37 / 91
シーズン1 魔法使いの塔
第四章 11)絵描きという職業
しおりを挟む
プラーヌスは食後すぐ、どこかに出ていった。彼にはまだまだやらなければいけない準備があるようだった。
そういうわけで彼が帰ってくるまで時間がぽっかりと空いてしまったので、私はもう一度、この街を散策することにする。
昼前は市場などを回ったが、次は街の反対側、この街のシンボルとも言える大聖堂のほうに向かうことにした。
とはいえ、大聖堂を見るよりも、出来ることならあの少年にもう一度会って、心から謝りたい気分だった。
しかし、もはや彼の居所はわからない。
彼は蝋燭代を失うという不始末を仕出かしたことになっているのだから、しばらく仕事もさせてもらえていないかもしれない。
昨日のように街で行商もしていないであろう。彼が蝋燭を売っていた場所に行ってみても無駄なはずである。そういうわけで、大聖堂でも見学することにしたのである。
大聖堂は本当に巨大で、その鋭く突き立った尖塔部分は、街のどこを歩いていても目について、この街に到着した日からどうにも気になっていた。
せっかくこの街に来たのだから、是非とも見ておきたい建物だった。私はいくらかウキウキした足取りでそこに向かう。
大聖堂の位置は把握出来ていたのだけど、そこまで到着するのは苦労した。
意外と道が入り組んでいて、目的地は見えているのに、そこに通じる道をなかなか発見することが出来なかったのだ。
親切な通行人に教えを請いながら、どうにか目的の大聖堂に到着した。
しかしそれだけ苦労して到着した割には、その大聖堂をを間近に見上げても、それほどの感動を覚えなかった。
確かにそれは素晴らしい建築物である。
堅固な石造りの建物で、至るところに細やかな装飾が施されている。
中央の巨大な尖塔は近くで見てもその迫力は十分で、一際目を引くその豪奢さは凡百の寺院とは違うことを主張していて、私もその主張を受け入れざるを得ない気分にさせられた。
しかし今現在、私はあのプラーヌスの塔に住んでいるのである。
あの壮麗な塔と比べると、この大聖堂と言えど、さして感興を催すほどの建築物ではないのだ。
むしろあのような巨大な塔を所有している男と、この私が友人であるという事実に驚きたくなってきた。
私は大聖堂を前にして、この建物の偉観に打たれるのではなくて、プラーヌスの塔の住人である自分の現状に感動してしまった。
プラーヌスに強引に誘われ、嫌々あの塔に住むことになったわけであるが、私はもっとその事実に喜びを覚えても良いのかもしれない。
もしかしたら私は幸せ者なのではなかろうか? そんな思いすら、ふと心を過ったりする。
大聖堂にそれほど感動はしなかったのだけど、せっかくだからその辺りをウロウロする。
先程から私は、大聖堂の前で絵を描いている中年の男性が気になっていた。
まあ、こう見えても私も一応は絵描きのはしくれである。職業柄こういうとき、どれだけの腕前か気になるものだ。
私は背後からそっと覗きこみ、絵の出来栄えを見てみた。
それほど達者ではなかったので、絵を生業にはしていないようだ。
ちょっと洒落者の貴族か、成功して余裕のある商人が暇潰しに絵筆を持っているだけであろう。
だけどそれを見ていたら私も絵が描きたくて仕方なくなってきた。
塔に来てから、時間にまるで余裕がなくて、全然描くことが出来ないでいる。
仕事が一段落したらプラーヌスに掛け合うかして、何が何でも自分の時間を作ろう。
カバンの中に愛用の絵筆とパレットを押し込んでおいて良かった。時間さえあれば、いつでも描くことは可能なのだ。
まあ、私がこういうことを思うのも、ある意味、覚悟を決め始めているからであろう。
もう簡単にプラーヌスの塔を出ることは出来ないだろうって。
自分の街に帰れば、絵を描く以外やることはないのだから、そんなことプラーヌスの塔に来てまでやるものではないと考えていた。
しかしどうやら塔での生活を、私の日常にしなくてはいけなくなってきた気がするのだ。
プラーヌスと旅をして、その想いは更に強まったかもしれない。
それに今、描きたいものがたくさんある。
あの巨大な塔や、その周りの風景を描きたいし、プラーヌスの肖像画も描きたい。
塔の召使いたちもそれぞれ出自が違うから、顔立ちが皆違う。
考えてみれば、プラーヌスの塔は、私の画家としての嗅覚を刺激してくれるものばかりではないか!
