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戦場の少年少女

2、汚れた手

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 専用機を見たのち、約束通りセントラル博物館に寄った。エデンのルールとして晩御飯はみんなで食べるというものがあり、それに間に合うようマムからは18時までに施設に着いているように言われていた。しかし、実際に着いた時間は18時を少し過ぎており、博物館にいたフィリアの表情からしてもどうやらよっぽど楽しめたようである。セントラル博物館は、アメリカ自然史博物館や国立科学博物館など、マルエクシスの元となる主要国家である日本とアメリカにかつて存在した博物館に展示されていた資料を多く展示しており、現在地上に存在する博物館の中で資料数は最多である。時間ギリギリまでいたとはいえ、その施設サイズからまだ半分も展示物を見れていない状態である。
 現在、最大の博物館はEUIWが管理しているものであり、かつて最大級を誇った旧大英博物館等の資料を多く展示しており、その資料数の多さから博物・美術館専用スペースコロニーにおいて展示されている。
 どうやらそちらの博物館にもフィリアは行きたいようであるが、現在の状況と立場からして無理であろう事は本人も気づいているはずである。
 争いが終わるまで、決して完全なる自由は訪れはしないだろう。

 夕食を取り終えた後、寝る支度を整えベッドに入る。窓から差し込む月明りがほんのりと顔を照らす。ふと、バングル型デバイスが振動する。ディスプレイにはフィリアの文字があった。画面をタップすると、ホログラムが立ち上がりフィリアの顔が映し出される。

「どうした?」
「緊張して全然寝れなくて。ソラは緊張しないの?」
「緊張はしてるけど。……言ってみれば俺たちは明日のために生かされてきたといっても過言じゃないだろ? エデンにいる奴は全員貧困層出身なんだ。もし、ここに預けられてなかったら、俺たちは、…。」

 俺たちはどうなっていただろう。家庭を支えるために、子供ながら働いていたのだろうか。それともすでに死んでいたのだろうか。ソラは己のもしもの姿を思い描く。たまたまソラがエデンのメンバーに選出されただけで、今でも貧困層の子供たちは存在する。
 俺たちはただ運がよかっただけなのだと、ソラはよく思う。エデンに所属してから、国管轄ということもあり裕福な環境で過ごしてきた。死んでいたかもしれないという"もしも"を避け。
 だからこそ、戦場に向かわねばならないのも、死という恐怖が付きまとうのも、今まで裕福に暮らしてきた対価なのだ。
 静寂が訪れ、それを気にしたフィリアの声が耳に反響する。

「ごめん。少しぼっとしてた」
「ほんとに緊張していないって感じだね。」

 フィリアがほほ笑む。ほんの少し、緊張が解けたようだった。

「笑えるなら、明日はきっと大丈夫だろ」
「そうだね。でも、明日そんな感じでぼうっとしてちゃだめだよ」
「わかってるよ」


 そのあとも、少し話を続けた。今日見た専用機の話とか、博物館の話とか。フィリアがする話はほとんど博物館のことだったけれど。フィリアが楽しそうに話すのを聞くのは好きだ。勉強にもなるし、楽しそうにしているのを見ると、聞く側も楽しい気分になる。
 少し時間が経ち、月の光が窓枠で遮られ始める。ふと、あの時思ったことを口にする。

「俺たちの存在理由は、きっと明日の、いや戦場で戦うそのためだけにあるんだろうな」

 返事はない。ただ、スースーと規則的な寝息が聞こえてくる。ディスプレイをタップし、通話を切る。
 そっと目を閉じた。
 世界が、暗闇に覆われる。

   ◇   ◇   ◇

 作戦当日。
 作戦開始が迫っていることもあり、色々なところから声や機械音が聞こえてくる。
 パイロットスーツに着替え終わったソラは、デコードの真下へ歩を進める。

「お待たせ~。見てこれ、いつもと違う白のスーツ」

 そう言ってフィリアはその場でくるりと回る。シミュレーションで使用しているパイロットスーツとは違うスタイリッシュな形状で、各部に赤いラインがあしらわれている。対してソラのパイロットスーツは黒く、所々に鮮緑色があしらわれている。フィリアがレヴァテイン、ソラがヴィソフニルのカラーに対応する様なカラーになっていた。
 頭部、背部にかけ生命維持システムが、後頭部にはSDFAシステム装備されているため、多少隆起する様な形になっている。SDFAシステムは直接機体と接続される為、接続時にヘルメット後部が展開し接続ジョイントが飛び出す様になっている。腕部にはタッチパネルが搭載されており、ソラが腕につけているデバイス同様ホログラムが立ち上がったり、簡易的にデコードを動かすことも可能である。
 その後、作戦の最終確認をされたのち出撃態勢に移行した。
 デコードコクピットへの登場のために作業用ゴンドラに乗る。少しずつ上昇し、コクピットが近づいてくる。改めてそのサイズに興奮を覚える。
 ガクンという衝撃と共にゴンドラが停止する。ゴンドラのバリケードが展開後、足場となりデコードのコクピットへとつながる。シ
 ヘルメットに投影されたアナウンスに従いデコードに搭乗し、システムを操作するとコクピットのハッチが閉じられる。世界から光が締め出される。

