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シーズン1 魔法使いの塔
第九章 5)女神像のありか
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私は医務室を出て、回廊を走った。
しかしどこに向かって駆けているのだろうか。
目的地は決まっていなかった。ただ逸る気持ちに従って駆けているだけ。
私は我に返るように、廊下の真ん中で立ち止まった。
それなりに歩き慣れた塔の廊下が、まるで迷路のように思える。
私は肩で息をしながら辺りを見回した。
もう少し考えをまとめてから行動しなければいけなかったようだ。
これでは時間も何もかも無駄。ただこの塔の中を走り回っても女神像が見つかるわけがないではないか。
だけど果たして本当に、その女神像とやらがこの塔にあるのだろうか?
それにそんな疑問だって生じる。
もしかしたら蛮族たちの勘違いなのではないのか?
だいたいあの捕虜の言葉だって信じがたい。
バルザ殿がせっかく尋問して引き出した答えであるが、それだけを全面的に信じていいものだろうか。
この塔の中に女神像があって、それさえ返せばこの戦いは終わるなんて言葉を。
もう既に、前の主の私室も探した。
倉庫も見た。馬小屋も、食堂も。
召使いが隠し持っていないか、彼らの部屋も見せてもらった。しかし女神像らしきものはどこにもなかったのだ。
これだけ探してないのなら、もともとそんなものは実在していないのでは?
そのとき私はハッとして、その考えを中断した。
あの女性の泣き声が聞こえてきたからだ。
底知れない悲しみを訴えてくるように、ひたすら同情を求めてくるように、私の耳に迫ってくるこの泣き声。
もう何度も聞いているが、聞く度に、その不気味さに背筋が凍りつく。
「お、おい! 君はどこにいるんだ?」
その恐怖を紛らわせるためもあったかもしれない。私は声の限りそう叫んでいた。
「どこでこの悲惨な世界を嘆いているんだよ? 教えてくれ! ここにいると言ってくれ。すぐそこに行って君を慰めてやるから!」
もう何度も繰り返してやってきたことだが、壁に耳をつけて、その声がどこから聞こえてくるのか耳を澄ました。
しかしもちろん壁の向こうから聞こえてくるわけでもない。
そのうち、その女性の泣き声は消えた。
「何なんだよ、本当に訳のわからないことだらけだ・・・」
この不気味な女性の泣き声、そして蛮族の女神像探し。
どちらもプラーヌスから課せられた私の仕事だ。
しかし私は何も解決出来ていない。
私は本当に無能な管理人だろう。プラーヌスの期待に何一つ応えられていないのだ。
彼もきっと、私のような者と友人になったことを後悔しているかもしれないな。
だけどそんな訳のわからないものが、この私に解決出来るわけがないではないか。
女神だとか、どこから聞こえてくるのかわからない女性の泣き声だとか、そのような現実の範疇を越えたようなものを・・・。
「もうお手上げだ」
私は口に出してそう言った。
いっそのこと全てを放り投げて、さっさと郷里に帰りたい。
仕事の注文はそれほど多くなかったけれど、肖像画家の仕事は遣り甲斐があって楽しかった。
あの生活こそが本当の私の人生。私の人生の生きる意味そのもの。
・・・しかし女神像を見つけられるかどうかで、何百もの人の命が左右されるのだ。
それもわかっていた。
その使命はとても重要なで、簡単に諦めてはいけないってことだってことも。
それを成し遂げれば、プラーヌスはもちろん、バルザ殿だって、そしてフローリアだって、私を称えてくれるに違いない。
しかしそれはどこにあるのだ?
もはや、まるで見当がつかないのだ。
どうしよう、どうしよう。
私はそうつぶやきながら再び廊下を進んだ。
とりあえずこの泣き声は後回しでいい。
とにかく女神像を見つけなければいけないのだ。それがまず目下の目的。そのことだけに全力を注ごう。
だけど蛮族の探している女神、そしてどこから聞こえてくるかわからない女性の泣き声、何だかその二つは似てないか?
私はふとそう思った。
もしかしたらこの泣き声は、蛮族の求めている女神の泣いている声ではないのかとも。
・・・そ、そうだ。
いや、それはただ、探し求めている物を単純につなげただけかもしれない。
窮した者がやる、愚かな早合点のようなものと笑われるかもしれない。
だけど、それにしては妙にしっくりと来る気がするのだ。
この声は、あの女神が泣いている声!
「だったらこの女神の在り処さえわかれば、全ては解決することになるんじゃないか?」
少し興奮しながら、私は声に出してそう言った。
いや、たとえそうでも、女神像がどこにあるのか見当がつかない事実に変わりはないし、そして同時にこの泣き声がどこから聞こえてくるかもわかりはしないのだ。
別に困難な謎が解けた訳でもない。
一瞬、盛り上がった気持ちがすぐに萎えてきた。
だけど、とにかく私は前に向かって歩く。
行く当てもなく歩いているようで、その実、私はフローリアの部屋を目指していることに気づいた。
医務室には、もういないはずだ。
自分の部屋にいなければ、謁見の間の近くの回廊。そこでフローリアは掃除をしていると思う。
なぜだか無性に、彼女に会いたい気分なのだ。
フローリアに会えば、私の全ての悩みが癒されそうな気がする。
やはりフローリアは女神なんじゃないのか?
また、そのような馬鹿げた考えに私は囚われ始める。
フローリアは前の塔の主に騙され、地下の牢獄に閉じ込められていた。
それどころか愛する父と母は人体実験の餌食になり、彼女自身もその毒牙にかかる寸前であった。
それなのに彼女は、まるでそんな境遇に汚されていないかのよう。
少なくとも、怒りとか恨みとかいう黒い感情に曇らされていない。未だに清らかで美しいまま。
そんな人間が存在するものなのか。
それこそ彼女が女神であることを証明しているのではないか。
いや、しかし どう考えてもフローリアが女神の化身だなんて、馬鹿みたいな考えだ。
私はフローリアのこととなると、現実から逸脱して、おかしなことを考えてしまう傾向があるのかもしれない。
少し冷静になるべきかもしれない。顔でも洗って、少し頭をすっきりさせようか。
だけどもし、ほんの少しだけであったとしても、フローリアとその女神に何か関係があるのだとしたら、もしかしたら女神像のありかがわかったかもしれないとも思った。
何か重苦しいものが取り払われたようだ。
間違いであったとしても、少なくともその思いつきを確かめる価値はあるはずである。
私はそう思って、ある場所を目指した。
しかしどこに向かって駆けているのだろうか。
目的地は決まっていなかった。ただ逸る気持ちに従って駆けているだけ。
私は我に返るように、廊下の真ん中で立ち止まった。
それなりに歩き慣れた塔の廊下が、まるで迷路のように思える。
私は肩で息をしながら辺りを見回した。
もう少し考えをまとめてから行動しなければいけなかったようだ。
これでは時間も何もかも無駄。ただこの塔の中を走り回っても女神像が見つかるわけがないではないか。
だけど果たして本当に、その女神像とやらがこの塔にあるのだろうか?
それにそんな疑問だって生じる。
もしかしたら蛮族たちの勘違いなのではないのか?
だいたいあの捕虜の言葉だって信じがたい。
バルザ殿がせっかく尋問して引き出した答えであるが、それだけを全面的に信じていいものだろうか。
この塔の中に女神像があって、それさえ返せばこの戦いは終わるなんて言葉を。
もう既に、前の主の私室も探した。
倉庫も見た。馬小屋も、食堂も。
召使いが隠し持っていないか、彼らの部屋も見せてもらった。しかし女神像らしきものはどこにもなかったのだ。
これだけ探してないのなら、もともとそんなものは実在していないのでは?
そのとき私はハッとして、その考えを中断した。
あの女性の泣き声が聞こえてきたからだ。
底知れない悲しみを訴えてくるように、ひたすら同情を求めてくるように、私の耳に迫ってくるこの泣き声。
もう何度も聞いているが、聞く度に、その不気味さに背筋が凍りつく。
「お、おい! 君はどこにいるんだ?」
その恐怖を紛らわせるためもあったかもしれない。私は声の限りそう叫んでいた。
「どこでこの悲惨な世界を嘆いているんだよ? 教えてくれ! ここにいると言ってくれ。すぐそこに行って君を慰めてやるから!」
もう何度も繰り返してやってきたことだが、壁に耳をつけて、その声がどこから聞こえてくるのか耳を澄ました。
しかしもちろん壁の向こうから聞こえてくるわけでもない。
そのうち、その女性の泣き声は消えた。
「何なんだよ、本当に訳のわからないことだらけだ・・・」
この不気味な女性の泣き声、そして蛮族の女神像探し。
どちらもプラーヌスから課せられた私の仕事だ。
しかし私は何も解決出来ていない。
私は本当に無能な管理人だろう。プラーヌスの期待に何一つ応えられていないのだ。
彼もきっと、私のような者と友人になったことを後悔しているかもしれないな。
だけどそんな訳のわからないものが、この私に解決出来るわけがないではないか。
女神だとか、どこから聞こえてくるのかわからない女性の泣き声だとか、そのような現実の範疇を越えたようなものを・・・。
「もうお手上げだ」
私は口に出してそう言った。
いっそのこと全てを放り投げて、さっさと郷里に帰りたい。
仕事の注文はそれほど多くなかったけれど、肖像画家の仕事は遣り甲斐があって楽しかった。
あの生活こそが本当の私の人生。私の人生の生きる意味そのもの。
・・・しかし女神像を見つけられるかどうかで、何百もの人の命が左右されるのだ。
それもわかっていた。
その使命はとても重要なで、簡単に諦めてはいけないってことだってことも。
それを成し遂げれば、プラーヌスはもちろん、バルザ殿だって、そしてフローリアだって、私を称えてくれるに違いない。
しかしそれはどこにあるのだ?
もはや、まるで見当がつかないのだ。
どうしよう、どうしよう。
私はそうつぶやきながら再び廊下を進んだ。
とりあえずこの泣き声は後回しでいい。
とにかく女神像を見つけなければいけないのだ。それがまず目下の目的。そのことだけに全力を注ごう。
だけど蛮族の探している女神、そしてどこから聞こえてくるかわからない女性の泣き声、何だかその二つは似てないか?
私はふとそう思った。
もしかしたらこの泣き声は、蛮族の求めている女神の泣いている声ではないのかとも。
・・・そ、そうだ。
いや、それはただ、探し求めている物を単純につなげただけかもしれない。
窮した者がやる、愚かな早合点のようなものと笑われるかもしれない。
だけど、それにしては妙にしっくりと来る気がするのだ。
この声は、あの女神が泣いている声!
「だったらこの女神の在り処さえわかれば、全ては解決することになるんじゃないか?」
少し興奮しながら、私は声に出してそう言った。
いや、たとえそうでも、女神像がどこにあるのか見当がつかない事実に変わりはないし、そして同時にこの泣き声がどこから聞こえてくるかもわかりはしないのだ。
別に困難な謎が解けた訳でもない。
一瞬、盛り上がった気持ちがすぐに萎えてきた。
だけど、とにかく私は前に向かって歩く。
行く当てもなく歩いているようで、その実、私はフローリアの部屋を目指していることに気づいた。
医務室には、もういないはずだ。
自分の部屋にいなければ、謁見の間の近くの回廊。そこでフローリアは掃除をしていると思う。
なぜだか無性に、彼女に会いたい気分なのだ。
フローリアに会えば、私の全ての悩みが癒されそうな気がする。
やはりフローリアは女神なんじゃないのか?
また、そのような馬鹿げた考えに私は囚われ始める。
フローリアは前の塔の主に騙され、地下の牢獄に閉じ込められていた。
それどころか愛する父と母は人体実験の餌食になり、彼女自身もその毒牙にかかる寸前であった。
それなのに彼女は、まるでそんな境遇に汚されていないかのよう。
少なくとも、怒りとか恨みとかいう黒い感情に曇らされていない。未だに清らかで美しいまま。
そんな人間が存在するものなのか。
それこそ彼女が女神であることを証明しているのではないか。
いや、しかし どう考えてもフローリアが女神の化身だなんて、馬鹿みたいな考えだ。
私はフローリアのこととなると、現実から逸脱して、おかしなことを考えてしまう傾向があるのかもしれない。
少し冷静になるべきかもしれない。顔でも洗って、少し頭をすっきりさせようか。
だけどもし、ほんの少しだけであったとしても、フローリアとその女神に何か関係があるのだとしたら、もしかしたら女神像のありかがわかったかもしれないとも思った。
何か重苦しいものが取り払われたようだ。
間違いであったとしても、少なくともその思いつきを確かめる価値はあるはずである。
私はそう思って、ある場所を目指した。
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