83 / 91
シーズン1 魔法使いの塔
第九章 3)女神の夢
しおりを挟む
フローリアは少しも休憩することなく、患者たちの面倒を看続けている。
ここまで最も働いてきたのは、老医師とフローリアだ。
老医師は眠っているが、彼女は変わらず動き回っている。これで疲れるなと言うほうが無茶であろう。
「フローリア、もう眠ったほうがいい」
私はフローリアの傍まで行き、そう声を掛けた。
ただ単に、そんなことが言いたかっただけではなかった。
彼女の近くにまで行って改めて彼女の体温を感じたり、汗の匂いなどを嗅いだりしたら、女神なんて考えが、どれだけ馬鹿げた思い込みなのかわかるだろう。
そう思ったのだ。
やはり彼女もさすがに疲れを隠せないようだった。
かすかに息使いの乱れを感じたし、顔色も青白い。
そのように疲れが顔に出ているフローリアを間近で見て、彼女が女神なんかじゃないことが確信出来た。
もし女神であったなら、フローリアは今でも涼しい顔をしていたに違いない。
しかしさすがにフローリアも、疲労の限界が近いようだ。私はその事実に安堵感を覚えた。
「フローリア、やはり休んだほうがいい」
私は彼女にもう一度言う。
しかしフローリアは私の言葉に静かに首を振った。
「大丈夫です、少しでも役に立てるなら、この程度の疲れは」
「いや、君は前にも倒れたじゃないか。まだ完全にあれが治りきっていないかもしれないのに」
それでもフローリアは首を振っている。
このように頑な女神なんていないだろう。これは自分の限界を知らない子供の行いではないか。
「い、いいよ、や、休んでくれ」
私とフローリアの遣り取りを聞いていたのだろう、フローリアに手を握られながらベッドに横になっていた患者が、痛みに顔を顰めながらも言った。
「で、でも」
フローリアが言った。
「も、もしあんたに倒れられたら、俺たちは完全に生きる気力を失うよ。なあ、みんな?」
その声はあまりに小さかったので、彼のすぐ下、ベッドが足りなくて床に寝かされている兵にしか聞こえなかったようだ。
しかしその兵も苦しげに同意した。「ゆっくり寝てくれ・・・、そしてまた明日、会いに来てくれればいい」
「そうさ、フローリア、もう孤独で悲しい夜は終わったよ、夜明けはすぐだ」
私がそう言っても、フローリアはまだ首を振っていた。
しかし少し強引にフローリアを部屋に下がらせることにした。
椅子の上で欠伸ばかりしているアビュも一緒に部屋から出した。
医務室に残ったのは、私と元から看護士を勤めている者だけになった。
看護士たちはアビュやフローリアほど職務熱心でもないから、その辺りで疲れ果てて既に眠っている。
私も彼らと同じように眠ることにした。
少し強引にフローリアを部屋に下がらせたのは、彼女の健康を思いやったのはもちろんだが、もしかしたら嫉妬の感情もあったかもしれない。
こんな美しいフローリアを独り占めにしている患者たちに、私は情けないことに妬いているのかもしれないのだ。
アビュとの会話では必死に否定をしたが、実はアビュの言う通り、フローリアという女性の虜になっている。
そのことを認めざるを得ないだろう。
まだまだ彼女のことを何も知らないが、もっともっと彼女のことを知りたいし、傍にいたいと思うのだ。
そんなだから、もしフローリアが女神だったりしたら、私の嫉妬の感情はとんでもないことになるだろう。
だってそうなると、フローリアを蛮族たちに返さなければいけなくなるのだから。
そんなことに私は耐えられそうにない。
まあ、しかしそんなことはあり得ないことだろう。
フローリアが女神なんて考えが、改めて馬鹿馬鹿しく思われてきた。
私はただ、「美しくて清らか」というフレーズに引っ掛かっただけに過ぎない。フローリアが女神なんて考えには、とんでもない飛躍があるだろう。