そんなふうに私は妙な興奮に包まれた状態で、更に街を散策していた。
絵を描きたい気持ちになると、見ている風景全てが変貌していくものだ。
これまでの何げなく映っていた日常的な街の風景が、何やら絵画的な風景に変わるのである。
ちょっとした街角にも価値があり、転がっている石ころにも意味が生じて、さして感興を覚えなかった大聖堂すら、この建物をどのように切り取って、自分の作品にしようかなどと考えると、まるで私のために存在しているかのような気になってくる。
さっきまでは旅を終えるのが嫌だったが、今は一刻も早く塔に戻り、絵を描きたくて堪らなくなってきた。
そういうわけで彼が帰ってくるまで時間がぽっかりと空いてしまったので、私はもう一度、この街を散策することにする。
昼前は市場などを回ったが、次は街の反対側、この街のシンボルとも言える大聖堂のほうに向かうことにした。
とはいえ、大聖堂を見るよりも、出来ることならあの少年にもう一度会って、心から謝りたい気分だった。
しかし、もはや彼の居所はわからない。
彼は蝋燭代を失うという不始末を仕出かしたことになっているのだから、しばらく仕事もさせてもらえていないかもしれない。
昨日のように街で行商もしていないであろう。彼が蝋燭を売っていた場所に行ってみても無駄なはずである。そういうわけで、大聖堂でも見学することにしたのである。
大聖堂は本当に巨大で、その鋭く突き立った尖塔部分は、街のどこを歩いていても目について、この街に到着した日からどうにも気になっていた。
せっかくこの街に来たのだから、是非とも見ておきたい建物だった。私はいくらかウキウキした足取りでそこに向かう。
大聖堂の位置は把握出来ていたのだけど、そこまで到着するのは苦労した。
意外と道が入り組んでいて、目的地は見えているのに、そこに通じる道をなかなか発見することが出来なかったのだ。
親切な通行人に教えを請いながら、どうにか目的の大聖堂に到着した。
しかしそれだけ苦労して到着した割には、その大聖堂をを間近に見上げても、それほどの感動を覚えなかった。
確かにそれは素晴らしい建築物である。
堅固な石造りの建物で、至るところに細やかな装飾が施されている。
中央の巨大な尖塔は近くで見てもその迫力は十分で、一際目を引くその豪奢さは凡百の寺院とは違うことを主張していて、私もその主張を受け入れざるを得ない気分にさせられた。
しかし今現在、私はあのプラーヌスの塔に住んでいるのである。
あの壮麗な塔と比べると、この大聖堂と言えど、さして感興を催すほどの建築物ではないのだ。
むしろあのような巨大な塔を所有している男と、この私が友人であるという事実に驚きたくなってきた。
私は大聖堂を前にして、この建物の偉観に打たれるのではなくて、プラーヌスの塔の住人である自分の現状に感動してしまった。
プラーヌスに強引に誘われ、嫌々あの塔に住むことになったわけであるが、私はもっとその事実に喜びを覚えても良いのかもしれない。
もしかしたら私は幸せ者なのではなかろうか? そんな思いすら、ふと心を過ったりする。
大聖堂にそれほど感動はしなかったのだけど、せっかくだからその辺りをウロウロする。
先程から私は、大聖堂の前で絵を描いている中年の男性が気になっていた。
まあ、こう見えても私も一応は絵描きのはしくれである。職業柄こういうとき、どれだけの腕前か気になるものだ。
私は背後からそっと覗きこみ、絵の出来栄えを見てみた。
それほど達者ではなかったので、絵を生業にはしていないようだ。
ちょっと洒落者の貴族か、成功して余裕のある商人が暇潰しに絵筆を持っているだけであろう。
だけどそれを見ていたら私も絵が描きたくて仕方なくなってきた。
塔に来てから、時間にまるで余裕がなくて、全然描くことが出来ないでいる。
仕事が一段落したらプラーヌスに掛け合うかして、何が何でも自分の時間を作ろう。
カバンの中に愛用の絵筆とパレットを押し込んでおいて良かった。時間さえあれば、いつでも描くことは可能なのだ。
まあ、私がこういうことを思うのも、ある意味、覚悟を決め始めているからであろう。
もう簡単にプラーヌスの塔を出ることは出来ないだろうって。
自分の街に帰れば、絵を描く以外やることはないのだから、そんなことプラーヌスの塔に来てまでやるものではないと考えていた。
しかしどうやら塔での生活を、私の日常にしなくてはいけなくなってきた気がするのだ。
プラーヌスと旅をして、その想いは更に強まったかもしれない。
それに今、描きたいものがたくさんある。
あの巨大な塔や、その周りの風景を描きたいし、プラーヌスの肖像画も描きたい。
塔の召使いたちもそれぞれ出自が違うから、顔立ちが皆違う。
考えてみれば、プラーヌスの塔は、私の画家としての嗅覚を刺激してくれるものばかりではないか!