『パイロットの搭乗を確認しました。これより生体認証に移行します』

 そうアナウンスが流れると、席の中央部にある少し盛り上がったところが光る。横に二つのラインが走り、穏やかに明滅している。

『パイロットスーツにて認識した指紋を投影します。席中央部に指を置きしばらくお待ちください』

 指を置くと線状の光が上下に数回移動する。

『認証完了。次に網膜認証を行います。目を開けたままお待ちください』

 次にそうアナウンスされる。網膜はヘルメット内に搭載されたカメラが認識し、デコードに送信するシステムを取っている。今回は特に光ったりはせず、認証作業が終了する。

『最後に声紋認証を行います』

 いよいよその時がやってきた。今朝の朝食時、デコードの起動時に求められる認証作業において軽く説明を受けた。その最後に、声紋認証というものがあった。人々の声はそれぞれ独自の周波数があり、その差異によって認証を行うというものである。そして、マムから次のセリフで認証を行うように言われたのだ。そして、ソラにとって小さな憧れでもあったセリフ。

「デコード、レヴァテイン起動!」
『パイロット:ソラ・アダム。認証完了しました。デコード起動します』

 メインカメラ部分が発光し、デコードが起動する。センター・サイドパネルの電源がついたことにより、コクピットは光に包まれる。目が慣れてくると、カメラから取り込まれた外部の映像がセンターパネルに映し出されているのに気づく。目の前には、向き合うように格納されているフィリアの搭乗するヴィソフニルの姿が見える。
 『SDFAシステム起動します』というアナウンスとともに、ヘルメットが展開されデコードと接続される。

「どうやら、二人とも無事起動できたようね」

 センターパネルにマムの顔が映し出される。どうやら作戦指揮室からの通信であるようで、背後にはデバイスを前に作業を行う人々が映っていた。

「機体が外に運ばれて拘束具が解除されたら、さっきも軽く説明した通り、作戦開始よ。作戦開始後は国軍の支持道理に。緊急時以外、私から支持することはないわ。自分の意思に従って判断しなさい。それをあなたたちができることは、私が一番知っているから、自分を信じて。これより作戦を開始する。」

 マムがそういうと、下向きにGがかかり勢いよく上昇していることがわかる。保管庫からレーンが直接外につながっており、上昇し終わると、胸、腕、脚の拘束具が解除される。
 操縦桿を握りしめる。
 ゆっくりと息を吐く。
 前方には国軍の量産機がすでに配備されており、準備はすでに済んでいるようだった。

 作戦が始まる。

   ◇   ◇   ◇

 作戦は特に滞りなく遂行されていた。しかし、予想されていた通り、目的地まであと三分の一といったところで、先頭を飛行する第5小隊の隊長機に熱反応が確認された。

「敵機確認。これより戦闘へ移行。」

 センターパネルにVoiceOnlyという表示がされ、第5小隊長から合図がなされる。
 カーゴを護送していた第8小隊から数名、カーゴから離れるのを確認したのち、ソラとフィリアも戦闘に参加する。操縦桿を押し込み加速。
 敵は2小隊、1人2機以上を相手取ることとなる。

「行くぞ、フィリア」
「うん」

 フィリアとソラは第5小隊の下に潜り、加速する。目視で認識できる距離になると、小隊長を対象軸として左右に広がる。
 敵からすれば孤立した個体から撃破していくのが的確かつ安全だろう。しかし、2人の動きから何か特別な策か何かがあることは明らかである。そして、正面小隊はすでに知っているであろう通常小隊。この時点で敵小隊は選択に迫られる。
 小隊は三つに分かれ、正面には味方小隊ほどの人数を、そして左右にはそれぞれ3名。小隊は同程度の人数で対応し、未知の脅威には有利になるであろう人数差で対応する。当然の判断と言っていい。だがそれが通用するのは脅威だと感じた相手が自分の想定内であった時だけである。
 メインモニターが敵に照準を合わせる。腰に装備された剣を抜き、八相の構えに似た体勢のまま加速する。特別機の中でもレヴァテインとヴィソフニルの機動力はほかの機体と一線を画す。まして、量産機が易々と対応できるものではない。
 加速したレヴァテインは止まることなく敵機に突っ込んでいく。

