私の邪悪な魔法使いの友人

ロキ

文字の大きさ
14 / 91
シーズン1 魔法使いの塔

第二章 8)懐かしい話し

しおりを挟む
 さて、二人でこの美味しい料理に舌鼓をうっていたとき、ふと思ったことがある。
 こうやって向かい合ってプラーヌスと食事していて、改めてプラーヌスは美しい人間だと思ってしまったのだ。

 それなりに付き合いの長い友人相手に、そんなことを思うなんておかしいと言われそうだけど、一緒に向かい合って食事をしていても、何だか照れ臭くなってくるくらいなのだ。

 プラーヌスを女性だと間違える人間はいないと思うけど、その優美で繊細な顔立ちは明らかに女性的な美しさに属している気がする。
 料理を口元に運ぶ指先も、丁寧で柔らかだ。

 魔法使いのプラーヌスが貴族出身のはずなどないが、どんなに格調高い社交界に出席しても、その美しさと共に、彼の仕草も絶賛されるに違いない。
 こうやって二人だけで食事をするのが何だか勿体ない感じなのである。
 これはもっと多くの人間に見せる値打ちがある。

 「どうしたのさ、シャグラン? 僕の顔に何かついているのか?」

 どうやら私は不自然にチラチラとプラーヌスの顔を見ていたのだろう、彼がスープに口をつけながら怪訝そうな表情で訊いてきた。

 「い、いや、別に何も・・・。それにしてもこのオムレツは美味しいね」

 「ああ、本当に美味しい、このスープもね」

 美味しい料理でワインも進んだのか、時間が経つに連れ、更にプラーヌスは上機嫌になったようだった。
 彼にしては珍しことに懐かしい思い出話しなんかを語り出した。

 絵の勉強をするために、暮らしていた街での話しだ。
 私とプラーヌスはその街で出会い、そこで友好を深めたのだ。
 こうやってほぼ毎晩、酒場で食事をしながら、一緒にお酒を飲んでいた。

 しかしだった。
 彼はそのときのことを話し出したのだけど、彼の話している思い出話しに、私は少しもピンと来るところがなかった。
 何とも申し訳ないことに、まるで心当たりがない話しばかりだ。

 「プラーヌス、悪いけどそれは、別の友人との話しなんじゃないのかな・・・」

 プラーヌスはかなりワインを飲んでいるようだった。
 もうすっかり酔っぱらったのかもしれない。

 「いや、違う、君との話しだよ、間違いなくね。だって僕がこうして心置きなく酒を汲み合わせる相手は君だけなんだから」

 「でも」

 「じゃあ、あの夜の話しは覚えているはずだ。ほら、あれはどこかで起きていた大きな戦争が終結したという日、戦場から帰還してきた兵士たちが我が物顔で、街の酒場を占拠していたことがあったじゃないか。君は一人の若い兵士に言い掛かりをつけられた」

 「え? 僕が?」

 覚えていない、そんな記憶まるでないぞ、プラーヌス。

 「向こうはかなり酔っぱらっていた。それに戦争が終わった解放感なのか、妙にハイテンションで君に話しかけてきたんだ。しかし何か君の発言に気に入らないところがあったのか、突然怒り出して」

 「え? そんなことあったかな・・・」

 「君はその若い兵士に胸倉を掴まれ、今にも殴られそうになった。相手は屈強な大男だ。しかも周りには彼の仲間の兵士も大勢いた。一方、君はどうして自分がこんな目に遭わなければいけないのか訳もわからず、ただオロオロしているだけ」

 いや、しかしそう言われると、そんなことがあったような気がしてくる。

 「だけどちょっとした奇跡が起こった。今にも、君が殴られようとしたとき、突然、別の兵士が君を指差して言ってきたんだ。『お前、シャグランじゃないのか? 俺だよ俺』」

 「ああ!」

 そう、子供の頃、近所に住んでいた人が、今は兵士になっていて、偶然、その居酒屋に居合わせたのだ! 

