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シーズン1 魔法使いの塔
第七章 10)バルザの章10
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その尋問のすぐ後、バルザが待ちかねていた報せが遂にやってきた。あの座長が重要な報告を携え、バルザの前に現れたのだ。
座長は言った。
バルザ殿の腹心の妻に、ハイネなどという女性はいないと。
念のため、あの劇のハイネの特徴と類似した女性がいるかどうかも調べたが、そんな噂もない。
答えは出たようだ。もはや疑うべくもないであろう。
バルザは約束通り金貨を払った。
その帰り際、座長は言った。
今、パルの街には、バルザへの怨嗟の声で満ち満ちている、と。
酒場で飲んでいる兵士たちも、畑を耕して生きている農夫たちも、バルザ殿を裏切り者として、声の限りに罵っている。
彼は妻を連れて隣国に逃走し、その国の将として働いている。いつか報復のため、先陣を切ってパルに乗り込んでくるだろう。
「それはもう驚くほどでした。救国の英雄が、一夜にして売国奴として扱わているのですから。庶民の移ろいやすい心というのはどこでも同じですね。しかし彼らはこのような不満も抱いているようでした。王や高官たちは、バルザ殿をもっと厚遇すべきだったと。彼の活躍に比べて、報いる労はあまりに少な過ぎたと。バルザ殿を罵りながらも、民は王や高官たちを責めてもいました」
邪悪な魔法使いは徹底しているようだ。もはやバルザが故郷に帰れないように、このような手も打っていた。
バルザは、自分への悪罵が渦巻くパルの街の光景を思い浮かべ、胸が張り裂けそうになった。
故郷に帰るという選択肢は、最初から閉ざされていたようだ。
座長が去ったあと、バルザは自分の荷物をまとめた。
そして部下たちへの書置きを書いた。そのあと、部屋を出て、塔の裏庭にある馬小屋に向かった。
夕暮れ、太陽が北の方角に沈んでいく。
その太陽を眺めながら、バルザはその馬小屋の中で、最後の戦いのために愛用の剣を研いでいた。
この剣であの邪悪な魔法使いの首を叩き斬る。
それを考えると、黒く曇っている胸が晴れ渡っていくようだ。
いや、奴の首を叩き落とすことは叶わないかもしれない。
相手は魔法使い、いくらバルザの腕であっても、その敵を殺すことは不可能に違いない。
しかしせめて一太刀、バルザが生きた証しをあの邪悪な魔法使いの身体に刻み込む。
それを置き土産に、冥府の妻に詫びに行こう。
その瞬間は近い。
「その剣に恨みでもおありになるのですか? バルザ様?」
そのときそう言って声を掛けてきた女性がいた。
バルザは声のほうに視線を向けた。
夕暮れの逆光で、最初その女性は黒い影法師にしか見えなかった。少しずつ目が慣れ、ようやくその女性の顔がはっきりと目に入った。
うら若い少女のようだ。この塔の召使いの一人だろう、馬小屋にいるということは飼葉係りか何かだろうか。
「チャチャルルー、夕飯よ」
いや、違ったようだ。その少女は馬小屋の外れに繋がれている犬に餌をあげている。
その少女の飼い犬なのだろうか。もしかしたら塔の掃除婦に、そのような少女がいたのを見たことがあるかもしれない。
「剣に恨み? 剣は剣です。むしろ使えば使う程、愛着がわいてくるもの」
バルザは剣を磨く手を休めて、その少女の問い掛けに応えることにした。
「だけどとても恐ろしい表情をしておられました」
少女はその犬から視線を上げ、バルザにそう言った。
「私が?」
「は、はい、まるで何というか・・・」
その少女はそう言って、言葉を選ぶように口籠った。
「まるで人を殺すことに快感を覚える、殺人鬼のような顔をしていましたか? このバルザが」
彼は口籠った少女の後を継いでそう言った。「私はこの剣で数え切れないくらいの人間の命を奪ってきました。そう思われても仕方がないでしょう」
「で、でもバルザ様、これまで人が憎くて、その剣を振り下ろしたことはないのではないでしょうか?」
少女が首を振りながら言ってきた。
「人が憎くて?」
「はい、全て何かを守るため、あるいはお国の勝利のためでは」
すいません、私めごときが、このような差し出がましいことを申し上げて。
少女は突然、我に返ったように頭を下げた。「バルザ様にはきっと、そうせざるを得ない深い訳がおありになるのでしょう」
そして慌ててバルザの前から立ち去ろうとする。
バルザは少女を引き止めるように言った。
「確かに私は今、憎しみに動かされ、この剣を振り下ろそうとしています。誰かを守るためでもなく、何かを得るためでもありません。しかし私が憎むその者は、私からあらゆるものを奪った。誰に聞いても、それは正義に適っていると、私の復讐を支持してくれるでしょう」
あの邪悪な魔法使いと対決する瞬間は近い。この少女にこのようなことを言っても、もはや問題はないであろう。
「どうしてもその人を許すことは出来ないのですか?」
するとその少女は言ってきた。
「ゆ、許すだって?」
バルザはその少女のその言葉に愕然とした。
なんという甘い、宮廷の女どもが好んで食す、ガト―・ショコラのような考え。
「許すなどという言葉、騎士の典範にはありませんよ」
バルザはすげなく答えた。
「ですがそれでは、いつまでも争いは続きます」
少女はバルザのことを憐れむような表情でそう言ってきた。
いや、このバルザを憐れんでいるのではないのかもしれない。そうではなくて、憎しみという感情を憐れんでいるような表情。
「そなた、名前は?」
少女のその視線を前に、バルザは尋ねた。
「も、申し遅れました、フローリアといいます」
少女は慌てて頭を下げそう名乗った。
聞いたことのある名前だ。確か部下たちの間で、美しいとしきりに話題になっている掃除婦の少女の名前。
「フローリア、そなたは例えば、最も大切にしている物を嘲笑われたり、壊されたりしても、その相手を許せるのですか?」
「そのようなことは、そのときにならなければわかりません。ですが許さないと、私はこの先の人生を生きていくことは出来ないと思います」
まあ、それは有り触れた思想かもしれない。パルの都にもそのような人物はウヨウヨいた。
教会に仕える修道士や修道女などだ。
彼らは大したものを何も失ったことがないにもかかわらず、一段高いところから説教を垂れてきた。愛と許しで、世界から争いがなくなると説いていたのだ。
この少女もそのような理想にかぶれているのだろう。
しかし実際、その教会が騎士を集め、組織しているのだ。世界は矛盾と不条理で出来ているもの。
「あなたはまだお若い。愛と許しでどうにかなると考えておられる」
「ですが神様は確かおっしゃっていました。片足の者は、たとえ義肢を奪われても、その盗人を許せと」
やはりそうだ。この少女は教会のその教えに影響されて、絵空事を述べているだけ。
現実はその通りにいかないことを、この少女に教えてやろうか。
「ではフローリア、例えば私が」
バルザはおもむろに立ち上がり、その少女に一歩近づいた。「いきなりそなたの服を切り裂き、この干場の上に押し倒し」
その言葉を聞いて、少女が震えるような眼差しでバルザを見上げてきた。
しかしバルザは意に介せずに続ける。
「そなたの必死の抵抗を押さえつけ、ただ己の欲望を遂げるためだけに、その純潔を奪ったとする。それでもそなたは許されるのか!」
「・・・そ、そんなの当然、私はバルザ様を憎みます、恨みます」
少女は実際、バルザにそのような暴力を振るわれたかのように、涙に滲んだ瞳でそう言ってきた。
「・・・やはりそうですね」
バルザは肩に入っていた力を緩めそう言った。
「で、でも許します」
「何だと!」
「そのような野蛮な暴力を振るわれたあなたを憎んで、憎んで、憎み続けます。でも私はバルザ様に復讐はしません。出来ることなら、あなたがなぜそのようなことをしたのか理解しようと努めます。そして許したいと思います。それが無理なら、ただ時間に身を委ね、一刻も早く忘れるよう努力します・・・」
「馬鹿らしい!」
バルザは声を荒げた。
どうしてこのような屈辱を与えてきた輩を理解など出来ようか! そんなこと不可能に決まっているではないか。
だったら私の場合、あの邪悪な魔法使いが、なぜ自分をこのような目に合わせたのか理解しなければいけなくなる。
その為に、いつまでもこの塔で門番を勤めろというのか?
何という愚かな話し。
もういい。時間の無駄だ。
このような少女と話しをしても仕方がない。
「フローリア、たとえ敵わない者が相手であっても、大切な物を奪われたのなら、その者に立ち向かわなければならない。許すというのは、ただ自分の命を優先して逃げるということです。まして騎士は命よりもプライドを優先するもの。それが騎士を騎士たらしめている極意」
「だったらバルザ様、こちらからも質問があります。許す人間は騎士になれないのですか?」
「そうです」
果たしてそうであったろうか?
バルザの心に、ふとそんな疑問が過った。
「では怒りや恨みは永遠に続くということなのですか?」
バルザは一瞬の躊躇のあと、頷いた。
「騎士は非寛容なものなのですね」
「ああ」
「その答えにがっかりしました」
「それは残念だ。しかし私は騎士です。あなたと違う世界に生きているのでしょう」
まだ少女は何か言いたげであったが、バルザは剣を拾い上げ、その少女を残してその場から立ち去った。
戦いを前にして、このような会話をするべきではなかった。
戦いに向けて高めていた集中力が、四方に散らされたような感じのだ。
騎士の間に、このようなジンクスが伝わっていた。「戦いを前に、戦いを引き止めようとする者と話すべきではない」
そのとき必ず、その戦いに負けるものだと言われている。
これは不吉な前兆に思えた。
だが、もはやこの逸る心を抑えられそうにない。いずれにしろ魔法使いに勝てる見込みはほとんどないのだ。それなら延期するのも無駄であろう。
ふとバルザは背後に視線を感じた。
振り向くと、まだあの少女がこちらを眺めていた。
それにしてもあの少女に、とても無礼なことを言ってしまったかもしれない。
迫る復讐を前にして、いささか我を失っていたとしても、あれは騎士の取るべき態度では決してなかった。
バルザはその少女に向かって深々と頭を下げた。
「私はこの塔で!」
頭を下げたバルザに向かって、少女が大声を張り上げて言ってきた。
「父と母の命と、幾ばくかの時間を失いました。バルザ様は何を失ったのでしょうか?」
「私は・・・」
妻と、地位と、名誉と、誇りと、自由と、そしてハイネを失った・・・。
戦わなければいけない理由は充分にあるのです。
座長は言った。
バルザ殿の腹心の妻に、ハイネなどという女性はいないと。
念のため、あの劇のハイネの特徴と類似した女性がいるかどうかも調べたが、そんな噂もない。
答えは出たようだ。もはや疑うべくもないであろう。
バルザは約束通り金貨を払った。
その帰り際、座長は言った。
今、パルの街には、バルザへの怨嗟の声で満ち満ちている、と。
酒場で飲んでいる兵士たちも、畑を耕して生きている農夫たちも、バルザ殿を裏切り者として、声の限りに罵っている。
彼は妻を連れて隣国に逃走し、その国の将として働いている。いつか報復のため、先陣を切ってパルに乗り込んでくるだろう。
「それはもう驚くほどでした。救国の英雄が、一夜にして売国奴として扱わているのですから。庶民の移ろいやすい心というのはどこでも同じですね。しかし彼らはこのような不満も抱いているようでした。王や高官たちは、バルザ殿をもっと厚遇すべきだったと。彼の活躍に比べて、報いる労はあまりに少な過ぎたと。バルザ殿を罵りながらも、民は王や高官たちを責めてもいました」
邪悪な魔法使いは徹底しているようだ。もはやバルザが故郷に帰れないように、このような手も打っていた。
バルザは、自分への悪罵が渦巻くパルの街の光景を思い浮かべ、胸が張り裂けそうになった。
故郷に帰るという選択肢は、最初から閉ざされていたようだ。
座長が去ったあと、バルザは自分の荷物をまとめた。
そして部下たちへの書置きを書いた。そのあと、部屋を出て、塔の裏庭にある馬小屋に向かった。
夕暮れ、太陽が北の方角に沈んでいく。
その太陽を眺めながら、バルザはその馬小屋の中で、最後の戦いのために愛用の剣を研いでいた。
この剣であの邪悪な魔法使いの首を叩き斬る。
それを考えると、黒く曇っている胸が晴れ渡っていくようだ。
いや、奴の首を叩き落とすことは叶わないかもしれない。
相手は魔法使い、いくらバルザの腕であっても、その敵を殺すことは不可能に違いない。
しかしせめて一太刀、バルザが生きた証しをあの邪悪な魔法使いの身体に刻み込む。
それを置き土産に、冥府の妻に詫びに行こう。
その瞬間は近い。
「その剣に恨みでもおありになるのですか? バルザ様?」
そのときそう言って声を掛けてきた女性がいた。
バルザは声のほうに視線を向けた。
夕暮れの逆光で、最初その女性は黒い影法師にしか見えなかった。少しずつ目が慣れ、ようやくその女性の顔がはっきりと目に入った。
うら若い少女のようだ。この塔の召使いの一人だろう、馬小屋にいるということは飼葉係りか何かだろうか。
「チャチャルルー、夕飯よ」
いや、違ったようだ。その少女は馬小屋の外れに繋がれている犬に餌をあげている。
その少女の飼い犬なのだろうか。もしかしたら塔の掃除婦に、そのような少女がいたのを見たことがあるかもしれない。
「剣に恨み? 剣は剣です。むしろ使えば使う程、愛着がわいてくるもの」
バルザは剣を磨く手を休めて、その少女の問い掛けに応えることにした。
「だけどとても恐ろしい表情をしておられました」
少女はその犬から視線を上げ、バルザにそう言った。
「私が?」
「は、はい、まるで何というか・・・」
その少女はそう言って、言葉を選ぶように口籠った。
「まるで人を殺すことに快感を覚える、殺人鬼のような顔をしていましたか? このバルザが」
彼は口籠った少女の後を継いでそう言った。「私はこの剣で数え切れないくらいの人間の命を奪ってきました。そう思われても仕方がないでしょう」
「で、でもバルザ様、これまで人が憎くて、その剣を振り下ろしたことはないのではないでしょうか?」
少女が首を振りながら言ってきた。
「人が憎くて?」
「はい、全て何かを守るため、あるいはお国の勝利のためでは」
すいません、私めごときが、このような差し出がましいことを申し上げて。
少女は突然、我に返ったように頭を下げた。「バルザ様にはきっと、そうせざるを得ない深い訳がおありになるのでしょう」
そして慌ててバルザの前から立ち去ろうとする。
バルザは少女を引き止めるように言った。
「確かに私は今、憎しみに動かされ、この剣を振り下ろそうとしています。誰かを守るためでもなく、何かを得るためでもありません。しかし私が憎むその者は、私からあらゆるものを奪った。誰に聞いても、それは正義に適っていると、私の復讐を支持してくれるでしょう」
あの邪悪な魔法使いと対決する瞬間は近い。この少女にこのようなことを言っても、もはや問題はないであろう。
「どうしてもその人を許すことは出来ないのですか?」
するとその少女は言ってきた。
「ゆ、許すだって?」
バルザはその少女のその言葉に愕然とした。
なんという甘い、宮廷の女どもが好んで食す、ガト―・ショコラのような考え。
「許すなどという言葉、騎士の典範にはありませんよ」
バルザはすげなく答えた。
「ですがそれでは、いつまでも争いは続きます」
少女はバルザのことを憐れむような表情でそう言ってきた。
いや、このバルザを憐れんでいるのではないのかもしれない。そうではなくて、憎しみという感情を憐れんでいるような表情。
「そなた、名前は?」
少女のその視線を前に、バルザは尋ねた。
「も、申し遅れました、フローリアといいます」
少女は慌てて頭を下げそう名乗った。
聞いたことのある名前だ。確か部下たちの間で、美しいとしきりに話題になっている掃除婦の少女の名前。
「フローリア、そなたは例えば、最も大切にしている物を嘲笑われたり、壊されたりしても、その相手を許せるのですか?」
「そのようなことは、そのときにならなければわかりません。ですが許さないと、私はこの先の人生を生きていくことは出来ないと思います」
まあ、それは有り触れた思想かもしれない。パルの都にもそのような人物はウヨウヨいた。
教会に仕える修道士や修道女などだ。
彼らは大したものを何も失ったことがないにもかかわらず、一段高いところから説教を垂れてきた。愛と許しで、世界から争いがなくなると説いていたのだ。
この少女もそのような理想にかぶれているのだろう。
しかし実際、その教会が騎士を集め、組織しているのだ。世界は矛盾と不条理で出来ているもの。
「あなたはまだお若い。愛と許しでどうにかなると考えておられる」
「ですが神様は確かおっしゃっていました。片足の者は、たとえ義肢を奪われても、その盗人を許せと」
やはりそうだ。この少女は教会のその教えに影響されて、絵空事を述べているだけ。
現実はその通りにいかないことを、この少女に教えてやろうか。
「ではフローリア、例えば私が」
バルザはおもむろに立ち上がり、その少女に一歩近づいた。「いきなりそなたの服を切り裂き、この干場の上に押し倒し」
その言葉を聞いて、少女が震えるような眼差しでバルザを見上げてきた。
しかしバルザは意に介せずに続ける。
「そなたの必死の抵抗を押さえつけ、ただ己の欲望を遂げるためだけに、その純潔を奪ったとする。それでもそなたは許されるのか!」
「・・・そ、そんなの当然、私はバルザ様を憎みます、恨みます」
少女は実際、バルザにそのような暴力を振るわれたかのように、涙に滲んだ瞳でそう言ってきた。
「・・・やはりそうですね」
バルザは肩に入っていた力を緩めそう言った。
「で、でも許します」
「何だと!」
「そのような野蛮な暴力を振るわれたあなたを憎んで、憎んで、憎み続けます。でも私はバルザ様に復讐はしません。出来ることなら、あなたがなぜそのようなことをしたのか理解しようと努めます。そして許したいと思います。それが無理なら、ただ時間に身を委ね、一刻も早く忘れるよう努力します・・・」
「馬鹿らしい!」
バルザは声を荒げた。
どうしてこのような屈辱を与えてきた輩を理解など出来ようか! そんなこと不可能に決まっているではないか。
だったら私の場合、あの邪悪な魔法使いが、なぜ自分をこのような目に合わせたのか理解しなければいけなくなる。
その為に、いつまでもこの塔で門番を勤めろというのか?
何という愚かな話し。
もういい。時間の無駄だ。
このような少女と話しをしても仕方がない。
「フローリア、たとえ敵わない者が相手であっても、大切な物を奪われたのなら、その者に立ち向かわなければならない。許すというのは、ただ自分の命を優先して逃げるということです。まして騎士は命よりもプライドを優先するもの。それが騎士を騎士たらしめている極意」
「だったらバルザ様、こちらからも質問があります。許す人間は騎士になれないのですか?」
「そうです」
果たしてそうであったろうか?
バルザの心に、ふとそんな疑問が過った。
「では怒りや恨みは永遠に続くということなのですか?」
バルザは一瞬の躊躇のあと、頷いた。
「騎士は非寛容なものなのですね」
「ああ」
「その答えにがっかりしました」
「それは残念だ。しかし私は騎士です。あなたと違う世界に生きているのでしょう」
まだ少女は何か言いたげであったが、バルザは剣を拾い上げ、その少女を残してその場から立ち去った。
戦いを前にして、このような会話をするべきではなかった。
戦いに向けて高めていた集中力が、四方に散らされたような感じのだ。
騎士の間に、このようなジンクスが伝わっていた。「戦いを前に、戦いを引き止めようとする者と話すべきではない」
そのとき必ず、その戦いに負けるものだと言われている。
これは不吉な前兆に思えた。
だが、もはやこの逸る心を抑えられそうにない。いずれにしろ魔法使いに勝てる見込みはほとんどないのだ。それなら延期するのも無駄であろう。
ふとバルザは背後に視線を感じた。
振り向くと、まだあの少女がこちらを眺めていた。
それにしてもあの少女に、とても無礼なことを言ってしまったかもしれない。
迫る復讐を前にして、いささか我を失っていたとしても、あれは騎士の取るべき態度では決してなかった。
バルザはその少女に向かって深々と頭を下げた。
「私はこの塔で!」
頭を下げたバルザに向かって、少女が大声を張り上げて言ってきた。
「父と母の命と、幾ばくかの時間を失いました。バルザ様は何を失ったのでしょうか?」
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