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シーズン1 魔法使いの塔
第五章 2)バルザの章2
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バルザは気が動転して、王宮からどうやって自分の屋敷に辿り着いたのか覚えていない。
戦場を駆けるときよりも速く馬を走らせ、街路を歩く通行人たちを乱暴になぎ倒しながら屋敷に戻った。
普段のバルザなら考えられない行動だった。
すれ違う者たちはバルザの慌てた姿に驚き、戸惑っている。
屋敷に辿り着いたバルザは、屋敷の中がまるで墓場のように静まり返っているのを見て、妻が本当にいなくなったことを確信した。
いや、実際に屋敷は静まり返っていたわけではない。
大勢の使用人たちが慌てふためいていたのだから、むしろ普段よりも騒がしかった。
しかし妻の姿がないだけで、屋敷はまるで花が摘まれ、緑の茎だけになってしまったような寂しさを感じる。
しかしバルザは以前にも、このように静まり返った屋敷を体験したことがある。
赤子を身籠っていた妻が、流産した夜のことである。
あのとき彼女は死んだように眠り続けていた。それで屋敷も死んだように静まり続けたのだ。
あのときバルザどうやって妻を慰めればいいのかその術がわからず、ただ自分の無力を呪いながら、庭で剣をふるうだけだった。
もし彼女が本当に拉致されたというなら、今度こそ自分の力で彼女を助けなければならない。
バルザはそう心に誓った。
あのときは何も出来なかったが、もう二度と彼女に悲しい思いを味わいさせたくない。
「いったい何が起きたんだ? 詳しいことを教えるんだ」
バルザは一向に落ち着いた様子を見せない使用人たちを集め、険しい形相で叱り飛ばした。
使用人だけではない。万が一のため、日頃から屋敷を防備させていた自分の部下たちも招集した。
そして彼らから、これまでの詳しい状況を丹念に聞き出した。
しかし使用人たちや部下たちの供述は、食い違う部分があまりに多かった。
ある者は夕暮れ、妻が馬車に押し込まれたのを目撃したと話し、ある者は屋敷の庭に突然大きな穴が開いて、その穴に落ちたのを見た気がすると言い、またある者は屋敷の中で黒いローブをまとった怪しい人影が妻を抱えて飛び立ったと答えた。
更にはバルザ自身が、妻と手を取って屋敷を出たのを見たなどという者もいた。
バルザは話しを聞くにつれて更に混乱に陥った。
「いったい我が妻の身に何が起きたのだ!」
とにかく屋敷の中に妻がいなくなったことは確かで、彼は妻を取り戻さなければならないことは間違いのないことである。
しかしあまりにそれは唐突で、謎が多く、いま一つ実感を伴わないから、まるで悪い夢の中を彷徨っているようであった。
そのとき突然、屋敷中の灯りが全て消えたかと思うと、花や陶器の器などを飾っていた出窓から黒い鴉が侵入してきた。
その黒い鴉は、嘴に咥えていた手紙のようなものを、バルザの足元に放り投げてきた。
しかしその様子も、バルザは夢で見ているかのような気分で眺めていた。
使用人たちはその突然の侵入者の出現に慌てふためき、悪魔の仕業などと口走りながら、逃げ惑っていたが、バルザだけは遠い世界の出来事のようにしか感じられない。
しかし鴉の不吉な黒さを見ながら、ふとバルザは思い出したことがあった。
妻が近頃、不可解なことを口走っていたことを。
何か不吉な黒い影が私に付きまとっていると。
黒い猫、黒い犬、黒い鳥、黒い人間・・・、そんなのが始終私を見ているの。
決して私を一人にしないで。
そうだ! 妻はそんな恐怖を訴えていたんだ。
なぜ私はそれを馬鹿げたことだと笑い、愛する我が妻の心配に耳を傾けなかったのだろうか。
バルザは苦々しい表情を浮かべながら、鴉が咥えてきた紙切れを拾って読んだ。
そこにはこう書かれていた。