そんなふうに私は妙な興奮に包まれた状態で、更に街を散策していた。
絵を描きたい気持ちになると、見ている風景全てが変貌していくものだ。
これまでの何げなく映っていた日常的な街の風景が、何やら絵画的な風景に変わるのである。
ちょっとした街角にも価値があり、転がっている石ころにも意味が生じて、さして感興を覚えなかった大聖堂すら、この建物をどのように切り取って、自分の作品にしようかなどと考えると、まるで私のために存在しているかのような気になってくる。
さっきまでは旅を終えるのが嫌だったが、今は一刻も早く塔に戻り、絵を描きたくて堪らなくなってきた。
0
あなたにおすすめの小説
次期国王様の寵愛を受けるいじめられっこの私と没落していくいじめっこの貴族令嬢
さら
恋愛
名門公爵家の娘・レティシアは、幼い頃から“地味で鈍くさい”と同級生たちに嘲られ、社交界では笑い者にされてきた。中でも、侯爵令嬢セリーヌによる陰湿ないじめは日常茶飯事。誰も彼女を助けず、婚約の話も破談となり、レティシアは「無能な令嬢」として居場所を失っていく。
しかし、そんな彼女に運命の転機が訪れた。
王立学園での舞踏会の夜、次期国王アレクシス殿下が突然、レティシアの手を取り――「君が、私の隣にふさわしい」と告げたのだ。
戸惑う彼女をよそに、殿下は一途な想いを示し続け、やがてレティシアは“王妃教育”を受けながら、自らの力で未来を切り開いていく。いじめられっこだった少女は、人々の声に耳を傾け、改革を導く“知恵ある王妃”へと成長していくのだった。
一方、他人を見下し続けてきたセリーヌは、過去の行いが明るみに出て家の地位を失い、婚約者にも見放されて没落していく――。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
幽閉王女と指輪の精霊~嫁いだら幽閉された!餓死する前に脱出したい!~
二階堂吉乃
恋愛
同盟国へ嫁いだヴァイオレット姫。夫である王太子は初夜に現れなかった。たった1人幽閉される姫。やがて貧しい食事すら届かなくなる。長い幽閉の末、死にかけた彼女を救ったのは、家宝の指輪だった。
1年後。同盟国を訪れたヴァイオレットの従兄が彼女を発見する。忘れられた牢獄には姫のミイラがあった。激怒した従兄は同盟を破棄してしまう。
一方、下町に代書業で身を立てる美少女がいた。ヴィーと名を偽ったヴァイオレットは指輪の精霊と助けあいながら暮らしていた。そこへ元夫?である王太子が視察に来る。彼は下町を案内してくれたヴィーに恋をしてしまう…。
愛する夫が目の前で別の女性と恋に落ちました。
ましゅぺちーの
恋愛
伯爵令嬢のアンジェは公爵家の嫡男であるアランに嫁いだ。
子はなかなかできなかったが、それでも仲の良い夫婦だった。
――彼女が現れるまでは。
二人が結婚して五年を迎えた記念パーティーでアランは若く美しい令嬢と恋に落ちてしまう。
それからアランは変わり、何かと彼女のことを優先するようになり……
さようならの定型文~身勝手なあなたへ
宵森みなと
恋愛
「好きな女がいる。君とは“白い結婚”を——」
――それは、夢にまで見た結婚式の初夜。
額に誓いのキスを受けた“その夜”、彼はそう言った。
涙すら出なかった。
なぜなら私は、その直前に“前世の記憶”を思い出したから。
……よりによって、元・男の人生を。
夫には白い結婚宣言、恋も砕け、初夜で絶望と救済で、目覚めたのは皮肉にも、“現実”と“前世”の自分だった。
「さようなら」
だって、もう誰かに振り回されるなんて嫌。
慰謝料もらって悠々自適なシングルライフ。
別居、自立して、左団扇の人生送ってみせますわ。
だけど元・夫も、従兄も、世間も――私を放ってはくれないみたい?
「……何それ、私の人生、まだ波乱あるの?」
はい、あります。盛りだくさんで。
元・男、今・女。
“白い結婚からの離縁”から始まる、人生劇場ここに開幕。
-----『白い結婚の行方』シリーズ -----
『白い結婚の行方』の物語が始まる、前のお話です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる