私の邪悪な魔法使いの友人

ロキ

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シーズン1 魔法使いの塔

第七章 12)バルザの章12

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 バルザは謁見の間に向かうため、塔の廊下を歩いた。
 廊下の端には切り花が、まるで敷き詰めたように並んでいる。
 到底、趣味が良いとは思えないが、花は念入りに交換されているのか、それとも魔法の力のせいか、水に浸かってもいないのになぜだか常に新鮮で、心地良い香りを放っていた。
 このような奇妙な光景を見るのもこれで最後であろう。そんなことを思いながら、バルザは謁見の間に向かった。

 邪悪な魔法使いは、既に謁見の間の玉座に座っていた。
 バルザは今にも走り出したい気持ちを抑えながら、ゆったりとした足取りでそこに近づいていく。

 「ここを去らせてもらう」

 まだ邪悪な魔法使いの表情もよく見えないぐらい離れていたが、バルザは声を張り上げて言った。

 「それは困る。あなたが門番になってくれたお陰で、実に静かで充実した日々を送らせてもらっていたのに。もう一度考え直してもらえないだろうか」

 「無理だ」

 「ですがハイネがどうなっても」

 邪悪な魔法使いがそう言い終わらないうちに、バルザは言った。

 「ハイネなどいない!」

 「いないだって?」

 「ああ、いない。彼女はある有名な劇な主人公をモデルにした偽の記憶。私が彼女と何らかの関係を持ったという事実は一切ない」

 そう言いながらバルザは、邪悪な魔法使いから一瞬も視線を離さず近づいていく。
 そして剣を鞘から抜いた。

 「何か酷い勘違いをされているようだが」

 「このような浅はかな魔法で、このバルザを騙し切ることは不可能。観念して、私の剣の錆と消えるがいい」

 「確かに僕はレベルの低い、浅はかな魔法使いだ。一方、あなたはとても優秀で誠実な騎士。そんなあなたが、僕の塔の門番を勤めてくれているなんて、世の中がひっくり返ったような話し。世間の誰もが驚くでしょう」

 「それもこれも、お前の悪辣な魔法によって仕組まれたこと。それが露見した今、全ては崩壊したのだ!」

 「僕を殺せば、あなたの大切なハイネさんも死ぬけど?」

 「ハイネはいない。それはお主の魔法によって植え付けられた記憶の幻。私に罪の意識を抱かせて、思い通りに操ろうとしたのであろう。しかしハイネという女性はいないのだ。私は騎士の誇りを失っていなかった」

 「騎士殿、少し頭を冷やしたほうがよろしいのではないですか? さもないと、あなたは本当に後悔することになる」

 「後悔するのはお主だ。私の剣ではお前に勝てないかもしれない。しかしこれ以上、お前に好き勝手なことはさせない」

 バルザは剣を構え、魔法使いに向かって突進する。
 いなかる魔法で攻撃してくるのか想像も出来ない。
 剣を抜いた騎士を前にしても、これかでの余裕を漂わせているところを見ると、何か必勝の魔法があるのだろう。
 バルザの命は露と消えるに違いない。
 しかしせめて一太刀。その身体に傷をつける。それさえ叶えば本望。妻の待つ冥府に旅立とう。

 「バルザ殿!」

 邪悪な魔法使いが椅子から立ち上がった。「ハイネはおられないと、あなたはおっしゃる。では、あちらにおられる女性は?」

 「何?」

 人の気配を感じて、バルザは背後を振り返った。
 確かに謁見の間に何かいる。しかし人間ではないようだ。カボチャの顔に、騎士の鎧を着込んだバケモノが二匹立っていた。

 いや、その二匹だけではない。
 その二匹のバケモノの間に小柄な女性がいた。
 そのカボチャのバケモノたちに腕を後ろ手に掴まれ、その痛みのせいか身体をぐっとひねり、表情も苦悶に歪んでいた。

 「バルザ様!」

 その女性がバルザの名前を叫んだ。

 え? 
 バルザは立ち止まって、彼女のほうに目を凝らす。
 蒼色の珍しい髪をしている。
 遠くてよく見えないが、パッと人目を引く整った容姿だった。
 隣のバケモノが引き立て役となっているせいか、まるで泥の沼に咲いた花のように美しく見える。

 誰だ、彼女は? 
 どこかで見たことのある女性だ。しかし思い出せない。
 いや、思い出した。あの劇団の女優ではないか? 
 この塔にやってきて、「悲しきハイネの物語」を上演したあの劇団の主演女優だ。
 その劇団の座長のおかげで、ハイネの不在は確認されたのである。
 しかしどうして彼女が私の名前を? 

 「ハイネですよ、バルザ殿」

 そのとき耳元で囁く声がした。
 いつの間にか魔法使いが彼の背後に忍び寄っていたようだ。
 彼の吐息が耳にかかり、バルザは後ろに跳びすさりながら剣を構える。
 簡単に背後を取られた。やはりこの魔法使い、戦いにも慣れているようだ。バルザは慌てて距離を取る。

 しかしそんな事実よりも、バルザは愕然として女性のほうに視線を向けた。
 ハイネだって? 

 「そうです、久しぶりの再会に、愛する女性の顔を失念されたのですか? 彼女があなたの愛するハイネさんです」

 この魔法使いは何を言っているのであろうか。彼女は劇団の女優だ。
 確かに、その劇中でハイネの役を演じていたようであるが、あの銀色の髪はおそらく偽物であろう。
 もし特徴的な黒子があったとしても、それは化粧で書かれたもののはず。
 何という浅はかな計略であろうか、このようなことに騙されるバルザではないのだ。
 バルザは魔法使いを心から蔑むように見つめる。

 「馬鹿にするのもいい加減にするんだ。この女性はある劇団の女優。彼女の命も尊いが、このようなやり方でもはや私を操ることは出来ない!」

 バルザは魔法使いに向かって剣を構える。「もう一度言おう。ハイネなどいない!」

 「いったい何を根拠に、ハイネさんがおられないなどと言われているのか知らないが。人からの伝え聞きよりも、目の前の現実のほうが重要のはず」

 魔法使いがそんなことを言ってくる。

 「目の前の現実だと?」

 そのとき何かが頭の中に入り込んできた。
 バルザの頭蓋骨をこじ開け、脳の中に侵入してくる。

 「きさま! またもや」

 魔法使いが魔法を使ったに違いない。それは確かだ。しかし抵抗する術もなかった。
 記憶がグニャリと捻じ曲がり、本来ならば決して結びつかないはずの物と者とが結びつく。
 そして訪れる混乱。

 「そうです、目の前の現実です。ハイネさんがおられないというのであれば、では彼女は何者なのですか? そしてあなたの胸の裡に宿るその思い出は?」

 た、確かに、あのような劇団の男の言葉を安易に信じるべきではないのかもしれない。
 所詮、金で働いただけの使い。その金を得たいがため、バルザが望む答えを過敏に嗅ぎ取り、媚びへつらうように迎合してきたに過ぎないのかもしれない。彼はパルに行くこともなかった可能性だってある。

 もちろん、私の記憶は普通ではない。特にハイネに関すること、何もかもが不確かだ。
 しかしこの胸のうちに湧き上がってくる愛情。
 そして目の前にいる囚われのハイネの存在。それが全て幻だったと言えるのか? 彼女を見た瞬間に湧き上がってきたこの懐かしさも愛おしさも。

 とはいえ、それこそが魔法使いの魔法なのかもしれないのだ。それに惑わされてはいけない。

 「さっさと剣を収めるんだ、バルザ殿。さもないとあのバケモノ二人が、あなたのハイネを慰めものにしますよ」

 しかし魔法使いのこの言葉で、冷静になりかけたバルザの頭にカッと血が上る。

 「何だと?」

 魔法使いが何かの合図を送った。カボチャの顔をしたバケモノが、ハイネのドレスにを伸ばした。彼女の襟を乱暴に掴み、強引に引き千切る。
 ハイネが悲鳴を上げる。破れたドレスの隙間から、ハイネの白い乳房が見えた。

 「な、何をする! 彼女を今すぐ離すんだ!」

 バルザは剣を振り上げて、バケモノに向かって突進しようとした。
 しかし数歩駆けたあと、身体が固まったように動かなくなった。
 バケモノに向かって突進したつもりであったのに、首より下がピクリとも動かない。
 邪悪な魔法使いが魔法をかけたに違いない。

 「き、きさま!」

 「この塔で僕とケンカしようなんて、あまりに身の程知らず。僕にケンカを売るときは、塔の外にして下さい。塔の外、しかも僕が眠っているとき。さもないと、いくらバルザ殿でも、僕に触れることすら出来ませんよ」

 突然、身体の自由を奪っていた魔法が解けた。
 バルザは支えを失った者のように、前に転びそうになる。何とか堪えて、再び剣を構える。

 「ハイネを離すんだ!」

 バルザは魔法使いに向かってそう叫んだ。

 「その剣を捨て、もう一度僕に忠誠を誓えばね。この塔の門番として働くと約束するのであれば、当然、彼女の身の安全も保障しますよ」

 バルザはハイネに視線を向ける。ハイネは心細そうな表情でこっちを見ている。

 ああ、愛しきハイネよ。

 「わ、わかった。約束する」

 バルザは剣を捨てた。

 「引き続き、塔の門番として働いてくれるのですね?」

 「あ、ああ・・・」

 バケモノたちが彼女を解放した。
 ハイネは白い乳房を揺らしながら、バルザに向かって駆け寄ってくる。
 バルザはハイネを強く抱きしめた。

 「バルザ様、お会いしとうございました」

 「私もだ、怪我はないか?」

 「はい、私の心配はご無用です。バルザ様は騎士の誇りを何より優先して、自分の人生をお生き下さい」

 ハイネがバルザの耳元でそんなことを囁いてきた。
 そして彼の腕を振りほどき、彼女は全速力で駆けていく。

 せっかくその腕で抱きしめることが出来たというのに、どこに行くというのか? バルザはハイネを呆然と見送った。

 ハイネは、床に転がっていたバルザの大剣を手に取ろうとしている。
 それを何とか持ち上げ、それを自らの喉に当てがった。

 「ハイネ!」

 再び魔法にかかったわけでもなかったのに、バルザは固まったように動けなくなった。
 ハイネの突然の行動に、衝撃のあまり固まってしまったのだ。

 「さよなら、バルザ様」

 その間にも、ハイネが自分の細い喉に、剣を突き刺そうとする。
 彼女は死ぬつもりだ。これ以上、バルザの足手まといにならないために、自らの命を絶とうとしているのだ。

 「待ってくれ、ハイネ!」

 しかしそれを制するには、ハイネはあまりに遠い。

 「馬鹿なことをするんじゃない!」

 そのとき、魔法使いがハイネに歩み寄り、彼女の頬を引っぱたいた。
 彼女は床に転がり、剣も派手な音を立てて転がる。

 「バルザ殿、あなたは本当に優秀な騎士なのかい。愛する女性の面倒もみられないなんて。せっかく彼女を解放してあげたというのに」

 魔法使いが呆れたように言った。

 「ハイネ!」

 「私はこれ以上、バルザ様の足手まといになることに耐えられません」

 「すまない、ハイネ。私が愚かなばかりに・・・」

 しかしハイネ、私のために生きてくれ。
 バルザはそう心の中でつぶやいた。

 まだしばらく私は、この塔で門番として働く。お前が生きてくれているのなら、どんな屈辱でも耐えてみせる。
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