 彼は何と、その軍の中隊長を勤めていた。
 その人の仲介で、そのケンカは収まった。私は間一髪、殴られずに済んだ。

 どうしてこんな印象的な出来事を忘れていたのだろうか。
 しかし一度思い出すと、そのときのことが、まざまざと思い出された。
 ガヤガヤとして居酒屋の空気、鼻を突く酒の匂い、今にも殴られそうな寸前、私が感じた恐怖感までも。

 「ああ、あれは本当に驚いた。それからはもう兵士がたむろしている酒場には近寄らないようにしてるけど。あの偶然がなければ、腕の一本か二本は折られていたよね」

 私は少し興奮気味に言う。

 「そうだね」

 「僕が殴られかけているのに、君は知らない振りをして酒を飲んでいたし。もちろん、ちょっとした揉め事で魔法を使わせるのは申し訳ないけど・・・」

 何と言っても、魔法は高級品なのである。
 1回使うごとに宝石が必要だ。
 この程度のことで魔法を使っていたら、いくらあっても宝石が足りなくなる。
 そのときのプラーヌスはまだまだ無名の魔法使いで、今ほど裕福でなかった。

 それにプラーヌスだって腕っぷしは強くない。
 口喧嘩なら誰にも負けないような男だけど、酔っ払いを相手に腕力でねじ伏せる力はないはず。

 だけど少しは私をかばってくれる素振りを見せてくれても良かったはず。
 私は薄情なプラーヌスに、そんな嫌味を言う。

 「いや、君を助けたのは僕だよ。あのとき、魔法を使ったんだ」

 するとプラーヌスは、少しむきになったような表情で言ってきた。

 「え?」

 「あんな偶然、滅多にあるものではないさ。実はあれは僕の魔法だったんだよ」

 「は?」

 私の頭の中に、クエスチョンマークが発生し出す。

 「その男と君は、別に知り合いでもなんでもなかった。僕がその男の記憶を、ちょっといじって、ケンカを収めてやったのさ。こんな偶然あるものなんだなって、君はえらく感動していたから、本当のことを言い出すタイミングを逸してしまったんだけど」

 「ほ、本当かい?」

 「本当さ、あれは魔法が作り出した幻だよ」

 プラーヌスは私の驚いている反応を面白がるように、そう言ってきた。

 た、確かにありえない偶然だった。
 そこは絵画の修行のために移り住んだところ。生まれ故郷から遠く離れた内陸の街。

 そんなところで子供時代の知り合いと会うなんて、そうそうあることではない。
 ましてや、その人が兵士になっていたなんて、更に低い確率。

 「プラーヌス、君という男は! 僕まで騙し続けてどうするつもりなんだよ。今日まで僕はその男に感謝していたのに」

 あれ? 

 しかし僕もその男と知り合いだと思い続けていたということは、プラーヌスは僕にも魔法を掛けていたということか? 

 「すまないね、本当のことを言わずじまいで。まあ、貴重な宝石を使って君を助けてやったんだ。それで相殺してくれ」

 よくわからない。
 どうしてそんな面倒なことをしたんだ? 

 私はその疑問を彼にぶつけようと思ったが、何となく言い出すタイミングを逸してしまった。
 確かに何事にもタイミングというものがあるもので、それを逃すと会話の俎上に乗せにくくなるものかもしれない。

 それにもはや昔の話し。
 今更、事の真相なんてどうでもいい。

 「しかしあの頃は貧しかったけど、毎日が楽しかったものだね。戻れるのなら、今でもあのときに戻りたいくらいさ」

 一方、プラーヌスは少し遠い目をしながらそんなことを言い始めている。「しかしこうやって今は二人で食事をしているんだから、あの時期に戻れたも同然かもしれないけどね。だったらこの幸福で満足しておこうか」