妻を返して欲しければ、夜明け前、迎えに来る黒い馬車に乗れ。
ただし必ず一人で来い。
もしその約束を違えば、あなたの妻は狼の餌になる。
戦場を駆けるときよりも速く馬を走らせ、街路を歩く通行人たちを乱暴になぎ倒しながら屋敷に戻った。
普段のバルザなら考えられない行動だった。
すれ違う者たちはバルザの慌てた姿に驚き、戸惑っている。
屋敷に辿り着いたバルザは、屋敷の中がまるで墓場のように静まり返っているのを見て、妻が本当にいなくなったことを確信した。
いや、実際に屋敷は静まり返っていたわけではない。
大勢の使用人たちが慌てふためいていたのだから、むしろ普段よりも騒がしかった。
しかし妻の姿がないだけで、屋敷はまるで花が摘まれ、緑の茎だけになってしまったような寂しさを感じる。
しかしバルザは以前にも、このように静まり返った屋敷を体験したことがある。
赤子を身籠っていた妻が、流産した夜のことである。
あのとき彼女は死んだように眠り続けていた。それで屋敷も死んだように静まり続けたのだ。
あのときバルザどうやって妻を慰めればいいのかその術がわからず、ただ自分の無力を呪いながら、庭で剣をふるうだけだった。
もし彼女が本当に拉致されたというなら、今度こそ自分の力で彼女を助けなければならない。
バルザはそう心に誓った。
あのときは何も出来なかったが、もう二度と彼女に悲しい思いを味わいさせたくない。
「いったい何が起きたんだ? 詳しいことを教えるんだ」
バルザは一向に落ち着いた様子を見せない使用人たちを集め、険しい形相で叱り飛ばした。
使用人だけではない。万が一のため、日頃から屋敷を防備させていた自分の部下たちも招集した。
そして彼らから、これまでの詳しい状況を丹念に聞き出した。
しかし使用人たちや部下たちの供述は、食い違う部分があまりに多かった。
ある者は夕暮れ、妻が馬車に押し込まれたのを目撃したと話し、ある者は屋敷の庭に突然大きな穴が開いて、その穴に落ちたのを見た気がすると言い、またある者は屋敷の中で黒いローブをまとった怪しい人影が妻を抱えて飛び立ったと答えた。
更にはバルザ自身が、妻と手を取って屋敷を出たのを見たなどという者もいた。
バルザは話しを聞くにつれて更に混乱に陥った。
「いったい我が妻の身に何が起きたのだ!」
とにかく屋敷の中に妻がいなくなったことは確かで、彼は妻を取り戻さなければならないことは間違いのないことである。
しかしあまりにそれは唐突で、謎が多く、いま一つ実感を伴わないから、まるで悪い夢の中を彷徨っているようであった。
そのとき突然、屋敷中の灯りが全て消えたかと思うと、花や陶器の器などを飾っていた出窓から黒い鴉が侵入してきた。
その黒い鴉は、嘴に咥えていた手紙のようなものを、バルザの足元に放り投げてきた。
しかしその様子も、バルザは夢で見ているかのような気分で眺めていた。
使用人たちはその突然の侵入者の出現に慌てふためき、悪魔の仕業などと口走りながら、逃げ惑っていたが、バルザだけは遠い世界の出来事のようにしか感じられない。
しかし鴉の不吉な黒さを見ながら、ふとバルザは思い出したことがあった。
妻が近頃、不可解なことを口走っていたことを。
何か不吉な黒い影が私に付きまとっていると。
黒い猫、黒い犬、黒い鳥、黒い人間・・・、そんなのが始終私を見ているの。
決して私を一人にしないで。
そうだ! 妻はそんな恐怖を訴えていたんだ。
なぜ私はそれを馬鹿げたことだと笑い、愛する我が妻の心配に耳を傾けなかったのだろうか。
バルザは苦々しい表情を浮かべながら、鴉が咥えてきた紙切れを拾って読んだ。
そこにはこう書かれていた。
妻を返して欲しければ、夜明け前、迎えに来る黒い馬車に乗れ。
ただし必ず一人で来い。
もしその約束を違えば、あなたの妻は狼の餌になる。
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