「まずは一機」

 そう言うと、勢いそのままに剣が敵機の胸部に突き刺さる。貫通した剣がわずかに赤く濡れていた。
 剣を払うとがらくたと化した機体が地に吸い込まれるように落下し始めるが、半分ほど落ちたあたりで爆散する。
 急いでメインモニターを確認するも敵機の姿はない。

「後ろか」

 右回転しながら剣を薙ぐと、剣先が敵機の腰部にわずかに当たる。そしてもう一機はさらに後ろにおり、ソラに向かって銃を構えていた。いくら高性能とは言え、背中を撃ち抜かれたら終わりだ。

「クソ」

 ソラは静かに吐き捨てると、二機から距離を取るために一気に上昇する。リード射撃をしようにも、この短時間でレヴァテインの速度に慣れることができるとは思えない。
 案の定狙った弾丸はかすりもせず足元を通過していった。
 ある程度の高度になり距離を確保すると、敵機の方を振り向く。逆光でレヴァテインは影に覆われるも、目の部分だけが深紅に光り、二機を見下ろしていた。
 レヴァテインは剣しか装備しておらず、少しでも距離を取って遠距離で対応したほうが安全だと判断したのか、相手がソラに近づくことはなかった。二機ともマシンガンを構えまともに狙いもせずに乱射し始める。
 蛇に睨まれた蛙だ。圧倒的恐怖を抱いた人間は判断能力が鈍くなる。その行動に合理性などない。ただ生き残るための最後の、本能的判断であろう。
 『クソがああああああああぁぁぁ』と敵機のパイロットは叫ぶも、チャネルが繋がっていないソラに決して聞こえはしない。ソラにとっては、ただ作戦を遂行するまでの小さな障害にすぎないのだから。
 剣を構え、大きな弧を描きながら敵機に近づいてゆく。狙いを定めず放たれた弾丸は、脚部を僅かに掠めるも傷をつけるまではいかなかった。
 その勢いのまま剣を振り抜くと、一機の頭部が吹き飛んで行く。多くのデコードは操作性の考慮により人型で、頭部にメインカメラが埋め込まれている。そして、メインカメラの予備として胸部にカメラは埋め込まれている。だが、それは予備であり、胸部カメラをメインに訓練することは少なく、胸部予備カメラへ移行した際に慣れるまで時間がかかるのも事実である。多くの量産機が銃器を装備した遠距離型であり、各部位が切断されるという状況をあまり考慮されてない結果でもある。恐怖対象に勢いよく目の前に突撃し、すぐさま対応できるものなどでは、ない。
 数秒間動かなくなった機体の肩部アーマーを掴み、もう一機から撃たれる弾丸への盾にしながら、回転し遠心力を活かして敵機に向かってぶん投げる。
 勢いよくぶつかり、けたたましい金属音がする。ぶつかった衝撃で銃を下げられ、真下に向かって銃を乱射していた。
 剣をゆっくりと肩の高さまで上げ、構える。
 気にしてはいなかったが、メインモニターの敵機をロックオンした枠の側に、その敵機の名称などが表示されていた。ケルトJ0-12、ケルトK0-8と表記されており、どうやら二機は似ているものの、多少なりとも違うようだった。どちらにしろ、ソラにとっては既に関係のない事だったけれど。
 操縦桿を押し込み、加速する。
 剣が風を切り裂き、やがて、その剣は敵機へと至る。
 心臓部であり頭脳を貫かれた二機は、機能を失い、ゆっくりと落ちてゆく、堕ちてゆく。

「終わった…」

 フィリアの方はどうなったかが気になり振り向くと、どうやら苦戦しているようだった。

「何やってんだ、あいつ」

 急いでフィリアのいる方に向き直り最大出力で加速する。本来この程度の敵に苦戦する訳がない。シミュレーションではこのレベルはとうに終え、中隊・大隊隊長レベルまでなら容易に対応できるはずだ。機体に異常があったと考えるのが一番妥当か…思考を巡らせながら、急いでフィリアに近づく。
 その勢いを利用し、飛び蹴りの姿勢で敵の一機に突撃する。ガクン、と脳が揺さぶられる。安全を考慮されたのシミュレーション装置では体験できない衝撃だった。

「おい、フィリア!」

 ソラは蹴りを入れた敵を相手取りながら急いでチャネルを繋げる。

「こんな奴になんで梃子摺てこずってんだ。近距離の奴にマシンガンなんか使うな、そんなの初めに習う事だぞ。短剣装備してるだろ!」

 ソラは怒り気味に捲し立てる。
 フィリアが相手取っていたグループはどうやら全ての機体に剣を装備しているようだ。3グループに分かれる直前、フィリアが銃、ソラが剣をメインの武器と判断した様で、ソラに相対した分隊は、そもそもの機体性能を見誤っておりすぐに壊滅したが、フィリアの方に向かった分隊は拮抗しているようだった。
 だが、なぜ拮抗しているのか。ソラに相対した分隊よりも、こちらの方が戦闘能力的に勝っているのか。否。同じ小隊内に多少の実力差はあれど、これほどまで実力がかけ離れることはない。つまり、原因はフィリア自身にあると考えざるを得ない。
 この程度の敵と同等の戦いを繰り広げていることが、ソラを怒らせている訳ではない。その理由は、ここが戦場であるということだ。これはゲームではない。シミュレーションのように、負けたら次の作戦・訓練があるわけもない。いくら特別機とはいえ、機体胸部、コクピットのある部位を貫かれたら終わりなのだ。戦場に出る以上、死と向き合わざるを得ない。戦時用に向かう誰もが、きっと覚悟を決めて、戦いそして時に死んでいく。
 フィリアを除いては。

「そんなこと、わかってる……わかってる、けど」

 フィリアは言葉に詰まりながら、サブマシンガンを肩部アーマーに戻し、サイドスカートに装備されてる短剣を抜く。
 なぜ、わざわざ、敵が有利になるように戦闘に臨んだのか。それがどんな理由であろうと、ソラは18年共に過ごしてきた家族と呼べる仲間を、死なせるわけにはいかなかった。死なせたくなかった。
 一方、ソラは蹴りを入れた相手の足に自機の足を絡ませ、向き合うように固定する。左腕マニピュレーターで敵機の首を絞めながら、右腕で敵機の腕をつかみ可動域の逆側へと捻じ曲げる。金属のきしむ音がする。ある一定の角度まで達すると抵抗がなくなり、ぶらんと垂れる。手からするっと落ちていく敵機の装備していた短剣をつかみ、絡めていた足をほどく。わずかにできた隙間に短剣をねじ込み、腹部に突き立てる。首を突き放しながら、剣を抜刀し、その勢いのまま切り伏せる。
 どうやら、フィリアも短剣で相手を圧しているようだった。

「本当は、殺したくなんか……」

 かすかにそう聞こえると、フィリアは加速し相手の懐に入ると、短剣を敵機コクピットに突き刺した。
 その後、未だ戦闘中だった小隊に援護に向った。小隊の数機が損傷したものの、パイロットに被害はなくカーゴを届け、無事作戦は終了した。

   ◇   ◇   ◇

 作戦終了後、ソラはパイロットスーツを脱ぎ休憩室に向かった。
 長椅子に腰掛け、ゆっくりと顔を上げる。目線の先には窓があり、デコードの顔部が見えるようになっていた。
 だが作戦が終わり、デコードが拘束具に固定されても、フィリアがコクピットから出てくることはなかった。

「お疲れ様です、兄さん」

 ふと声がかけられ声がした方を向くと、ティアが飲み物を持ってきてくれていた。カッパーブラウンの髪と、茶色の瞳が特徴的で、ソラより少しばかり背の低い少年。
 本当の兄弟ではないが、いつしかエデンの子供たちは年が上のものを兄や姉と呼んで慕うようになっていた。ソラとフィリアの一つ下のエマとティアは特に、2人を慕っており尊敬している。今日も2人を出迎えにきたのだろう。
 スポーツドリンクを長椅子に置きながら、ソラの横に座る。

「姉さん、どうしたんでしょう?」

 左手にはもう一本のスポーツドリンクが握られていた。フィリアの分であろう。本来ここにいるはずの彼女の姿が見えないのだから当然の疑問だった。ヴィソフニルの機体の方を見る。既に停止した機体に光は宿っておらず、屋根に設置されているライトによって影を落としていた。

「まだ、俺にもわからん。銭湯の前までは、少し緊張した感じはしたけれど普段とそんなに変わらなかった。ただ、俺がフィリアの援護に向かった時から、なんかおかしかったんだ。泣きそう、だったのか、わからないけど」

 フィリアと18年も一緒に過ごしてきて、改めて知らないことばっかりだと思い知らされる。
 あの時、もう少し優しく声をかけるべきだったとか、そんなことばかりが脳裏に浮かんでは消えてゆく。

「別に死んだわけじゃない。きっとすぐ戻るさ」

 そう、自分にも言い聞かせる。

「明後日はお前等が作戦に参加する番だろ? 初の実戦だからそんな危険なことはないと思うが、気を抜くなよ」

 何かから目を逸らす様に、視線を上げる。見慣れぬ天井に無機質なライトが煌々と輝いていた。
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