 「別に僕はあの頃と何も変わってないからね。君は今や塔の主だけど、僕はまだまだ駆け出しの肖像画家だよ。どこに戻ってもその事実は変わらないさ」

  何となく気分がすっきりしなかったが、私はそう返答する。

 「いや、君だって絵の腕はかなり上達しただろ? これまで描けなかったものが描けるようになってるはずだ。お互い成長しているんだよ」

 「そうだといいけどね」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

次期国王様の寵愛を受けるいじめられっこの私と没落していくいじめっこの貴族令嬢

さら
恋愛
 名門公爵家の娘・レティシアは、幼い頃から“地味で鈍くさい”と同級生たちに嘲られ、社交界では笑い者にされてきた。中でも、侯爵令嬢セリーヌによる陰湿ないじめは日常茶飯事。誰も彼女を助けず、婚約の話も破談となり、レティシアは「無能な令嬢」として居場所を失っていく。  しかし、そんな彼女に運命の転機が訪れた。  王立学園での舞踏会の夜、次期国王アレクシス殿下が突然、レティシアの手を取り――「君が、私の隣にふさわしい」と告げたのだ。  戸惑う彼女をよそに、殿下は一途な想いを示し続け、やがてレティシアは“王妃教育”を受けながら、自らの力で未来を切り開いていく。いじめられっこだった少女は、人々の声に耳を傾け、改革を導く“知恵ある王妃”へと成長していくのだった。  一方、他人を見下し続けてきたセリーヌは、過去の行いが明るみに出て家の地位を失い、婚約者にも見放されて没落していく――。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

草食系ヴァンパイアはどうしていいのか分からない!!

アキナヌカ
ファンタジー
ある時、ある場所、ある瞬間に、何故だか文字通りの草食系ヴァンパイアが誕生した。 思いつくのは草刈りとか、森林を枯らして開拓とか、それが実は俺の天職なのか!? 生まれてしまったものは仕方がない、俺が何をすればいいのかは分からない! なってしまった草食系とはいえヴァンパイア人生、楽しくいろいろやってみようか!! ◇以前に別名で連載していた『草食系ヴァンパイアは何をしていいのかわからない!!』の再連載となります。この度、完結いたしました!!ありがとうございます!!評価・感想などまだまだおまちしています。ピクシブ、カクヨム、小説家になろうにも投稿しています◇

復讐のための五つの方法

炭田おと
恋愛
 皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。  それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。  グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。  72話で完結です。

幽閉王女と指輪の精霊~嫁いだら幽閉された!餓死する前に脱出したい!~

二階堂吉乃
恋愛
 同盟国へ嫁いだヴァイオレット姫。夫である王太子は初夜に現れなかった。たった1人幽閉される姫。やがて貧しい食事すら届かなくなる。長い幽閉の末、死にかけた彼女を救ったのは、家宝の指輪だった。  1年後。同盟国を訪れたヴァイオレットの従兄が彼女を発見する。忘れられた牢獄には姫のミイラがあった。激怒した従兄は同盟を破棄してしまう。  一方、下町に代書業で身を立てる美少女がいた。ヴィーと名を偽ったヴァイオレットは指輪の精霊と助けあいながら暮らしていた。そこへ元夫?である王太子が視察に来る。彼は下町を案内してくれたヴィーに恋をしてしまう…。

さようなら、たったひとつの

あんど もあ
ファンタジー
メアリは、10年間婚約したディーゴから婚約解消される。 大人しく身を引いたメアリだが、ディーゴは翌日から寝込んでしまい…。

愛する夫が目の前で別の女性と恋に落ちました。

ましゅぺちーの
恋愛
伯爵令嬢のアンジェは公爵家の嫡男であるアランに嫁いだ。 子はなかなかできなかったが、それでも仲の良い夫婦だった。 ――彼女が現れるまでは。 二人が結婚して五年を迎えた記念パーティーでアランは若く美しい令嬢と恋に落ちてしまう。 それからアランは変わり、何かと彼女のことを優先するようになり……

処理中です...