんです」
その一言で、僕の毎日はちょっとドキドキ、ちょっと幸せ。
全員が僕を独占したいと競い合う日常の中、僕はどうやってこの溺愛地獄(?)を生き抜けばいいのか――!?
甘々、至れり尽くせりの日常ラブコメ、開幕。
「作品への感想代わりの『いいね❤️』や『エール📣』、心よりお待ちしております。」
「【応援のお願い】『いいね❤️』や『エール📣』をいただけると、作者のモチベーションが爆上がりします!」
「最後までお読みいただきありがとうございます。温かい『いいね❤️』が更新の支えです。」
むっつり金持ち高校生、巨乳美少女たちに囲まれて学園ハーレム
ピコサイクス
青春
顔は普通、性格も地味。
けれど実は金持ちな高校一年生――俺、朝倉健斗。
学校では埋もれキャラのはずなのに、なぜか周りは巨乳美女ばかり!?
大学生の家庭教師、年上メイド、同級生ギャルに清楚系美少女……。
真面目な御曹司を演じつつ、内心はむっつりスケベ。
陰キャの俺が学園のアイドルがびしょびしょに濡れているのを見てしまった件
暁ノ鳥
キャラ文芸
陰キャの俺は見てしまった。雨の日、校舎裏で制服を濡らし恍惚とする学園アイドルの姿を。「見ちゃったのね」――その日から俺は彼女の“秘密の共犯者”に!? 特殊な性癖を持つ彼女の無茶な「実験」に振り回され、身も心も支配される日々の始まり。二人の禁断の関係の行方は?。二人の禁断の関係が今、始まる!
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗@オートスキル第1巻発売中
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる