84 / 91
シーズン1 魔法使いの塔
第九章 4)太陽のようなオーラ
しおりを挟む
朝が来て、老医師や看護師たちが働き始めても、私はしばらく眠り続けていたようだ。
その騒々しさの中、ようやく目が覚めて、私はすぐに大きな異変に気づいた。バルザ殿が医務室にやって来られていたのだ。
バルザ殿は医務室を歩き回って、怪我人たち一人一人をいたわっておられた。
いや、いたわっているだけじゃない。バルザ殿は兵士一人一人に向かって、謝っておられるようだ。
「本当にすまない、私が遅れたばかりに」
ベッドに横たわっている兵士の手を取りながら、そう仰っておられるバルザ殿の声が聞こえてくる。
「そ、そんな、違います! バルザ様は何も悪くありません。俺たちがまだまだ未熟なばかりに」
バルザ殿に謝られた兵士は、本当に恐縮した様子でそう言い返した。
「すぐに出撃出来たのだ。だが私は自分の問題に心を取られ、しばらく動けなかった」
「そ、そうだったのですか。しかし誰でも、そのようなことはあります」
「これまで私は、自分が世界で最も哀れな男だと思っていた。しかしお前たちのその傷に比べれば、私の心の傷など取るに足らないものだ。本当にすまない」
「バルザ様は謝らないで下さい。そのかわり、俺たちにもっと剣の稽古をさせて下さい。俺たちはもっと強くなります」
バルザ殿が現れて、医務室の空気はまた一変したと言っていいだろう。
確かにフローリアは兵士たちの傷を癒した。悲嘆と絶望だけが支配していた医務室を、安らぎの場に変えてくれた。
しかしバルザ殿が現れて、更に兵士たちの感情は変わったようだ。
これまで兵士たち一人一人に、ただ別個に存在するだけだった痛みや苦しみが、一つに合わさって皆で共有され出したような、一種の連帯のようなものがそこに生まれ始めているのだ。
すなわち、あれだけ苦しんでいた怪我人たちは、もう孤独ではなくなった。
これほどの酷い傷を負い、残虐な戦場で傷ついた兵士たちなのに、彼らはバルザ殿に認められるような男になろうと、改めて心に誓ったかのよう。
今すぐにこのベッドから出て、戦いの訓練に加えてくれ、そう言い出しそうな雰囲気で満ち溢れ始めた。
とてつもない力だ。バルザ殿の太陽のようなオーラは。
その圧倒的な、温かいエネルギーを浴びると、自分でも信じられない力が自然と沸き上がってくるに違いない。
医務室は、真昼の日当のような活気に満ち始めた。これからどこか、遠出に出掛ける寸前のような雰囲気。
戦場で共に戦うものだけが結ぶことが出来る絆のようなもの、それがこれまで以上に更にしっかりと結ぶ直されたようなだ。
私は到底、その連帯感の中に入っていけそうになかった。
怪我もしていない。まして一緒に戦ったわけでもない。そんな私が、その輪の中から弾き出されるのは当然だろう。
その輪の中には入れないのは、どこか寂しい感じもしたが、私は彼らのようになれない。どんなことが起きても、プラーヌスの側の人間だから。
もはや手伝うこともなくなったようだ。私はこっそりと、医務室から出ようとした。
しかしそんな私の姿に気づかれたのか、バルザ殿がわざわざ私の傍まで来られた。
「シャグラン殿、大変な迷惑をおかけしました。私のせいで多くの命が失われてしまい、慙愧の念に耐えません。しかしもはや失われた命は戻りません。せめてその尊き命を手厚く葬りたい。ご協力をお願いします」
「はい。私に出来ることなら、いくらでもお力添えを」
私は慌てて身を正して、バルザ殿に言う。
「やはり蛮族たちは侮りがたい敵。塔の近くに砦を建設する話しを、具体的に進めさせて頂きたい」
「わかりました。お任せ下さい」
「それに昨日は、非常に恥ずかしいところを見せてしまい、申し訳ありませんでした」
バルザ殿はふと声をひそめ、そう仰られた。
「申し訳ないなど、もったいないお言葉」
「この塔を守るのが、今の私の務め。それを全うするまでは力を尽くします。そのように、あの者に言っておいて下さい」
「は、はい」
バルザ殿の表情から、昨日の謁見の間で垣間見られた絶望は、嘘のようにかき消えていた。今は、騎士としてのバルザ殿に戻っておられるようだ。
騎士としてのバルザ殿は、自分の出撃が遅れたことで、数多くの部下が戦場に散ってしまったことを、本当に後悔されている。
そしてこれからはどうすれば有利な戦いが出来るのか、色々と手を討とうとしている。
戦場の司令官として、その頭脳をフルに働かせているのだろう、その瞳はギラギラと輝き、活き活きとしていた。
とはいえ、その心中には、まだどこか暗い影のようなものが燻っておられるようだ。
特に、「あの者に言っておいて下さい」とプラーヌスに言及したとき、バルザ殿の瞳には憎しみの炎が舞い上がった。私は慄きながら、それを確かに見た。
「それではよろしくお願いします」
「はい、お任せ下さい」
私は医務室を辞して、自室に戻るために塔の廊下を進んだ。
バルザ殿の前から離れると、何とも言えない寂しさのようなものを感じた。
面と向かっているときは、緊張のせいか息苦しくて堪らないのだけど、しかしその場を去るととても寂しくなる。
言い残したことがたくさんあるような気がして、もう一度、バルザ殿の許に戻りたくなるのだ。
しかし医務室に戻っている場合はない。そんなことよりも今、私にはしなければいけないことが確かにあった。
女神像。あれを探すのだ。
私はバルザ殿と顔を合わせて、改めてその思いを強くした。
戦いはもう、うんざりなのである。女神像を見つけてこの戦闘に終止符を打たなければいけない。
その騒々しさの中、ようやく目が覚めて、私はすぐに大きな異変に気づいた。バルザ殿が医務室にやって来られていたのだ。
バルザ殿は医務室を歩き回って、怪我人たち一人一人をいたわっておられた。
いや、いたわっているだけじゃない。バルザ殿は兵士一人一人に向かって、謝っておられるようだ。
「本当にすまない、私が遅れたばかりに」
ベッドに横たわっている兵士の手を取りながら、そう仰っておられるバルザ殿の声が聞こえてくる。
「そ、そんな、違います! バルザ様は何も悪くありません。俺たちがまだまだ未熟なばかりに」
バルザ殿に謝られた兵士は、本当に恐縮した様子でそう言い返した。
「すぐに出撃出来たのだ。だが私は自分の問題に心を取られ、しばらく動けなかった」
「そ、そうだったのですか。しかし誰でも、そのようなことはあります」
「これまで私は、自分が世界で最も哀れな男だと思っていた。しかしお前たちのその傷に比べれば、私の心の傷など取るに足らないものだ。本当にすまない」
「バルザ様は謝らないで下さい。そのかわり、俺たちにもっと剣の稽古をさせて下さい。俺たちはもっと強くなります」
バルザ殿が現れて、医務室の空気はまた一変したと言っていいだろう。
確かにフローリアは兵士たちの傷を癒した。悲嘆と絶望だけが支配していた医務室を、安らぎの場に変えてくれた。
しかしバルザ殿が現れて、更に兵士たちの感情は変わったようだ。
これまで兵士たち一人一人に、ただ別個に存在するだけだった痛みや苦しみが、一つに合わさって皆で共有され出したような、一種の連帯のようなものがそこに生まれ始めているのだ。
すなわち、あれだけ苦しんでいた怪我人たちは、もう孤独ではなくなった。
これほどの酷い傷を負い、残虐な戦場で傷ついた兵士たちなのに、彼らはバルザ殿に認められるような男になろうと、改めて心に誓ったかのよう。
今すぐにこのベッドから出て、戦いの訓練に加えてくれ、そう言い出しそうな雰囲気で満ち溢れ始めた。
とてつもない力だ。バルザ殿の太陽のようなオーラは。
その圧倒的な、温かいエネルギーを浴びると、自分でも信じられない力が自然と沸き上がってくるに違いない。
医務室は、真昼の日当のような活気に満ち始めた。これからどこか、遠出に出掛ける寸前のような雰囲気。
戦場で共に戦うものだけが結ぶことが出来る絆のようなもの、それがこれまで以上に更にしっかりと結ぶ直されたようなだ。
私は到底、その連帯感の中に入っていけそうになかった。
怪我もしていない。まして一緒に戦ったわけでもない。そんな私が、その輪の中から弾き出されるのは当然だろう。
その輪の中には入れないのは、どこか寂しい感じもしたが、私は彼らのようになれない。どんなことが起きても、プラーヌスの側の人間だから。
もはや手伝うこともなくなったようだ。私はこっそりと、医務室から出ようとした。
しかしそんな私の姿に気づかれたのか、バルザ殿がわざわざ私の傍まで来られた。
「シャグラン殿、大変な迷惑をおかけしました。私のせいで多くの命が失われてしまい、慙愧の念に耐えません。しかしもはや失われた命は戻りません。せめてその尊き命を手厚く葬りたい。ご協力をお願いします」
「はい。私に出来ることなら、いくらでもお力添えを」
私は慌てて身を正して、バルザ殿に言う。
「やはり蛮族たちは侮りがたい敵。塔の近くに砦を建設する話しを、具体的に進めさせて頂きたい」
「わかりました。お任せ下さい」
「それに昨日は、非常に恥ずかしいところを見せてしまい、申し訳ありませんでした」
バルザ殿はふと声をひそめ、そう仰られた。
「申し訳ないなど、もったいないお言葉」
「この塔を守るのが、今の私の務め。それを全うするまでは力を尽くします。そのように、あの者に言っておいて下さい」
「は、はい」
バルザ殿の表情から、昨日の謁見の間で垣間見られた絶望は、嘘のようにかき消えていた。今は、騎士としてのバルザ殿に戻っておられるようだ。
騎士としてのバルザ殿は、自分の出撃が遅れたことで、数多くの部下が戦場に散ってしまったことを、本当に後悔されている。
そしてこれからはどうすれば有利な戦いが出来るのか、色々と手を討とうとしている。
戦場の司令官として、その頭脳をフルに働かせているのだろう、その瞳はギラギラと輝き、活き活きとしていた。
とはいえ、その心中には、まだどこか暗い影のようなものが燻っておられるようだ。
特に、「あの者に言っておいて下さい」とプラーヌスに言及したとき、バルザ殿の瞳には憎しみの炎が舞い上がった。私は慄きながら、それを確かに見た。
「それではよろしくお願いします」
「はい、お任せ下さい」
私は医務室を辞して、自室に戻るために塔の廊下を進んだ。
バルザ殿の前から離れると、何とも言えない寂しさのようなものを感じた。
面と向かっているときは、緊張のせいか息苦しくて堪らないのだけど、しかしその場を去るととても寂しくなる。
言い残したことがたくさんあるような気がして、もう一度、バルザ殿の許に戻りたくなるのだ。
しかし医務室に戻っている場合はない。そんなことよりも今、私にはしなければいけないことが確かにあった。
女神像。あれを探すのだ。
私はバルザ殿と顔を合わせて、改めてその思いを強くした。
戦いはもう、うんざりなのである。女神像を見つけてこの戦闘に終止符を打たなければいけない。
0
あなたにおすすめの小説
次期国王様の寵愛を受けるいじめられっこの私と没落していくいじめっこの貴族令嬢
さら
恋愛
名門公爵家の娘・レティシアは、幼い頃から“地味で鈍くさい”と同級生たちに嘲られ、社交界では笑い者にされてきた。中でも、侯爵令嬢セリーヌによる陰湿ないじめは日常茶飯事。誰も彼女を助けず、婚約の話も破談となり、レティシアは「無能な令嬢」として居場所を失っていく。
しかし、そんな彼女に運命の転機が訪れた。
王立学園での舞踏会の夜、次期国王アレクシス殿下が突然、レティシアの手を取り――「君が、私の隣にふさわしい」と告げたのだ。
戸惑う彼女をよそに、殿下は一途な想いを示し続け、やがてレティシアは“王妃教育”を受けながら、自らの力で未来を切り開いていく。いじめられっこだった少女は、人々の声に耳を傾け、改革を導く“知恵ある王妃”へと成長していくのだった。
一方、他人を見下し続けてきたセリーヌは、過去の行いが明るみに出て家の地位を失い、婚約者にも見放されて没落していく――。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
草食系ヴァンパイアはどうしていいのか分からない!!
アキナヌカ
ファンタジー
ある時、ある場所、ある瞬間に、何故だか文字通りの草食系ヴァンパイアが誕生した。
思いつくのは草刈りとか、森林を枯らして開拓とか、それが実は俺の天職なのか!?
生まれてしまったものは仕方がない、俺が何をすればいいのかは分からない!
なってしまった草食系とはいえヴァンパイア人生、楽しくいろいろやってみようか!!
◇以前に別名で連載していた『草食系ヴァンパイアは何をしていいのかわからない!!』の再連載となります。この度、完結いたしました!!ありがとうございます!!評価・感想などまだまだおまちしています。ピクシブ、カクヨム、小説家になろうにも投稿しています◇
復讐のための五つの方法
炭田おと
恋愛
皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。
それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。
グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。
72話で完結です。
幽閉王女と指輪の精霊~嫁いだら幽閉された!餓死する前に脱出したい!~
二階堂吉乃
恋愛
同盟国へ嫁いだヴァイオレット姫。夫である王太子は初夜に現れなかった。たった1人幽閉される姫。やがて貧しい食事すら届かなくなる。長い幽閉の末、死にかけた彼女を救ったのは、家宝の指輪だった。
1年後。同盟国を訪れたヴァイオレットの従兄が彼女を発見する。忘れられた牢獄には姫のミイラがあった。激怒した従兄は同盟を破棄してしまう。
一方、下町に代書業で身を立てる美少女がいた。ヴィーと名を偽ったヴァイオレットは指輪の精霊と助けあいながら暮らしていた。そこへ元夫?である王太子が視察に来る。彼は下町を案内してくれたヴィーに恋をしてしまう…。
愛する夫が目の前で別の女性と恋に落ちました。
ましゅぺちーの
恋愛
伯爵令嬢のアンジェは公爵家の嫡男であるアランに嫁いだ。
子はなかなかできなかったが、それでも仲の良い夫婦だった。
――彼女が現れるまでは。
二人が結婚して五年を迎えた記念パーティーでアランは若く美しい令嬢と恋に落ちてしまう。
それからアランは変わり、何かと彼女のことを優先するようになり……
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる