私の邪悪な魔法使いの友人

ロキ

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シーズン1 魔法使いの塔

第四章 13)プラーヌスの複製

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 しかし何だか様子がおかしい。
 私の前を、十数頭の馬が砂埃を上げながら駆けていった。すぐ傍で断末魔の悲鳴が聞こえる。
 何かが耳元を掠めて飛んでいった。
 鳥か何かかと思ったら、矢だった。違う矢だが、私の足元に突き刺さったので、それがわかった。

 私は思わず悲鳴を上げた。
 もつれる足で後退して、出来るだけその場から離れようと努力した。
 だけどそんな私の周りを、人の乗った馬が駆けていく。

 槍を持ち、弓矢を放ち、努号を発している。
 裸馬を巧みに操り、殺気だった表情で駆けていく。

 蛮族だ!
 まさに今、塔は蛮族の襲来に見舞われているようだ。

 何という最悪のタイミングで帰還してしまったことか。私は重い荷物を担ぎながら必死に走って、戦場の只中から退避した。

 幸いなことに蛮族たちは私の存在に見向きもしないで、塔に向かって駆けていくようだ。
 私は安全な場所で一息つきながら塔を見た。
 自分の安全もだけど、プラーヌスのいない塔の安否だって気になる。

 しかしもちろん、プラーヌスはそのための備えはしてあるはずであった。
 実際、塔の前で何者かが塔を守っているのが見えた。その何者かが、押し寄せてくる蛮族たちを次々に撃退している。

 見た目はプラーヌスである。
 いつもの黒のローブをまとい、彼の愛用の長い傘を握っている。
 しかしそれは良く出来た複製だったはず。プラーヌスが旅に出る前に言っていた、中身は魔族だと。

 私は遠くから、その偽のプラーヌスの戦い振りを見守った。
 そいつの戦い方は、本物のプラーヌスの戦い方とまるで違った。
 そのプラーヌスの姿をした魔族は、蛮族に喰らいついたり、素手で殴り飛ばしたりしている。
 完全に戦意を失って地面に伏している蛮族にも、その槍を奪って、刺し殺していく。
 魔法は一切使わない。ただただ突き刺したり、切り裂いたりして、敵を次々と殺していく。

 口は血塗れで、黒いローブは返り血で、もはや別の色に変わっていった。
 いや、返り血だけじゃない。蛮族の弓が背中に刺さっていたり、槍が脇腹を貫通したりしている。

 自ら流した血で汚れてもいるようだ。
 しかしそれでもまるでダメージを負った様子を見せず、ひたすら目の前の動いている敵を殺し回っていた。

 血の匂いと臓物の匂いが、辺り一面にどんよりと漂っていた。
 首や手足だけじゃなく、あらゆる場所に内臓が飛び散っている。
 私がその戦いの様子を見守り始めてから間もなくして、ほとんどの蛮族たちが戦意を喪失して、ただ逃げ惑うだけになっていた。

 しかしその偽のプラーヌスの、蛮族への殺戮は終わらなかった。
 そういえばプラーヌスは言っていた。こいつの中身はかなり残酷だって。
 確かにその通り、プラーヌスの偽物は、戦意を失い、助けを請う敵にも次々と止めを刺していた。
 それだけじゃない、あろうことか蛮族が乗っていた馬にも喰らいついている。

 私はその姿に怯えながらも、ずっとここに突っ立っているのは疲れるし、いつまで待っていてもその殺戮は終わりそうになかったから、意を決し、その魔族の横を素通りして塔の中に入ろうとした。

 かなり距離を取って、こっそり歩いたつもりだったが、その魔族は血塗れの顔を上げて私に声をかけてきた。

 「シャグランだろ? あんた」

 「えっ? ああ、そ、そうだけど」

 私は恐々と振り向き、そう答えた。無視なんかしたら、逆に何をされるかわからないと思ったから。

 「あんたがシャグランじゃなければ、この馬のように喰っていたぞ」

 「はあ、そ、そうかい・・・」

 そう返事しながら、そんなつもりはなかったのだけど、プラーヌスの偽物の顔をまともに見てしまった。
 確かにそのプラーヌスの偽物はプラーヌスによく似ていた。
 顔かたちはそっくりそのままだ。街を歩けばたくさんの女性たちが振り向くあの美男子振り。
 しかし表情がまるで違っていた。
 目は血走っていて、口元はいびつに歪み、鼻孔は大きく広がっていて、そこから荒い鼻息が漏れている。
 顔は瓜二つだけど、ここまで表情が変わっていれば、誰も本物と見間違える者はいない気がする。

 「あんたも馬を喰うか? 生きている馬は美味いぞ」

 喰われている馬はまだ息をしているようで、とても切なそうに私を見ていた。
 助けてやれない自分の無力さから目を逸らして、私は力なく言い返した。

 「い、いらないよ。食事は塔でちゃんと用意してもらうから」

 「そうか、こんなに美味しいのに。プラーヌスはまだか?」

 「も、もうすぐ帰るらしいけど」

 「あんな奴、永遠に帰って来なければいいのにな。こうやって人間の姿を借りて暴れるのも楽しいものだぜ」

 そう言ってプラーヌスの姿をした魔族はケラケラと笑い出した。
 私はどうしていいかわからず、追従笑いのようなのを浮かべながら、さっさと塔の中に駆け入った。
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