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シーズン1 魔法使いの塔
第七章 1)バルザの章1
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バルザは最初、塔の主から三十人の部下を与えられた。
それだけの人数で、この塔に来襲する敵を撃退するよう命じられたのだ。
しかもその三十人の部下のほとんどが、盗賊まがいの傭兵か、臆病者の農奴上がりで、これまで命令や規則などに従ってきたことのない者ばかりであった。
彼らはバルザの栄光ある名声も知らなければ、その実力も知らなかった。
そんな彼らを一端の兵隊にまで鍛え上げるには、少なからぬ労苦と忍耐が必要であった。
しかし邪悪な魔法使いによって粉々にされたバルザの虚ろな心は、自分が自分であることを忘れるぐらい働くことで、何とか平常を保つことが出来た。
むしろバルザにとって、その困難な任務は好都合であったのだ。
有難いことに、戦いはほぼ連日続いた。
目下の敵である蛮族たちは弱いが、バルザの率いる部下たちも弱く、彼らを鍛えながら戦うのはバルザにとって多大なる緊張感を強いられ、それは一時たりとて息の抜ける仕事ではなかった。
バルザはこの大義のない戦いで、自分の部下を一人たりとも失いたくなかった。
絶対に自分の部下たちを消耗しない戦い方、それを追求していたので、更にその仕事は困難を極めた。
もちろん騎士団団長にして、軍の最高司令官であった頃と比べれば、その労苦は比べ物にならない。
あの頃は常に全神経を尖らせて国家の任に当たっていた。
ゆっくりと眠れた夜など数えるほどしかない。しかしこの戦場には、また違った心の張り合いがあった。
バルザは来襲してくる蛮族と戦いながら、少年の頃、騎士の従者をしていたときのことを思い出していた。
あのとき、ちょっとした油断が即、死に直結した。生き抜くためには強くなければいけなかった。
騎士団団長にして最高司令官になってからは、常に大勢の部下たちに守られ、そのような気持ちを失いかけていたかもしれない。
だがこの塔に来て、その頃の自分に少し戻れた気がするのだ。
やはり騎士であるバルザにとって戦いとは、槍を振り回し、剣を振るうものである。
万の兵を率いて後方から指揮を発したり、細かな駆け引きをするよりも、敵の恐怖心を嗅ぎながら、自らも死の恐怖に身を晒すことである。
その戦士としての本能を思い出せて、バルザは久しぶりに戦う喜びのようなものを感じていた。
最初、三十人だった兵もその二倍に増やしてもらい、兵の数に多少は余裕が出来た。
その中で見込みのある若者を腹心として抜擢して、彼らに剣や槍の訓練を施している。
中には向上心も旺盛で、このような僻地でその人生を終わらせるのは勿体ない者たちもいた。
バルザの故郷、パルで生まれていれば、騎士の小姓として抜擢されていたような有望な若者たち、彼らはどこに行くにもバルザの後をついてきて、その一挙手一投足から何かを学ぼうとしている。
そんな若者たちと過ごす時間は楽しかった。
バルザは一瞬、今のこの人生に幸福感を覚えてしまいそうになる。
しかし邪悪な魔法使いの悪辣な策に嵌められ、バルザはこのような境遇に堕してしまったのである。
愛しのハイネが、この塔のどこかで囚われの身になっているらしい。
その事実が少しでも彼の心をかすめただけで、彼の心は張り裂けそうなくらい苦しくなった。
彼らとの時間の中で見出せる平穏など、一時の感情に過ぎない。永遠に海の中を泳ぎ続けることを宿命づけられた者の、ひと時の息継ぎみたいなもの。
そうなったのは、全て自分の咎なのである。
もし自分が妻以外の女性に目を向けなければ、こんな目にあうことはなかったのだ。全て自分が悪い。
その罪を贖う機会は訪れそうになかった。
ただこの苦しみと、自らの犯した過ちを悔いるしかない生活、それが今のバルザの全てである。
それだけの人数で、この塔に来襲する敵を撃退するよう命じられたのだ。
しかもその三十人の部下のほとんどが、盗賊まがいの傭兵か、臆病者の農奴上がりで、これまで命令や規則などに従ってきたことのない者ばかりであった。
彼らはバルザの栄光ある名声も知らなければ、その実力も知らなかった。
そんな彼らを一端の兵隊にまで鍛え上げるには、少なからぬ労苦と忍耐が必要であった。
しかし邪悪な魔法使いによって粉々にされたバルザの虚ろな心は、自分が自分であることを忘れるぐらい働くことで、何とか平常を保つことが出来た。
むしろバルザにとって、その困難な任務は好都合であったのだ。
有難いことに、戦いはほぼ連日続いた。
目下の敵である蛮族たちは弱いが、バルザの率いる部下たちも弱く、彼らを鍛えながら戦うのはバルザにとって多大なる緊張感を強いられ、それは一時たりとて息の抜ける仕事ではなかった。
バルザはこの大義のない戦いで、自分の部下を一人たりとも失いたくなかった。
絶対に自分の部下たちを消耗しない戦い方、それを追求していたので、更にその仕事は困難を極めた。
もちろん騎士団団長にして、軍の最高司令官であった頃と比べれば、その労苦は比べ物にならない。
あの頃は常に全神経を尖らせて国家の任に当たっていた。
ゆっくりと眠れた夜など数えるほどしかない。しかしこの戦場には、また違った心の張り合いがあった。
バルザは来襲してくる蛮族と戦いながら、少年の頃、騎士の従者をしていたときのことを思い出していた。
あのとき、ちょっとした油断が即、死に直結した。生き抜くためには強くなければいけなかった。
騎士団団長にして最高司令官になってからは、常に大勢の部下たちに守られ、そのような気持ちを失いかけていたかもしれない。
だがこの塔に来て、その頃の自分に少し戻れた気がするのだ。
やはり騎士であるバルザにとって戦いとは、槍を振り回し、剣を振るうものである。
万の兵を率いて後方から指揮を発したり、細かな駆け引きをするよりも、敵の恐怖心を嗅ぎながら、自らも死の恐怖に身を晒すことである。
その戦士としての本能を思い出せて、バルザは久しぶりに戦う喜びのようなものを感じていた。
最初、三十人だった兵もその二倍に増やしてもらい、兵の数に多少は余裕が出来た。
その中で見込みのある若者を腹心として抜擢して、彼らに剣や槍の訓練を施している。
中には向上心も旺盛で、このような僻地でその人生を終わらせるのは勿体ない者たちもいた。
バルザの故郷、パルで生まれていれば、騎士の小姓として抜擢されていたような有望な若者たち、彼らはどこに行くにもバルザの後をついてきて、その一挙手一投足から何かを学ぼうとしている。
そんな若者たちと過ごす時間は楽しかった。
バルザは一瞬、今のこの人生に幸福感を覚えてしまいそうになる。
しかし邪悪な魔法使いの悪辣な策に嵌められ、バルザはこのような境遇に堕してしまったのである。
愛しのハイネが、この塔のどこかで囚われの身になっているらしい。
その事実が少しでも彼の心をかすめただけで、彼の心は張り裂けそうなくらい苦しくなった。
彼らとの時間の中で見出せる平穏など、一時の感情に過ぎない。永遠に海の中を泳ぎ続けることを宿命づけられた者の、ひと時の息継ぎみたいなもの。
そうなったのは、全て自分の咎なのである。
もし自分が妻以外の女性に目を向けなければ、こんな目にあうことはなかったのだ。全て自分が悪い。
その罪を贖う機会は訪れそうになかった。
ただこの苦しみと、自らの犯した過ちを悔いるしかない生活、それが今のバルザの全てである。
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