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シーズン1 魔法使いの塔
第六章 2)アビュとバルコニーで
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私はフローリアという少女がこの塔のどの部屋で寝泊まりしているのか知らなかったので、彼女の居所をアビュに聞きに行った。
アビュは食事を既に終えていて、それから寝るまでの時間を持て余していたのか、北の塔のバルコニーで歌をうたっていた。
確かに天気は良く、星がきれいに見える夜だ。
歌いたくなる気持ちもわからないではない。
それに彼女の歌声は悪くなかった。
しかしアビュはそんな場面を私に見られたのが恥ずかしかったようで、顔を赤らめながら言ってきた。
「ちょっと、突然、私の前に現れないでよ!」
「突然も何もないじゃないか。ここは普通の通路だろ?」
「こんなところに来るとは思わなかったんだから」
「わかったよ。次にここに来るときは鈴でも鳴らしながらにするよ。で、フローリアの居場所なんだけど?」
「えーと、確か東の塔の地下に牢獄があって、その近くの部屋を使っていると思うけど」
さすが私の優秀な助手である。私の知らないことも大概把握している。
しかしアビュのその答えに私は愕然としてしまった。
「牢獄だって?」
私はアビュを咎めるように思わず声を荒げてしまった。
「そ、そうみたいだよ、別に私がその部屋を用意したんじゃないから怒られる筋合いはないけど・・・」
「だけど罪人でもないのに牢獄なんて」
「正確に言えば牢獄じゃないよ。牢獄の下にある部屋なんだけど・・・。でも多分、他に適当な部屋がなかったんだよ。それにボスも最初、檻の中に押し込んでたじゃないか」
この頃、アビュは私のことをボスと呼ぶようになっている。
これまで誰にもそんなふうに呼ばれた経験などないから変な感じだけど、アビュなりに私をリーダーとして認めてくれているのだろう。
しかしそのわりには私の対する意見は容赦ないのだが。
「まあ、確かにそうだけど・・・」
私はアビュの言葉に思わずたじろいだ。
確かに最初、私は彼らを牢獄に押し込んだ。しかも前の主に閉じ込められていたあの実験室の檻の中にである。
しかしそれはあのときもう夜も遅く、誰も疲れている様子だったので、一時的な措置のつもりだったのだ。
まさかそこからの移動先が、また別の牢獄になるなんて考えているわけもない。
私は召使いたちの仕打ちに対し、怒りを通り越して呆れ返った。
まあ、もちろん私だって皆があのグロテスクに改造された人たちを忌避する気持ちはわかる。
出来るだけ自分たちの部屋から遠いスペースにしたかったのだろう。
しかしさすがに牢獄に閉じ込めておくのは間違いである。
まして、いくらあのグロテスクに改造された人たちと起居を共にしているからといって、フローリアという少女の部屋まで牢獄にするなんて言語道断。
「でも鍵はかけてないよ」
アビュが言い訳するように言ってきた。「自由に出歩き出来るようになっているはずだよ。実際に、フローリアって女の人は塔の中を歩き回っているらしいし」
「それでも牢獄は牢獄じゃないか。そんなところに寝泊まりしろと言われたら気分は悪いだろ。とにかく一日でも早くそれを知れて良かった」
「うん」
まあ、細かい指示を出さなかった私も悪かったとは思う。今日までそういうこと一切気にかけてこなかったことも事実だ。
「これから彼女に会いに行くんだけど、君も来るか?」
私は当然、受け合うだろうと思ってアビュにそう呼び掛けた。
「え、遠慮しとくよ、こればっかりは・・・」
しかしどんな仕事でも喜んで飛びついてくるアビュにしては珍しく、後ずさりするようにして私の誘いを断ってきた。
私は一瞬、彼女を叱り過ぎて嫌われたのかと焦ったが、そうではないようだ。
どうやらその表情から伺う限り、あのグロテスクに改造された生き物のもとに行くのが嫌なよう。
まあ、実はそれは私も同じで、彼女たちに会いに行くのはかなり気が重かった。
「一人じゃ、こっちも少しばかり心細いじゃないか、これも仕事だ、君も来いよ」
「嫌だよ、こればっかりはいくらボスの命令でも」
アビュはまるで肥溜に頭を無理に押し込められるのを拒否するように、激しく首を振った。
「どうしてもか?」
「どうしても嫌だ!」
「・・・そうか、わかった、ここまで嫌なら、もういいけど」
私がそう言うと、アビュはホッと胸を撫で下ろした。
しかしこんなアビュの表情を見ると、私も彼女たちのもとに行く気がますます失せてくる。
「ねえ、ボス、何だか断ったのに、こんなこと言うのどうかと思うんだけど」
私が彼女たちのところにいくための決心を何とか高めようとしていると、アビュが言いにくそうに口を開いた。「そのフローリアっていう女性、あの人たちを連れて夜中に塔をうろついているのを見た人がいるって聞いたんだよね」
「うろついている? 別に罪人でもないのだから、どこを歩こうが勝手じゃないか。でもどうして? まさか誰も彼女たちに食事を用意していなかったんじゃないだろうね」
「違うよ、それは途中まで誰か運んでいるよ」
「そうか、安心した」
「でもさ、夜に散歩とかされたら洒落にならないじゃない。みんな、すごい嫌がってるから」
「そうは言っても、彼女たちだって新鮮な空気を吸いたくなることもあるだろ。それぐらいは我慢すべきさ」
しかし私もあのグロテスクな生き物と真夜中、ふいに遭遇なんかしたときのことを想像して、思わず背筋に冷たいものが走った。
「わ、わかった、無暗に出歩くなとは言っとくけど。だけど牢獄のままじゃ駄目だ。どこかに新しい部屋を用意する必要があるな」
「うん、それはそうだと思うけど、私たちのエリアの近くはやめてよ、本当に」
「ああ、わかってるよ」
普段は素直なのに、あのグロテスクな生き物のこととなったら我儘になるアビュと別れて、私はフローリアに会いに地下のほうに向かおうと歩を進めた。
しかしその前に私は振り向き、アビュにもう一度言った。
「なあ、アビュ、もう一度聞くけど、本当に一緒に来る気はないのか?」
「ないよ、私、本当にあの人たち怖くて仕方ないんだから!」
アビュは食事を既に終えていて、それから寝るまでの時間を持て余していたのか、北の塔のバルコニーで歌をうたっていた。
確かに天気は良く、星がきれいに見える夜だ。
歌いたくなる気持ちもわからないではない。
それに彼女の歌声は悪くなかった。
しかしアビュはそんな場面を私に見られたのが恥ずかしかったようで、顔を赤らめながら言ってきた。
「ちょっと、突然、私の前に現れないでよ!」
「突然も何もないじゃないか。ここは普通の通路だろ?」
「こんなところに来るとは思わなかったんだから」
「わかったよ。次にここに来るときは鈴でも鳴らしながらにするよ。で、フローリアの居場所なんだけど?」
「えーと、確か東の塔の地下に牢獄があって、その近くの部屋を使っていると思うけど」
さすが私の優秀な助手である。私の知らないことも大概把握している。
しかしアビュのその答えに私は愕然としてしまった。
「牢獄だって?」
私はアビュを咎めるように思わず声を荒げてしまった。
「そ、そうみたいだよ、別に私がその部屋を用意したんじゃないから怒られる筋合いはないけど・・・」
「だけど罪人でもないのに牢獄なんて」
「正確に言えば牢獄じゃないよ。牢獄の下にある部屋なんだけど・・・。でも多分、他に適当な部屋がなかったんだよ。それにボスも最初、檻の中に押し込んでたじゃないか」
この頃、アビュは私のことをボスと呼ぶようになっている。
これまで誰にもそんなふうに呼ばれた経験などないから変な感じだけど、アビュなりに私をリーダーとして認めてくれているのだろう。
しかしそのわりには私の対する意見は容赦ないのだが。
「まあ、確かにそうだけど・・・」
私はアビュの言葉に思わずたじろいだ。
確かに最初、私は彼らを牢獄に押し込んだ。しかも前の主に閉じ込められていたあの実験室の檻の中にである。
しかしそれはあのときもう夜も遅く、誰も疲れている様子だったので、一時的な措置のつもりだったのだ。
まさかそこからの移動先が、また別の牢獄になるなんて考えているわけもない。
私は召使いたちの仕打ちに対し、怒りを通り越して呆れ返った。
まあ、もちろん私だって皆があのグロテスクに改造された人たちを忌避する気持ちはわかる。
出来るだけ自分たちの部屋から遠いスペースにしたかったのだろう。
しかしさすがに牢獄に閉じ込めておくのは間違いである。
まして、いくらあのグロテスクに改造された人たちと起居を共にしているからといって、フローリアという少女の部屋まで牢獄にするなんて言語道断。
「でも鍵はかけてないよ」
アビュが言い訳するように言ってきた。「自由に出歩き出来るようになっているはずだよ。実際に、フローリアって女の人は塔の中を歩き回っているらしいし」
「それでも牢獄は牢獄じゃないか。そんなところに寝泊まりしろと言われたら気分は悪いだろ。とにかく一日でも早くそれを知れて良かった」
「うん」
まあ、細かい指示を出さなかった私も悪かったとは思う。今日までそういうこと一切気にかけてこなかったことも事実だ。
「これから彼女に会いに行くんだけど、君も来るか?」
私は当然、受け合うだろうと思ってアビュにそう呼び掛けた。
「え、遠慮しとくよ、こればっかりは・・・」
しかしどんな仕事でも喜んで飛びついてくるアビュにしては珍しく、後ずさりするようにして私の誘いを断ってきた。
私は一瞬、彼女を叱り過ぎて嫌われたのかと焦ったが、そうではないようだ。
どうやらその表情から伺う限り、あのグロテスクに改造された生き物のもとに行くのが嫌なよう。
まあ、実はそれは私も同じで、彼女たちに会いに行くのはかなり気が重かった。
「一人じゃ、こっちも少しばかり心細いじゃないか、これも仕事だ、君も来いよ」
「嫌だよ、こればっかりはいくらボスの命令でも」
アビュはまるで肥溜に頭を無理に押し込められるのを拒否するように、激しく首を振った。
「どうしてもか?」
「どうしても嫌だ!」
「・・・そうか、わかった、ここまで嫌なら、もういいけど」
私がそう言うと、アビュはホッと胸を撫で下ろした。
しかしこんなアビュの表情を見ると、私も彼女たちのもとに行く気がますます失せてくる。
「ねえ、ボス、何だか断ったのに、こんなこと言うのどうかと思うんだけど」
私が彼女たちのところにいくための決心を何とか高めようとしていると、アビュが言いにくそうに口を開いた。「そのフローリアっていう女性、あの人たちを連れて夜中に塔をうろついているのを見た人がいるって聞いたんだよね」
「うろついている? 別に罪人でもないのだから、どこを歩こうが勝手じゃないか。でもどうして? まさか誰も彼女たちに食事を用意していなかったんじゃないだろうね」
「違うよ、それは途中まで誰か運んでいるよ」
「そうか、安心した」
「でもさ、夜に散歩とかされたら洒落にならないじゃない。みんな、すごい嫌がってるから」
「そうは言っても、彼女たちだって新鮮な空気を吸いたくなることもあるだろ。それぐらいは我慢すべきさ」
しかし私もあのグロテスクな生き物と真夜中、ふいに遭遇なんかしたときのことを想像して、思わず背筋に冷たいものが走った。
「わ、わかった、無暗に出歩くなとは言っとくけど。だけど牢獄のままじゃ駄目だ。どこかに新しい部屋を用意する必要があるな」
「うん、それはそうだと思うけど、私たちのエリアの近くはやめてよ、本当に」
「ああ、わかってるよ」
普段は素直なのに、あのグロテスクな生き物のこととなったら我儘になるアビュと別れて、私はフローリアに会いに地下のほうに向かおうと歩を進めた。
しかしその前に私は振り向き、アビュにもう一度言った。
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