そんなことを考えながら、疲れていた私はすぐに眠りに落ちた。
しかし夢を見た。フローリアは女神だったという夢だ。
ここまで最も働いてきたのは、老医師とフローリアだ。
老医師は眠っているが、彼女は変わらず動き回っている。これで疲れるなと言うほうが無茶であろう。
「フローリア、もう眠ったほうがいい」
私はフローリアの傍まで行き、そう声を掛けた。
ただ単に、そんなことが言いたかっただけではなかった。
彼女の近くにまで行って改めて彼女の体温を感じたり、汗の匂いなどを嗅いだりしたら、女神なんて考えが、どれだけ馬鹿げた思い込みなのかわかるだろう。
そう思ったのだ。
やはり彼女もさすがに疲れを隠せないようだった。
かすかに息使いの乱れを感じたし、顔色も青白い。
そのように疲れが顔に出ているフローリアを間近で見て、彼女が女神なんかじゃないことが確信出来た。
もし女神であったなら、フローリアは今でも涼しい顔をしていたに違いない。
しかしさすがにフローリアも、疲労の限界が近いようだ。私はその事実に安堵感を覚えた。
「フローリア、やはり休んだほうがいい」
私は彼女にもう一度言う。
しかしフローリアは私の言葉に静かに首を振った。
「大丈夫です、少しでも役に立てるなら、この程度の疲れは」
「いや、君は前にも倒れたじゃないか。まだ完全にあれが治りきっていないかもしれないのに」
それでもフローリアは首を振っている。
このように頑な女神なんていないだろう。これは自分の限界を知らない子供の行いではないか。
「い、いいよ、や、休んでくれ」
私とフローリアの遣り取りを聞いていたのだろう、フローリアに手を握られながらベッドに横になっていた患者が、痛みに顔を顰めながらも言った。
「で、でも」
フローリアが言った。
「も、もしあんたに倒れられたら、俺たちは完全に生きる気力を失うよ。なあ、みんな?」
その声はあまりに小さかったので、彼のすぐ下、ベッドが足りなくて床に寝かされている兵にしか聞こえなかったようだ。
しかしその兵も苦しげに同意した。「ゆっくり寝てくれ・・・、そしてまた明日、会いに来てくれればいい」
「そうさ、フローリア、もう孤独で悲しい夜は終わったよ、夜明けはすぐだ」
私がそう言っても、フローリアはまだ首を振っていた。
しかし少し強引にフローリアを部屋に下がらせることにした。
椅子の上で欠伸ばかりしているアビュも一緒に部屋から出した。
医務室に残ったのは、私と元から看護士を勤めている者だけになった。
看護士たちはアビュやフローリアほど職務熱心でもないから、その辺りで疲れ果てて既に眠っている。
私も彼らと同じように眠ることにした。
少し強引にフローリアを部屋に下がらせたのは、彼女の健康を思いやったのはもちろんだが、もしかしたら嫉妬の感情もあったかもしれない。
こんな美しいフローリアを独り占めにしている患者たちに、私は情けないことに妬いているのかもしれないのだ。
アビュとの会話では必死に否定をしたが、実はアビュの言う通り、フローリアという女性の虜になっている。
そのことを認めざるを得ないだろう。
まだまだ彼女のことを何も知らないが、もっともっと彼女のことを知りたいし、傍にいたいと思うのだ。
そんなだから、もしフローリアが女神だったりしたら、私の嫉妬の感情はとんでもないことになるだろう。
だってそうなると、フローリアを蛮族たちに返さなければいけなくなるのだから。
そんなことに私は耐えられそうにない。
まあ、しかしそんなことはあり得ないことだろう。
フローリアが女神なんて考えが、改めて馬鹿馬鹿しく思われてきた。
私はただ、「美しくて清らか」というフレーズに引っ掛かっただけに過ぎない。フローリアが女神なんて考えには、とんでもない飛躍があるだろう。
そんなことを考えながら、疲れていた私はすぐに眠りに落ちた。
しかし夢を見た。フローリアは女神だったという夢だ。
0
あなたにおすすめの小説
次期国王様の寵愛を受けるいじめられっこの私と没落していくいじめっこの貴族令嬢
さら
恋愛
名門公爵家の娘・レティシアは、幼い頃から“地味で鈍くさい”と同級生たちに嘲られ、社交界では笑い者にされてきた。中でも、侯爵令嬢セリーヌによる陰湿ないじめは日常茶飯事。誰も彼女を助けず、婚約の話も破談となり、レティシアは「無能な令嬢」として居場所を失っていく。
しかし、そんな彼女に運命の転機が訪れた。
王立学園での舞踏会の夜、次期国王アレクシス殿下が突然、レティシアの手を取り――「君が、私の隣にふさわしい」と告げたのだ。
戸惑う彼女をよそに、殿下は一途な想いを示し続け、やがてレティシアは“王妃教育”を受けながら、自らの力で未来を切り開いていく。いじめられっこだった少女は、人々の声に耳を傾け、改革を導く“知恵ある王妃”へと成長していくのだった。
一方、他人を見下し続けてきたセリーヌは、過去の行いが明るみに出て家の地位を失い、婚約者にも見放されて没落していく――。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
幽閉王女と指輪の精霊~嫁いだら幽閉された!餓死する前に脱出したい!~
二階堂吉乃
恋愛
同盟国へ嫁いだヴァイオレット姫。夫である王太子は初夜に現れなかった。たった1人幽閉される姫。やがて貧しい食事すら届かなくなる。長い幽閉の末、死にかけた彼女を救ったのは、家宝の指輪だった。
1年後。同盟国を訪れたヴァイオレットの従兄が彼女を発見する。忘れられた牢獄には姫のミイラがあった。激怒した従兄は同盟を破棄してしまう。
一方、下町に代書業で身を立てる美少女がいた。ヴィーと名を偽ったヴァイオレットは指輪の精霊と助けあいながら暮らしていた。そこへ元夫?である王太子が視察に来る。彼は下町を案内してくれたヴィーに恋をしてしまう…。
愛する夫が目の前で別の女性と恋に落ちました。
ましゅぺちーの
恋愛
伯爵令嬢のアンジェは公爵家の嫡男であるアランに嫁いだ。
子はなかなかできなかったが、それでも仲の良い夫婦だった。
――彼女が現れるまでは。
二人が結婚して五年を迎えた記念パーティーでアランは若く美しい令嬢と恋に落ちてしまう。
それからアランは変わり、何かと彼女のことを優先するようになり……
さようならの定型文~身勝手なあなたへ
宵森みなと
恋愛
「好きな女がいる。君とは“白い結婚”を——」
――それは、夢にまで見た結婚式の初夜。
額に誓いのキスを受けた“その夜”、彼はそう言った。
涙すら出なかった。
なぜなら私は、その直前に“前世の記憶”を思い出したから。
……よりによって、元・男の人生を。
夫には白い結婚宣言、恋も砕け、初夜で絶望と救済で、目覚めたのは皮肉にも、“現実”と“前世”の自分だった。
「さようなら」
だって、もう誰かに振り回されるなんて嫌。
慰謝料もらって悠々自適なシングルライフ。
別居、自立して、左団扇の人生送ってみせますわ。
だけど元・夫も、従兄も、世間も――私を放ってはくれないみたい?
「……何それ、私の人生、まだ波乱あるの?」
はい、あります。盛りだくさんで。
元・男、今・女。
“白い結婚からの離縁”から始まる、人生劇場ここに開幕。
-----『白い結婚の行方』シリーズ -----
『白い結婚の行方』の物語が始まる、前のお話です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる